ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
遠征から帰った翌日、瓜生はヘスティアにビーツの話を聞いた。
「きみになら理解できるかもしれない。ビーツという子は……ずっと、空のさらに上から来たそうなんだ。神々とも違う」
「別の星から?」
「……それがわかってしまうのが、それこそ世界が違うってものなんだねえ……」
ヘスティアが、女神アストレアからの隠された方の手紙を手にした。
数年前。女神アストレアが隠棲することになる田舎からさらに人里離れた山奥で、大爆発が起きた。
火山ではありえない。
近くに住んでおり見に行った、老いて引退した第一級冒険者が、クレーターの底に奇妙な球体を見つけたらしい。
何か悪い勘を感じ、その球体は埋めたが……そこに、尻尾をはやした幼子がいた。
老冒険者は彼女を育てたが、狂暴だった。強力な精神系の魔法と拳闘術を使う老冒険者は幼児の心をのぞき、驚愕した……
『強くなり、この星の知的存在を皆殺しにせよ。終えたら仲間に連絡せよ』
という命令が刻まれていたのだ。
老冒険者は、強大な魔法でその命令を抹消し、普通の人間らしい心を引き出した。
だがそれは寿命を縮めるほどの大魔術。まもなく老冒険者は病み、その心からビーツという名を読み取った少女を、現役時代から知っていたアストレアに託して死んだ。人間の親子の情愛と、厳く叩きこんだ格闘術の基礎と冒険者の心構えを与えて。
そしてアストレアは、ビーツの冒険者志望を聞き、改宗待ち状態にしてオラリオに送りだした。失った眷属の形見となった武器も与えて。
世間を知らないビーツを心配し、縁があり信頼できる、商人と護衛傭兵の中間のようなティティに同行してもらった。
「特殊すぎる子だから、信用できる神格(じんかく)の神で、大手は避けるように……と」
そうヘスティアは結んだ。
「おれの故郷も、異星の生命がいないか探している。まだ見つかっていないだけで、いてもおかしくない。その埋められたという……宇宙船、もし回収できれば技術を得られるかも……でも、リバースエンジニアリングできるだけの技術者がいなければ、みすみす宝を破壊することになる」
瓜生は、異界に行かされるとき『原作』の記憶を封じられる。『ドラゴンボール』の記憶も隠された。その宇宙船は、大爆発する危険があるのでうかつに調べるのは危険だ、という知識すら。
「で……」
ヘスティアが心配そうに瓜生を見る。
「もちろん、おれは歓迎するし支援する。本当に悪心……というかプログラムが消えているかどうか、慎重に見守るがね。それにいつまで見ていられるかわからない……
単に、おれに牙をむけば殺す。そうでなければ仲よくする。それだけだ」
瓜生の悲しそうな笑みを見て、ヘスティアはいつも悲しくなる。
「そんな悲しそうに笑わないでおくれ……」
「すまない」
瓜生の返事を聞いたベルは大喜びし、ヘスティアも早速ビーツに『恩恵』を刻んだ。
ビーツ・ストライ Lv.1
力: EX 4134
耐久: SS 1051
器用: A 874
敏捷: EX 3213
―
《魔法》
・魔法を使用できない種族
《スキル》
【戦闘民族(サイヤ)】
・種族として魔力を持たない。
・種族として体力がとても高い。
・成長が早く、限界を超える。
・瀕死から回復したとき、獲得経験値超高補正と自動ステイタス更新。
【月下大猿(ヒュージバーサク)】
・条件(尻尾がある状態で、満月の光または同等の波を直視した)達成時のみ発動。
・獣化、階位昇華。理性を失う。
・尻尾を失うか、周囲を全滅させれば戻る。
【】
瓜生とベルで驚きには慣れていたはずのヘスティアが、ビーツの後頭部の髪に顔をうずめて震えていたという。
それから瓜生は、ベルやヘスティアに【ロキ・ファミリア】精鋭との小遠征について少し話した。
アイズの活躍にヘスティアは、
「そんな高嶺の花追いかけてないで近くの」
といつも通り。
ベルはますます憧憬を強めている。
それ以外の話は、どちらも実感できない。バーバリアン何十体を一連射で粉砕する、というのがどんなことなのか、まったく知らないのだ。
瓜生の話は、料理の話が主になった。
ベルのパーティに、そして家族に小さなビーツも本当に加わった。瓜生のおさがりの鎖帷子を仕立て直して着た。リリより小さいのに、そのすさまじい戦力はリリやヴェルフも驚き、すぐ頼りにするようになった。
瓜生と並んで、ベルやヘスティアに勉強も習うようになった。数学は、表記法をベルに習いながら瓜生も教える側に回る。……彼女は勉強は嫌いだが。
また、タケミカヅチに槍も習い始めた。まだダンジョンで使うことは許されていないが。
瓜生は、ビーツが食べる大人10人分以上の食事に苦労することになった。上限がないように食べ、空腹になると体力がほとんどなくなるのだ。地球人と違い、大量に食べた直後に激しい運動をしてもまったく支障がない。
市場で買っていては、ジャガイモの皮むきで日が暮れる。廃教会地下の小さいキッチンではとても調理しきれない。ベルの稼ぎでは追いつかない……25階層で稼げてもまだ追いつかない。食費はベルの稼ぎ、という約束はなかったことにした。
何より、
「ビーツのお腹をすかせたらリューさんの、あの殺気が……」
このことだ。
【ロキ・ファミリア】の、20人近くでの遠征の経験が早速役立った。
瓜生が寝起きしているテントを大型のものにした。そこにプロパンガスボンベと大型の内燃エンジン発電機を置いた。
いくつもの鋳鉄コンロとガスオーブン。10リットルの業務用圧力鍋、大きな寸胴鍋、業務用ガス炊飯器。業務用電子レンジ。業務用フライヤー。バーベキューコンロ。
(街食堂でも開くのか……)
という設備を用意した。
スライスタマネギなど冷凍野菜とひき肉・薄切り肉に、塩とカレー粉を入れて業務用圧力鍋で加熱。業務用炊飯器いっぱいの飯にたっぷりかける。
特大ステーキ肉と味噌漬け豚ロース厚切りをバーベキューコンロで一気に焼く。肉や魚の味噌漬け焼きはとてもご飯が進む。
業務用冷凍パン種を〈出し〉てガスオーブンで焼き、ボウルいっぱいのオリーブオイルをつける。圧力鍋で蒸し煮にした鶏肉とジャガイモ入りミックスベジタブルに、弁当箱のようなチーズ塊を添える。
アメリカンサイズのブロック肉にガスバーナーで焼き目をつけ、ワインと冷凍野菜を加えて木やプラスチック部品のない鍋に入れ、ガスオーブンで鍋ごと一晩加熱する。
大きい寸胴で何キロものパスタをゆで、ニンニクスライスをいれ鍋で加熱したオリーブオイルとチーズをかける。
手間がかからず味がいい袋ラーメンをいくつも作り、チャーシューを丸ごとつけ、大量の背脂を直接乗せる。
そばやうどんをゆでてザルに山盛りし、市販のつゆを添える。大きいセラミックフライパンで作った大量のスクランブルエッグとプロテイン入りミルクで栄養を整える。
皮をむいたり洗ったりする必要があるものをとことん避ける。説明通りに作ればいいものを多用する。レシピを忠実に拡大し、味を保つ。失敗しないことを優先する。
瓜生がいないときのために、倉庫も借りて大量の保存食を積み上げ、ベルに使い方を教えておいた。
また、ダンジョンにもペカンナッツなど高カロリー携行食を大量に持たせる。
ビーツはどれだけ大量に用意してもバババと平らげ、すさまじいはたらきをする。ダンジョンではレベル2以上を思わせる活躍、帰ってからもベルの、休みの日以外の夕食後のルームランナーフルマラソン……手首足首にウェイトつき……につきあう。
数を数えない、すさまじい素振りもともにこなす。小学校低学年の体格で、左右どちらの手にも10キロダンベルを握ったまま、それが見えないほど速いワンツーを打ち続ける。高速で円に沿って跳びながら。時にはまっすぐ前に出たり、ジグザグに前進したりもする。
走りぬいたベルが吐き気をこらえてプロテインミルクを飲み、吐かないように歯を食いしばり、歯磨きの途中でぶっ倒れて寝ている。ビーツはそれを横に見ながら、まだ8人前平らげてやっと寝るのだから大変な種族だ。
瓜生は、塩分のとりすぎが心配になった。10人前食べるということは、塩も10食分とるということなのだから。さらに、硝酸塩や保存料も、10食分……
というか、この種族の生理・薬理を知らないし、犬人や小人の生理・薬理も知らないのだ。
そのあたりは神ミアハにも相談したいが、ミアハやタケミカヅチにもビーツの秘密を明かしていいかは苦慮するところだ。
ビーツの種族は伏せ、世間話に見せかけてミアハに相談したが、食べる量がとても多いドワーフなどは腎臓も肝臓も強く、塩分が多くても、普通の食事に混じる毒素の分解にも支障はないそうだ。
とりあえず、不便ではあるが硝酸塩を使う加工肉、保存料などを含む加工食品などは極力避けるようにした。なんとか添加物ゼロのソーセージや冷凍揚げ物などを探した。ラーメンやカレーもインスタントやレトルトを避け、業務用冷凍スープやカレー粉を使うようにした。
瓜生は、ベルのパーティについても聞いた。
ビーツの素性ははっきりしている。
【ヘファイストス・ファミリア】でヴェルフについても聞いた。ロキに頼んで瓜生を調べるためではないとヘファイストス本人に確認してもらった。
となると、リリルカ・アーデ……【ソーマ・ファミリア】。
フィンも、
「『妙な音』の情報を求めているのは、僕だけじゃないよ。特にリヴィラでの騒ぎは、『ギルド』は緘口令を敷いたけど、広がってる。怪物祭りでの、食人花との戦いも見ている人はいる。君と、ベル・クラネルの背格好はかなりの人が知っている」
と言っている。
そして、
(『妙な音』目当てにうかつなことをしたら、とんでもない大手がつぶしにかかる……)
という噂も広めてくれた。
それだけでなく、護衛も必要ではないかとまで言ってくる。瓜生にも、ベルにもヘスティアにも……ビーツにも。瓜生も、将来はそれも考えている。
瓜生自身も情報を集める。前回の遠征の報酬として、【ロキ・ファミリア】の情報屋を何人か紹介してもらった。
それをうのみにせず、その情報屋も検証した上で使う。
今までの数日では、リリルカは有能なサポーターにすぎないようだ。ベルは信頼しきっている。
会話の中でも、それほどベルのファミリア仲間についての質問はしてこない……
(ステイタスや、別ファミリアの内情を聞くのはタブー)
という礼節と、仲間としての気安さの、普通の中間点らしい。
頭からパーティから追い出せと言ったら反発するだろうから、干渉せず泳がせている。
【ロキ・ファミリア】の本拠地、『黄昏の館』では、先の小遠征についての話でもちきりだった。
帰ってきていないアイズとリヴェリアに、心配で狂いそうな者はそれどころではなかったが。
「おいしかった。ベッドもここより豪華で、布団も柔らかかった」
「ブロックベーコンたっぷりの、舌をやけどするようなシチュー」
「カレーライス……とろけるお肉がゴーロゴロ……」
「生ハム丸一本から長い包丁で削って好きなだけ、柔らかいチーズ、新鮮なレタスとトマト」
「揚げたてで口をやけどした。ジャガ丸くん、フライドチキン、フライドポテト」
「焼きたてのほかほかパン、おいしいバターとハチミツ、山盛りのソーセージ、全自動で豆から挽いたコーヒー……」
「毎日お風呂に入った。熱くてきれいな。いい香りもした」
「新品のタオルと羽根布団……」
「牛丼はオラリオのどこで食べられるのかなあ……極東系の食堂探そう」
「ゆでたてパスタにミートソースとチーズを好きなだけ……ピザまで食べ放題……」
「ラーメン・チャーハン・ギョーザ・エビチリ……」
「特訓は地獄だったけど」
「百以上いたリザードマン・エリートが一連射で消えたの。消えたの。血の霧になって」
「悪夢だったな、あれは……」
そしてロキは、参加者のステイタス上昇にも驚いていた。
(こないだの、50階層まで行った遠征よりすごいやんか……)
(ろくに戦ってへんと文句たらたらのティオナたんも、前の遠征より上昇しとる)
かすかな疑いはある。だが、この遠征自体が異例であり、モンスター討伐数もそれに見合うものはある。
もう、【ロキ・ファミリア】全員に伝わった。
「彼がいてくれれば、50階層までは勉強の苦労だけで行ける。誤射や事故はあっても、モンスターにやられることはまずありえない」
「それも毎日あったかい風呂・ふかふか布団・おいしい食事つき」
「布団と食事が出てくるだけでも十分ありがたい」
このことである。
瓜生の活動はろくに知らず、ビーツ・リリ・ヴェルフと四人でダンジョンに通うある日のベル。
朝起きて、ダンジョンに響かないように素振りを千回程度。昨日の反省も兼ねる。
(どんな動きをしていればよかったか。敵の立場に立てば、どうすれば昨日の自分の隙をつけたか)
思い出し、自分の剣で実践してみる。
ビーツも同時に起き、すぐに枕元に用意されている菓子パンを食べて水を飲み、ベルの隣で重いダンベルを握ってワンツーやアッパー、前蹴りを鋭く繰り返している。
それから槍の練習もする。練習には瓜生が出した彼女の身長より長い全鋼バールを使う。突きと、時計回り・反時計回りに先端で円を描くだけを、何百も。
朝食の用意が終わり、できるのを待てばいい状態にした瓜生が遅れて、20分ほど素振りにつきあう。ヘスティアを起こすのはベルの仕事だ。
業務用炊飯器ふたつで合計6升、60合の飯を炊いている。
業務用圧力鍋で、合挽肉とミックスベジタブルの濃厚スープ。
プロテイン入りのホットミルク。
全自動機械で淹れたコーヒー、ホールケーキ。
「朝から濃厚だねえ」
とヘスティアがあきれるのもいつものこと。
ほとんどはビーツが平らげる。わんこそばのように、どんぶり飯に肉たっぷりスープをかけたのを瞬時に吸いこんで、おかわりを求め続ける。
ベルは、ダンジョンに行く朝は軽い粥程度。
瓜生とヘスティアは普通に食べる。
食事を終えたら廃教会の工事をしている業者に挨拶して、ベルとビーツは装備を整えて『ギルド』に向かう。
瓜生はバイトに行くヘスティアを送りだし、ゆっくり洗い物をする。
いつもの、タケミカヅチ・ファミリアが屋台を出す目印あたりでリリとヴェルフを待つ。
お互いの故郷の話も少しする。どちらも似たような田舎だった。ビーツは老冒険者とほとんど二人きりで、物心ついてから何度か女神に会うぐらい。ベルも祖父を手伝う農村生活。
ビーツは大きなリュックにビスケットと高脂肪ナッツ数種を詰めており、サポーターと思われている。
大きなバッグを背負ったリリと、大刀を負い、胴だけの頑丈な板金鎧をつけたヴェルフがやってきて、茶を一杯飲んでエイナたちに報告し、ダンジョンに向かう。
「その鎧は?かっこいい」
ベルが目を輝かせた。
「昨日作ったんだ。稼いだ金とドロップアイテムで。まだ途中だが」
ずっと着流しでのんびりやっていたが、目覚ましい成長を見せるベルやビーツを見て、自分もこのままでは置いて行かれると思ったのだ。
上の階層は小走りに抜ける。基本的には経験を積ませることも兼ね、ビーツに任せる。
瞬間移動のような高速突進、トンファーの短い方が突き上げられる。それでゴブリンやコボルドの頭が消し飛び、すぐに次の横に移動し回転する長い側が頭を砕く。
人の姿をした生き物を殺すことにも、まったくためらいがない。冒険者として鍛えられている。
相手がウォーシャドウでもあまり変わらない。リーチの短さは、果敢に腰を落とし小さくなって突進することと、トンファーの長い方を前に握ることで補う。瓜生が出した頑丈なヘルメットで頭部は守っている。
8階層あたりから、リリのクロスボウをセットする。先端部にある鐙に足を入れ、『てこの原理』も利用し、全力デッドリフトほどの力でレバーを引き上げ、引き金にふとい弦をはめる。太矢をセットするのはそれから。
「強く作りすぎたな……」
という代物なので、セットはヴェルフ・ベル・ビーツが交代でやる。純粋な力はビーツが一番強い。
最上層より手ごわく数が多いゴブリンやコボルドを、ベルとビーツが次々と掃討する。ヴェルフはリリを護衛し、迫るのを斬りまくる。
10階層から12階層までが主な稼ぎ場。まだ13階層、最初の死線(ファーストライン)、中層への進出は許可されていない。
ベルはトロルの鈍い棍棒をかわし、まず腕を袈裟に斬り落とし、返しの逆袈裟で喉を切り割る。そのまま歩き抜け、とどめはヴェルフに任せる。
またインプの群れをベルとビーツの二人が、すさまじい速度で斬りまくる。そんなときにはベルは刀をリリに預け、脇差『ベスタ』とヴェルフが打った『ドウタヌキ』ブランドの短剣を二刀に暴れまわる。
ビーツはシルバーバックの強撃を、トンファーを体の前に平行に置いたまま腰をひねって両手でさばいて左足を深く入り身する。そのまま左手は裏拳のように振りぬいて回転する長い側の棒で膝をつぶし、さらに踏みこんで打ち上げる右のフック。短い側の先端が拳と一体になり肝臓をえぐる。
強い生命力、それだけでは止められないと見るや、腰を落としてから強烈なサマーソルトキックが頭を後ろに飛ばす。
「ビーツ様離れて!」
リリの言葉に巨猿の肩を蹴って離れた、そこを太い腕が飛びすぎ……そのすきに、シルバーバックの目にボールペンぐらいの、全鋼の太矢が埋まる。後頭部から貫通するほどの小型クロスボウの威力。
「ベル様!」
ベルがすすっと歩き、袈裟切り一閃で首を斬り落とし、やっと灰になる……
「移動します」
最低限の魔石を拾ったリリが、次のルームに行くと指示する。三人とも、一言も問い返さず従う。
そして次のルームに急いで振り返ると、霧を通してとんでもない何かが暴れているのが見えた……
「おなかすいた」
ビーツが言いだして、壁を傷つけて一段落し、皆で昼食。
「ビースケ、相変わらずちっこい体でよく食べるな。リリスケもこれぐらい食べないと大きくなれないぞ」
「ほっといてください。リリがこんなに食べたら動けませんし吐きます」
「ははは……(帰ったらこの何十倍も食べるんだよ……)」
「そろそろ8階層に移動しましょう。無理はよくありません」
と、リリの指示で上に行く。多数のモンスターが発生したこともあったが、それは主にベルとビーツが掃討した。
それから8階層で、キラーアントからしばらくゆっくり逃げる。そうするとものすごい数になるので、一気に反撃して掃討する。
ビーツの高密度トンファーは、キラーアントの甲殻にもしっかり通用した。細い首や手足を砕いて断ち切ってしまったり、胴の甲殻を砕き穴に手を突っこんで魔石を引っ張り出したりする。
リリのリュックがはち切れるほど収穫を詰めて、出口に向かう。
もうビーツは空腹を訴え、すっかり戦力を落としていた。
ダンジョンを出てすぐ、大盛りで知られる店に向かう。ビーツがオラリオに来てから数日は「全部食べたらタダ」系の店を荒らしていたが、もう廻状が回ってしまい挑戦は断られる。今は、適正価格で大盛りの「おやつ」を食べさせている。
実はリリは、二回ほど大きな賭けをしてかなり儲けている。
ビーツが食べている間に換金を済ませ、均等に分ける。均等分けに驚いていたリリも、すっかり慣れたようだ。
リリの太矢は高価な消耗品だが、ヴェルフが打ってくれるので材料代だけでいい。
ヴェルフもそれなりのドロップアイテムは手に入れている。
エイナに報告してからリリとヴェルフは帰り、シルとリューに誘われていたので『豊穣の女主人』で夕食に。
「おう来たね、大食いチビちゃん」
とミアは豪放に笑う。最初にすさまじい量を食われ、それでも笑っていたのだから大物である。
「今日こそはもう入らない、降参、って言わせてやるよ!」
今は、原価最低限で十分うまいものを、彼女の食べる量に合わせて作っている。
「じゃあ俺も『ビーツスペシャル』で!」
と注文する客もちらほら出てきており、ヒットメニューの予感はある。
「一日5食限定。食べきれれば800ヴァリス、残したら7000ヴァリスだよ」
「そいつはきついな」
「え、これを……こんな小さい子が?」
「なら賭けますか?」
ビーツが食べきれるか、店員を通じて賭けているから損にはなっていない。……もう何度かやったら、その賭けも成立しなくなるだろうが。そうなれば客に注文させて賭ければいい、というぐらいのことだ。
冗談抜きの20人前、大テーブルに並ぶ。見るだけでもとんでもない見物だ。
持ち上げるのもきつそうな大皿に、平パン・焼肉・野菜・特大ジャガ丸の重ねが繰り返され、高く詰みあがる。洗面器のような大深皿からパスタが山のように盛り上がる。両手鍋ごと持ってこられた、イモと魚にマカロニまで入ったシチュー。
デザートも、それだけでも大人が満腹できそうな特大ドーナツ。
青くなるベルをよそに、ビーツはバババババと詰めこんでいく。みるみる膨大な料理がなくなる。
リューが嬉しそうに給仕をしている。
シルがベルに話しかけた。明日は休日なのだから、本でも読んだらどうか、ちょうどお客様が忘れていった本がある、と……
瓜生はその日、【ヘファイストス・ファミリア】に金属を納入したり、酒関係者を回って【ソーマ・ファミリア】について情報を集めたりしていた。
【タケミカヅチ・ファミリア】の屋台の会計を見、素材を倉庫に積み上げもした。
ヘスティアと、リリについて話し合いもする。
帰ってから……一日のダンジョン探索で疲れていてもベルはストレッチングをする。もう、両足を120度に開いて鼻を床につけることができる。
そして足首と手首に重りを巻きつけ、背には塩水入りの水筒を背負ってストローを口元に固定し、業務用ルームランナーでフルマラソン。
さらに回数を数えぬ素振りと、ウェイトトレーニングをして、【ステイタス】を更新して結果を聞きもせず寝てしまう。
毎日のように更新していても、それでも異常な上昇にヘスティアが頭を抱えるのもいつものこと。
ビーツも同じメニューをこなし、彼女は終えてからまた業務用圧力鍋いっぱいのネギ・なまり節・油揚げの煮物を鍋から平らげ、小さい彼女なら風呂がわりに入れそうな鍋の残り汁にうどんをたっぷり入れてひと煮立ちさせまた食べつくして、やっと眠気を訴える。
彼女もとんでもないステイタスの上昇でヘスティアはあきれるが、孤児の女神らしく歯を磨いて着替えさせ、シャワーにも一緒に入ってやって、抱きしめたまま眠る……
翌日は休日。その本を読んだベルは突然意識を失った。
魔法とは……英雄に至るための、力。大切なものを守るための……祖父のように。シルバーバックから主神を守ったように。
魔法が発現したベルは、真夜中に一人ダンジョンに出かけた。興奮のあまり、朝まで待てなかったのだ。
【魔法】
【雷刃(ヴァジュラ)】
〇付与魔法(エンチャント)
〇詠唱文「雷火電光、わが武器に宿れ」
〇
〇
詠唱が終わった直後、至近距離の雷のようなすさまじい光が刀に宿った。
そのまま歩み、ゴブリンに振り下ろし……手ごたえもなく、ただ二つになった。
直後、すさまじい反動と衝撃に吹き飛ばされる。灰も魔石も残っていない。
「す、すごい、すごい」
斬りまくった。いつのまにやら3階層で……気を失った。威力があるかわり、極端に消耗が激しい。
そして気がついたら憧れのアイズ・ヴァレンシュタインに膝枕されており……逃げた。
ちなみに、ベルがまたやらかさないか心配し……外からの襲撃も心配して警報装置をつけてあったため、瓜生はあくびしながらついて行っていた。それでアイズとリヴェリアにも会い、ベルはアイズに任せてリヴェリアを黄昏の館まで送ってから帰った。
「おまえは後輩にどういう指導をしているのだ、うちであんな馬鹿なことを起こす子がいたら」
などと、くどくど説教されながら。
瓜生にナメルをもらっていたリヴェリアは、37階層から19階まではアイズを乗せ、徒歩なら2日の道のりを半日で戻った。それからリヴィラを素通りして、17階以降は急ぎ足で帰ってきたのだ。
『黄昏の館』に帰ったリヴェリアは、アイズを待っていたレフィーヤに思いがけないことを言った。
彼女の勘違いを抑え、強く目を見てどれほど彼女のことを思っているか、何度も伝えた。
「いいか、『大木の心』を持たないお前が、アイズやヒリュテ姉妹に同行しても、得るものは少ない。だが、今からうち(ロキ・ファミリア)の二級冒険者たちとダンジョンに行くのは、人間関係上問題がある。
ウリュウも承知している。
ついでに、伝言があるのだが……」
塩分と硝酸塩と…は考えてみて大笑い。
まあ、肝臓も腎臓も強いんでしょうね。
ここがドラゴンボールの宇宙と重なっているかはまだ確定してません。
あと、「ビーツ」名が公式に出る前に考えた名前で、もちろん関係ありません。