ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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その日

 日程が何となく定まった。

 一日目は瓜生の番。途中までは小火器でジョギング、霧が出てからは小型装甲車で、16階層まで行く。

 帰りに、一時間ほどベルにゴブリンやコボルドをひたすら斬らせる。ダンジョンを出たら、エイナに座学を教わる。

 帰りにはエイナに知られたくない膨大な収穫を持っている。その処理は、自分で店を探すようにした。狼人の男の子は、あれ以降見かけなかった。

 二日目は練習日。タケミカヅチ・ファミリアとの合同練習もあるし、武神だけがきて一時間ほど見ていくこともある。その前後も、膨大な歩き素振り・ウェイトトレーニング・ルームランナーをこなす。

 三日目は、午前は五階ほどでベルが斬り続ける。瓜生は一匹以外を撃つ。午後は街を探索してから三時ごろに帰り、タケミカヅチにフォームを修正してもらって、歩き素振りとルームランナー。

 四日目は『ベルの番』。午後遅くまで、三階まで探索する。瓜生は一切手を出さず、自分の身を守るだけ。

 五日目は完全休み。瓜生は街をぶらつき、ベルは激しい疲労で熟睡するが、午後にはヘスティアに連れ出されてデートしている……

 

 食費は原則としてベルの稼ぎをあてることにしたため、また別の目標もできて、ベルもかなり必死に限られた時間稼いでいる。

 瓜生はベルに一人で運動させて、自分は読み書きを勉強していることもあるし、少し街に出て人々を観察し、話していることを聞いていることもある。

 また、ギルドではダンジョンだけでなく、法律や社会制度についても熱心に聞いている。

 

 二度目の休み。ベルは自分で倒したモンスターの分の金をためて、ヘスティアに髪飾りを贈っていた。

 瓜生は料理を丁寧にやった。

 

 ベルは熱心に体を動かし、ダンジョンでも熱心に戦っている。ルームランナーだけでなく、より高い負荷が可能なエアロバイクやボート漕ぎ運動器具も学んだ。自転車がない世界、ボートが必要ない村で生まれたベルは、習得に少し苦労する。

 経験値が倍になる瓜生のスキルもあり、【ステイタス】の伸びはめざましいものがある。

 

 三度目の、ベルの番。半金を入れて廃教会の工事が始まろうとした翌日。

 ミノタウロス。

 

 工事が始まる、ということで瓜生は廃教会近くの廃墟を一時借りるとし、そこにテントを張って暮らすことにした。

 いつも通りの朝。いつも通りの軽い粥。

 探索は順調だった。ベルにとってもう、一階の、一匹ずつのゴブリンやコボルドは相手にならない。

 赤い瞳にとまったが早いか、すすっと速い歩きで接近され、動こうと手足を出す、その出ばなに首を斬り下げられる。

 二匹以上出ても、対応できる。

 瓜生が両手剣でやっている、二匹が直線になれば一度に一匹という動きをまねた。【タケミカヅチ・ファミリア】で話を聞き、

(敵がどんなに多くこちらが一人でも、一度に四匹以上とは接しない……)

 ことを利用し、背中の分厚いライオットシールドを信じて前の敵だけを切り倒し、そのまま抜ける技を覚えた。

 コツをつかんでいた。

「もう、先に行けると思います」

 ベルは自信をもって五階層の、七匹のゴブリンと戦った。

 スピード。動きを止めない。

 すっと出て、長い刀がすっと手を、脚を斬る。とどまらずに歩きぬけ、次。

 刀の引いて斬る使い方も身についた。二つの腕が同時に斬り飛ばされることもある。

 呼吸・腰・足が決まり肩の力が抜けて、一刀で敵の肩から脇まで身体を二つにできることさえ一度あった。

「これ、またできないでしょうか」

 とはしゃいで、

「戦いに集中しろ。まだいるぞ」

 と言われしゅんとなって戦いに戻った。

 全身での諸手突きが背中まで通り、それでも動きを止めずにナイフの二刀で、スピードと手数が群れを圧倒する。

 天井から落ちてきたリザードもよく見てかわし、斧で薪を割るように美しい、刀の重みだけの正面斬りが一刀両断にする。

 

 その朝、アドバイザーのエイナと、

「自信のある顔つきだけど、過信になったら死んじゃうわよ!ウリーさん、よく見ていてください」

「大丈夫ですよ、過信なんてしません」

「過信がないといえば、それは常に嘘だ。何を見落としているか自分ではわからないな」

「どうか無事に帰ってきてくださいね!」

 というような会話もした。

 

 六階層に降りたのは、ごく自然だった。

 瓜生は、「今、どこにいるか把握しているか?」と言おうとして、やめた。

 もう少し、どんどん成長するベルの活躍を見ていたかった。

 六階層で新しく出てくる、ウォーシャドウ。だが刀の、長い爪以上のリーチを把握したベルは、相手以上のスピードで鋭い諸手突きを顔面の急所に浴びせていく。

 一段落して、ヘルメットを外し汗をぬぐい、背中からストローを回して吸った……

 その時、瓜生の背後から、ベルのわきを通って三人が走り抜けた。

「へっへーっ!」

「助かったぜ」

「がんばれよーっ!」

 下卑た喜びの声。

「『怪物進呈』か」

 瓜生が警戒し、P90を構えた。

 ウォーシャドウ。鋭い角を持つ、七階層相当のニードル・ラビット、キラーアント。とっさに数を把握できない、合計で20前後。

 瓜生はベルに「さがれ」と叫びつつ、フルオートで掃討する。

 P90の50発を撃ち尽くし、グロック20を抜く。

 どれが生きているかよく見て、無事と思われるニードル・ラビット一匹以外を撃っていく。

 飛びついてくるのをよけて、

「ベル」

 と叫んだ。

 もうそれは何度もやっていた、

(一匹だけ残した敵で、経験を積む……)

 ベルは刀をふりかぶる。

 だが、ニードル・ラビットの動きには緩急があり、突然極端に加速する。飛びぬけるとベルの、ヘルメットとゴーグルを脱いだままの側頭部が切れ、出血。

 ゴーグルを脱いだ目に血が入り、見えなくなる。

 それを見た瓜生は、その時だけはニードル・ラビットとベルに気を取られた。

(撃つか、ベルに斬らせるか……)

 さらに、ベルを誤射しないように。それも気をつけなければならない。

 となると、銃ではなく蹴りを選ぶ方がいいかもしれない。

 拳銃に自信がない瓜生は、AK-101を取り出し、ボルトを引いた。

 そんな、考えと武器交換動作に、気を取られた。

 ベルがいる方向……今の『怪物贈呈』とも別方向、見えていなかった物陰から、重い振動があることに気づいた。

 巨大。圧倒。崩れるような。人のシルエットに近い。

 しかも、ベルのほう。下手に撃つとベルにも当たる。

 瓜生は一歩横に飛び、セミオートで連射。左手で、フォアグリップについた強力なライトを放ち目くらましを狙った。

 止まらない。一頭か二頭はひるんだか、または怒りを強めたか。

 そちらを振り向いたベルは……一瞬で走り出していた。ウサギのように全力、全速で。

 瓜生は巨大なミノタウロスを撃ちながら二歩後退、方向転換してベルとは別の方向にダッシュ。

(できれば、ベルから引き離し、自分を追わせる……)

 ために。

 レベル2の身体能力、だが敏捷は最底辺。

 ほんの2メートル引き離しつつ、フルオート。四つ足で角を前に出し突進する巨躯に、大量の5.56ミリ弾を浴びせる。

 まったく止まらない!

 迷宮の角を利用し、かろうじてセラミックプレートに、角をかすめさせる。ライフルを手放す。

 半ば吹っ飛んで背中から壁にぶつかり、そして測った。

 3.5メートル。それが瓜生にとって、本当に必要な距離だ。すべての銃弾は、3.5メートルを稼ぐため。3.5メートルあれば、どんな多数でも、どんな猛獣でも倒せる。

 胸に左手、ベルクロをはがしてTH-3サーメート焼夷手榴弾を抜く。ピンを、物入れベストにつけたフックに引っかけて抜き、ゆっくりしたアンダースロー。

 短い遅延時間。加害半径の狭い、超高温のテルミット炎が一頭を焼き尽くし、もう二頭もかなり焼く。

 その間に、瓜生の右手はM460リボルバーを抜き、片手で連射した。『恩恵』を得る前には怪我覚悟だったが、今は余裕で撃てる。

 一発は明らかに外れる。二発目、肩。三発、胸中央。四発、首。

 五発目は猛炎に焼かれる一頭に向けて撃つ。

 瓜生は撃ち尽くしたリボルバーを捨て、背中から.50BMGの最軽量級ライフルをずらし腰だめに構え、引き金を引いた。

 大気が押し飛ばされる。マズルブレーキからの爆風が、床の塵と炎を殴る。近すぎる距離、圧倒的な威力。四つ足突進をしようとしたミノタウロスの片目がなくなり、潰れ大穴が開いた腹から内臓が吹き出る。

 三頭とも塵になったのを確認しながら、頭が冷える。瓜生は慌ててベルを探しながら、自己嫌悪でいっぱいになって深呼吸した。

 かろうじて銃を拾うことはできた。

 来た方向に戻り、半ば無意識に迷宮の角から片目と対物ライフルだけを出し、つけてあるレーザーサイトでベルに襲いかかるミノタウロスを照らす。近距離のみなので、スコープもない。その分かなり軽くもなる。

 撃とうと思ったとき、向こうからすさまじい速さ、それが人だとわかってためらった。

(邪魔だ!誤射したら)

 と。

 そして彼女のすさまじい剣技に驚きつつ、ベルの無事にほっとして隠れた。

 

 ベル・クラネルはひたすら、ミノタウロスから逃げた。

 おびえていいかげんに振り回した刀は、刃筋が通っていない。腕の一振りで吹っ飛んだ。

 背中を見せて逃げた、そこに強烈な横薙ぎ。バックパックに結びつけたライオットシールドは、どこかに消えた。自分も飛んだ。

 壁にぶつかり、はって逃げ、逃げ続けた。

 甘い甘い夢……出会い、英雄……間違っていた、夢は……

 安全な、無敵の仲間に守られた『冒険』。でも、仲間も全知全能ではなかった。

 ダンジョンでは、一つ間違えれば死ぬ。どんなに仲間が強くても。

 現実。死。

 死ぬ。

 つぶされる。食べられる。痛い。

 逃げ、逃げて……

 追い詰められ、確実な死と唇を重ねる、その直前。ミノタウロスの巨体に光の線が走った。

 

 

 血まみれでギルドまで走り、担当職員のエイナにアイズの情報をせがんだベル。

 瓜生は、深い反省を抑えていた。

(やはり、小口径高速弾にはストッピングパワーがないんだ)

 と、妙な責任転嫁をしていた。

「エイナさん大好きーっ!」

 というベルの焼夷手榴弾事故に、エイナが黒焦げになったことも気づかないほど。

 

 少し早い帰り道。

【ロキ・ファミリア】に、アイズに会いに行こうとして門前払いされたベルに瓜生は、

「礼状を出せばいいじゃないか」

 とレターセットを買いに文房具屋に寄った。

(印刷された紙がこんなに安く郵便制度もあるのになぜ産業革命がない)

 と、あきれ……ては、装備を反省しながら。

 ついでに夕食として、大きく固めの丸パンをくりぬき、シチューを入れた持ち帰り食を買った。

 

 心配するヘスティアの、少し皮肉交じりの言葉。

 ベルはとても喜んでいる。そして、ベルはものすごいテンションで礼状を書いている。

 何度も何度も書き直して。

 瓜生は、

「ラブレターにはするなよ。感謝の気持ちを伝えればいい」

 とだけ言っておいた。

 ヘスティアはかなり怒っていた。ベルの【ステイタス】を目にして。

 わずか半月、バランスのいい鍛錬と瓜生のレアスキルのせいで成長著しいのだが、今日は……

 

 テンションが高かったベルだが、食事を前にして、吐き気を訴えた。

「戦場では食欲を失った者、あきらめたものから死ぬんだがな」

 瓜生は冷たい口調で言って、自分は無理に腹に詰めた。彼も、恐怖を感じていた。特にベルが死ぬことの恐怖が。だが、心の傷とのつきあいには慣れていた。

 ベルにはゼリードリンクを出し、砂糖を大量に入れたホットミルクを作ってやった。

 ヘスティアもすまなそうにふたになったパンをシチューにつけて食べ、柔らかくなった容器パンも食べた。

「無理を言うぞ。心に傷がある。だから、今日どんなことがあったか、できるだけ詳しく思い出して、神ヘスティアに言うんだ。やってみろ」

 と強く言う。

 ベルは激しく震えながら、とつとつと言い始める。

「そ、その、とつ、とつぜん、ミノタウロスが……刀が、どこかに飛んで……吹っ飛んで、這って……その、壁が、壁が、壁……ああああっ!」

「大丈夫だ。ここは安全だ。……続けろ」

 瓜生はいつしか立ってベルの背後に回り、両肩を押さえつけていた。

「壁、壁で、息が臭くって、大きくって、それが、いきなり、線が……どんどん、いくつにも、なって……血が……」

「それが、ロキんとこのヴァレン某だね」

 ヘスティアが恐怖に震えながら、ぷんすかする。

「それで、手を差し出して、くれてたんですが……とにかく走っちゃいました」

「おれも何年か前に、けがをしたとき……なんの意味もなく走り回ったもんだ」

 と、瓜生は手の縫ったあとを見せる。

「うわ」

 ヘスティアとベルがびっくりする。

「おれの故郷にも、ポーションがあればな……走ったらかえって出血が増えて危険なだけだ。何考えてたんだろな、あのときのおれは。

 いいかベル。傷を負ったらとにかく圧迫し、薬を飲むんだ」

 瓜生はずれたことを言う。

「そういう話じゃないよ!」

 と、ヘスティアが叱ることもある。

 

 

 瓜生は寝る前、ヘスティアに、

「恐ろしい話を聞かせて悪かった。ベルの恐怖を除くには、できるだけ早く体験を直視し、言葉にすることが必要だったからだ」

 と謝って、高級品のブランデーも渡した。

「いいよ、子と苦楽を共にするのが神ってものさ!」

 そうヘスティアは強がっていた。

 彼女が恐怖のあまり……ベルの話と、せっかくできた眷属……すでに愛する人となっていた彼を失う恐怖でソファーベッドにもぐったことは、テントで寝る瓜生は知らない。


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