ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSゴルバットⅡ 守るための術

「たはー、いやぁごめんなさい。火傷、大丈夫だった?」

「心配ない。お前より力加減を知らん馬鹿が同僚にいるせいでな」

 

 まだ太陽が地平線から出てくる前の時刻。薄明かりが遥か彼方の空をぼんやりと照らし出した頃だろうか。

 

 少女は手を合わせて何度も謝っていた。対する男――カイドウは頬に張ったガーゼを少し気にしながらふんぞり返る。

 

「そっか、なら安心だね。心配して損しいだいいだいいだい!!」

「心配して損することなどあるかお前は加害者だろうが……!」

 

 カイドウが少女の耳を引っ張り当たり散らす。実は顔のガーゼ以外にも手や様々な場所を火傷しており、満身創痍と言っても過言ではないのだ。

 

「いでで、それでそろそろ来るんだっけ?」

「あぁ、お前の事情を聞いて同行してくれるそうだ。感謝して損はないぞ、小娘」

 

 その目は遠方の空を眺めていた。だが少女はどうやら既に話を聞いていないそうだった。

 

「んふふ~、いやぁ綺麗だねぇ……"スマートバッジ"」

 

 少女は指で摘んでいる"それ"をまだ弱い朝日に翳してキラキラさせている。そう、彼女はこのカイドウを正面から打ち破ったのだった。

 カイドウはというと、力技など簡単に捻じ伏せられると思っていたのに負けた上軽く怪我させられて不機嫌を隠そうとはしなかった。

 

「それで、次の街は……?」

 

「うん、一旦ラジエスに戻るよ。今日来てくれる"あたしのおつきの人"が案内してくれるからね。ラジエスシティにもジムがあるみたいだし、ひとまずダイの情報が掴めるまでは……」

 

 ダイ、その名を口にした瞬間。微かにだが、少女は寂しそうな顔を見せた。しかしカイドウはフォローするなどという気遣いはまったく考えなかったので知らんぷりをした。

 

「お前とあのバカにどんな関係があるかは知らん、おおよそ検討がついてしまうというのもあるが少なくとも厄介事に違いはなさそうだからな」

「たはは、まぁそうだね。厄介事だと思うよ……あたしを置いて、一人でどっか行っちゃうなんてさ……ダイのくせに生意気すぎ!」

 

 拳を打ち合わせて少女はグルルと唸る。どうやら寂しそうな顔ではなく、怒りの火が着火したいわゆる弱火の顔だったらしい。

 

「どうやら来たようだぞ、無理だと思うが粗相をするなよ。こっちの国家権力だ」

「わぁーかってますよ。カイドウさんは小煩いなぁ、そんなんじゃモテないぞ?」

「お互い様だろうに」

 

 ぎゃーぎゃーと喚く少女の元に、一匹の鋼ポケモンが舞い降りた。その背から飛び降りた男もまた、気品を感じさせた。

 

「貴女が――"アイラ・ヴァースティン"さんですね? お会い出来てよかった」

 

 男の名は、アストン。かつてダイとカイドウの前に現れたポケットガーディアンズ刑事部五課のエリート、アストン・ハーレィだった。

 それに対し少女――アイラはピースサインで応えた。

 

「よろしくアストンさん。あの馬鹿について、いろんな地方の公共機関に声をかけてみたんだけど、ラフエル地方の刑事さんと知り合ってたのは僥倖だったよ。それで、ラジエスシティに向かうんでしょ?」

「その件なのですが、昨夜匿名の通報がモタナタウンからありました。彼は恐らく今、クシェルシティにいるだろうと。これからボクは速やかにクシェルシティへと向かいます。アイラさんは……」

「あたしもついて行きます。あのバカの首根っこはあたしが引っ掴まえなきゃ! "フライゴン"!」

 

 アイラはモンスターボールからフライゴンを呼び出すとその背に飛び乗りゴーグルを下ろす。アイラの意思を確かめたアストンは自分のポケモン、エアームドの背に再び飛び乗った。

 

「それじゃねカイドウさん! またどこかで会えたらいいね! ああいや、あの馬鹿連れて戻ってくるから!」

「来るな、面倒だ」

 

 最後まで素直に答えなかったカイドウに向かってアイラは手を振ると、フライゴンに上昇の合図を出した。続いてエアームドが飛び上がり二匹のポケモンは東の空へ向かって飛翔した。

 

 

 

「やれやれ、クシェルシティか……」

 

 

 ぽつり、とカイドウは呟いた。あそこの同僚もまた、自分並みに癖の強い男であったなと思い出した。

 なにせ彼と相対した人間は皆口を揃えて言うのだ。

 

 

 

 ――――バケモン、と。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 俺とジュプトルは先程完膚なきまでに打ちのめされたポケモン――コジョンドの後ろについていってしばらく歩いた。

 そこには修行場と称するにはおあつらえ向きの大きな滝があり、コジョンドはその前でピタッと止まった。

 

 するとコジョンドはまるで「見てろ」と言わんばかりに合図をしてから、滝のど真ん中に鋭い【はどうだん】を打ち込んだ。

 水流は波動の一撃を受けて真っ二つに割れる。しかしすぐに流れてくる水によって水の割れ目は元通りになる。

 

 ジュプトルに対して、手段は問わないから同じように滝を割ってみろということらしい。【はどうだん】と同系統の【エナジーボール】かそれとも……

 

 考えた結果、俺はジュプトルに進化したことで会得した現状切り札とも言える【リーフブレード】で下から滝を掻っ捌く手に出た。

 だがジュプトルが滝に突っ込み、腕を下から昇竜のごとく突き上げようとした直後ジュプトルは滝に呑まれてしまった。どうやら見かけ以上に水流は強いみたいだった。

 

「それなら【エナジーボール】で……!」

 

 滝壺から浮上したジュプトルは打って変わり、【エナジーボール】を生成するとそれを滝に向かって放つがそれは滝を弾くには至らず、そのまま水に呑まれてしまった。

 なんとはなしに放ったコジョンドの【はどうだん】でパックリ割れたにも関わらず、ジュプトルの技では目を見張るような割れ目は起きない。

 

「威力不足……いや、伸びしろを理解していない……てことか?」

 

 俺が尋ねると、コジョンドはコクリと頷いた。言われてみれば、キモリの頃はどちらかといえば【ギガドレイン】や【タネマシンガン】のように特殊攻撃技を多く使っていた気がする。

 だけど、ジュプトルに進化した今伸びしろの先は多く分岐しているはずだ。

 

「【リーフブレード】含める物理近接技を極めるか、今までの技を活かしていくかだな……ジュプトルはどうしたい?」

 

 ジュプトルは悩んでいた。やはりすぐには決められないか……

 しかしコジョンドはそれでいいという風に頷いていた。そして、一つの巻物をこちらに投げてきた。

 

「これは……?」

 

「おや、その様子では我が師に手ひどくやられた様子……というよりかは、玄関で躓いたという感じですね、お怪我はありませんか?」

 

 ッ! 驚いて振り返るとそこには民族衣装を来た青年――サザンカが立っていた。師匠、ってことはやっぱりこのコジョンドは……

 

「……へぇ、先生がそれを授けるとは、君はよほど見込みのあるトレーナーなのですね……明日のジム戦が楽しみです」

「この巻物はいったい……何が書かれているんだ?」

「簡単ですよ。これはラフエルが残した聖遺物、と呼ぶべきものの一つです。ポケモンと心を通わせ、ポケモンらの真価を引き出す術が書かれています」

「真価……?」

 

 今より、強くなるための術が……?

 

「僕はこのクシェルシティのジムリーダーともう一つ、この巻物たちを守るという任をポケモン協会から与えられています。いずれ誰かに引き継ぐその時までね」

「そんなに巻物を誰かに奪われるのはまずいのか……? いったい誰が盗むんだ」

「未来を占うことは僕には出来ません。が、ジムリーダーの中には"英雄の民"の末裔がいまして……彼らが絶えず、巻物を守護せよと訴えるのです」

 

 英雄の民、それも初めて聞くワードだった。しかしそれを尋ねる暇をサザンカは与えてくれなかった。

 

「さて、言葉を発しない師ゆえ少々相互理解に時間がかかるでしょう。これからは僕がレクチャーさせていただきますね……この滝は不思議な力を宿していて、ポケモンの技を弾く【リフレクター】や【ひかりのかべ】の力を含んでいます。ですのでポケモンの技であれば弾く水なのです」

「それにしては、このコジョンドの【はどうだん】で大げさに弾けた気がするけど……」

「えぇ、先生の【はどうだん】はドラゴンタイプの放つ【はかいこうせん】並の威力がありますから……と言いたいところですが、そうではありません。この滝を割る程度ならば君のポケモンにも十分可能です……いえ、それこそがこの修行において重要な点です」

 

 サザンカはそう言って、自分のモンスターボールからポケモンを呼び出した。小さな蟹のポケモン、"クラブ"だ。モタナタウンでは美味しく頂いただけに、まじまじと見られない。

 クラブはサザンカとアイコンタクトを行い、滝壺に飛び込む。

 

「行きますよ、見ててくださいね……【クラブハンマー】!」

 

 振り上げられた鋏が雪崩落ちる水流にぶち当たった瞬間だった。何か、芯に当たる感覚が響いてきた。衝撃は鋏のように、シルクを裂くようにぱっくりと滝を両断する。

 跳ねた水が俺とジュプトルをずぶ濡れにするが、それ以上に驚いていた。ポケモンの身に宿る力の凄まじさにだ。

 

「どうです? ジュプトルよりも身体の小さいクラブですら出来るわけですから、誰にでも可能であることはこれで証明しました。なんなら、僕自信がやってみせましょうか?」

「そこまできたらもう人間じゃなくてバケモンだな……そっか、でも裏を返せば人間でも出来るってことだ」

「流石ですね、言葉尻もきちんと逃がさない姿勢。その通りです、リフレクターとひかりのかべがどういう風に展開されるかは、カイドウさんを退けたダイ君なら知ってますね。平面のバリア状です。ですが、この滝はもちろん液体ですので面という場所は存在しません。言うなればバリアの成分が溶けて流れている感じですね」

「つまり、含まれている成分が弱い場所……文字通りの()()があるってこと?」

 

 サザンカは首を縦に振った。つまり、コジョンドもクラブもその弱点部分を上手く突いたからこそ滝を割ることが出来た。逆にジュプトルの【エナジーボール】も【リーフブレード】もその弱点を突けなかったから攻撃の威力は殺され滝は悠々と流れ続けたわけだ。

 

「で、その弱点を見抜く方法ってなにかコツがあるのか? 俺には普通の真水にしか見えないんだけど」

「そうですね、実は色で捉えることは僕にも出来ません。しかしポケモンたちには点々としている防御能力の高い場所が見えているはずです。弱点となる、陣の継ぎ目を見極めることがコツです」

 

 だそうだ、ジュプトルの方を見ると任せておけと言わんばかりの自信に満ちた表情だった。確かに【みきり】を得意とするジュプトルにとっては、慣れるほどの回数をこなせば自然とコツが掴めるはずだ。

 

「さて、ダイ君。このトレーニングにはいったいどういった意味があると思いますか?」

「滝の弱点を狙い撃つトレーニング……敵を、倒すための技術?」

「その通りです。巻物に記された、的確に弱点を突くための修行です。ですが、倒すばかりが道を拓く術ではありません。この巻物には守るための技術もあり、それはトレーナーが習得すべきだとラフエルは記しています」

 

 守るための技術……トレーナーが覚えなきゃいけないことっていったい……?

 ジュプトルの滝割修行をコジョンドが監督している間、俺とサザンカは少し離れたところにやってきた。そこには少し大きめのテーブルがあってサザンカはその片方に陣取った。

 

「それではこれから、ダイ君には僕とポケモンピンポンをしてもらいます」

「へ、俺とあんたで……? つまり、ポケモンピンポンを、人間同士でやるってこと!?」

「ご明察です、本来のポケモンピンポンはポケモンとトレーナーのダブルスですが、今は取り込んでいるので僕とダイ君のシングルスで行います。それで、ボールが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを意識してくださいね」

 

 そう言ってサザンカは様子見とばかりにボールを放つ。俺もまったくやったことがないわけではなく、飛んできたボールをラケットで返す。ドライブスピン付きで。それを見たサザンカは満足げに球を打ち返してきた。

 何度かラリーを続けていると、サザンカはどんどん速度を上げてきた。やったことがある程度の、ほぼ初心者の俺はその速度についていくのがやっとで、徐々にスタミナも切れてきた。

 

 息も続かなくなり、ボールを左右に振られると自分自身が操られているような感覚になる。

 

「そういえば言ってませんでしたね、僕の……クシェルシティジムのルールを」

「ルールッ!? ポケモン協会が定めた、大会用ルールじゃ、ないのか……っはぁ、はぁっ!」

「もちろん本来ならばそのルールを遵守する必要があります。ですが、ジムリーダーが定めたそのジム特有のルールを用いたジム戦もまた認められています。そして、(サザンカ)が挑戦者に要求するモノ……」

 

 後ろ向きの回転をしているボールをラケットで弾くと山なりになってサザンカのコートへ帰っていく。サザンカはグッと身体を縮め、足をバネの如く一気に伸ばして高く跳躍する。

 

 

「ポケモン並びにトレーナーは、絶対に指定されたフィールドから出てはならない。それだけです」

 

 

 撃ち込まれたスマッシュは魔球と化し、俺のスイングを潜り抜けて俺より後方へと飛んでいく。直後、水が破裂するような音が響き、見ればジュプトルの【リーフブレード】が滝を見事に両断したようだった。

 

「ジュプトルは合格です、ダイ君はまだまだみたいですが……それでも気合いで僕についてくる気迫は感じました、及第点です」

「はは、そりゃどーも……」

 

 汗でビチャビチャになったシャツを脱ぎ捨てて滝壺へと飛び込む。ジュプトルの側にやってくると、無事滝を割れたからか自身の成長を確信しているみたいだった。

 

「ところで、今のポケモンピンポンからどうやって守る術を会得するんだ……? 因果関係繋がってるようには見えないんだけど」

「えぇ、ポケモンピンポンは簡単にいえば僕の趣味ですからね。ラフエルが示した"守るための修行"ではありません」

「違うのかよ! 真剣にやって損した気分だぞ……」

 

 身体の熱を冷ましてから滝壺から出る。修行と言えばそれこそ滝行なんかがあるわけだが……

 

「実のところ、その守るための技術は巻物に記されてはいるのですが……この通り、劣化がひどく解読できないんです」

 

 サザンカはそう言って巻物を広げてみせた。確かに滝を割りそこから派生する攻撃の術は事細かに記されているが、その先はボロボロで断片的にしか見えない。

 俺が納得したのを確認したサザンカは巻物をたたむと、だんだんと紫色になる空を見ていた。

 

「僕がまだまだ未熟だという話はしましたね、この通り僕はラフエルが残したなんらかの修行を追求し続けているんです。そのために、僕をより高みへと導いてくれる。そんなトレーナーをジム戦前に選抜するんです」

「こっちとしてはそのお眼鏡にかなったみたいで何よりだよ……」

「えぇ、明日はよろしくお願いしますねダイ君」

 

 短い言葉を交わして、俺とジュプトルはサザンカの修行場を後にした。ポケモンセンターに行くとリエンとアルバが待っていた。アルバはどうやらサザンカが指定したルール、"フィールドから出ない"を守りきれずに失格になったようだった。近いうちにリベンジするつもりらしい。

 代わりにとアルバはどんな修行をしてきたのかとうるさかった。普通に滝を割ってきただけだと答えると今度は「滝行!」とテンションを上げてきた。

 

「お疲れ様、疲れたでしょ?」

「いやホント疲れた。まず入り口まで長いしポケモンは飛び出してくるし滅茶苦茶つえーし……次行くときはパパっと空飛んで行きたいもんだね……」

「そんなに? でも興味湧いてきたなぁ、私も行ってみたい」

 

 リエンもまたなんだかいつになく楽しそうだった。やっぱりモタナを出たから、変わりつつあるのかな……そういう意味では俺もか、ラフエル地方に来てだいぶ変わったと思う。

 もう、前みたいには戻らない。意味のない旅なんて、もうしない。

 

「じゃあ私は、ミズとミズゴロウに技を教えてくるから」

 

 そう行ってタタタと足早にリエンは外へ出ていった。確かに何時になく楽しそうだとは言ったけど、どうしたんだろうか。

 

「アルバ、なんか知ってるか?」

「ダイも知ってる通り、サザンカさんはみずタイプの使い手でしょ? 今日のボクたちのジム戦を見て、もっとポケモンのことを知りたいって思うようになったんだって。それで、今いる手持ちの二匹に技を教えたりコンビネーションを仕込んだりとトレーナー道を歩き始めたわけだよ」

「そっか、なるほどね……」

 

 旅をすると変わるというのは、誰しも共通みたいだった。少し遅めの晩御飯を食べ終えると俺とアルバは部屋に戻ってベッドに横になった。

 明日がジム戦だということもあって、少し緊張して眠れなかった。アルバの寝息が少しやかましいとかそういうことはない。

 

 結局朝というのは存外速くにやってくるもんで、俺は少し寝不足気味になりながら朝を迎えた。アルバは俺が起きる少し前くらいに目を覚ましてルカリオとトレーニングに行っていたみたいだ。サザンカに負けたのがやっぱり悔しかったと見える。それがポケモンの力量ではなく、自分の至らなさでルールを犯してしまったのならなおさらだと思う。

 

「あ、ダイ」

「おはよう、リエン。よく眠れた?」

「おかげさまで。一人部屋は広いけど、ミズゴロウくらいしかわんぱくなのがいないから少し静かかな」

 

 そういうリエンの頭にはちょこんと寝癖が立っていた。俺は見て見ぬふりをして、廊下の水道で顔を洗った。すると庭から汗でびっしょりのアルバがやってきた。アルバも水道で大雑把に頭を水で流し、濡らしたタオルで身体の汗を拭う。

 食堂に移動しながら俺たちはとりとめの無い会話を繰り広げたが、やっぱりなんと言っても話題はジム戦でいっぱいだった。

 

「いよいよだねダイ! 頑張って! ボクも今日はサザンカさんの修行場でみっちり鍛えなおそうかと思ってるんだ!」

「あー、じゃあ気をつけろ。あの廊下、マジで馬鹿にならないからな」

「やだなぁ、たかが廊下でしょ? 大したことないって」

 

 そう思っていた時期が俺にもあるなぁ、昨日なんだけどさ。スタミナのつくものを食べて、俺のポケモンたちも気合十分。身支度を整えて、締めにお気に入りのゴーグルを頭につける。

 旅のお供は何もポケモンたちだけじゃない。俺を飾るアクセサリーたちも一緒に旅をしてきた。こいつは中でもお気に入りの一品だ。

 

「そういや、これはアイツから初めてプレゼントされたもんだっけな……」

 

 今頃、俺を探してるんだろうか。アイ――アイラは。執念深さはたぶんイグナ以上だろうな……

 

「よし、行くぞお前ら! 勝ってアルバに自慢してやろうぜ!」

 

 円陣を組み、ボートへ乗り込んだ。アルバとリエンも一緒に来てくれた。途中からアルバたちはサザンカの修行場へ行くだろうからジムまでは一緒だ。

 ジムがある孤島へやってくると船着き場で俺はボートを降りた。そしてぴしゃりと頬を叩くと神社の引き戸を開け放った。

 

「挑戦者がやってきましたよ、サザンカさん!」

 

 思えばサザンカに敬称をつけるのは初めてな気がする。あの人いったい何歳なんだ、見た目は十代でも通用しそうなもんだけど……

 俺の呼びかけには答えず、神社は無言を貫いた。俺は首を傾げた、もしかするとまだ修行場かもしれない。俺はペリッパーを呼び出すと、リエンたちが乗っているボートに着陸した。

 

「どうしたの?」

「神社にいないみたいだったから、きっと修行場だ」

 

 そうして崖の麓に到着した、その時。

 

 

 

 ―――――ダァアアアアアアアアアアアアアアン!!

 

 

 

 

「今のは……!?」

 

「修行場……滝の方からだ!!」

 

 突然、派手な爆発音が轟いた。俺たちは顔を見合わせると、逸る気持ちを抑えながらも足早に玄関を目指した。いや、この際構ってなどいられない!

 

「ペリッパー!」

 

 俺はペリッパーの足に捕まって屋根を超えて滝を目指そうとしたが、直後見えない壁が張られていて俺は壁に衝突、そのまま落下してしまう。

 

「ダイ!」

「大丈夫!?」

 

 身体を地面に打ち付けはしたが、軽傷だ。俺はポケモン図鑑とデボンスコープを取り出して周囲を観察する。

 

「これは……特殊なバリア……()()()()()()()()()()()()みたいだ……玄関を超えていくしかない!」

 

 そう言って引き戸を開ける。すると、そこにはニョロボンとニョロトノが倒れていた。再び相見えたもののこんな再会になり、俺は歯噛みした。

 間違いない、この先で何かが起きていてこの二匹は誰かにやられたんだ。リエンが手持ちのキズぐすりで二匹を回復させる。

 

 そのとき――――

 

「ダイッ! 伏せてー!」

 

 アルバの叫び、俺は身を屈めながら横に飛んだ。すると俺に向かって、可視できる真空の刃が襲い掛かってきた。

 

「ルカリオ! 【はどうだん】!」

 

 すかさずアルバが反撃する。廊下の奥の暗闇から襲い掛かってきたのは"ゴルバット"だった。さしずめ、今のは【エアカッター】だろう。しかも今の切れ味、ひょっとして……!

 ゴルバットの後ろから、ドシドシと音を立ててもう一匹のポケモンが現れた。

 

「"コドラ"だ……!」

「門番のつもり……? ダイ、ここは私とアルバに任せて先に行って! あなたたちも、もし大丈夫なら力を貸して!」

 

 リエンはニョロボンとニョロトノに向かってそう言った。二匹はどうやらあのコドラとゴルバットにやられたらしく、リベンジに燃えていた。

 俺はポケットからポケモン図鑑を取り出すとそれをリエンに渡した。

 

「ポケモン図鑑があれば、ニョロトノたちが覚えている技がわかるはずだ……ここは頼む!」

 

「「任された!!」」

 

 その言葉が合図となって、俺は飛び出した。コドラが【メタルクロー】で襲い掛かってくる。しかし、

 

「ニョロトノ! 【かわらわり】!」

 

 素早く俺の前に飛び出し、コドラの妨害をするニョロトノ。突き出された鋼鉄の爪と、鋭い手刀が激突する。俺は間一髪その攻撃の衝撃を避けるとゴルバットに対峙する。

 ゴルバットは真空波で攻撃してくるかと思いきや、大口を開いて俺に向かってきた。【どくどくのキバ】だ!

 

「させない! ルカリオ! 【ファストガード】!」

 

 またしても俺の目の前に割って入ったルカリオがゴルバットの口撃を手で受ける。じわりと染み出す毒、しかしルカリオは顔色一つ変えない。ゴルバットが戸惑い出す。

 

「はがねタイプに毒は効かないからね……! さらにボクのルカリオは、かなり強い!」

 

 バキッ、という音と共にルカリオがゴルバットを吹き飛ばす。自慢のキバが根こそぎ折られたゴルバットは早々に戦意を失いかけていた。しかしこの先にいるのであろう主が、絶対に徹すなという命令を下しているのかゴルバットは退こうとはしなかった。

 しかしルカリオが相手取ってくれているため、俺は一足先に廊下を駆け抜ける……!

 

 ランニングシューズにものを言わせて一気に走る。閉じられた引き戸を蹴破って廊下を脱出する。

 

「サザンカさん!!」

 

 叫ぶ、滝の音にかき消されないよう大声で。すると、修行場の真ん中で膝をつく人物の姿があった、サザンカだ。

 

「ダイ、君……! なぜ……」

「話は後! 誰だ、正体を見せろ!!」

 

 薄暗がりに向かって咆える。すると、地をコツコツと踏みしめる音が響く。ブーツの音だ、そしてその影はスッと現れた。

 

 

 

「よう、久しぶりだな――――」

 

 

 

 その声には聞き覚えがあった。

 

 その姿には見覚えがあった。

 

 何より、忘れられるはずがなかった。

 

 鼠色のフード付きのポンチョコートの裾を靡かせながらゆらりと現れたそいつは、俺の顔を見るなり獰猛な獣の顔を浮かべた。

 

 

 

「――――オレンジ色、いいや……ダイ」

 

 

 

 バラル団三頭犬(ケルベロス)……"執念のイグナ"!

 

 

 

 




久しぶりのイグナくん、やはり彼こそライバル感あります。
ありがとう新谷くん。

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