ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
その翌日は、
「今日はひたすら練習だ」
と瓜生が言った。
早朝から塩水を飲み、ストレッチをしてから素振り、ルームランナーで20分。
瓜生は読み書きを学びながら、エアロバイクをゆっくりと。
朝食は、昨日作っておいた煮物をパスタにかけた。ゆで卵を三つと果物。さらにプロテイン入りミルクもつけた。
午前は、タケミカヅチが眷属を連れてやってきた。
「せっかくなので合同練習を、いつもやっているところでやろう……」
という話になる。瓜生も渋々つきあうことにした。
「【タケミカヅチ・ファミリア】団長のカシマ・桜花(オウカ)、レベル2だ」
堂々としていながら礼節のある巨漢に、瓜生はきちんと礼をした。
人数は少ないが、レベル2がおり実力は高い。もう一人ヤマト・命もランクアップしたところだ。
どちらが先に礼を返すか、ベルが瓜生に、
「え、団長はウリーさんじゃ」
「決めていない。最初に入ったのはベルだ」
瓜生はベルに答え、
「失礼しました。【ヘスティア・ファミリア】のウリュウといいます。オラリオには来たばかりです。契約前に外でいろいろやって、レベル2でした」
「ベル・クラネルです。その、タケミカヅチ様には教えていただいています。僕もオラリオには来たばかりです」
「よろしく頼む」
「どこから来たの?」
「瓜生とやら、極東の礼を知っているようだが、向こうにいたのか?」
「習俗が似ている別のところでしょう」
「この前のお茶、おいしかったです」
などと会話をしながら、練習場所に歩く。
「なぜ瓜生がベルを教えない?」
という話になった。
「おれは、実は剣の才能がとことんない。そして別の、ちょっと別の方法で稼げる」
(魔法?)
そう皆が思ったのは当然だろう。真相を知っているベルは冷や汗だらけだった。
「おれが習った剣は、実戦を考えていない、いびつなものだ。それを教えたら彼が戦えなくなる。しかも下手だ」
「では、見せてもらいたい」
と、ヤマト・命(みこと)が立った。
「わかりました。おねがいします」
と、瓜生は背負ってきた竹刀袋から、竹刀を二本出した。
「われわれは竹刀は使わない。木刀で問題ない、【ステイタス】もポーションもある」
「そうですか」
木刀を持って礼、進み出て抜きながら蹲踞(そんきょ)。剣道の動きを、命も自然にしている。
剣先を合わせて立ち、しばらく攻め合い……
激しい打ちこみを、瓜生はしっかり受ける。強烈な気合声が同時に出る。動きの速さ、つばぜり合いでの力比べはさして変わらない。
しばらく打ち合っていたが、あっけなく瓜生が胴を払われた。
「……」
タケミカヅチも桜花も、絶句していた。
桜花との試合も、似たようなもの。すさまじい力と速さの打ちこみを、見事に防御することはできる。だが、その先がない。
返し技を狙っているのは見え見え。逆に引っかかり、簡単に引き面に額を割られる。
桜花が、言いにくそうにつぶやいた。
「自信を失うのも無理はないな……動きは確かにレベル2、基本素振りを十年近くやっているのはわかる。【ステイタス】頼りでもなく、稽古している。それなのに……」
「はい。打ちこむ機がわからないんです。同格か上を相手に、どうすれば打てるのかがまるでわからないんです。何をすればいいのかわからないんです。
防御はできますが、返し技も下手。ものすごく下を相手に、速さで打ちこむのが限度です」
瓜生の表情は、泣きそうだった。
「確かに、剣については生来目が見えないようだ……しかも、ひたすら道場で、それも竹刀で優劣を競うだけ、刀を持って戦場に行くことを、徹底的に否定した剣術ではないか……
何も知らない新人がこれを教わったら、ダンジョンでは戦えないな。
俺も人のことは言えない、対人の武術を教えた弟子たちも、ダンジョンでは苦労させてしまった」
タケミカヅチのため息に、
「そんな!」
「レベル2が二人もいるなんてすごいじゃないですか!」
眷属たちが主神をかばう。
「しかも、道場試合の才能もないんだから救いようがないですよ」
自嘲を、
「卑下してはならんぞ。稽古の積み重ねはあるのだ」
武神が慰めた。
瓜生は涙をこらえるので精いっぱいだった。
(無駄な努力……)
それが悲しくて仕方なかった。
ベルがタケミカヅチの眷属たちと熱心に稽古し、瓜生も参加はしていた。
今日のベルは、刀の切れ味の本質と諸手突きを教わった。桜花や命が振るったとき、刀がどれほどすさまじい切れ味を示すか。斧との質の違い、むしろ鋸に近いことも。
歩きながら正しく切る練習を、徹底的にした。
「これから、もし折があればベルも、【タケミカヅチ・ファミリア】の探索に連れて行ってほしい」
瓜生の言葉に、彼らはうなずいた。
それ以上の申し出……瓜生の正体・能力を伝えることは、信頼関係を築いてからと決めている。
卵中心の昼食を食べ、午後にはまず歩き素振り千回。
軽いバーベルをかついだまま、百回連続で真上に全力ジャンプ。
ルームランナーでのランニング。
三大ウェイトトレーニング。
ヘスティアが、
「体壊しちゃったら元も子もないよ」
とクレームをつけたほど。
夜は消化のいい粥にプロテイン牛乳とマルチビタミン入りのジュースをたっぷり飲み、【ステイタス】を更新して、まだ早いうちから熟睡した。
寝る前に、
「明日は完全に休む。最低限の素振り以外するな、休むことで強くなるんだ」
と瓜生が言った。
翌日の休み、ベルは午前中はひたすら、ホームで寝ていた。
【ステイタス】更新で筋肉痛は半減し、ポーションで疲労はかなり軽減されるが、それでも気力が戻らない。
瓜生は街をぶらついて情報を集め、ヘスティアはバイト。
夜はカツカレーのいい店があったので、そこで食べた。
(ここ……剣と魔法世界だよな……)
瓜生は今更遠い目をしていた。
この世界は、衣類や食物の文明水準がかなり故郷に近い。
そのくせ火器・電気が使われず、魔石とダンジョン由来金属、『恩恵』に頼っている。
(故郷の、米軍と全面戦争したらどちらが勝つだろう)
とも思う。