ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
血をかぶったベルが街を駆け抜けた、その半月ほど前。
初の眷属に浮かれるヘスティアと、やっと受け入れてもらえて浮かれるベル・クラネルが、廃教会に帰った。
ベルは不安がり、ヘスティアはごまかしつつ地下室に歩んでいた、とき。
教会の中央に、かすかな光と小さな旋風が舞う。
風が去ると、一人の青年が床に寝ていた。何かを抱くように、胎児のような寝相で。
柔らかな寝間着を着ていた。右脚が膝までめくれている、ふくらはぎは筋肉で太い。
寝ぐせのついた黒い髪。黒い目が開かれ、起き上がった。
「またか……」
文句を言うような、あきらめたような声。
「え」
そして、赤い瞳と合った。次いで、その隣のツインテール……
はね起きた青年は周囲を見回し、近くにあった砂をつかんだ。
(いつもは無人の部屋なのに!武器が〈出る〉まで数秒、何でも武器に……)
「す、すごいっ!」
ベルの叫び声に、青年は硬直した。
「英雄が森の空き地に出現した、って絵本があったけど、それみたい!」
「あ、いや……」
青年はそれに戸惑いつつ、わきに手を伸ばす。
胸だけは豊かな少女……ヘスティアが半眼になり、気配を探る。
「神、というかなんというかの、気配があるね」
「妖精らしいな。前に助けて、バカなことを願ってしまって」
青年が苦笑する。そのかたわらに、次々と何かが出現した。
「先に謝っておかなければ。あなた方の家だとしたら失礼をした。これでお詫びになれば」
と、積みあがったトランク、衣服、小さな箱などから、小さな塊を取り出しヘスティアに渡す。
「……黄金っ!」
少女の目が大きく見開かれた。
「最初に言っておきます。……見られましたが……おれは、別世界から来たものです」
彼は話しながらも、まず膝にナイフを引き寄せ……ようとして、固まった。
神威。
何でもない少女に、ありえない『何か』を感じた。これまでの冒険で、何度か経験のある『何か』。
大都市をクレーターにできるのに、引き金を引くことすらできない……そんな『何か』。
「すごいっ!」
目を輝かせる少年に、異界人は悲しみを感じた。
(おれは、きみたちを殺す準備をしているのに……そちらが攻撃してくれば、だが)
「先に言っておきます。あなた方に金銭欲があるなら、黄金ならば無限に出せます」
「それより、何かの縁だ!どうか、ボクの【眷属/ファミリア】になってくれないか」
「すごい……」
少女と少年のずれた対応に、青年は呆然としていた。わずかに余裕ができ、はじめてわかる……少女、女神が、幼くはあっても信じがたい美貌だと。
「地下室がホームなんだ。よかったら、君も来ないか?」
「ありがとう。話は聞く。すまないが、着替える間待っていてくれ」
男の言葉にうなずいた女神が、少年を地下室に案内する。
まもなくブレザーとチノパン、チェックシャツでノーネクタイの青年が下りてきた。
平均的な身長。やや太った腹の左脇や腰のふくらみは、彼の故郷の、銃社会の人間ならばすぐわかるだろう。左袖のクリップは、注意深ければわかるかもしれない。
FN-P90を左脇に隠している。右腰にはS&W-M460リボルバー、左腰には手榴弾が三個。
左袖とポケットに、ボールペンのようにクリップのついた、片手で開閉できる折り畳みナイフをとめている。ブレザーの下に予備弾倉を背負っている。
彼は異世界では、何度も襲われ、追われてきた。
近代以前では、誰の庇護も受けていない、紋章をつけていない人間は、『無主物』。人ではなく、物。最初に見つけた人が捕まえて奴隷に売っていい。スラム街に駐められた車や、鳩多数の広場に落とした握り飯と同様だ。
……または周囲の常識とはずれているのだから、『悪魔の手先』として拷問し殺すべき公の敵でしかない。
だから武器を手放さない。
地下室は、廃教会のぼろさからは意外なほど整っていた。
ベッドとソファ。キッチンとシャワー。
最低限の生活はできる。
「技術水準高いな」
と、魔石灯に手を近づけた瓜生がつぶやく。
(熱のない明かりを、この生活水準で維持できているのは相当なことだ)
「さて、とりあえず名前を。ボクはヘスティア」
「ぼ、僕はベル、ベル・クラネルといいます。冒険者志望です」
白髪の少年がぺこりと頭を下げる。
青年は軽く微笑した。
「おれは瓜生(うりゅう)……発音しにくければ」
「ウリュー、さんですね!」
「それでいいよ」
青年、瓜生は何か思い出そうとしたがあきらめた。
別の世界に飛ばされるとき、いつも……要するに『原作知識』の類は忘れてしまう。
本を〈出し〉ても、「原作」に関する情報は検閲される。
瓜生は神話についても知識があるが、それも『故郷』に戻るまで忘れてしまう、ということだ。
「さて……」
「そうそう、ジャガ丸くんをバイト先からたくさんもらったんだ。よかったら君も食べていかないか?」
少女が笑いかける。どこかおびえたように。
「ありがとう」
瓜生は自分の分の椅子を〈出し〉て座り、皿に盛られたコロッケを見て、とんかつソースと、白い扇形の塊チーズを〈出し〉た。
「うわあっ」
ベルの驚き喜ぶ声。
「明日はおれがごちそうするよ」
言いながらチーズのパックを開け、ソースをコロッケにかける。
「ちょっと待ちたまえ。ジャガ丸くんは、塩で食べるのがジャスティスだ!天界の法則だ!」
「醤油は?」
「タルタロスに行きたいのか君はああああっ!」
少女が絶叫する。
食事を終えた瓜生に、ヘスティアが話しかけてきた。
「その、さっきの話だけど……」
「おれは、この世界の常識を何も知らないんだ。ファミリアってなんだ?」
ベルもヘスティアもあきれかえった。
「本当に知らないんですか?このダンジョンのことも?」
「何も」
「嘘は言っていないね……」
ヘスティアが咳払いをして、話し始める。
「この世界、地上ではヒューマンやエルフ、ドワーフや小人が暮らしていた。
昔はダンジョンからさまざまなモンスターが出現し、人々を苦しめたものだ。人々は必死で戦ったが、かなわなかった……
そこに、天界から神々が下りてきて、人に『恩恵』を与え、ダンジョンの上にバベルを築き、周囲に巨大都市オラリオを作った。
そして神々は全能を捨て、人の弱い肉体で、人に恩恵を与え【ファミリア】を経営し、様々なことをして暮らしている」
「そのダンジョンに入り、モンスターを倒す英雄たちが冒険者です」
ベルのあこがれの目に、瓜生はまゆをひそめた。
「で、どんな裏があるんだ?」
二人ともしばし沈黙した。
「……ひねた子だねえ……」
「裏って、どういう?」
「……魔物に娘がさらわれた、というので助けに行ったら、人買いに売られてただけってことが何度かあった。で、魔物は単なる猛獣だったり、人間より親切な知的種族だったり……最悪なのが……」
瓜生がぎゅっとこぶしを握り締め、歯ぎしりをする。
「すごい冒険をされてたんですね……」
ベルの尊敬の目が、瓜生にはまぶしかった。無数の罪悪感と、人間憎悪に息もできない。
「というわけで……条件付きで加入するよ。
攻撃してくる敵は殺す。だが非戦闘員の虐殺・拷問・強姦は絶対にお断りだ」
「そ、そりゃもちろんですよ」
「モンスターでも、だぞ?」
「だって、モンスターは常に攻撃してきますから」
ベルが驚いた声で言った。
「絶対か?」
「絶対です」
「そうか。それで眷属になったら、たとえば命令に絶対服従とか?」
「そ、そんなのはないよ!」
ヘスティアのリアクションで、豊かな胸が弾む。
「恩恵を受けると、ステイタスが発現する。それでダンジョンで戦ったりしたら経験がたまり、ステイタスを更新したらアビリティが伸びる。それで、自分の壁を破るようななにかをすれば、ランクが上がって」
瓜生が、記憶封印を受けていなかったら、
(ゲームか……)
とでも思っただろう。
「それにおれは……いつ元の世界に帰るかわからない」
「それは、寂しくなるけど……仕方ないよ」
ヘスティアが少し悲しそうに言い、
「じゃあ、『恩恵』を刻むから……」
瓜生は上半身の服を脱ぎ、円筒椅子を〈出し〉て座った。
一滴の神血が、その背に神聖文字(ヒエログリフ)を、【ステイタス】を浮き出させる。
ウリュウ・セイジ Lv.2
力: H 127
耐久: B 762
器用: D 556
敏捷: I 22
魔力: B 792
耐異常:H
《魔法》
【インビジブルアーマー】
・無詠唱常時発動
・全ダメージ軽減
・心も守り、冷静理性を保つ
《スキル》
【豊穣角杯(コルヌコピア)】
・故郷の、マネーで買える品、国籍問わず軍採用品、軍が試作し動いたものなら、何でも、いくつでも手元に出せる。
・プロテクトがかかったものなら、パスワードもわかる。
・数秒かかる。出したものは瞬時に消せる。
・生きた動物(人間を含む)は出せない。死体を出して復活させることもできない。
・魂と直結しており、封印できない。
【冒険介添(サンチョ・パンサ)】
・経験値を半分しか得られないが、仲間は二倍の経験値を得る。
・向上しやすいアビリティと、ほとんど向上しないアビリティがある。
ヘスティアは驚いた。
レベル2。魔法、発展アビリティ。レアスキルが二つも。
彼女は【ファミリア】運営の経験はないに等しい。だが神であり、ある程度わかる。
アビリティの数値自体は、
(オラリオの外で『恩恵』なしにかなり大きな功績を立て、鍛えて多くのモンスターを退治していたら、あり得るけど)
ぐらいのものだ。
「君、ここに来る前に、どれだけのことをしてきたんだい?」
瓜生は打ちひしがれた表情をした。
(人殺しなら、たくさん)
とても言えなかった。
自分を受け入れてくれた女神、英雄願望に目を輝かせる……昔の自分と共通点のある少年の前で、言えたことではない。
「い、いや、言いたくなければ言わなくてもいいんだ。それにしても、異世界の人間というのは本当なんだな」
「信じてくれて、それに攻撃もしないでくれて助かるよ」
(今のところはね)
「まあ、これでボクたちは家族だ!三人の家族で、これからやっていこう」
「おれは上に部屋を作るけど、ベルはどこで寝るんだ?」
「あ、ソファでいいですよ」
「じゃあ」
と、瓜生はソファを上に引っ張り上げて、ソファーベッドを〈出し〉て掛け布団なども出した。
ベルは大喜びで寝転び、すぐに眠ってしまう。
瓜生は、
「じゃあおやすみ」
と地上に行って厚手のフリースに着替え、小さいトレーラーハウスを〈出し〉て、その中でマットレス、タオルケット、布団、枕を出し、枕元に銃やナイフを積み上げたまま寝た。
間違いがあったら指摘してください。「恩寵なしで経験を積んだオリ主」については、多数の二次創作で多様な解釈があったはずです。原作に明記があったかは覚えていません。
「瓜生」
身長175cm。やや肥満気味だが筋肉もある。大きい運動部の、レギュラーは無理だが練習にはついていける程度の体力。
『アドベンチャーゲームブック』ぐらいのクエストを六回ほどクリアしている。
その中で何度か、伝染病や飢饉で壊滅しそうな都市国家を救ったりもしている。