ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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ビバポケ虹。


VSエアームド ジムリーダーズ

 コツコツ、とブーツの踵が硬質の廊下を跳ねる。彼――アストン・ハーレィは靴音の跳ねる軽さとは反対に些か重い気分を引きずっていた。

 

 今彼がいるのはラフエル地方一の大都市、"ラジエスシティ"の顔とも言える電波塔ラジエスタワー脇にあるテレビ局だった。

 しかしそこはテレビ局の皮を被りながらも、もう一つの組織のアジトとして機能している。

 

 

 ――ポケモン協会。

 

 ラフエルのみならず、全ての地方で発足している協会だ。ジムリーダーの管理から、ポケモンリーグの開催など様々な場所に手を加えるのが仕事だ。だが言うなればそれは表の仕事、裏では地方全体を脅かしかねない脅威に対する対策本部としての役割を持つ。そして、アストンはそのポケモン協会の臨時集会にポケットガーディアンズを代表して馳せ参じた、というわけなのだ。

 

 しばらく廊下を歩いていると、窓のない区画に入る。そこにはもうテレビ局スタッフの姿は一切見えなくなる。耳が痛くなるほど、返って騒がしく感じるほどの無音が場を支配する。自分の小気味いい足音だけが廊下に反響する中、アストンは遂に銀の扉の前に立ってしまった。

 

「――失礼します」

 

 深く息を吐いて、意を決して扉を開くアストン。扉の先は横に広い部屋になっており、中央のスクリーンに映像を投影するため部屋の中は既に薄暗くなっていた。だがアストンは感じた。

 薄暗い部屋だが、そこにいた約十数人の視線が一斉に自身へ向いたことを。かつて幾度となく犯罪者を検挙してきたアストンであるが、この部屋の()()()()()()の視線から感じたプレッシャーはかつて一度しか経験が無いほど濃密だった。

 

「遅れて申し訳ありません。些かテレビ局の中が入り組んでいたものですから」

 

 柔和な表情を作り軽口を放つアストン。そういうところが軽薄そうに見えると、常々幼馴染に言われていたがどうにも場を和ませないと針の筵にされてしまいそうだった。

 

「軽口は不要だ、アストン」

 

 ――その幼馴染が、視線を寄越さずにピシャリと言い放った。アストンはやれやれと小さく肩を竦めると、空いていた椅子に座った。奇しくも空き席はその幼馴染の隣だった。

 

「すまない、アシュリー。待たせてしまったようだね」

「謝罪も不要だ。お前を待っている間に会議が始まったわけでもない」

「そうかい」

 

 幼馴染――アシュリー・ホプキンスはまたしても視線を寄越さずに言った。彼女の視線は常に、スクリーンの中でゆっくりと回転するポケモン協会のロゴを射抜いていた。

 

「それでは、そろそろ始めさせていただきますね」

 

 そう言って立ち上がったのは、金髪の長い髪を揺らす修道女の姿をした女性だった。何も知らなければ彼女のことをか弱い修道女と見限ってしまいそうだが、実際は違う。

 このラジエスシティにおいて、最強の名を与えられたジムリーダーの一人、名をステラ。

 

「本日は忙しい中皆様お集まりいただき、誠にありがとうございます。実は私、就任式の時も他のジムリーダーの皆様にはお会いできなかったので、こうして顔を合わせる機会があり不謹慎ながら嬉しく思っております」

「ステラねーちゃん、あいさつながいって! 早く話進めよーよ!」

「そうでした、ごめんなさいねカエンくん」

 

 その野次は、まだ声変わりも果たしていないようなボーイソプラノだった。ステラの対角線上に座っていた燃え盛る髪の少年だ。本気でステラを糾しているわけではなさそうだったが、誰もが話を早く進めろと思っているところを冗談じみた野次でやんわりと促す様はまるで手練の幹事のようであった。

 

 そんな彼も資格を与えられたジムリーダーの一人だ、名をカエン。彼の隣に座る男性のことはアストンも知っていた。その男性は立ち上がるとステラの横、スクリーンの側にやってくると口を開いた。

 

「まずは僕から。先日、バラル団を名乗る三人衆の襲撃に遭い、クシェルシティジムリーダーが代々守り続けてきた秘伝の巻物、その片方が奪われました。それには"Reオーラ"についての記述と、それがもたらすポケモンの成長、進化について描かれたものです。不幸中の幸いだったのは、盗まれなかった側の巻物に()()()()()()()()()()()()()()()の具体例が載っていたことです。盗まれた方の巻物には先人たちの考察が描かれているだけですので」

 

「つまり、バラル団が真髄に辿り着くまで、まだ猶予がある、と?」

「そのとおりです、警視殿」

「それは朗報だな。時間があるに越したことはない」

 

 サザンカの肯定にアシュリーがホッと胸を撫で下ろす。しかしそれで話は終わりではない。であるにも関わらず、一人のジムリーダーが立ち上がりアストンが入ってきた扉から出ていこうとしたのだ。

 

「どこへ行かれるのですか? まだ話し合いは終わっては……」

「あら? クシェルの大事な大事な巻物が盗まれました。犯人の目星はついてます。犯人が危険なことをしだすのに猶予があります。それなら、これ以上はそこのお巡りさんの仕事じゃないかしら?」

 

 その女性は全身をフリルをあしらったドレスに身を包んでいた。しかしドレスの色とは対象的な輝く銀の髪が目を引く。彼女は引き留めようとするステラに向かって薄く笑むが、その笑顔は凍てつくような冷たさがあった。

 

「そうかもしれません、ですがPGにのみお任せするのは些か責任を半ばで放り出すようではありませんか」

「それがお巡りさんの仕事、でしょう? 返すように、私達ジムリーダーの仕事ではないと考えます」

「そうも言ってらんないよコスモスねーちゃん! おれは、"英雄の民"としてラフエル地方の悪者は放っておけない!」

「えぇ、立派な志だと思います。ですが、この場は英雄の民ではない者の方が圧倒的に多いではありませんか」

 

 逐一相手の発言を汲んでから言葉を返すドレスの少女――コスモス。本来ならば彼女がジムリーダーを統括すべき人物なのだ。それは、"街を代表する最強"をジムリーダーとするなら、彼女は"ジムリーダーを代表する最強"なのだ。ポケモンリーグへ至るための最後のバッジを守護する彼女こそ、ジムリーダーの中のジムリーダー。

 

 ステラやカエンのように、PGに協力しバラル団を捕まえたい正義感に燃える人物に対し、一人だけ冷めた態度でいるコスモス。場の空気がヒートアップしそうなタイミングで、コスモスが背にする扉が勢いよく開いた。冷めた態度のコスモスだが、後ろで大きな音がしたためかまるでニャルマーやニャースがそうするように飛び上がりかけたが、面目を保つためか平静を装っていた。

 

「いや~わりわり、間違えてテレビ局のスタジオの方行っちまった、会議始まってる?」

 

 場が、先程までとは別の意味で凍りついた。しかしアストンやアシュリーにとっては自分たちが蚊帳の外で場がヒートアップしていた今までの空気を、良い意味で空気を読まないことで破壊したのだ。

 アストンとアシュリー以外のメンツが「そういえばいたな」という雰囲気を醸し出す。どうやら完全に忘れ去られていたらしい。

 

「あれ、オレってばひょっとしてものすごく間が悪いとこに来ちゃった感じ? 激ヤバ?」

「ちょうどいいや! ランタナのおっちゃんはどう思ってんの!」

「28歳はおっちゃんじゃねえ! 覚えとけカエン! んで、なにがだよ。そこから説明しなさいよ」

 

 闖入者――ランタナは腕を組みながら問い質す。それに対してステラが今までの話し合いの流れを掻い摘んで説明する。

 要は、このバラル団とPGの実質抗争に対しジムリーダーは手を貸すべきか否か、という問いだ。それに対し、ランタナは即決で答えを出した。

 

「おじさんはコスモスの肩を持つわ。わりぃけど、ジムリーダーの仕事で肝心の旅が出来なくなってんのに、そんなのに巻き込まれちゃたまったもんじゃないよ」

「なんでだよ! 自分でおじさんって言うのはありなの!」

「そっちかよ! ああそうだよ28歳ってのは繊細な年頃なんだよ! 自分で言うのは有りでも他人におっちゃんって言われるとショックな生き物なの!」

 

 ランタナの乱入により一度は収まったかに見えた喧騒だったが、彼という油が投入されたことでさらに火が強くなった。一人の支持者を得てコスモス派の意見が強くなった。協力派(ステラ・カエン派)非協力派(コスモス・ランタナ派)を傍観するサザンカだったが、彼の気持ちはどちらかと言えばステラたちと同じくPGに協力する姿勢をとっていた。

 

 その時だ、甲高いホイッスルの音が会議場に響き渡った。再び大きな音が意識の外から鳴り響き、コスモスが飛び跳ねかけ平静を装う。

 アストンはヒートアップする四人組の対角線にいた少女に目を見やった。否、身長こそは少女のそれだが、年齢で言えば立派な女性だ。作業着にヘルメットといった、いかにもな格好の少女の後ろからはリングマのように大きな男性が現れた。

 

「そこまでにしないか」

「……ユキナリさんに言われちゃしょうがねえ……オレも黙るしかあるめーよ」

 

 一番最初にランタナ、それを皮切りにカエンやステラ、最後にはコスモスまでもが再び席について話し合いのテーブルとなった。巨体の男性――ユキナリは彼らを諌めるためにホイッスルを吹いた少女――アサツキの肩をポンポンと叩くと、二人揃って席に着く。この二人もまた、街々を任せられたジムリーダーの一人だ。全員がテーブルに着いた瞬間、今までポケモン協会のロゴが回転していただけのスクリーンに人が映った。

 

「ミスター・カイドウ」

『あぁ、どうやら繋がったようだな。辛気臭い顔が暗い部屋に集って。まるで通夜だな』

「まさか貴方がジョークを言うなんて驚きです……」

 

 カイドウの開口一番の軽口に驚いたのはコスモスだった。年齢的にほぼ近い二人はジムリーダーの就任式が一緒だったため、顔見知りだったのだ。だからこそ、こんなカイドウの姿は想像していなかった。

 

『聞き流せ。状況から察するにPGとの連携を取るか否か、一悶着あった後だと見えるが?』

「エスパーかよおめー」

『エスパーだが』

「はいはい、そうでござんしたね……」

 

 場の固まり具合から状況を推察し見事に言い当てたカイドウに一同瞑目せざるを得なかった。そんな状況を見て、カイドウはなんと溜息を吐いた。

 

『馬鹿かお前たちは。ここでPGへの協力を惜しんだとして、なぜその後の被害を想定しない。いや違うな、事実想定はしたのだろう。想定した上で目を瞑っただけだ。自分たちの仕事だけに目を向けた怠惰な行いだ』

 

 アストンとアシュリー以外の人間が目を瞬かせる。仮にも超常的頭脳(パーフェクトプラン)と謳われ、若干十五の齢にして天才の名をほしいままにしてきたあのプロフェッサー・カイドウともあろうものが、逡巡する間も無くPGへの協力を表明したのだから。

 

「ちょ、ちょい待て! お前そういうキャラじゃねーだろ? なんだってPGに協力する気になったよ?」

『俺の管轄する街のトレーナースクールからレンタルポケモンを強奪した。これだけでも十分理由足り得る。尤も、それ以外にも因縁はあるがな』

 

 カイドウの表明を聞いて、不満げだったランタナは納得せざるを得なかった。これにより、この場の多数決は決したも当然だった。相変わらず非協力を訴えるコスモスとランタナ。それ以外のカイドウ、サザンカ、カエン、アサツキ、ステラ、ユキナリはPGに対して協力的な姿勢を見せた。

 

「……しょうがないですね」

「そうだな……多数決は絶対、ママも言いそうだからな」

 

 観念したように、コスモスとランタナも協力することに決めたようだった。結論が落ち着いたことに安心したアストンが立ち上がった。

 

「ありがとうございます。今回の議論の結果はボクたちが責任を持ってPG本部へ伝えます。皆様のご協力に心からの感謝を」

 

 そう言って深い一礼をする様は刑事というよりは騎士のようであった。旅(というより半ば旅行と化しているが)をよく行うランタナは、アストン・ハーレィという名に聞き覚えがあった。

 

「あぁ、"旭日の騎士"様か」

「そう呼ばれることもあります。些か力不足であると自負しておりますが」

「いやいやそう言いなさんな。ユキナリさんもネイヴュに務めてりゃ聞き覚えあるでしょ、あの"雪解けの日"のこと」

 

 ピクリ、とアストンの肩が反応した。しかしそれ以上にアシュリーの反応が早かった。まるで鬼の形相でランタナを睨みつけていたのだ。

 

「アシュリー、抑えて」

「しかし、アストン!」

「抑えて」

 

 ぴしゃりと、雨水が窓を打つような言い方だった。しかし、アシュリーは面食らったようでランタナに向けていた鋭い視線を収めた。幸い、ランタナはユキナリの方を向いていたためアシュリーの鬼の形相もアストンの些細な変化にも気づかなかったようだ。

 

「……ん、あの場には僕もいた。あれは酷い事件だ、あの日賜った勲章など我々にとっては雪辱に値する」

 

 ランタナとユキナリが言う"雪解けの日"とはバラル団の幹部が、雪獄と名高いネイヴュ刑務所から脱獄、さらには逃亡を許した世紀の大脱走劇だ。当時メディアは大騒ぎ、そうなったのはひとえにその脱走したバラル団幹部の話題性だ。事実、あの日よりバラル団の名がラフエル全土に知れ渡ってしまった。頭脳とも呼べる幹部を取り戻したバラル団はこの通り活動を再開、各地で暴れ始めている。

 

「そうか、ユキナリ特務はあの場に居合わせたのでしたね……」

 

 アシュリーがランタナに向けていたのとは正反対の、敬意を含んだ視線でユキナリを見た。ユキナリはコクリと頷くと、歳の割に白く染まった顎髭をそっと撫でた。

 

「そうだな、()()が脱走した……いや、脱走を許したからこそ我々はこうして集まっている。バラル団の脅威を退けるのは、我々の責務と言って過言ではない」

「……少し、いいか」

 

 ユキナリが静かながら確かにハキハキとした声で喋った直後、食い気味に小さくハスキーな声を耳が捉えた。声の出処を探ろうとすると、短くホイッスルの音が鳴り響く。

 先程からずっとユキナリの隣にいたアサツキだ。ヘルメットの下から覗く眼光がアストンを射抜く。

 

「オレたちは、別に手を貸すのはやぶさかじゃねえよ。そこの二人よりかは意欲的に働いてやるつもりだ。けど、具体的に何をすればいいかわかんねえ今は、そこのムッツリ女みてーな態度取るしかねぇ」

「ムッツリとは心外です」

「しゃべれたんだ……」

 

 最後のカエンの言葉は無視するが、アサツキの言いたいこともわかる。手を貸せと言われれば貸すが、どうすればいいのかわからない限りは腕の振るいようがない。

 

「そうですね、各街にPG支部があると思われます。まずはそれぞれが街のPGと連携し、防犯の強化を促してください」

「田舎っぺの高慢お巡りが、ジムリーダーの言うことなんか聞きますかねぇ?」

 

 わざとらしく嫌味を言うランタナであったが、それに対して答えたのはアシュリーだった。

 

「もちろん聞くとも。なにせ、PGには()()()()()()()()

「おぉ~こわこわ……さすが"絶氷鬼姫(アイス・クイーン)"、凄むとおっかねぇですな~」

「貴殿も軽口を収めねば、()()()()()の対象となるが?」

「へいへい、悪うござんした」

 

 口を噤むランタナ。しかし今のやり取りの中、アストンやユキナリだけはランタナを評価していた。絶氷鬼姫、それはPGの関係者や今まさにネイヴュの監獄の中にいる犯罪者しか知らないアシュリーの異名だ。

 彼女のランクはハイパーボール☆2、アストンよりもワンランク高い警視長だ。彼女をそのランクたらしめる功績は確かなもので、それこそアストンを上回る検挙数だ。そして彼女が捕まえた犯人はみな必ず震えていた。そのことからついた異名が絶氷鬼姫(アイス・クイーン)というわけなのだが、当然本人はそれを快く思っていない。

 

 つまり、今のやり取りはランタナがアシュリーをからかうかもしくは怒らせる目的だった上、アシュリーを確実に熱り立たせる話題を吹っかけた。さらにその話題は一部の人間しか知らないため情報に優れているという密かな自己紹介でもあったのだ。さすが趣味が旅を豪語するだけのことはある、最近はもっぱら旅行で済ませているそうだが。

 

「とにかく、ミス・アサツキやミスター・ランタナの懸念は当然のことです。ボクの方から各支部にジムリーダーとの連携を怠らないよう入念に伝えておきます」

 

 満足の行く返答がもらえた、とアサツキはヘルメットのツバを触る。ランタナもまた異議なし、とばかりに肩を竦めて見せた。ようやく全員の心が一つになったと今まで火山の噴火を抑えていたように、カエンが立ち上がった。

 

「よーし、もえてきた! おれ、頑張るよ! みんなも一緒に!」

 

 そのカエンの言葉が合図となって、ひとまずは会議が終了となり、今度こそコスモスやランタナたちはぞろぞろと自分のタイミングで退室していった。まぁ協力を取り付けることは出来たのだからこれ以上長居させて場を掻き乱されても困る。

 

「サザンカさん、少しお話よろしいでしょうか?」

「……? えぇ、なんでしょうか?」

「差し支えなければ、でいいのですが盗まれた秘伝の巻物に記されていた内容を教えていただけないでしょうか? 大神殿の書庫なら、もしかしたらそれに類似する書物があるかもしれません」

「なるほど、巻物の内容からバラル団の動きを推測するためですね、わかりました」

 

 言うが早いか、ステラとサザンカの二人もさっそくラジエスシティの東にある図書館を目指し、退室していった。幹事がいなくなったこともあってか、そこからの退室は比較的スムーズだった。

 

「そんじゃ、おれも帰ろうかなー!!」

「はいはい、途中まで送ってやるから支度しな」

「ほんと!? アサツキねーちゃん助かる~!」

 

 先程までアサツキを同年代だと思っていたカエンもアサツキが自分より九つも歳が上なことをなんとなく察したらしく、敬称が付属し始めた。アサツキもアサツキでカエンのような男子の相手はやり慣れているらしく、適当だが的確にカエンの相手をこなしていた。

 

「さて、僕も行こうかな」

「ミスター・ユキナリはネイヴュ支部でしたからね。あそこは他の支部と違い、ネイヴュ支部がある種本部とも言える」

「あぁ、そのため指揮系統も本部依存ではなく、ある程度はネイヴュ支部の一存で決められる。だからとて、警視正殿の意向を無下にはしませんよ」

「助かります、彼らにもよろしくお伝えください」

 

 最後に残ったPG関係者のユキナリはアストンとアシュリーに向けて敬礼をしてから退室した。残った二人も早急に本部に戻らなければならないため、テレビ局を後にする。

 

「頼りになりそうだね」

「ふん、彼らの手を煩わせなければならない我が身の至らなさを痛感しただけだった」

「君は昔から自分に誰より厳しいね。もっとも、今回ばかりは君と同じ気持ちだよ」

 

 アストンはボールからエアームドを呼び出すとその上に飛び乗る。するとエアームドがさらに姿勢を低くした。まるで女王に傅く騎士のように。

 

「さぁ、アシュリー。手を」

「な、何を言ってるんだお前は! 私はいい、陸路で戻る。ラジエスから南下すれば"ペガス"はすぐだ」

「そう突っぱねないでくれ、エアームドも久々に君を乗せて飛びたいんだと思う。昔みたいにね」

 

 アストンが笑むと、絶氷鬼姫の顔から湯気が吹き出した。昔みたいに、それは彼らが子供の頃の話だ。あの頃から既にPGになるべく訓練を積んでいたアストンはエアームドを与えられており、アシュリーとアストンは二人でエアームドの背に乗って遊んだものだった。しかしあの頃とは違う、自分もアストンも大人になり背も伸びた、必然的にあの頃より重くなった。

 

 しかしエアームドはそんな心配は無用だとばかりに小さく吠えた。確かに彼ははがねタイプのポケモンだ、成人男女二人乗せたところで飛行に支障が出るようなヤワなポケモンではない。

 アシュリーは観念すると恐る恐るエアームドの背に乗る。しかしアシュリーの乗り方は、エアームドに気を使った乗り方でこのまま空に上るのは危険だった。

 

「アシュリー、ちゃんと捕まってくれ。エアームドが飛びかねてる」

 

 この朴念仁はきっと自分の気も知らずにそんなことを言うのだろう。しかし指摘するのはそれなりに癪だ、アシュリーは意を決してアストンの腰に手を回しガッチリとホールドした、鏡は無いがエアームドの背中が鏡面のように磨き上げられているため、自分の真っ赤な顔が目に入った。

 

「前だけ見ていろよ、下を見たら突き落とすぞ」

「ハハハ、それはご勘弁」

 

 困ったように笑いながらアストンがトントンとエアームドに指示を飛ばす。ひと泣きして夜の空へと飛び上がったエアームドが夜風を切り裂く。

 そよ風がアシュリーの長い金髪(ブロンド)を撫でる。風に流れる髪を抑えるアシュリーは昔とは違う、しかし昔と同じ景色を見て頬を緩ませた。

 

 昔も、この鋼鋭鳥の背に乗りこの背中に抱きつきながら風を感じていた。久方ぶりに感じる空の風は、アシュリーの心を落ち着かせると同時にアストンの存在が心臓に不整脈を起こさせる。

 ふとその時だ、散策路となっているラジエスとペガスを繋ぐ森林を抜け、ペガスの光が見えてきた頃だった。アシュリーのスカート、正確にはそこからぶら下がっているベルトに収まったモンスターボールが揺れた。

 

 アシュリーの手持ちの一匹、"コモルー"だ。エアームドの背から見る空の世界を、キラキラとした瞳で眺めていた。♀とは言え、タツベイから進化したこのコモルーも空を夢見ている。

 

「お前もいつか、空を飛べるようになったらいいな」

 

 それはコモルーに言っているように見えて、もしかすると自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。

 自分もポケモンの背に乗って、この眼の前の朴念仁の隣を一緒に飛びたいと思う、密かな乙女心からだった。

 




ポケ虹ダイとはなんだったのか、登場しない主人公カッコワライ。

今回はジムリーダー総出でした。イメージが違う! と思ってもポケダイ末吉クオリティだと思って甘めに見てね、ステラちゃんは推し。

個人的にジムリーダーズの掛け合いが気に入ってるので、そこ好いてくれたら嬉しいなぁと思うのでした。

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