ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
腹はみちた。
マジックポーションで魔力も回復した。ポーションで疲労も回復した。
2両の装甲兵員輸送車……その装甲は主力戦車そのもの、さらに30ミリ機関砲を持つ実質は歩兵戦闘車に、人員室に詰めてあった弾薬と燃料を補給した。
剣や槍も研ぎ直した。
迷いもない。2両の装甲戦闘車両を犠牲にしたが、誰も傷一つない。
未知の59階層。
【ゼウス・ファミリア】が残した情報とは違い、暑い。
密林だった。無数のツタがからむのを、冒険者たちが切り刻んで装甲車の道を作る。
ティオネのククリナイフが本来の仕事をする。ククリの前に湾曲した刃は、ジャングルを斬りはらうのに最適だ。
切り開いた道を装甲車が大重量で押しとおる。
「だから戦車だけでは戦えない、随伴歩兵もいるんだな」
フィンは納得した。
ジャングルを通った、そこにいたのは……巨大な植物怪物に寄生した、巨大すぎる緑の女だった。
これまで何度か見た、食人花やイモムシに寄生したそれとは、似ているが違う。
どう違うのか、言葉になる前に……その女は、アイズ・ヴァレンシュタインを見た。
呼んだ。
アイズはわかってしまった。穢れた精霊……
そして狂喜の叫びがあがる……
「全火器射撃開始(オールウェポンズフリー)、同時に最大呪文」
フィンの沈着な声が、全員の心を静める。
衝撃に凍ったアイズも、12.7ミリ重機関銃を片手で撃ち始めた。
中心になるのは30ミリ機関砲2門。これまで、あらゆるモンスターを霧にしてきた。コボルドをガレスが巨大斧で全力でぶった切るような、圧倒的な過剰威力だった。フォモールも、ブラックライノスも、食人花も豆腐のように粉砕した。
APFSDS。音速の何倍もの速度で放たれるタングステン合金の太矢、サボを外す間もない至近距離。圧倒的な初速が細長い先端に超高圧を生み出し、主力戦車の正面装甲以外は貫通する。
「やった?」
ナメルを駆るアリシア、レベル4のサポーターの一人が見る。
「え」
呪文の詠唱が続いている。紅い魔法円が広がっている。桁外れの、感じたこともないとてつもない魔力が集約されていく。初めて戦車の主砲の咆哮を至近距離で見た以上の、砲竜(ヴァルガング・ドラゴン)の階層貫通攻撃に直面した時以上の……
巨大な花弁が何枚も重なり、機関砲弾を防ぎきっている。二枚か三枚は貫通しているようだが……
「ひるむな、二枚は抜いている!横から回れ!ガレス、下の奴らを処理!」
巨大すぎる女……穢れた精霊の足元から、とてつもない数の食人花とイモムシが沸いて襲ってくる。
それに、ガレスの23ミリ牽引連装機関砲が咆哮した。アイズも重機関銃で的確に支援する。
だが、巨大すぎ美しすぎる女は、人のものとは次元の違う魔力を集め、超長文詠唱を進めていく……
足元から湧き出て高速で合図を襲う無数の触手、アイズと、アマゾネス姉妹が応戦する。
「撃ちかたやめ、牽引機関砲をナメルの後ろに!リヴェリア、ナメルごと守れ」
フィンの命令、普通は何人も人手がいる牽引機関砲を第一級冒険者が引っ張って影に隠れる。
そして、呪文は完成した。
炎嵐。桁外れの温度と威力。圧倒的な炎。ナパーム弾どころか東京大空襲の火炎旋風を一点に集めたような、炎の高潮。
リヴェリアの防御が破られる。
すさまじい高熱が吹き荒れる。
それが過ぎ去ったとき、通るのも難儀したジャングルも、無数の食人花も、すべて灰になっていた。
ただ、ふたつの残骸があった。ナメルの前半は真っ白に輝いている。アルミニウム部はドロドロに溶けている。
巨大なRWSも基部が溶けて倒れている。
リヴェリアが倒れている。強力な魔力を帯びた護符でもある服が燃え尽きている。
ガレスが倒れている。すべての防具が焼け砕けている。
鉄塊に守られていても、全員が大ダメージを受けている。乗員は高熱のオーブンと化していく室内で、泣き叫びそうになっている。
それほどの大呪文、だが直後に緑女……穢れた精霊は呪文を唱え始めた。魔術師の常識をはるかに超えた連続詠唱。
「乗員は脱出、脱出を補助して守れ」
フィンは叫び、一基の機関砲を銃架から外して装甲車の後方ハッチに押しこむ。
ティオネとティオナは巨大な武器で、溶けついたハッチを切って蹴とばし、レベル4の乗員たちを引っ張り上げ、車両の下に押しこんだ。
ダンジョンの屋根が、暗い空に変わる。機関砲弾より速く重い隕石の嵐が召喚され、ばらまかれる。
装甲車も、弱点の上面装甲を粉砕された。
(もし、自分たちがこの弾雨を浴びたらどうなるか……)
30ミリ、23ミリ、20ミリの弾幕、そして120ミリに血霧になっていくフォモールの大群を見て、冒険者たちは思っていた。
それをまさに体験したようだった。
それで終わりではなかった。
穢れた精霊の背後、60階層につながる通路から、さらに膨大な数の食人花やイモムシが出現した。加えて、一本のハサミだけが異様に大きい、超重装甲のザリガニとヤシガニの中間のようなモンスターも。大きめの一軒家ほどもある、数十本の根で歩く巨大なハエトリグサも。
絶望。
砕かれた全身……レベル5や6の体の耐久と、何十トンもの鋼と複合装甲が楯となったが。
特にメルカバの血を引くナメルは当然前方エンジン、エンジンブロックの膨大な鋼そのものが楯となる。
かばわれたサポーターがさしだしたエリクサーで身は癒えても、心は砕けそうだ。
圧倒的な戦力差。これほど強力な武装や重火器があり、最強【ファミリア】の誇りがあっても。
それは、圧倒的に強大だった。
ひとり。フィン・ディムナは立った。
ポーションを飲み干し、槍で地上を指した。誰よりも深く傷ついた体で。
激しい鼓舞が、皆の心を打つ。
人を鼓舞する……あおる天才。最高の指導者。
「……それとも、ベル・クラネルの真似事は、君たちには荷が重いか?」
フィン・ディムナの、この一言が第一級冒険者たちの、心臓をぶっ叩いた。
椿・コルブランドは、
「折れん……あのベル、そして3ふりの刃のように」
砕けた左腕を無視し、片手で太刀をつかむ。
「上等……」
「『冒険』しなくちゃ、アルゴノゥトくんがしたように」
アマゾネス姉妹は、もとより瀕死になると極端に強くなる。それが燃え盛り、立つ力になる。
「雑魚に、負けてたまるかァァァァッ!」
ベート・ローガも激しく歯を噛み鳴らし、立ち上がろうとして腕が力を失い、それでも絶叫しながら立ち上がった。
「負ける……もんですかっ!負けない、っていったんですから!ベルはあんなに強くなったのにっ!」
レフィーヤが絶叫し、歯が砕けるほど食いしばって立ち上がる。
そして一番激しい炎で立ったのは、アイズ・ヴァレンシュタイン。
フィンはもっとも古き友、リヴェリアとガレスにも声をかけて、赤熱し炎を噴く鉄塊のハッチから23ミリ機関砲を引き出す。
内部はオーブンのようになっているが、まだ使える武器は多くある。
パンツァーファウスト3。重機関銃。14.5ミリセミオートライフル。手榴弾。
熱さを無視して手にし、敵に向ける。
無事だった4人のサポーターも、訓練されぬいた兵器を手にする。
脱出するときには屋根にくくりつけられた、決められた荷物を背負う……訓練でしっかりやっていた。その荷物は車両の下で守られていた。
「ベート」
フィンが放ったパンツァーファウスト3と14.5ミリ巨大対物ライフルを受け取ったベートは、大きく横に回りこんだ。
一枚でも二枚でも、反応させる。少しでも敵を分散させる。
アマゾネス姉妹が不壊属性(デュランダル)の武器を手に、重機関銃の弾幕をこえた食人花を迎撃し、敵本体への血路を開く。
椿・コルブランドが一人、58階層から押し寄せる敵に立ちふさがった。
23ミリ機関砲が、膨大な敵を一掃する。巨大ヤシガニの信じられないほど分厚く頑丈な殻が、徹甲弾に貫通され粉砕される。
巨大なハサミをティオネの戦斧がそらし、根元から叩き切る。
機動性で回りこんだベートが放ったパンツァーファウスト3の、均質圧延鋼鉄装甲700ミリ=70センチに及ぶ貫通力が、巨大な花弁を貫いて本体の呪文を暴走(イグニス・ファトス)させる。
そのベートを重機関銃が的確に援護する。
ガレス・ランドロックがすさまじい剛力で、500キロ近い爆弾を大きく投げた。ちょうど、巨大な女妖の無数の触手の向こう側に。
大爆発がルームをきしませ、穢れた精霊の超巨体を大きくずらす。多数のモンスターが消し飛ぶ。
23ミリ連装機関砲。12.7ミリ重機関銃。14.5ミリセミオート狙撃銃。手榴弾。パンツァーファウスト3。
残っていた重火器が咆哮する。
レベル4のナルヴィは壊れたRWSの、30ミリ機関砲を手動で射撃しはじめた。
強烈な火力が膨大なモンスターの群れに穴を開け、その穴に第一級冒険者たちが身をねじ込んでいく。
ティオナが全身で切り刻む。ティオネもアマゾネスの本性をむき出しに突進する。
短文詠唱に切り替えた巨大女怪、フィンが山なりに放った手榴弾が、ベートが動き回りながら放つ重機関銃弾が確実に呪文を妨害し続ける。
長大な食人花……その首根っこをつかんだガレス・ランドロックが、そのとんでもない全身を振り回し、巨大な鞭と変えて敵を薙ぎ払い、無数の触手を叩き落す。
力と耐久に徹した、最強の壁……力こそが敵の群れを切り開く。
フィン・ディムナは指揮をラウルにゆだね、呪文を唱えて理性を捨ててステイタスを大幅に上昇させた。紅く目を輝かせ、前からの愛槍と〈ローラン〉シリーズの不壊属性、二本の槍を両手に何百というモンスターに突撃していく。
12.7ミリ重機関銃すら通用しない重装甲のヤシガニに、23ミリ弾より大きな風穴があく。
そして最も濃密な、穢れた精霊が放つ頑丈すぎる触手の嵐に身をねじこむ。
何千としれない、鋼鉄以上に固く重い巨棒の乱打をさばき、撃ち返し、断ち切り、切り開く。
敵が防御を固め長文呪文を詠唱すれば、すさまじい力で投げられた槍が花弁の隙間を縫って口を貫き、魔力を暴発させる。
そのすさまじさに、アマゾネス姉妹やベートすらも衝撃を覚えた。
それでも止めきれない短文詠唱呪文……レフィーヤが召喚呪文【エルフ・リング】で、【ディオニュソス・ファミリア】の友フィルヴィスから学んだ防御呪文【ディオ・グレイル】が味方を守る。圧倒的な力に押されながら、守り続ける。傷つきながら。咆哮しながら。ありったけの意志で。
仲間でありライバルである、ベル・クラネルがそうしたように。
仲間を守るために。前に進むために。
リヴェリアの大呪文……ただでさえ長く強力な呪文を唱え終わって、すぐに別の長文呪文を連結する。『九魔姫(ナイン・ヘル)』の二つ名のもととなった、強大すぎる呪文。
「タイミングを!」
ラウルが叫び、23ミリ機関砲を撃たせ、そしてレベル4の全力で対戦車手榴弾を投げつけた。
同時に桁外れの炎が放たれる。
リヴェリアの最大呪文と強力な成形炸薬の炎、徹甲弾の打撃力……ついに花弁の楯が砕かれる。
なおも穢れた精霊は短文詠唱ながら強大な呪文で、冒険者たちを打ちのめし続ける。
それでもアイズは走った。呪文の、重火器の、槍の、剣の、魔剣の援護を背に受けて。
下の階層から突然飛び出した緑の、堅い硬い槍衾……それが新たな盾になっても、ガレスとフィンがすさまじい力で切り払った。地下から伸びてくる触手に身を貫かれても構わず。
ありったけの風をまとって飛んだアイズ……レフィーヤの呪文にも助けられ、ついに強大すぎる穢れた精霊は貫かれた。
【ロキ・ファミリア】にとっても、椿・コルブランドにとっても前代未聞の強大すぎる敵……そして迷宮都市(オラリオ)そのものに対する重大な脅威。
地上、『バベル』の奥ではウラヌスも、それを見ていた。
疲労と痛みに限界を超えた皆は、ただ傷をいやし、動けるだけの体力が戻り……50階層に戻ることにした。
火器はほとんど残っていない。23ミリが一基、あとは12.7ミリ重機関銃とライフルぐらい。パンツァーファウストも4基しか残っていない。
魔剣もポーションも消耗した。
とてもとても、60階層にいく力はない。60階層からさらに多数出てきた新種ども、さらに階層の床をぶち抜いて跳び出した緑の槍……
とてもとても。
ダンジョンの脅威は、まだまだ底が知れない。
強力な兵器を手に入れても。その兵器の限界と、使いこなした時の強みも少しわかってきた。
(まだまだ学ぶことは多くある……)
フィンやラウルはそう思っている。
そのためにも50階層へ、そして一人も欠けることなく地上へ。
新しい、困難であろう戦いが始まる。