ポケットモンスター虹 ~ダイ~   作:入江末吉

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VSニョロボン クシェルシティへ――

 教室が変形するジムの中で数日ぶりに激戦が繰り広げられていた。しかし表情を顰めているのは、ジムリーダーの方だった。

 ジムリーダー――カイドウはフーディンへと指示を飛ばす。

 

「重心をやや右に調整敵ポケモンへの間合い突入まで二秒! 【かみなりパンチ】!」

「ジュペッタ! 【しっぺがえし】!」

 

 フーディンが放つ雷を纏った拳を受け止め、即座にはたき返すポケモン"ジュペッタ"。そのヒラヒラした手に宿った怨念に叩かれるたびフーディンを傷つける。

 ジュペッタというポケモンが共通して持つ恨み辛みをそのまま強さにしているのだ。しかもカウンタータイプときた、フーディンから攻める場合確実に攻め以上の反撃を被るのだ。

 

「続けて【シャドーボール】行ってみよう!」

「射角計測球体中心から右下にかけて脆弱性を発見同系統の技で相殺を推奨!」

 

 ジュペッタがヒラヒラの手から闇色の球体を作り出し、それを放つ。対してフーディンもまたそれを同じ(シャドーボール)で迎撃する。しかしそこはジムリーダー。ジュペッタが放つ球体の脆弱性を掴み、フーディンに的確に撃ち抜かせる。

【ミラクルアイ】を使った高次元解析戦術を駆使して挑戦者を試していた。そう、そのはずだった。

 

 確かにどんな技を撃ってこようが、迎撃することも回避することも可能だ。だというのに、結果的に圧されているのは自分という錯覚を受けるのだ。

 

「なるほど、超常的頭脳ってそういう戦術(パターン)なんだね! ふーん……」

 

 挑戦者の女は不敵に笑むと、パチリと指を鳴らす。すると静かにジュペッタが笑ったのである。

 

「ジュペッタ! もう一度【シャドーボール】!」

「敵ポケモン再度球体発射、射角計測再度迎撃……!」

 

 フーディンに直接相殺の指示を出し、フーディンが再びシャドーボールを練りだそうとする。しかし、何も起きなかったのだ。フーディンが自身の手の中を覗く。

 そこには黒い何かが渦巻いており、フーディンがシャドーボールを放つのを阻害しているようだった。

 

「これは【ふういん】か……!? ちっ、躱せ!」

 

 間一髪でフーディンが闇色の球体を回避する。逸れていったシャドーボールが地面に激突し、砂煙を巻き上げる。

 

「視界悪化敵ポケモンの姿認識不可能追跡開始……!」

 

 カイドウはフーディンに再びジュペッタの姿を探させる。さらに【ミラクルアイ】を使用し、フィールドで動くものすべてを観測するも動くのは砂煙しか無い。

 たった一瞬の間にジュペッタを見失ったのだ。挑戦者の女はニヤリと笑った。

 

「お足元にご注意くださいませ」

 

「そうだろうな、フーディンの死角に入り込むなら、影しか無いからな!」

 

「やばっ! バレてた!?」

 

 察し、フーディンが足元を見た瞬間そこにいたジュペッタがケタケタと笑いながら【ふいうち】を行い、フーディンを攻撃する。

 しかしカイドウはその攻撃を読んでいた。【ふういん】によって封じることが出来るのは、ジュペッタとフーディンが共通して覚えている技。

 つまり、フーディンにとって第二の切り札である【かみなりパンチ】は有効である。

 

「【かげうち】!」

「【かみなりパンチ】! 右下から肩口を超えてくるぞ!」

 

 差し違いに近い形で両者の攻撃が交錯する。ジュペッタが拳を受け、その電気で感電したように震える。一方フーディンもまた、ジュペッタの拳を受けたかに見えた。

 しかし片方の腕に持っているスプーンの受け皿を巨大化させ、ジュペッタの拳を顔の寸前で防いでいたのだ。つまり、クロスカウンターだ。

 

「っ、ジュペッタ! 戻って!」

 

 渋々、と言った感じで挑戦者はジュペッタを下がらせた。そして手持ちのポケモンから予め選出しておいたもう一体をボールからリリースする。

 

「ほう、ジュペッタの代わりに出てきたのがそいつか……」

 

 カイドウは息を整えながら呟く。しかし相性で考えればそのポケモンはフーディンに対して不利である。かといって、ジュペッタで戦い抜くつもりだったかというとそうは思えない。

 とすると、新しく出てきたこのポケモンは彼女にとって、まさに切り札なのだろう。

 

「正直、ラフエル地方のジムの、それも最初に明かすつもりはなかったんだけど……カイドウさん、強いし」

「当たり前だ。伊達にこの街のジムリーダーをしているわけではない。わざわざそのポケモンを選んだのには、何か理由があるのだろう。見せてみろ、お前の手の内を。尽くを、解析し尽くしてみせよう」

「なら、お言葉に甘えて――――」

 

 そう言って、彼女は左腕のみを覆っているグローブの手首(リスト)を見せ、そこに嵌め込まれた石に触れた。

 

「文字通り、"とっておき"……!」

 

 次の瞬間、カイドウは思わず目を覆うほどの輝きと、肌をチリチリと焼くような劫火の中にいた。

 

 

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 久々のピーカンの空の下、俺たち三人は舗装された道を歩いていた。リエンのミズゴロウも小さな歩幅でご機嫌に歩いている。どうやらモンスターボールの中よりも外の方が快適らしい、それもそうか。ポケモンにとってモンスターボールは窮屈な世界なんだろう。

 

「あっ、見えてきた!」

 

 アルバがトトト、と小走りで先に走っていった。俺たちは坂道に差し掛かり、ため息混じりに登っていく。登り終えたアルバが手を振って急かす。

 

「わぁ……!」

 

 リエンが感嘆の声を漏らした。釣られて俺も、眼下に広がる一面の湖を見て思わず言葉を失った。なんというか、視界に広がる()()()()()()と思うと改めてラフエル地方の凄さを思い知らされるな……

 

「クシェルシティ……ラフエルが151匹のポケモンたちと作り上げた湖畔の町。伝説だと、一度街が沈んでしまったんだけどそのポケモンたちがラフエルを救い上げたのよ」

「それで、ラフエルの感涙があの街の水を全て浄化してあんなに綺麗なんだってさ」

 

「へぇ……昔話ってのは往々にスケールがでっかいけど、今回のはまたとんでもないな……にしても、クシェルシティの水ね……」

 

 先日のトラウマを刺激されるからか、口元が思わずヒクヒクする。けど、それ以上に新しい街へやってきたというワクワクが俺の足を進ませた。

 湖の畔の船着き場でボートを借りる。一人用と数人用のボートが有るらしい。どうやらみずタイプのポケモンを持っていない人のために船着き場ではレンタルポケモンのサービスもしているらしかったが、俺たちには不要だった

 俺たちは数人用のボートに乗り込むとペリッパーと、ペリッパーに【へんしん】したメタモンをボートに繋いだ。

 

「えっと、地図では……あった。街の中を北上した先にある孤立した島にジムがあるらしい」

「じゃあそこまで頼む。あ、ゆっくりな。船酔いしたらジム戦どころじゃない」

 

 コクリと頷いたペリッパーたちがボートを引っ張りながら泳ぎだす。普段なら街を見て回ろうかと思うがこの街は基本的に水に沈んでいるために見て廻り辛い。

 だけどアルバが言ったとおり、この街の水は澄んでいて薄っすらとレンガ敷の道が見える。水位が下がれば、歩けるくらいにはなるかもしれない。

 

 ん……? 水位?

 

「なぁ、この街の地面が見えてるのって……」

「"神隠しの洞窟"に水が大量に流れたせいだろうね……」

 

 俺たちは揃って頭を抑えた。もし神隠しの洞窟から水の抜け道が出来てしまった場合。水の半分くらいがあっちに移動して、この街は水没都市ではいられなくなるかもしれない。ちょっと申し訳無さを覚えた。

 そんなこんなで沈んだ気分だったが、それでも神秘的な街並みは俺たちの心を晴らした。むしろ沈んだレンガの上にみずタイプのポケモンが生活しているのを見ると、幾分か街がアトランティックな雰囲気に思えてきた。

 

「あ! あれじゃない? クシェルジム!」

 

 アルバがボートから身を乗り出しながら指差したのは、街から出るための通路(というか水路)の先に並ぶ、幾重にも連なるゲートのようなオブジェ。その先にはぽつんとした孤島が佇んでおり……

 

「ねぇ、ダイあれはなに? 見たところ、ボートなんだけど……」

「というかボートの群れ……?」

 

 孤島の船着き場にはボートが山ほど集まっており、もはや船着き場にボートを止める場所が無いみたいだった。後で出直した方が良さそうだが、何をやっているのか確認だけはしておきたいな。

 

「ボート伝いに跳んでいくしかないな……メタモン、頼む」

 

 俺はひとまず先に様子を見てくるために、ペリッパーの姿のメタモンをボートから切り離すとその足に捕まって空を飛ぶ。ひとっ飛びして船着き場に着地すると俺は石畳で出来た階段を駆け上がる。その先には神社のような大きな建造物があった。 

 そこにワラワラと人が集まっていて、俺は首を傾げた。

 

「これからジム戦が始まるのか?」

「ん? いいや、これからジム戦の《選抜》が始まるんだよ」

「選抜? それって、ジム戦が出来るかどうかは選ばれるかどうかってこと?」

 

 尋ねると男はコクリと頷いて、視線を前に戻した。俺もつられて前に視線をやると、十数人が一列に並びその前で一人の男が瞑想していた。

 その男は少し変わった民族衣装のようなものを身に纏っている。よく見るとその服は結構ボロボロだが、きちんと修繕されているみたいだった。恐らくあの服をずっと愛用しているとかそんな感じだ。

 

 民族衣装の男は一息つくと、首を横に振った。すると並んだ十数人もまたため息をついたり崩れ落ちたり、とそれぞれリアクションを取った。

 

「あれが選抜? どういう基準で挑戦者を選んでるんだ……?」

 

「さぁ、サザンカさんがその辺を明かしたことは一度もない。かくいう俺も、ずっと通い詰めさ……何年になったかなんて考えたくもねーよ」

 

 笑い混じりに男は言うが、こちらとしては笑い事ではなかった。ただでさえこっちは旅人の身、この街に留まっていられる時間はそう長くない。

 無理言ってでもチャレンジを受けてもらわないと……

 

 と、人混みを潜り抜けてジムリーダー――サザンカ――の元へと歩みを、足を踏み込んだときだった。まるで微かに反応があったかのように、彼は目を開いた。

 

「そこの君……いいえ、正確には二人……?」

 

「へ?」

 

 サザンカの目は俺と、俺の肩口を射抜いた先を同時に見ていた。彼の目に俺がどう映っているのかは分からない。けれど、弾丸のような鋭さを以てその視線を俺を確実に捉えていた。

 

「どったのダイ、ひょっとしてサザンカさんにチャレンジ出来るとか? ってうわっ、なんかめっちゃ見られてる……?」

 

 あまりの剣呑な雰囲気に、アルバと一緒に来たリエンまでも口を開きかねていた。立ち上がったサザンカはその剣呑な視線を一瞬で柔和な笑顔に変えた。

 

「君たち、挑戦者かな……いいや言わずともわかる。その目、そのボールから伝わる闘志、負けることなど微塵も考えていない、その勇気……君たちならば、僕をさらなる高みへと導いてくれるはずだ……」

 

 柔和な笑顔からは想像も着かない熱意を以て語られてしまった。さすがのアルバも面食らっているみたいだった。

 しかもどうやらギャラリーが沸き立っているようで、俺たちはどうにもやりきれなさを覚えた。挑戦したかったのは事実だが、あまりにトントン拍子すぎる気がする。

 

「じゃあ、ボクから行きます!」

 

 次の瞬間にはアルバが挙手した。サザンカもどうやらやる気のようだ。しめしめ、手の内しっかり見せてもらうぜ……!

 と、したたかな心持ちでいるとサザンカは苦笑した。

 

「すみません、ジムリーダーの役職を与えられてなお僕はまだ未熟の身。ゆえに一度のジム戦に全力を注いでしまいます。ですので、あなたはまた後日ということでよろしいですか?」

 

 心中を読まれた!?

 

 驚いてギョッとしてしまうが、他意は無いみたいだけど……ちいせぇ、俺人としての器がちいせぇよ……ちょっとばかし自己嫌悪だ。

 するとサザンカはジムがある孤島のさらに奥。街からではこの孤島が障害物になって見えない場所を指し示した。

 

「代わりと言ってはなんですが僕の修行場があります。そこに僕が個人的に師と仰ぐ者がいます。一日、そこで鍛えてみてはいかがでしょう?」

「へぇ、アンタから見て俺ってそんなに力不足?」

「いえ、不快に思ったのなら謝罪します。ですが、」

 

 そこまで言ってサザンカは俺にだけ聞こえるように耳に口を寄せた。

 

「あなたはどうやら、あのカイドウくんを倒した強者のようですからね。ジムリーダー協会でお会いして僕が真っ先に脅威と感じた彼を倒す実力を、さらに極めた力を僕にぶつけてほしいだけなのです。それだけはわかってほしいのです」

 

 それだけ言い残すと俺の肩をポンと叩いてサザンカはアルバと道場の方へと去っていく。リエンはどうやらアルバの戦いを見るつもりらしく、アルバの方をちょいちょいと指差す。どうやら一人で修行することになりそうだ。

 

「しょうがない、行くぞペリッパー!」

 

 俺はペリッパーに声をかける。ボートで待機していたペリッパーが飛んできて、その背に飛び乗るとサザンカの修行場を目指した。

 切り立った岩場に佇むそれはまさに修行場、最低限の設備しか無く確かにこれなら不便さを逆境として切り抜ける強さを鍛えられそうだった。

 

 引き戸をガラガラと開けると、そこは長い廊下だった。

 

「なんじゃこりゃ……道場じゃないのか?」

 

 周りを見てみると、下駄箱も無く扉の側を見てみると地図が書いてあった。

 

「……玄関ンン!?」

 

 このバカに長い廊下は、文字通り"廊下"だっていうのか!?

 薄暗くて先の見えない廊下、俺は生唾を飲み込むがこの先にいるというサザンカの師匠に鍛えてもらうべく、その一歩を踏み込んだ。

 

 瞬間、足場は入り口に向かって……つまり俺の進行方向とは逆の方向に動き始めた。よくある動く足場、ここは足場そのものがベルトコンベアーになってるみたいだった。

 走れば走るだけ、廊下の速度は早くなっていくみたいだった。どれだけ速度をあげようとしても玄関から一向に先に進めそうになかった。

 

「にゃろぅ……こうなったら、ランニングシューズフル回転だオラァー!!! って、どわぁっ!?」

 

 足の親指でシューズ内のBボタンを押し込み、ランニングシューズの力を最大にして走るも逆に足が追いつかずに廊下と熱いベーゼを交わしてしまった。思いの外冷たい廊下だった、好感度は期待出来なさそうだ。

 

「っつー……これどういう仕組みなんだ? 早く走れば走るだけ廊下の速度も上がっていく……さっそく頭を使っていくのか? なんかヒントとか無いのか」

 

 そこまで呟いたときだった。前方から跳んできた凄まじい水流、それを辛うじて俺は回避する。それが玄関の引き戸にバシャリと当たって弾ける。

 

「……ポケモン!?」

 

 廊下の壁、天井を足場として素早く忍者のように飛び回るポケモンが二匹、肉眼で目視出来た。あれは――――

 

 

「"ニョロボン"と"ニョロトノ"か!」

 

 

 みずタイプを含んだ、近接戦闘に特化したポケモンたちだ!

 

「この廊下、ひょっとして……受けて立つ! いけ、ジュプトル! 【エナジーボール】! ゾロアは【いちゃもん】だ!」

 

 向こうが取った体裁(ダブルバトル)、俺はそれに乗っかり二体のポケモンを呼び出し、それぞれに対処させる。ニョロボンの一撃は下手するとゾロアをすぐさま戦闘不能にしかねない。だからニョロボンの相手はジュプトルに任せる。進化し、身体も大きくなったジュプトルならばニョロボンとサシでやりあえるはずだ!

 俺のポケモンが攻撃を行った瞬間、ガクンと廊下の動きが変わった。廊下の壁の足元から長い棒状のものが左右でそれぞれ時計回りと反時計回りで周り、上手く干渉しないように回転し始めた。

 

 つまり、後ろに向かって動く廊下をポケモンバトルの効果的な攻防によって操作、足場を襲うこの棒を上手く飛び越えながら、向こう岸へ向かうってことだ!

 そうとわかれば話は早い。俺は遅いくる足場の棒を飛び越え、かつ後ろ進行方向とは逆向きに進む足場よりも速く先に進む。

 

「ニョロトノの【かわらわり】が来るぞ! 【イカサマ】だ!」

 

 空気を切り裂く鋭い【かわらわり】、しかしゾロアはそれを躱す。身体の小さいゾロア目掛けて放たれた鋭い手刀は地面へと突き刺さる。ニョロトノがギョッとしたように驚いた。

 

「今だ! 【こわいかお】からの【あくのはどう】!」

 

 ゾロアの必殺コンボがニョロトノに炸裂する。ニョロトノは逃げ出せない状況で食らった技のせいで怯み、完全に動きを止めた。

 

「っ、ニョロボンは【きあいパンチ】かよ! 間に合うか……!? ジュプトル、【アクロバット】!」

 

 廊下の先、俺たちの行方を阻むように立ちふさがっているニョロボンが全身から闘気を迸らせながら、拳に全力を注いでいた。あの一撃が当たってしまえば、ジュプトルはひとたまりもない……!

 俊敏な動きでジュプトルが思わぬ方向からニョロボンへと強襲する。その時、ニョロボンの瞳が瞬いた気がした。だが、ジュプトルとも目が合った気がした。

 

 刹那の攻防、ニョロボンの死角から襲いかかるジュプトルとクルリと振り返り、わかっていたかのようにジュプトルを【きあいパンチ】で迎え撃つニョロボン。

 ニョロボンが放った渾身の一撃が空気を弾けさせる。それはつまり、不発を意味する。

 

 俺は即座に駆け出し、足場をうろちょろする棒切れをハードルを飛び越えるようにして通り過ぎる。

 

「【アクロバット】は結局間に合わなかった。だから、ジュプトルは【みきり】即座に【リーフブレード】でのカウンターに切り替えたのさ」

 

 戦闘不能になったニョロボンにそれだけ言い残して俺は廊下を駆け抜ける。ここまできたら気合いで走り抜けたほうが速い!

 ランニングシューズの手助けもあり、遅くなった廊下よりも素早く駆け抜け、俺は出口の引き戸をガラガラと開け放った。

 

「はぁ……はぁ……っふぅ」

 

 引き戸の先に転がり込むと俺はオレンジ色の染まりかけた空の下で大の字になって激しく肩を喘がせた。

 しんどい……まさかサザンカはこの修行場に来るまで、あんな特訓してんのか。門番も、ちょっと馬鹿にならないくらい強かったぞ……

 

「ひぃ……ひぃ……ん?」

 

 俺はふと視線を感じて、身体を反転させた。するとのそのそと、短い足をゆっくり動かして俺の元へ近づく姿があった。

 

「また、ポケモン……?」

 

 まごうことなき、ポケモンだった。そのポケモンはなんというか、ポケモンらしさがなかった。そう、まるでニンゲンと接しているかのような……そんな感覚だった。

 そのポケモンは、チョイチョイと手先を動かして俺たちを挑発した。どうやら「かかってこい」ということらしい。

 

「……よし、ジュプトル! 【エナジーボール】!」

 

 ジュプトルが手に抱え込んだ新緑の球体が、相手のポケモン目掛けて飛び出す。しかしそのポケモンはなんとその球体を足で受け止め、あろうことか足場としてしまったのだ。

 それだけじゃない。そのヒラヒラとした手の中に、見たことのある球体を生み出しそれを弾丸のごとく撃ち放ってきた。

 

「【はどうだん】だ!」

 

 アルバのルカリオも使う【はどうだん】をジュプトルは既の所で回避する。本来なら、波動を感知し回避先すら読んでから放つ一撃だがジュプトルは持ち前の【みきり】で相手が、()()()()()()()()()()()()()()()()()を予測できる。

【はどうだん】を上手くいなしたジュプトルは相手のポケモンへと一気に接近し、腕部の刃に力を込めて一気に斬撃(リーフブレード)を繰り出す。

 

 だが、その一撃は一瞬のうちに放たれた三つの斬撃によってかき消された。

 

「今度は【つばめがえし】……!? あのポケモン、ジュプトルが放った技と同系統の技で往なしてくる……相当強いぞ!」

 

 このポケモンがサザンカの師匠と言われても信じるくらいだ! だが、指示するトレーナーもいないポケモンに負けてたまるもんか!

 

「【かげぶんしん】! 相手をサークル状に囲んで、隙をついてもう一度【リーフブレード】だ!」

 

 高速で移動し、残像を生み出しながら相手のポケモンを包囲するジュプトル。数いるジュプトルのうち、数匹のジュプトルが背後から襲いかかる。

 が、そのポケモンは身体を倒し、ときには反転させ、ジュプトルの攻撃を軽く受け流していく。

 

 いや、ただ受け流すだけじゃない。避けて、その直後に僅かだがジュプトルに軽い打撃を加えているみたいだった。どこから攻めてくるのか、わかっているみたいに受け流しては打撃、受け流しては打撃を繰り返している。このままヒットアンドアウェイ戦法を取るのは得策ではない。

 

「距離を取れ! 【タネマシンガン】!」

 

 影分身による包囲は下策だった。ジュプトルは包囲をやめ、距離を確保しながら【タネマシンガン】を放って敵を牽制する。しかしそのポケモンは先程のジュプトルもかくやというスピードを以てフィールド内を縦横無尽に駆け巡る。

 タネマシンガンが途切れた、その瞬間。

 

 逃げ回っていたポケモンは一瞬で切り返すかのように進路をジュプトルへと変更し、思い切り飛びかかってきたのだ。見切り、回避しようとしたジュプトルだったが、不意にフラついてその場に膝をついてしまった。

 

「ジュプトル……!!」

 

 俺の呼び声も虚しく、ジュプトルに突き刺さるように放たれた【とびひざげり】が炸裂。吹き飛ばされ岩壁に叩きつけられたジュプトルは見事に戦闘不能へと追いやられてしまった。

 

「負け、た……?」

 

 指示するトレーナーもいないのに?

 

 ほぼ野生みたいなもんなのに?

 

 俺は、このポケモンに軽くあしらわれてしまった……?

 

 ショックだった。衝撃が次々俺に突き刺さるようで、俺は膝を屈しそうになった。しかし、ジュプトルを退けたそのポケモンはジュプトルの元へ歩み寄り、ジュプトルへと数個のきのみを与えた。

 渡されたそれをキョトンと見ていたジュプトルだったが、やがてしゃくしゃくと食べ始めて回復する。

 

「え、ついてこい……?」

 

 回復したジュプトルと俺を指し、そのポケモンはクイクイと合図する。俺とジュプトルは顔を見合わせながらそのポケモンについていくことにした。

 気づけば地平線、山の奥に太陽が姿を消し空を茜色が支配する時刻となっていることには、俺はまだ気づいていなかった。

 

 




序盤の彼女は前々回辺りに出てきた主要人物っぽいあの人です。

終盤に出てきた謎のポケモンですが、使える技から特定は簡単かと。次回までの宿題ですね

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