ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
アポロン主催の、眷属をひとり同伴という奇妙な『神の宴』の招待状が届いた。
カサンドラという女性が、
「き、きのこ雲と黒い雨はやめてください……できたら生命も……」
と弱々しくつぶやいたのが不思議と残った。
その言葉を伝えられた瓜生は一瞬表情を凍らせ、奇妙な苦笑に崩した。それから長いことリリやヘスティアと話していた。
その翌日、【ロキ・ファミリア】女性陣も港町から帰ってきた。レフィーヤが使いに来て瓜生は出かけた。
レフィーヤはそのまま残り、ヴェルフも誘って久々にフルメンバーで、とりあえず14階まで探索に出かけた。
帰り道、11階で血肉(トラップアイテム)を用い、大量の敵を集めては片付けた。
それでも、前日椿につけられた特訓をふりかえれば、
(休んでいるようなもの……)
だった。
改めて与えられた消音銃の再訓練にもなる。
10階でモンスター・パーティが起きたが、ビーツとベルがすさまじい速さで守り切り、レフィーヤの広域魔法がすべてを殲滅した。
ひさびさの、いつも通りのダンジョン探索。だが、次の冒険は目前に迫っている。
ベルとビーツも、レフィーヤも。瓜生も。
だからこそ、冒険を終えてからもベルとビーツは素振りをしたり、冒険者用のエアロバイクとボート漕ぎ運動機のセットで厳しい運動をしたりしている。
それからいつも通り、ヘスティアがふたりのステイタスの伸びにあきれたり、ビーツがとんでもない量のパンとポークソテーを食べたり、新築ホームの風呂をゆっくり楽しんだり……
『神の宴』が華やかに開催された。自慢の眷属を同伴するという趣向に誰もが喜んでいる。
めかしこんだベルとヘスティアは、緊張しながら馬車から降りた。
ミアハやタケミカヅチも美しい眷属を連れ、優雅に楽しんでいる。
ヘルメスも楽しそうにやってきて、ヘスティアを見て一瞬びくっとした。18階層での騒ぎの後、瓜生とロキにさんざん脅されており、とんでもない条件もつけられている。
それでもヘルメスは、ベルに『隻眼の黒竜』のことなどを語った。
(ウリューさんならなんとかなるんじゃないかな)
(あの人たち……【ロキ・ファミリア】でも、倒せないんだろうか)
などとベルは思っていた。
ロキとアイズ。フレイヤとオッタル。二大派閥の登場がクライマックスだった。
そしてヘルメスのはからいで、ベルはアイズと踊るという夢のような時を過ごすことができた。
アイズのとてつもなく整った顔がすぐそばにある。金色の瞳がやさしく見つめてくる。呼吸を合わせ、共に動いている。暖かな肌の感触、かぐわしい香り、触れる髪……
天国のような時間だった。
だが、幸せな夢は終わり。何があるかは、リリと瓜生を交えた話し合いで予想している。
耳にねじこまれたカナル式ヘッドホンがある。ヘスティアの髪飾りに隠された高感度マイクがある。
瓜生とリリは、この『神の宴』にいるのと同じだ。
案の定アポロンは、最初に悪口を言った眷属に包帯を巻かせて出てきた。
だが、
「まったく手は出してません、どんなに悪口を言われても【ヘスティア・ファミリア】も鍛冶師も、じっと我慢してました」
「せっかくだからヒュアキントスさんに包帯巻いてきたらよかったのにな」
「でもその決闘も、【リトル・ルーキー】が一方的にボコられてたらしいし」
「でも面白いので『戦争遊戯』やってくれー」
証人は圧倒的に【ヘスティア・ファミリア】有利だが、それでも神々は楽しみたい。
そのことはすでにリリが指摘していた。
(どれほど証拠や証人が多くても、神々の楽しみたいという気持ちがある以上、戦争遊戯を拒むのは困難でしょう……)
と。
ヘスティアもそれは納得している。
そして瓜生とリリが、あらゆる場合を検討して徹底的に負ける可能性を潰した。
「……団員を傷つけられた以上」
アポロンは冷や汗を流しながら、朗々と猿芝居を続けている。
「見たかアポロンのあのほえ面」
「一言もねーよな」
「あいつにつく証人なんて一人もいないって」
「これはこれで大いに笑える」
神々の間に笑いが広がる。ヘスティアも笑いをこらえきれないようだ。
「……面子というものがある。ヘスティア、君に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む!」
すごい音楽を鳴らしそうなアポロンの宣言に、ヘスティアは軽くため息をついた。
「わかった、受けるよ。
ペナルティも知ったことかと街中でも攻撃してきたことがあるって話だしね、君たちは……まあそうなったら、罪もない眷属たちが死ぬだけだ。それは気の毒だから」
ヘスティアの言葉に、ロキとアイズが何度もうなずく。
「はっはっは、これは面白い!こんな面白いホラは聞いたことがないよ!きみは炉と孤児の神ではなく、お笑いの神でもあったんだね!」
アポロンの哄笑。追従する神々もいるが、何人かの神々は大爆笑している。ヘルメスなどはもう笑いすぎで苦しげに転がっているほどだ。
ロキやヘファイストスは、青くなって乾いた笑いを漏らしている。
ロキとアイズ、ベル、ヴェルフが視線をかわし、恐ろしい想像を共有した。ほかにも何人か、兵器が起こす破壊を見、かつ『妙な音』が【ヘスティア・ファミリア】と聞いている者も青くなっていた。
戦いの条件の話……
「【ヘスティア・ファミリア】は、『クロッゾの魔剣』を量産できる者がいるそうだな。それでは戦いが盛り上がらない。魔剣を……」
そこまで言ったアポロンの耳に、ヒュアキントスが何かをささやく。
「魔剣だけではない、鋼の刀剣以外の武器と、都市内のファミリアからの助っ人を禁じようではないか!人数が少ないのはそちらが悪いのだからな!」
アポロンは傲慢に言い放った。
ヤマト・命がうなずき、肩の花飾りに何かをささやきかける。
瓜生に関して、もっとも広められている噂は、
「【ヘスティア・ファミリア】の『妙な音』は、『クロッゾの魔剣』を安くたくさん作れる。だから上層でも轟音を出して遠距離攻撃ができる」
である。特に【ソーマ・ファミリア】を中心にその情報を流してきた。
【アポロン・ファミリア】はその情報しかなかった、だがヒュアキントスが、それ以上の情報をどこかから得た、だから魔剣に限定せず武器そのものの制限を訴えた。
誰がその情報をヒュアキントスに流したか。逆に、瓜生個人の名前が出たわけではない。ビーツも見落とされている。
命が、物陰でヒュアキントスにメモを渡した男神をしっかりと見た。
「武器の限定か、それとも助っ人の禁止か。どちらか一方だけだ」
ヘスティアの強い一言に、何人もの神々がヘスティアの側に動く。
孤立無援を悟ったアポロンは、
「な、なら助っ人を禁じる!いや、特別に都市外のファミリアからなら認めよう」
と叫ぶ。
「それでいいよ」
武器を制限されれば人数、人数を制限されれば武器。どちらでも勝てる。
その上で、条件を詰める。
戦いの形は「攻城戦」に決まった。それも、頑丈な岩の門で知られる、昔の街道を谷の両側からふさぐ双子城の一方。
当日までに、ベルもビーツも、限界をはるかに越えて強くならなければならない……
少なくともベルは、敵の団長ヒュアキントスを、
(一対一で破らねばならない……)
このことである。
綿密にスケジュールを決めた。会場までの移動で休めばよい、それまで、
「【ロキ・ファミリア】精鋭陣が待つダンジョン上層のルームに行ってケンカを買い、ぶちのめされる」
日と、
「ダンジョンで冗談じゃないほど強いモンスターと戦う」
日を交互に。
さらにボロボロの体で毎日昼過ぎから、夕食をはさんで夜遅くまで、体幹中心のウェイトトレーニングと、ボート漕ぎ・エアロバイクを交互に。
毎朝の素振りで、タケミカヅチがフォームを確認する。
また、【ロキ・ファミリア】の精鋭陣にも話をつけ、
(体幹で流し崩す技と、相手の呼吸を読み合わせ操る……)
ことを課題としてもらった。
フィンなどは、
「それを教えるのは、僕らにもいい修行になるよ」
と喜んでいた。
フィンたちも、もうすぐ自らより上かもしれない敵との戦いを控えている。格上と戦うための技を探求するのは、
(望むところ……)
である。
また、同じ槍使いであるビーツと槍を合わせることで、間接的にタケミカヅチやビーツの養親、『豊穣の女主人』にビーツが泊まるときリューとともに特訓するアーニャ・フローメルの槍技も学べることも喜んでいた。
ちなみにベート・ローガは参加を断った。
リリや瓜生も、むしろ忙しい。何種類かの重砲や爆発物の操作を、深層で徹底的に訓練する。
狙われるリスクがあるヘスティアは、ヘファイストスのところに転がりこむことにした。
新築の建物はタケミカヅチが住んでいる。
ヴェルフは改宗(コンバージョン)まではしなかった。外にあっても、魔剣を打つことで助けにはなれるのだ。
レフィーヤも、【タケミカヅチ・ファミリア】のメンバーも、悩みはしたがとどまった。
都市外【ファミリア】からの助っ人は、リュー・リオンだけではない。むしろ彼女の境遇が例外であり、都市外で活動し、そこからはぐれている、金で釣れる冒険者は結構いるのだ。
オラリオの底辺から20人弱雇い、訓練を始めた。
「冗談じゃないわ……」
【アポロン・ファミリア】のダフネは頭を抱えていた。
証人になる、という買収を裏切った者や神々を脅そうとしたら、家族ごといない。
遺跡地帯に豪華なテントがいくつも建っている。
家族たちはそこで、【ヘスティア・ファミリア】についた神の眷属に守られ、贅沢三昧をしているらしい。
助っ人側はしっかりと固まり、ある種の城を築いてしっかり守っている。
「どこの世界に、いとこの赤ん坊まで狙う人の皮をかぶったモンスターがいるのよ」
瓜生はそれを盗聴し、つぶやいた。
「高官ひとりの暗殺の報復に、街を皆殺しにした外道の世界だ。
女子供でいっぱいの都市にあんたの同僚が見たきのこ雲をつくり、オラリオの人口以上を殺したくそったれの世界だ。
ついこないだまで、九族腰斬があたりまえだった世界だ。
おれもそいつらと同族だ。遺伝子を調べても脳を解剖しても、違いなんか見つからないだろうさ」
と。
さらに護衛を断ったのか、それとも囮か、最近食客となった巨漢と少年が歩いているのを知った。そのふたりを監視していると、恐ろしいものを見てしまった。最近団長ヒュアキントスとよく話す、元【ソーマ・ファミリア】の冒険者が数人、そのふたりを襲った。
惨劇だった。太い鉄杖のひとふりで無造作に、雪人形を蹴り飛ばすように冒険者が挽肉となった。
ちなみに瓜生はふたりにも護衛をつけようとしていたが、
(監視されているようでいやだし、逃げられる実力はある……)
と断られている。
翌朝カサンドラが、
「ゆ、夢で……黒い竜を投げ返した……」
「そんなことあるわけないでしょ!」
ダフネはオラリオの常識で、黒い竜とは三大クエストの最後、『隻眼の黒竜』だと当然思ってしまった。
地下37階、『闘技場(コロシアム)』で、ベルとビーツ、ヴェルフとレフィーヤは激しく戦っていた。エイナが知ったら気絶するような、レベルを大幅に超えた階層でのレベリングだ。
ナァーザが遠隔操作砲塔からの射撃を訓練し、ほかにも【ロキ・ファミリア】の若手が機関砲の訓練をしている。
ベルたちのところに一体ずつ、リザードマン・エリートやバーバリアン、オブシディアン・ソルジャーが来る。
一体倒せば、回復の時間をおいてもう一体。
ベルは10秒チャージして稲妻を刀に落とす。
その間にビーツの長槍と、ハーフアーマーに身を固めたヴェルフが折れた大刀のかわりに打ちあげた大身槍が走る。大身槍は突くことも、長い刃で叩き切ることもできる。
トグは細身だったのがどんな魔法かガレス・ランドロックのようなたくましい筋骨になり、【ヘファイストス・ファミリア】製の、猪人(ボアズ)やドワーフの重戦士が使う重戦斧と大盾をそれぞれ片手で使いこなしている。
(経験不足だが、力・耐久・敏捷はレベル3以上……)
とナァーザは見た。
パーティにとって、これ以上ない『壁』である。
ベルの付与魔法を帯びた刀が当たれば、バーバリアンでも一撃で即死。黒いゴライアスを相手に決めた、手足を壊してチャージ+付与魔法つきの一撃、が基本戦法になる。
当たらなかった時やベルが『咆哮』で転んだ時など、ビーツが前に出る。時々瀕死にもなり、リリがハイポーションとコーンシロップとオリーブ油を飲ませて復活させる。
ヴェルフはまさに死に身であった。彼は普通の、なりたてのレベル2なのだ。だが、弱音など吐けるものか。どれほど現実が重くとも、少なくとも今は。
(今に集中し、弱音を吐かず、全力以上を出し続ける……)
それ以外、できることはなかった。
リリがそれをよく見て、タイミングよく普通ポーションとブドウ糖を混ぜたスポーツドリンクで、肉体の疲れは癒してくれる。問題は、あまりに理不尽な才能の差に、折れそうになる心だ。ベルとビーツ、そしてトグも、背中がはるか遠い。鍛冶師として、椿や主神ヘファイストスには一歩一歩近づこうという気にもなろうが……
リリから見れば、ヴェルフのそれは鼻で笑いたいものだ。普通の冒険者に対して、理不尽な才能の差を感じ続け地獄を這いずった半生なのだから。
ぼろぼろになって帰ったら、リリは瓜生とともに情報を集め分析し、助っ人たちの面倒を見る仕事がある。
そしてベルやビーツは、体幹・足腰を鍛えぬくトレーニングが待っている。ベルとヒュアキントスの戦いで、椿に指摘され、特訓もしてもらったことも聞き、タケミカヅチとも相談して腰・体幹を特に強化することにした。
近代的トレーニングは、今オラリオ全体でも話題になっている。瓜生が紹介し、冒険者の生理にも詳しいミアハとタケミカヅチが監修したものだ。
【ロキ・ファミリア】も試している。
瓜生が創設した学校でも、実験を兼ねておこなわれている。
学校と言えば、瓜生の提言もありフィン・ディムナが小人族(パルゥム)のための孤児院と学校をつくろうと動き始めている。
特に【ロキ・ファミリア】幹部がやるメニューはすさまじいことになっている。
鍛冶ファミリアがつくった、10トンに耐えるシャフトで普通のウェイトトレーニングをするのはもちろんのこと。
たとえば、300キロのバーベルを担いだままその場で、縄跳びのようにジャンプを繰り返す。頭の上1.2メートルに張った綱に頭が触れるように、触れなければもう一度。3時間、口元のストローで塩水を吸いながらずっと続けて繰り返す。そこまでやればレベル6でもさすがに疲労困憊する。
地味にきついのが、背中に100キロ以上リュックに入れたバーベルを背負って、肘をクッションについて腕立て伏せに近い姿勢をするプランク……瓜生の故郷の人間の最高記録は、50キロぐらいで4分ちょいだ。レベル4でも100キロなら10分で音を上げる。
それが力・耐久・俊敏とも、かなり引き揚げてくれる。
もっと効果的なのが、上級冒険者用のエアロバイクとボート漕ぎマシンだ。それで数時間水分補給をしながら動き続ければ、脱水で倒れられないため意志と肉体の純粋な勝負になり、経験値がしっかりたまる。
瓜生が出せるルームランナーでは、プロスポーツ選手用でもレベル2の前半で限界になる。大重量を背負って走るのは、ミアハが調べたところ上級冒険者でも膝の負担が大きすぎるようだ。ついでにルームランナーも壊れる。
それに対し、エアロバイクとボート漕ぎは、特に瓜生が出す大型トラック用のギアやスプリングがあれば容易に強化拡大できる。
ツール・ド・フランスのヘルメット映像を画面に映し、同じ時間走ることもある。
それらは足腰を作り疲れに強くなる運動だが、レベル6でも5回が限度となるように、桁外れのウェイトトレーニング機器も研究されている。
ベルたちは激しいトレーニングでへたりこみ、ストレッチで一日を終える。そして早めに風呂に入って『ステイタス』を更新し、泥のように眠る……ビーツは寝る前に大量の夜食を食べてから。
しっかり9時間熟睡し夜が明けたら、朝食まで30分ほどタケミカヅチの監修で素振りをする。腰がこの特訓の課題であり、武神も厳しく隅々まで見る。
それが終わったら朝食を食べ、ダンジョンの特定のルームに行く。
そこにいる【ロキ・ファミリア】幹部が、
「お前の顔が気に入らない」
と猿芝居で言ってくるので、ケンカを買うのを名目にさんざんにぶちのめされることになる。
ヴェルフも毎日ボロボロになるベルやビーツに負けないよう、必死ですることをしていた。深層での特訓につきあい、防具や魔剣を打ち……
事実上何もできないレフィーヤは、トレーニングに打ちこんだ。今回ランクアップを見送ったのも、魔法特化とはいえ力があまりにも低かったから……それはトレーニングである程度向上できるのだから。ベルたちの役には立てないとしても、じっとしてはいられなかった。
瓜生さえ、暇を見つけて普段の何倍もトレーニングをしている。
原作六巻にはいくつか疑問が。
ヴェルフは改宗する必要はない、魔剣を作るだけでいいはずです。
あと、当時のベルたちも知名度と金は少しはあるんですから、都市外の助っ人をほかにも見つけることはできたのでは。