ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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準備日

 朝。

「今朝はおれがごちそうするよ」

 一度地下室に降りて朝の挨拶をした瓜生は、トレーラーハウスのキッチンに〈出し〉た燃料を供給した。トイレとシャワーは地下室のを借りることにする。

(ここの処理システムはどうなってるんだ)

 か、わからないからだ。

 マカロニをゆで、同時にレトルトのカルボナーラとパック湯せんハンバーグを温めた。

 皿に入れ、ハンバーグを添える。

 別に少なめの湯で、切ったキャベツとタマネギ、ミックスベジタブル、薄切り冷凍豚バラをゆで、塩とコンソメも入れて具だくさんスープも作る。

 盆にのせて地下に降りると、女神も少年も、よだれが出そうな表情だ。

「タブーはある?」

 そういって、三人で食卓に着く。

「いや、ない!」

「いただきます!」

 少年少女がかぶりつく。

「う、うまい、うまいいいいい」

「これは……」

 貧乏暮らしだったヘスティア、村暮らしから懐不安な旅をしてきたベル、どちらにとってもたまらない美食だった。

「おかわりもいくらでもあるから、少し待ってもらえたら」

 瓜生は静かに微笑みながら食べ、二人にヨーグルトとオレンジジュースを〈出し〉てやる。

 

「では、さっそくダンジョンに行ってきます!」

 満腹したベルが大喜びで飛び出そうとする。

「武装もなしにか?というか、満腹時に戦ったら死ぬぞ」

 胃腸に食物が入っているときに穴が開き、中身が腹腔内を汚すと、腹膜炎になりやすい。

 ベルは瓜生の言葉の、前半に凍った。

「ウリュー、君は」

 ヘスティアが瓜生を見るが、

「おれは出せばいい。ベルは刀剣とか、鎧は……こちらで買ったほうが、見た目が普通だろう」

「え」

 ベルが呆然とする。

(無限の富)

 ようやく実感したようだ。

(ショーウィンドウに張りついてトランペットを見つめる)

 状態だった剣や刀や槍や鎧が、

(いくらでも出てくる……)

 と、思ったのは当然だろう。

 むろんベルは、瓜生の故郷では、実用的な甲冑を買うのが難しいことを知らない。

 まして『恩恵』やダンジョン由来の素材がないこと。銃が発達したため、刃物や鎧を高める研究には力を注いでいないこと。そのため、金で買える最高の剣や鎧の性能を比べれば桁外れに劣ることを、知るはずはない。

「まず、ギルドに行って、ファミリアの結成を報告しなくちゃいけないんだ。ボクはバイトに行く」

 ヘスティアが少し真剣に言い、身支度を始める。

「おれはギルドには同行する。読み書きができないからベル、頼む。それから黄金を換金して……いや、ここでは何が価値がある?」

 瓜生が問いかけた。

「ちゃんと黄金には価値があるから!」

 ヘスティアは昨日瓜生にもらった100グラム地金を、大事そうに握っている。

「ベルの装備は買っておいた方がいいか。あと、おれが出歩くために、ここの服装を知っておきたいんだが」

 と、大きい総合服ブランドのカタログを〈出し〉た。

 

 文字がわからない瓜生は、出かける前に名前や数字程度の読み書きはベルに教わった。

 それからベルに案内され、ギルドに向かう。

 ベルはオラリオに来た時と同じ服だが、靴は新品のタクティカルブーツ。瓜生は泥をつけてわざわざ汚した。

「変に見られないようにな」

 と。

 瓜生も同じくコンバットブーツで、オールシーズンの薄く丈長の上着を着ている。

 その下には、多数の火器。

 FN-P90を抜き打てるよう左脇に。

 右腰のM460リボルバーだけでなく、左腰にはグロック20……41マグナムと同等の10ミリオート弾が、延長マガジンで20+1発。

 弾倉交換なしで50+21+5=76人殺せる。

 刃13センチ近くの折り畳みナイフ……開くと刃渡り18センチと全長が変わらない……を上着の内ポケットに入れている。

 ズボンも作業用の皮ズボンで、それ自体防具にもなる。

 非武装と思われて襲われないよう、太い木の杖も持っている。弱い標的を狙う追いはぎは仕込み杖のリスクを警戒する。官憲にはただの杖を見せ銀粒を渡せば咎められない。

 故郷や、そこらの剣と魔法世界では十分な武装はしているが、瓜生は残念ながらわかっていない……この世界には『恩恵』があることを。

 

 ギルドでは、すぐダンジョンに飛びこみたいベルを職員が押しとどめた。

【ヘスティア・ファミリア】設立、瓜生とベルの登録、ついでにヘスティアに今度来てもらうこと、そして最初の講義……やることはたくさんあった。

 瓜生のLv.2が驚かれたが、外でいろいろやってきた人はいる。Lv.3が限度だと言われているが。

 ハーフエルフで眼鏡をかけたエイナという女性職員が、二人の担当になる。

「まったくの素人と、外でランクアップするほど経験を積んだ人ですか……」

「冒険者は冒険をしてはいけないんです」

「ダンジョンはすぐに死んでしまうんですから」

 彼女が、ダンジョンの構造や魔物について、様々なことを教える。

 とにかく、

(死んでほしくない……)

 という誠意がはある、だがベルはげんなりしていた。

 瓜生は真剣に魔物について聞き、手元のノートに……違う文字で書き留めている。

「ご経験豊富なようですが」

 エイナの問いに、

「遠くから来たばかりで、このダンジョンや街のことはまるで知りません。情報には金を出してもいいぐらいですよ」

 と瓜生は答えた。

 眼鏡を光らせたハーフエルフは、真剣な瓜生とは対照的なベルを見て、

(いかにもギルド担当泣かせ……というかすぐ死ぬ確率が高そうなベルくんは、ちゃんと教えて生き残らせなくては。ウリーさんは慎重な人柄のようで、彼に面倒を見てもらえば安心だわ)

 そう思った。

 だが兎のような少年も、熱心に……ただし少しずれたことに、

「キラーアントの装甲とは、鋼鉄板で言えばどれぐらいの厚さなんでしょうか?」

 と聞いてくる青年も、彼女の、しばらくすると上司も含め、頭と胃を痛め睡眠時間を削る存在になることを、知らない。

 ちなみに瓜生がそう聞いているのは、多くの弾薬に何ミリの鋼鉄装甲を貫通できるかデータがあるからだ。5ミリ厚相当なら5.56ミリNATOでもきついのでそれ以上の弾薬を、ということになる。

 

 長い勉強に疲れたベルは、傾いた日を見て燃え尽きかけている。

 初期装備の支給がある、と言われた瓜生は目を尖らせた。

「お疑いですね?無利子ですよ」

 エイナが微笑みかけた。

 社会の裏を経験し、それゆえ猜疑心が強い冒険者には、職員は慣れている。

(最初に高額の借金を負わせ、利子も物価も高く稼いでも稼いでも借金が増える、実質奴隷ではないか……)

 瓜生がそう疑っていることは、よくわかる。

「お疑いはよくわかります。このギルドが、冒険者の方々の、ひいては『人類』すべてのために活動していることは、行動で示したいと思います」

「いや、疑ってすみません。おれは装備は整えられるが、高価すぎない店はありますか?」

「でしたら、『バベル』にある、【ヘファイストス・ファミリア】の……」

 まだ新人の鍛冶師が、新人冒険者のために武器防具を作るシステムがある、と聞いて瓜生はほっとした。

「ありがとう。今日は装備を整えて、明日からダンジョンに行ってみます」

「はい。くれぐれも、くれぐれも冒険はしないでくださいね」

 ベルをじっと見つめるエイナは、隣の、

(しっかり面倒を見てくれそうな……)

 青年と、

(お願い無茶して死なないで!)

 と思うような少年も、どちらもどれほどのことを、

(やらかす……)

 ものか、まったく知らないのだ。

 

 文句を言うベルを連れた瓜生は、ヘスティアがバイトをしている屋台に寄って少し話し、ついでに売り上げに貢献して腹を満たした。

 彼女に聞き、彼女はバイト仲間に聞いて、ちょっと裏の換金店に行き、金地金を換金した。当座に、八千万ヴァリスほど。

 瓜生は金地金をいくらでも出せるが、出しすぎると金の相対価値が下落するので、注意しなければならない。また、瓜生の故郷の地金の純度は、たいていの中世水準世界では異常なので、注意しなければならない。金地金についている、三菱マークなどの刻印をつぶしておく必要もある。

(ある程度基盤ができたら、銅や鋼、石材や燃料など別のコモディティを売れるようにしないと……地場産業を壊さない程度に)

 と、いう具合だ。

 逆に、強欲な権力者に腹を立てたとき、メイプルリーフ金貨を千トン〈出し〉て館を重さで破壊し、価値崩壊で破滅させてやったことがある。

「宝石も換金できるか?どんな宝石に人気がある?」

 とも聞いておいた。

 ブリリアントカットのダイヤなどは、文明水準の低い世界では通用しないことがある。瓜生の故郷の歴史でも、ダイヤモンドはかなり最近まで宝石を切断・研磨する超硬素材であって、宝石ではなかった。

 そこから戻るときも、しっかり遠回りし、二つの屋台で小さい鏡を使った。尾行に警戒しているのだ。

 

 ベルも、腹を満たして膨大な武器防具を見ればすぐに機嫌は直った。

 支給品の価格は聞いていたし、エイナに、

「買ってもらうなら……実力に見合わない武器や防具をつけたら、ろくなことがないですよ」

 と聞いていたので、一万ヴァリス前後の防具と決めている。

 ベルはライトアーマーを見ている。

「これか?いくらだ?」

「9500ヴァリスです。そ、その、名前は変なのですが……」

「読めない。で、名前がどうかしたのか?」

 瓜生の言葉に、ベルははっとした。

 たまたま通りかかった男女が、その会話を聞いている。

「死なないですむか、予算内か、それだけだろ」

「はい!こ、これがなんかいいです」

 瓜生は、

(死亡率を下げるためには、重装備の方がいいんだが……)

 と思ったが、買ってやった。

 近くにある分厚い板金鎧は、

(どう見てもベル向きとは思えないしな……)

 このことだ。

 自分用にも、火器を隠せるよう、また冒険者たちにとけこめるよう、ワンサイズ大きい七万ヴァリス程度のロングコートを買っておく。

 ついでに袋類も。自分用には長物をすぐ出せる大型トートバッグと中型リュック、長物を入れる袋。ベル用にはデイパック。

 会計を済ませ、帰るベルたちは、その後ろの男女の会話は聞いていない。

「いいこというな。だが責任重大でもあるぞ」

「ああ」

「うれしいだろう?で……」

「絶対に打たねえよ、団長命令でも」

「そうか。小さくて白いほうは、駆け出しだな」

「くたばらねぇで、また俺のを買ってほしいもんだ」

 

 バイト帰りのヘスティアと合流し、彼女が案内する、

「神友(しんゆう)の薬店」

 に連れて行ってもらう。

 いきなり十万ヴァリス近くを使う瓜生に、ミアハは驚きナァーザはロックオンしていた。

 

 早めの夕食は、外食。

 瓜生がたまたま見つけた、ヒューマンとドワーフの夫婦がやっている店だ。

「お、お目が高いね」

 ヘスティアが喜んでいる。ちょっと知っているらしい。

「〈レオミ〉と読みます」

 字が読めない瓜生に、ベルが読んでやる。

 軽めのドアで、立ち食い席が二十ほど並ぶ。

 カウンターの奥に、魔石コンロで温める鉄板がある。

「任せるよ、アルコールは抜きだ」

 ヘスティアの言葉に、不愛想なヒューマンの夫がたっぷりの根菜と、タレにつかった肉を持ってきた。

「パンとスープはあっちで取り放題だよ」

 ヘスティアにそういわれ、ベルが喜ぶ。

「明日は、ちゃんと稼いで僕がおごりますから」

 というベルに、

「そりゃ楽しみにしてるよ」

 とヘスティアが喜んでいる。

 肉も、タレの効果かとても柔らかい。

「お、塩で発酵させた野菜か。肉に合う」

 瓜生が、数席に一つ置かれたツボから漬物を取った。

 スープも野菜の風味がよく出ている。控えめな骨と筋を長時間煮たコンソメに、少し入った魚貝とも合って、実にうまかった。

 重いサワードウの黒パンも極上。

 またうまかったのが、焼いたナマズか何かと、パンやスープとともに食べ放題だった炒り豆だ。

 

 

 ホームに帰り、ベルが瓜生に頭を下げた。

「その、冒険の経験があるんですか?なら、戦い方を教えてください!」

 瓜生は困惑し、ヘスティアを振り向く。

「ここでは、要するに剣や魔法を使って戦うんだね?そうするとどんどん強くなる?」

「ああ」

 ヘスティアの答えに瓜生はうなずき、考えた。

「なら、おれの戦い方はかえって害になるよ。それにおれは、いついなくなるかもわからない。そうしたら戦えなくなる」弾薬が供給されなくなる。「……ベルは魔法は使えないんだね?」

 ヘスティアに問いかけた。

「今は。ランクが上がったりしたら使えるようになることもあるよ」

「なら、剣など武器を使って戦うことだ。ただし、おれが戦うときには補助してもらうかもしれない」

(砲手にするのは無理があるよな……給弾ぐらいは頼んでもいいかな?)

 瓜生はそう考えていた。無論、彼はサポーター差別など知らない。

(さて、剣とかでの戦い方……おれは近距離ではナイフも使うけど、それは銃があっての話だからなあ……)

「ところで、何日ぐらい練習してからダンジョンに行く?」

「練習なんていいです、今からでも」

 少年の目に瓜生は嘆息し、考えた。

「この街には、剣術の道場とかはないのか?冒険者向けの」

 ヘスティアが苦笑する。

「冒険者は、だいたい【ファミリア】の先輩に習うらしいよ。神友(しんゆう)が教えようとしたけど、流行らなくてね。ボクと一緒にバイトしてる」

 ヘスティアが肩をすくめる。

(ありえない……この街は全員ファミリアに所属するのか?戦う技術は、大都市の護身には必須のはずだが……)

「明日にでも、そこに紹介してもらって、基本だけでも身につけてから……」

 瓜生は言い終わろうとして、ベルを見て、ため息をついた。

(無理に強制したら、今すぐダンジョンに突撃しかねない……)

 自分が数年前には十四歳の少年だった。よくわかる。

(こんな能力じゃなくてタイムマシンがあったらあの日の……いや小学校に入るまでに、おれを蜂の巣、いや機関砲で血霧にしてやるのに!!!)

 そう内心絶叫するほど、わかる。

「ヘスティア様。できるだけ早く、できたら明日にでも、教えてくれる人に連絡してくれ。時給は出すから」

 

 地上、廃教会の中に出た瓜生はベルに、

「ギルドでは短刀を支給すると言っていたな。とりあえずこれから練習するか」

 と、刃27センチほどのボウイナイフと15センチほどの多目的ナイフを〈出し〉てやる。

 ボウイナイフは抜きやすいよう、差し添え小刀のようにベルトに結んだ。長いナイフを右腰につけ、右手で抜くのは困難だ。多目的ナイフは短めなので右腰。

「まず、抜いて納める練習を20。それから、抜いてすぐ全身で刺す。鞘が切れて手を切ることがないように注意して。足も気をつけて、股間の太い動脈を刺したら即死するぞ。逆に敵のそれを狙うのが最高だ」

 同じ男として、ベルは震え上がった。

 と、瓜生はポケットの折り畳みナイフを片手で開き、廃教会のベンチを壁に立てかける。ついでナイフを腰に両手で固定し体当たりする、いわゆるヤクザ突きをやってみせる。

 しばらくともに練習しながら瓜生は考え、スポーツドリンクを渡して言った。

「きみは、農業をしていたんだね?」

「はい」

 ベルの表情は侮辱を覚悟し、反発があった。

「誠心誠意耕してきたのなら、立派なことだ」

 瓜生の言葉に、ベルの表情が輝き、同時に暗くなる。

(どれだけ、誠心誠意だったんだろう……冒険のことばかり考えて……)

 瓜生の言葉は続く。

「おれはこの世界の農法を知らない。鍬(くわ)、斧、鎌、シャベルは使わなかったか?」

「え、そりゃ使います」

「斧で木を切り倒すことは?」

「少しは」

 村からも少し外れ、自給自足に近い生活だった。

「大鎌での収穫は?」

「いえ、僕はその、それを縛るのが……」

 機械以前の麦の収穫は、死神が持つような大きい鎌で薙ぎ払い、あとからついていくサポーターが束ねて藁で縛る。

 瓜生は少し考えた。

「……使い方を、見せてくれないか?」

 長い鍬と斧、皮手袋が瓜生の手に出現し、ベルに差し出される。

「は、はい」

 ベルは言うと手袋をつけ、鍬を手に取り、腰を落としてまっすぐ振りかぶり……廃教会の床を破った。

「うわあっ」

 ヘスティアの悲鳴が上がる。

「う、うわ!ごめんなさい」

「あとで建て替えるから、許してくれ」

 瓜生はそう言って、今度は廃教会のベンチを立て、斧で伐らせた。

(両手で棒をふるう、力を抜いて腰で振り手の内を絞めるという、おれの故郷の子供の生活をしていたら身につかない、身につけるには数年かかることがもう身についている)

 このことである。

 それから、ベンチに座った瓜生は、

「おれは、故郷で剣道をやっていた。でもあれは、はっきり言って実戦性がまるでない」

 そう、苦々しい表情で言う。

 兜をかぶっては剣道の正面振りかぶりはできない、『愛』や『ムカデ』が壊れる。正中線を相手に向けるのは自殺行為。面すり上げ面が、総合格闘家や肉食獣と戦うのにどう役に立つ……

 何より、日本刀は竹刀よりずっと重い。剣道試合で最も重要な、左片手打ちができない。

 瓜生が、剣と魔法世界で冒険をするようになってから。銃の方が便利だといっても、最初のころは剣道の経験を活かそうとした。市販最高級の日本刀を〈出し〉たりもした。

 まったく役に立たなかった。何度か死にかけた。

(剣道なんてやってなければよかった……)

 とさえ思うほど。

 実際、居合・フェンシング・アーチェリーなら剣道よりましだったろう。銃がある彼にとっては柔道のほうがまだ役に立っただろう。

 剣道の積み重ねを捨てきれない瓜生は、どうしても銃を使えないとしたら、木刀並みに長く太いバールで殴る。または西洋式のまっすぐな両手剣。

「わざと実戦性なくしたんじゃないかって気がする。でも示現流なんて知らないし……」

 わけのわからない言葉に、二人が「?」マークを浮かべる。

「それに、剣道で試合……どころか、人と打ち合いができるようになるまで、一年練習した。週に2、2、4……」指を折り、暗算する。「三百時間ぐらいかな?」

「えー、それって、頑張っても一日……一か月以上じゃないですか!」

 ベルが文句を怒鳴る。

「というか、きみは……そうか、かなり孤独だった。ほかの同年代の子と比べて、何が得意とかは?」

「そ、その……すみません」

「んー……」

 瓜生は考え、そして手元に何冊かの本を〈出し〉た。居合道の、大判で連続写真がある本。

 同時に妙な刀を十本ほど。日本刀に見えるが、雰囲気が違う。

 とある、アメリカの刃物メーカーの工業製品だ。普通のナイフも包丁も作る。日本刀や西洋剣を模した、ナイフ同様現代の鋼材を機械で削った刃物も作っている。ちなみにその刀剣は、日本に輸入できない。

 瓜生は、商品なのでそれを〈出〉せる。実戦で遠慮なく使える刀剣はそれしか知らない。そのメーカーのナイフも、実用性に定評があるので愛用している。

 斧にしなかったのは、斧を戦いに使うのは結構難しいからだ。刃より近い柄で打っても切れず、威力はあるが振りも遅い。

 ベルの体格から見ても、

(斧の隙を補うには重い鎧が必要だが、無理そうだ。

 むしろレイピアや槍のほうがいいかもしれないぐらいだ、でも彼は『突き』は知らないだろうしなあ)

 と、なる。

「あ」

 刀を見て、ベルの目が輝く。

「使ったことは?」

「ないです」

「じゃあ、抜き方からだな。ここを握り、左手の親指で鍔(つば)を押し出して抜くが、気をつけないと手を切るぞ」

 瓜生は昔遊んだので、ちゃんと習ったのではなく真似だが、刀の抜き納めはできる。何度も怪我をしている。

 というわけで、太い針金を鞘の鯉口近くに巻きつけてから渡した。鞘を切ってしまって怪我をするのは防げる。

 ベルに手本を見せ、ベルも練習を始める。

「この文字は読めないだろうけど、ここからここまでをよく見て。この刀で、この動きをまねしてごらん。斧や鍬を使うように、しっかり腰を入れて」

 居合の本の連続写真。一番単純な、右肩の上から左腰方向への袈裟切り。

「ありがとうございます!」

 ベルが大喜びで言った。

「じゃあ、この刀の握りの後ろ端を、普段鍬を持つように握って」

「はい」

 瓜生はベンチを壁に立てかけた。

「これに何度でも斬りつけて。故郷で使っていた鍬や斧と、変わらない感じになるまで」

 ベルは喜び勇んで始める。

 瓜生も木刀で前進後退面素振りを始める。

 ベルがいいかげん疲れてきても、瓜生は「やめ」と言わない。

 二百、三百。

 ベルは歯を食いしばって、続けていた。

 手から血がにじむ。農作業をしなくなって、結構経っている。とても懐かしい痛みだ。

「剣は素人でも、鍬は素人じゃないはずだ。力を抜けば地面が深く掘れることはわかっているだろう。固い地面を掘るつもりで腰を落とせ」

「うん」

「しっかり地面を掘るには、足がしっかり地面についていなければならないだろう?」

「うん」

「呼吸を深く、ゆっくりにするんだ。『すう』、『はあく』と口で言ってもいい」

「はい」

「打ってすぐ、相手と周囲を警戒しろ。相手は一人とは限らないし、生きていて逆襲されるかもしれない……残心、心を残すんだ」

「うん」

 瓜生も、

(【ステイタス】【ランクアップ】の影響を、確かめるため……)

 木刀どころか特大のスレッジハンマーに持ち替え、跳躍素振りに切り替えている。信じられないほど速く動けるし、木刀など軽すぎて持っていると感じられないほどだ。

 ステイタスがあるだけ、全力を出す。全力なので、五百を越えるとそれなりにきつくなる。耐久が上がった手も、血豆がつぶれる。

 でも隣で、へこたれようとしない少年を見ていれば弱音を吐けない。

(立派な英雄だよ。情熱と意思で、おれを鼓舞している)

 瓜生はわかっている。何度も、英雄を助けてクエストを達成させてきたから。

(とりあえず三千。自転車に乗るように、意識しなくてもできるようになるまで。おれもこのステイタスに合わせて動けるように)

 

 女神はうれしそうに微笑し、時々声を上げて応援しながら、眷属(ファミリア)の稽古を飽きずに眺めていた。

 

 倒れそうなほど疲れきったベルの【ステイタス】を更新したら、ダンジョンに入りもしなかったのに、アビリティが合計70近く伸びたものだ。

 瓜生は、プロテイン入りのスポーツドリンクを……ヘスティアには必要ないが三人で飲んだ。それから歯ブラシも渡して、上で寝た。




〈レオミ〉はオリジナルです。


こうして考えると、冒険者初期装備は短刀が最善とは思えません。
本能的に使えるものとしては、野球バットから学校モップぐらいの短槍のほうが有効でしょう。
田舎生活者の多くは、手斧は使っているでしょうから、手斧か短く切った斧槍もいいでしょう。

もしベルに、何らかの「突き」の基礎があったら最初から槍を与えています。

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