「因縁の対決ってやつだ……どっからかかってくる? 前みたいに、搦め手が使える状況だといいな?」
不敵に笑んだバラル団の男――イグナ。
ダイはギリッと歯がかけるかと思うほど強く歯噛みすると、勢いよくモンスターボールを放り投げる。それが合図となり、イグナの後ろの影から素早く彼の手持ちが飛び出してきた。
「ジュプトル――――!!」
「グラエナ――――!!」
「【リーフブレード】!」
「【シャドークロー】!」
闇色の爪と、新緑の刃が交錯する。閃く軌跡が空中でぶつかり合い、空気を破裂させる。ジュプトルもグラエナも巧みに壁を足場として着地すると目にも留まらぬ速さでお互いを潰しにかかる。
両者の得物が鍔迫り合いを行い、動きが止まる。
「バラル団が、いやお前が! こんなところにいったい何のようだってんだ!!」
「人間ってのはな、知ってることしか答えらんねえんだよ!! 【バークアウト】!」
グラエナのドス黒い遠吠えがジュプトルを吹き飛ばす。しかしダメージは軽傷、戦闘ならいくらでも続行出来る具合だった。
ダイは腰のモンスターボールに手を伸ばした。
「だったら知ってることだけでも聞き出してやる!! 【タネマシンガン】!」
「いい威勢だ、やってみろよ!」
新緑の種による弾幕を潜り抜け、グラエナが冷気を吐きそれを以てジュプトルへ噛み付こうとした。【こおりのキバ】だ、かつてイグナとの戦いで致命傷を負わせられたこともある一撃。さらに言えばあの時よりもイグナのグラエナはずっと素早い。
だが強くなったのは相手ばかりではない。激戦を潜り抜けてきたのは、ダイも一緒だった。
「【アクロバット】!」
「無駄だ! グラエナは一度辛酸を舐めさせたお前らを絶対に捕まえると意気込んでる! そんな奇抜な動き程度じゃ、逃さねえぜ!」
奇天烈な動きのジュプトルを袋小路へ追い詰め、一気に迫るグラエナ。しかしジュプトルはここで打って出た。
「【にどげり】!」
跳躍し、逃げた先の行き止まり――つまり壁を蹴飛ばし反転。ここで一発目の蹴りを行い、グラエナが防御行動に移るまでに間合いに飛び込み、
ドッ、と鈍い音を立ててグラエナの躰が軽く吹き飛ぶ。予想外の一撃を叩き込み、大ダメージを与える。ダイの得意分野、搦め手といえる。
「どうだ! もう前みたいに、無様な戦い方はしない!」
ダイが咆える。しかしイグナはフードの奥から射抜くような眼光を無言で向け続けていた。
そのときだ、ダイとサザンカの後ろから勢いよく引き戸が開く音がした。
「ダイ!」
リエンの声だ。一瞬、ダイの意識がそっちに逸れてしまう。その機を、イグナは見失わなかった。素早く取り出した煙玉を叩きつけ、強烈な煙幕を張る。
全員が思わず顔を覆ってしまうほどの煙。ダイは両手で自分の周りの煙だけでも晴らすと大声を張った。
「逃げるのか!」
「逃げないさ」
イグナの声がやけに鮮明に聞こえた。ダイはいつも以上に注意深く耳を向けた。
誰かが走る音。後ろから来る、しかしそれがアルバたちとは限らない。ダイはジュプトルを下がらせた。
可能な限り体勢を低くして、周囲の様子を探る。その時だ、自分の足元に何かが転がってるのが見えた。それは何かの容器だった、小さい上に微かに熱を放っている。
「煙玉の容器……?」
イグナは自分の足元で煙玉を破裂させたのだ。その容器がダイの足元付近に転がっているのはおかしい。
様々な考えを巡らせていたそのとき、その容器から火薬の臭いとは別の匂いを感じ取った。妙に甘ったるい匂いだ。そしてダイはこの匂いに覚えがあった。
「――――【ダブルニードル】!」
「ルカリオ! 【ファストガード】! ダイを守れ!」
ギャリンッ!
金属音が二度唸る。ダイの目先で止まった巨大な針、それを防ぐルカリオ。アルバの叫び声と、もう一つ別の声が滝に反響する。
「っ、ペリッパー! 【きりばらい】!」
ボールから飛び出したペリッパーが暴風を引き起こし、周囲の煙幕を一気に晴らす。すると先程の位置から動いていないイグナと、その隣にゆらゆらと蠢く影があった。
「よーぉ、久しぶりだなぁオレンジ色!……あ、このやり取りもうやった? でも俺は初めてだからよ……!」
その男の声に聞き覚えがある。
その男の姿に見覚えがある。
またしても因縁の相手の出現に、ダイは一層強く奥歯を噛み締めた。その後ろで周囲を警戒しながらダイの後ろへやってくるリエンとアルバ。
現れた男はその三白眼をダイたちに向け、三日月状に口元を釣り上げる。
「おーおーなんだよ前より賑やかじゃねえかぁ! いいねぇ青春で!」
三人は軽口に付き合うつもりはなかった。無視された男は口を窄める。
「"猛追のジン"……!」
「俺の名前覚えてんじゃん! いいねぇそういうの、ポイントたけーよ?」
ふざける男――ジンに食って掛かったのはアルバだった。アルバが指示する前に飛び出したルカリオがその拳を突き出す。しかし同じく、ジンが指示するまでもなく割って入ってきた影がその巨大な針を再びルカリオの拳に打ち合わせる。
「アルバ、気をつけろ! あいつのスピアーは尋常じゃなく速い! だがお前とルカリオなら必ず捕まえられる! そっちの相手、任せていいか!」
「もちろん! リエンは危ないから、サザンカさんを連れて下がってて!」
ダブルバトル、そのつもりでダイとアルバがイグナとジンに対峙する。しかしイグナとジンは顔を見合わせ、同じようにニッと笑った。
直後、滝壺からとんでもない量の水が吹き出し、中から巨大なポケモンが現れた。ダイは本日三度目となる、
血のように赤いギャラドス。その頭に乗っている、同じくびしょ濡れのポンチョコート。
ギャラドスが滝壺の水を勢いよく吸収する。ダイとアルバはギョッとしたギャラドスの血走った目が自分たちを見ていたからだ。
「まずい、逃げろアルバ!」
ダイは叫ぶが、間に合わない。怒涛の勢いで放たれた【ハイドロポンプ】が二人を飲み込む――――
「ミズゴロウ、【ミラーコート】! ミズは【れいとうビーム】!」
ことはなかった。
凛と響き渡るリエンの声。素早く水流の前に躰を躍らせたミズゴロウが小さくも水流を弾き飛ばす魔法の防御壁を展開し、【ハイドロポンプ】による水流を押し返す。
それだけではなく、漂う幽霊の如きプルリルはミズゴロウが跳ね返した水流を、そのまま凍らせ極大の氷槍として打ち返す。しかしギャラドスもまた、帰ってきた氷を【だいもんじ】で焼き尽くす。
「あha……モタナで会った、おねーさんも一緒なんだ。こんにちは」
能天気、いやマイペースに、しかし悪意ある笑みを浮かべた少女はダイだけでなく、リエンにも見覚えのある人物だった。
恐ろしいことにリザイナシティで出会った三馬鹿、ジャンジュンジョンが名乗った"偽バラル三頭犬"ではなく、組織内で揶揄されている"真のバラル
どんな獲物だろうと確実に追い立てる執念の牙、イグナ。
どんな獲物だろうと確実に攻め立てる猛追の足、ジン。
どんな獲物だろうと確実に逃がさない妄執の目、ケイカ。
「バラルのワン公が揃って、こんなところに何しに来たんだ。イグナは知らねえみたいだから、お前ら二人に聞いてやる」
ダイが口を開く。極度の緊張で口の中がカラカラに乾いている。生唾を飲み込む音が相手に聞こえてしまいそうなほどだった。
「ケイカちん、知ってる?」
「しーらない。知ってても、教えなーい」
「だとよ、残念だったな。俺たちは本当に、たったひとつの任務をこなすためだけにここに来た。そして、それはもう手に入ってんだ」
そう言ってイグナは懐から巻物を取り出した。それはダイが昨日コジョンドから手渡された巻物だった。
「サザンカさん、あれって……」
「いいえ……昨日ダイくんに見せたのとは別のものです……! そして、最も奪われてはならないもの……!」
ダイはゾッとした。サザンカが認めたとはいえ、一般人のダイに見せても平気な"極意の巻物"。それとは別の、さらに重要機密が書かれている巻物を奪われてしまったというのだ。
「英雄の民曰く、このラフエル地方で名のある地域は全て、ラフエルが遺した何かがある。それこそが……"鍵"らしいからな」
その瞬間、サザンカが反応した。まるで、信じられないという風に目を見開いている。
「英雄の民、だと……!? お前たちの仲間に、英雄の民がいるというのか……!?」
「おっと口を滑らせちまったかな?」
ジンがニヤリと笑う。わざと言ったのだ、それに関しては彼ら全員の知るところのようだった。となれば、ダイたちのすることは一つだった。
バラル
一番槍と駆けたのはアルバとジンだった。お互いの陣営で一番速度と敵影捕捉に秀でた人物が己のポケモンを以てぶつかりあう。
「ついて来いや! お前と暴れるにゃここはちょっと狭すぎるからな!」
「臨むところだ!」
スピアーを引っさげ、ジンは目にも留まらぬ速度で廊下の方へと消えて行った。ルカリオとアルバがそれを追いかけていく。直後、廊下の奥から弾けるような音と破片が飛んでくる。
それを見たケイカがダイとリエンの方に目をやり、まるで品定めるように指を行ったり来たりさせて、笑む。
「今日は、おねーさんと遊びたいなぁ……!」
ギャラドスが蛇行し、ケイカがリエンの腕を引っ掴む。ダイがリエンに手を伸ばすが間に合わない。ギャラドスはバリアを突き破ってクシェルシティへと降りていった。
「というわけで、お前は相変わらず俺とタイマンだ」
イグナが不敵な笑みを浮かべながらそう言った。ダイは体勢を低めに意地、いつでも飛び出せるように構えた。いつの間にか回復を済ませたグラエナがイグナの周囲で牙を剥き出しにしてダイを睨んでいる。
「その巻物、何が何でも返してもらうからな……!」
「いいぜ、やってみな……さぁ鬼ごっこの始まりだ!」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ハハハ! いいね、お前のルカリオ! だが! 俺のスピアーの方が! 何倍も! 何十倍も速い!! 【こうそくいどう】からの【ダブルニードル】だぁ!」
「ルカリオ! まともにやりあうな! 相手の出方を見るんだ!」
サザンカの修行場へ向かう途中の長い廊下での戦闘、ジンとアルバが動く廊下の上を行ったり来たりしながらそれぞれのポケモンに指示を飛ばす。
しかしルカリオはスピアーの速度に追従し、追いつくと即座に攻撃を叩き込むがスピアーは上手く躱している。このスピアーは普通ではない、【まもる】ではなく【みきり】でルカリオの攻撃を予測しているのだ。
さらにスピアーは速度を上げ、ルカリオが徐々に速度についていけなくなってきた。
アルバの指示通り、ルカリオは一度止まると目を閉じ全ての命が持つ独特の波動を感知し始めた。耳障りな羽音とともに、死角からの一撃が迫ってくるのを予知したルカリオは振り返りざまに拳を叩き込む。
金属音が廊下中に響き、スピアーの針が閃きとなって襲いかかる。しかしルカリオは目に頼らず、針が空を切る音で攻撃箇所を察知し、拳で弾く。
「そのまま畳み掛けろォ!」
「いいや先に撃たせてもらうよ! 【バレットパンチ】!」
「オォウ!?」
スピアーの【ダブルニードル】を撃ち込まれる前に放たれた鋼のマシンガンパンチが炸裂する。ルカリオが放った一撃一撃がスピアーを追い詰める。
ただのバレットパンチではない、ジンは直前までルカリオが繰り出していた攻撃がただのパンチではなく、【グロウパンチ】であることを察した。
「まずい、スピアー下がれ! このハリキリボーイ、ただのジャリってわけじゃなさそうだぜ……」
「ボクは、チャンピオンに……誰よりも強い男になる! こんなところで、悪党なんかに負けてる暇はないんだ!」
ジンはアルバの咆哮にたじろいだ。そもそも、強がってはいるがスピアーとゴルバットを除けば、自分の手持ちはルカリオととことんまで相性が悪い。
だがジンもまた退けない理由がある。スピアーを一度引っ込めると、ゴルバットを繰り出す。そのゴルバットが出現と同時に大量の"匂い煙玉"を放出する。続々と破裂する煙玉があっという間に廊下に煙を充満させる。
「これが俺の常套手段、卑怯だと思うなら愚痴りながら終われ!」
しかし煙玉に寄る撹乱はルカリオには通用しない。なれば、狙うはアルバ一人。ポケモンバトルはポケモン同士の戦い、そんな常識は悪党には通用しない。
ゴルバットが【つばさでうつ】を行い、アルバを急襲する。
「うわぁ、くっ!」
アルバを突き飛ばしたルカリオが攻撃を受ける。予測できていた攻撃ゆえに防御は容易かったがルカリオの動きが止まる。
「今だぜ"ヘルガー"! っと、その前に…… ゴルバット! 【くろいきり】と【かぜおこし】!」
「何を……ッ!?」
ルカリオと数手やりあったゴルバットが退きながら黒いガス状の霧を吐き、それを【かぜおこし】で一方的にアルバの方へと押しやる。【くろいきり】とともに、ゴルバットが放った煙玉の煙もアルバの方へと追いやられる。
するとジンはポンチョコートで身を庇った。その時だ、アルバも気づいてしまった。ジンの手口に。アルバは急いでルカリオの手を引くと出口に向かって走った。
「盛大に爆ぜな……【オーバーヒート】ォォォ!!」
黒い霧、そして煙玉を構成する"きめ細かい粉塵"、それら全てが【かぜおこし】によってアルバの向きに集中した中での、特大の炎攻撃。
すなわち、粉塵爆発が起きる。
「うわぁああああああああああっ!!」
耳を劈くような爆音、熱を伴った爆炎がアルバとルカリオを吹き飛ばす。引き戸を突き破り、アルバは修行場玄関前で派手に転がって崖っぷちに追いやられてしまう。
ルカリオの弱点である炎を爆発へと変える奇襲だった。しかし土壇場での切り札ゆえに、ジンとて無傷ではなかった。ポンチョコートはボロボロになり、その顔は煤まみれになっていた。
だが、確実に今の一撃で勝敗が決したように見えた。ルカリオはまだ立っている。しかしアルバを背にしたまま、トレーナーも平気で攻撃する悪党を相手取るのは極めて至難。
まさに詰みの一手、絶体絶命だった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「アハハハハ!! それっ!」
「キャッ!」
クシェルシティの湖上に飛び降りたギャラドスがとてつもない高さの水柱を叩き上げる。リエンはギャラドスが水に飛び込む際にその水流に呑まれケイカの腕から脱する。
しかしこのままでは一方的にやられてしまう。リエンは海難救助の経験を活かし、すぐさま自分たちが乗ってきたボートまで泳ぎ着くと、その上に飛び乗った。
「【なみのり】出来るポケモンがいれば……」
「おねーさんのポケモン、わたしのポケモンと遊べるのかな……その前に、やられちゃうかもね……!」
ギャラドスが湖の水を吸収し、再び【ハイドロポンプ】を放つ。リエンはその一撃をミズゴロウの【ミラーコート】で跳ね返す。
さっきはミズとのコンビネーションでどうにか大きな一撃を与えることが出来たが、そう安々と何度も出来るコンビネーションではない。同じことをしても、恐らくやり返されてしまうだろう。
しかし、リエンもこの旅に出て変わったのだ。負けてたまるかという、強い気持ちが燃え上がっていた。
「ミズゴロウは【うずしお】を続けて! ミズは【うずしお】に向けて、【れいとうビーム】!」
水中に飛び込んだミズゴロウが勢いよく回転を始める。それがやがて大きな渦になると、ミズがそこへ【れいとうビーム】を照射。徐々に凍っていく渦を、ミズゴロウが思い切り投げ飛ばす。
氷で出来た渦のブーメランだ。恐らくリエンの手持ちのポケモンで工夫するのなら、放った水を凍らせるのが最も大きなダメージを与えられる。
「なら、こっちは【たつまき】だよ!」
ケイカがギャラドスから離れ、主という枷を外されたギャラドスがミズゴロウと同じように、ただし水中ではなく水上で高速回転し水を巻き上げた竜巻を発生させる。
それがギャラドスによって放たれ、リエンが乗っているボートを飲み込もうとした。間一髪、リエンは水中に飛び込み、攻撃を回避する。
「あhaハ、気をつけてね、今この中にはわたしのサメハダーがいるから、食べられないでね……」
「ッ、あの子本当に質悪い……!」
リエンが思わず毒づく。ミズがふよふよとやってきてリエンを引っ張りながら、アルバが乗ってきたボートまで誘導する。
しかしクシェルシティの綺麗な水ゆえに、サメハダーが襲ってくる瞬間が見えた。リエンはゾッとした、けれどサメハダーの強靭な顎に噛み砕かれる瞬間はいつまで経ってもやってこなかった。
「ミズ……!」
涼しい顔をして、サメハダーが開けた大口目掛けてミズが【れいとうビーム】を放つ。すぐさま水が凍り、サメハダーはそれに噛み付いてしまう。しかし照射され続けている【れいとうビーム】が徐々に氷の面積を増やし、サメハダーを飲み込もうとした。
サメハダーは自分の歯を根こそぎへし折ると、自分を飲み込もうとする氷から逃げ出した。
「確か、ポケモン図鑑によるとサメハダーの歯はすぐ生え変わるから油断しちゃダメ……!」
リエンは再びボートに乗ると、近くの水面を漂う木片を見つけた。さっきまで自分が乗っていたボートだ、ギャラドスの【たつまき】に飲み込まれただけでこの有様だ。あと少し水に飛び込む判断が出来ていなければ自分もバラバラになっていたかもしれない。
その時だ、頭上――サザンカの修行場の方からとてつもない爆発音が聞こえた。ジンが粉塵爆発を引き起こしたのだ。
「アルバ……!?」
目を凝らすと、崖からぶら下がっているのはアルバだった。全身が煤まみれになり、服も焦げている。だが生きてはいるようで、辛うじて崖に捕まっていた。
リエンは唇を噛むと、キッとした眼でケイカを睨んだ。
こちらは元より戦力差に開きがありすぎる。認めたくはないが、自分が圧倒的不利だとリエン自身が痛感していた。
彼女もまた、絶体絶命の淵に追いやられているのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
背後で聞こえた爆発音。ダイは振り返るが、その瞬間を見逃さずにグラエナが飛び込んでくる。ジュプトルが割って入り、その爪と腕の刃を打ち合わせる。
「はぁ……ジンの野郎、またやりやがったな。これだからアイツとの共同作業は嫌なんだよ、隠密隊と強襲隊は今度から別働にしろって上に報告するかね」
ため息を吐く間もイグナは鋭い視線をダイから外さなかった。ダイもまた、きちんと戦況を把握しながらイグナの眼を睨んでいた。
「ジュプトル! 【れんぞくぎり】だ!」
ダイの指示を受け、ジュプトルがワンツーパンチの要領で両の手の刃でグラエナを攻撃する。フットワークもかけ合わせた高速の斬撃。さらに攻撃するほどに練度は増していき、ジュプトルの一撃を受けたグラエナが怯み始める。
「チッ」
イグナが舌打ちをする。それは紛れもなく、ジュプトルが押しているということの証だ。元よりこの修行場に来るまでの通路を守っていたのはイグナの手持ちポケモンだ。アルバたちがここへ突入してきたということは既に二匹は戦闘不能であり、イグナを退けるということはこのグラエナさえ倒せば容易ということだ。
「だがな、お前に二度もやられるほどこいつの牙は鈍っちゃいねえ!」
グラエナの口が炎を吐き出し、ジュプトルへと食らいつく。【ほのおのキバ】だ、クリーンヒットしジュプトルの腕へと深い火傷を負わせる。
このままではジュプトルが深手を負ってしまう。ダイはすぐさまモンスターボールを放り投げた。
「ゾロア! 【どろぼう】!」
飛び出したゾロアはグラエナの背を踏み台に跳躍すると、なんとイグナに襲いかかった。イグナの懐から巻物を奪い取る。
「させるか、【おいうち】!」
逃げるゾロアに向かってグラエナが飛び蹴りを浴びせる。体重の軽いゾロアは軽々と吹き飛ばされてしまう。
「ゾロア! く、おおっ!!」
だがダイが間一髪のところでゾロアをダイビングキャッチする。あのまま壁に叩きつけられてしまったらゾロアではひとたまりもなかったからだ。
ゾロアの口から巻物を回収しようとしたときだった。ゾロアが周囲を見渡すが、
「悪いが、【どろぼう】返しだ」
「野郎! やっぱ泥棒は悪党の専売だってなぁ!」
ダイの腕から放たれたゾロアが再びグラエナに飛びかかる。グラエナが爪で迎撃しようとするとゾロアが姿を消す。
「気づくのが遅かったな! 上から襲いかかるゾロアは幻だ! くらえ「ふいうち」!」
グラエナが下を見やると、ニヤリと笑ったゾロアが繰り出す蹴りを顎に食らってしまう。
しかしグラエナは体勢を崩さなかった。蹴られても、怯まずにゾロアをキッと睨み返した。
「【かみくだく】!」
歯が肉に沈む音がやけに鮮明に聞こえた。ゾロアの身体に突き立てられた牙、グラエナがそのまま離したゾロアを手で吹き飛ばす。ダイは再び駆け出しゾロアを受け止めるが、そのまま躓いて滝壺へと落下してしまった。
大きな水柱を挙げてダイが水に沈む。
「ハッ、前戦ったときもそうだったな。お前は手持ちのポケモンに甘すぎる」
ハルビスタウンで戦ったときも、ダイはグラエナにやられたキモリを庇って自分が攻撃を食らった。しかしイグナの毒づきもダイには聞こえない。ダイは今まさに滝壺に呑まれているのだから。
戦闘終了、奪った巻物を手に早々にこの場を離脱しようとした時だった。再び大きな水柱が高く登った。
イグナは察した、ダイの手持ちのポケモンをだ。少なくとも、前回の敗因足り得た一体の存在を思い出したのだ。
「【たくわえる】からの……受けろよ全力、【ハイドロポンプ】だぁぁあああああ!!」
ダイの頭に乗っているペリッパーが滝壺の水を飲み尽くさんばかりに吸収し、先程ギャラドスが放ったのよりも確実に大きな水流を放つ。
グラエナが【シャドーボール】を放ち、相殺しようとするが水流はなんと闇色の球体を弾き飛ばし、そのままグラエナを飲み込んだ。
「へっ、この水をただの水だと思わねえ方がいいぜ! なんせ【リフレクター】と【ひかりのかべ】の効果を持った水だからな! ポケモンの攻撃なんざ寄せ付けねえのさ!」
例外はあるけどな、と心の中で付け足すダイ。そもそも、その例外になるための訓練を昨日行ったのだから。ダイはジュプトルに指示すると、ジュプトルは滝壺でグラエナにやられた火傷の箇所を癒やし始めた。
ペリッパーの全力の【ハイドロポンプ】を受けてなお、グラエナは立っていた。
「まだやれんのか……こっちは割とギリギリでやってるっつうに!」
ダイが歯を噛みしめる。奇襲に加え、全力の一撃をクリーンヒットさせたのだ。立っているとは言え、グラエナもそろそろ限界が近いはずなのだ。
「おうおうやってんねぇ、そらよ」
その時だ、ダイの上に影が差した。そしてアルバとリエンが落ちてきたのだ。ダイは驚き、なんとか二人を受け止める。落ちてきた二人を見て、ダイは言葉を失った。
アルバもリエンも、傷だらけだった。アルバは泥や煤だらけになり、リエンは身体中がびしょ濡れでキレイな銀髪は濡れそぼって荒れていた。
「決着、だろうな。もう戦えんのはお前だけだ、ダイ」
イグナがそう言った。イグナのグラエナも満身創痍ではあるが、ジンとケイカが合流した手前形勢は一気に不利に傾いてしまった。
「ダイ、くん……巻物は諦めて、君たちは逃げ―――」
「逃げませんよ! 俺は絶対に、あの巻物を取り返す!」
ダイが、ペリッパーが、ジュプトルが一斉にイグナへと飛びかかる。しかしジンのゴルバットがペリッパーを、ケイカのギャラドスがジュプトルを。イグナ自身がダイを退けた。
吹き飛ばされたダイが地面を転がる。滝に突き落とされ服が濡れていたせいで泥だらけになるが、ダイの眼は依然としてイグナの手に握られている巻物を狙っていた。
そのときだった。スッと、リエンが立ち上がった。ダイよりも前に出て、強く拳を握りしめていた。
「おねーさん、どうする気?」
ケイカが薄ら笑いを浮かべながら問うた。リエンは泥だらけの顔を拭って、叫ぶ。
「戦うに決まってるよ……! 私の肩入れしてる正義が、まだ諦めてないから……!」
「そうだ、ボクも諦めない……! こんなところで這いつくばってる時間なんか、もったいなくて……!」
続いて、アルバも立ち上がった。満身創痍なのは彼だけではなく、爆風が直撃し、その後も主を守りながら戦い抜いたルカリオもだ。しかしルカリオは勝手にボールから飛び出すと、声高らかに吼えた。
まだ勝負は決していない。一対一から、三対三になっただけである。
「――――やれやれ、これだから邪魔するガキってのはたちが悪いんだよなぁ……!」
イグナが心底鬱陶しそうにつぶやく。その声には怨嗟のような重さがあった。けれど三人は怯まない。
「第一、おねーさんにはもう戦えるポケモンがいないんじゃないかなぁ……わたし、喧嘩はしたくないなぁ……」
「ううん、いるよ……私にはまだ、戦える
次の瞬間、幾重にも重なる影が出現しイグナたちを囲った。ケイカはすぐさまギャラドスに影を攻撃させた。しかしその攻撃は残像に当たり、本体は未だなお高速移動を続けていた。
「何者だ……!」
「今だよ! 【かわらわり】! 【ばくれつパンチ】!」
素早く跳躍した一つの影が、ギャラドスの頭上から鋭い手刀を思い切り叩きつける。地面に打ち付けられたギャラドスの頭部目掛けて、二つ目の影が懇親のストレートパンチを炸裂させる。
ゴッ、という鈍い音と、破裂するような軽い音。ギャラドスが大きく吹き飛ばされて戦闘不能になる。ケイカが驚いて目を見開く。
「この二匹は、私の手持ちじゃない。けれど、あなたたちを止めるために、私に力を貸してくれる!」
ギャラドスを退けたのは、廊下を死守していたニョロボンとニョロトノだった。二匹は【かげぶんしん】でケイカたちを撹乱し、より確実なタイミングでギャラドスの急所へ打撃二連発を叩き込んだのだ。
それが出来たのは、ダイが手渡していたポケモン図鑑と、この短時間で二匹のポケモンの特徴や業を把握したリエンの頭脳があってこそだ。
「ルカリオ! 【はどうだん】!」
「無駄だ! ゴルバット! 【エアスラッシュ!】」
ルカリオが放つ波動の塊、それをジンのゴルバットが空気の刃で切り裂き無力化する。しかしルカリオとアルバが待っていたのは、ゴルバットがより大きな動きをするこのタイミングだった。
「懐に、飛び込んで!」
「させるかよ!」
「いいや、やらせてもらうさ! こっちも【はどうだん】だ!」
ジンとイグナが驚愕する。ダイの手持ちはその殆どが瀕死、戦えないはずだった。だが唯一姿を表していないポケモンがいたのを、二人は思い出した。
「メタモンか……!」
ルカリオに化けたメタモンが即席の【はどうだん】を放ち、ゴルバットが逃げる隙を潰す。そして懐に飛び込んだアルバのルカリオが全身から闘気を迸らせ―――
「――――ォォォォオオオオオオオオオオオオ!! 【インファイト】ッだぁあああああああああああああ!!」
防御をかなぐり捨てた今のルカリオにとって文字通り、捨て身の一撃。タイプ相性では不利に不利を重ねた相手。だが、ルカリオが先の戦闘で幾重にも重ねた【グロウパンチ】によって高められたこの怒涛の攻撃はゴルバットを一気に戦闘不能へと追いやった。
「グラエナ! 【ダメおし】!」
攻撃を撃ち尽くした後のルカリオに向けてグラエナがトドメの一撃を放つ。それを受けたルカリオが膝をつく。ここで撤退するのは、またしてもグラエナによくないものを残す。
そうわかっていても、イグナは撤退を指示せざるを得なかった。一度、ダイの土壇場で放った爆発力によって負けたのだ。ジンも言うとおり、引き際を弁えているから自分たちは強いのだ。
しかし、
「――――そこまでだ! これよりこの戦闘は
修行場を覆うバリアを物ともせず突き破り、修行場に降り立つ人物。その背中に輝くハイパーボールは彼のエリート具合を如実に語っていた。
闖入者はダイたち三人を背に庇い、バラル団三頭犬へと向き合った。
「お前、アストンか……!?」
「ご無事でなによりですダイくん、ですがどうやらまた厄介ごとのようですし、これからはボクが引き受けますから下がっていてください」
闖入者――アストン・ハーレィは柔和な笑みを浮かべ、ダイたち三人に変わり悪を討つ正義の剣として悪に立ちはだかった。
ダイたちに向けた笑みとは違い、剣呑な視線を投げかけて、彼は己の
「チッ、さすがにPG相手じゃ分が悪すぎる。退くぞお前ら、ケイカ、
「ちぇー……おいで、アブソル」
ジンのゴルバットに捕まってジンとイグナが先に離脱する。残ったケイカはアブソルを呼び出し、アストンに対峙する。
「お嬢さん、大人しく投降する気はありませんか? もちろん、手厚くもてなしいたしますが」
「ないよー、わたしPGの大人が大っ嫌いだし……【かまいたち】!」
「仕方ありません、少々手荒になりますがお許し下さい……【はがねのつばさ】!」
アブソルが放った、ジンのゴルバットが放つ【エアスラッシュ】よりもさらに鋭利な空気の刃がアストンへと向かう。しかしアストンは自身を乗せていたエアームドへ指示を飛ばし、【かまいたち】を退ける。
「まともにやりあう気はないんだ、じゃあおにーさんたち。また遊ぼうね」
ケイカがアブソルの背に飛び乗り、手を降りながら離脱する。アストンは追いかけようとしたが、アルバたち怪我人を見て追跡の念を振り払った。
「追わなくていいのかよ?」
「ボクはいつもこうなんですよ。怪我人が発生すれば、追跡よりそっちを優先してしまうので。おかげで"ハイパーボールクラス"の中では一番位が低いんですよ」
苦笑いを浮かべるアストン。彼の登場によりあっという間に戦闘が終了してしまった。ダイはその場にへたり込むと、空を見上げた。
すると、その上空にはもう一つ何かが飛んでいて、その上には人が乗っていたが太陽の光を直視する位置にいるせいで上手く見ることができなかった。
「そうそう、ダイくん。あなたに会いたいという女性がいまして――――」
ダイは絶句した。ゴーグル越しに見上げた空に浮かぶポケモンと、その背に乗った少女を見て。
フライゴンに乗る少女はダイの姿を確認すると、不敵な笑みを浮かべてフライゴンに高度を下げさせた。修行場に降り立った少女は風除けのゴーグルを外し、言い放った。
「久しぶりね、ダイ」
もはや数えたくないほど訪れた、見覚え。
出で立ちから何まで、ダイとかつて旅を共にしたアイラ・ヴァースティンその人だった。
ダイは出来ることならこの場で意識を失ってしまいたいとさえ思った。しかし、それは出来なかった。
アイラの目がダイを射抜いている。対してダイは、目を逸してしまった。
――――――逢魔が時、少年は悪魔と対峙する。