ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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遠い主神から

 リリに取り戻してもらったバッグに、二人の女の子は手紙を縫いこんでいた。

 その宛先、「リュー・リオン」は、『豊穣の女主人』のエルフの美人ウェイトレスでは……そう思ったベル。

 翌朝、まず二人を連れてパーティを組んでいるヴェルフとリリの二人と待ち合わせ、少し待ってもらう。

 そしてベルは少女二人を連れて、準備中の『豊穣の女主人』に向かった。

 

 シルに声をかけてリューを呼び出したことに、猫人のウェイトレスが、

「浮気ニャ?」

 などと騒ぎにしかけた。だがすぐにリューがやってきて、

「ええと、リューさんの名前はリュー・リオンで間違いないでしょうか?」

 そう聞くだけでもベルは真っ赤を通り越して倒れそうだ。

「はい」

「ええと、これ」

 と、ベルが手紙を見せる。

 リューがくずおれるのをベルがとっさに抱きとめた。

「だいじょうぶですか」

 彼女がゆっくりと身を離し、立つ。

 すさまじい殺気が吹き荒れた。ベルはまったく動けない。雲の上の冒険者の、すさまじい過去が薄皮を破いて荒れ狂った。

 エルフは体に触れられたがらない。見たどのモンスターより……最近戦ったシルバーバックや、あのミノタウロスさえ大したことがなさそうに見える、恐ろしい殺気。

 それがすっと消えて、冷静な彼女が戻ってくる。

「失礼しました、あなたも、この二人もまったく悪くありません。男性との接触に怒っているのでもありません。悪いのは私です」

 そういったリュー・リオンは手紙を読み、涙を浮かべて二人の少女を見た。

「はい、宛先は私です。ビーツ、よくきてくれました。ティティ、ありがとう」

「すみませんでした、ウリュウさんと勘違いして二人ともうちに」

「いえ、ありがとうございます」

 リューはベルに、深く頭を下げた。

「クラネルさんはこれからダンジョンへ行かれるのですね。この二人は責任をもって預かります。それとも……いえ、これからのことは、帰られたら相談しましょう」

【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)に送ろうか、でも知られたくないかもしれない。リューはそこまで考えたのだ。

「はい」

「だから、必ず帰ってきてくださいね。よろしければこれ、まかないなのですが」

 と、シルも顔を出して、バスケットをくれた。

「あ、ありがとうございます」

 そういって、二人の幼い子を迎えようとしたリューは、小さい方のビーツが腰にした短い棍棒を見て激しく反応した。誰かの名を鋭く叫んだような。

「どうかしましたか?」

「……昔、な、知っていた、ひとが使っていたものです。とても重い。収穫をたくさん持ちたいと置いて……これを持って行っていれば……」

 小さなうめき声で漏れた後半は、ベルは聞いていなかった。ビーツがさしだしたそれに興味津々で。

 トンファー。

 黒く木目が美しい木で、棒から垂直に突き出た握りはビーツとは違う大きい指の形にすり減っている。両端は赤黒い金属に覆われている。手練れならば、数知れぬ魔物の血を吸っていることもわかるだろう。

「いい?……その、いいですか?」

 ビーツとリューに許可を取ったベルは手に取ってみて、びっくりした。

 刀より、両手で使う伐採斧より重い。

「深層でとれた、魔法で加工したら鉛なみの密度で頑丈な木材と、特殊な合金です」

 リューの言葉は平静だが、胸が激しい感情で波打っている。

「おい、くっちゃべってないでとっとと仕事しな!あんたも、とっとと稼いでくるんだね!」

 ミアの怒鳴り声にぶったたかれ、シルもリューも、ベルも首をすくめた。

「では、そろそろダンジョンに行ってきます。二人とも、帰りに必ず寄るから」

 と、ベルはヴェルフとリリが待つ【タケミカヅチ・ファミリア】の屋台に向かった。

 重いトンファーを使いこなすビーツがおかしい、とは考える余裕がなかった。

 リューのすさまじい殺気に、

(公衆便所で確認しよう、おむつ……)

 という心配で、頭がいっぱいだった。

 

 

 無事かはともかく……ダンジョンに行ったベルは、とても体が軽かった。10階層のモンスターも、

(あのときのリューさんや、ミアさんに比べたら……)

 なんでもない。

 実際、その二人なら今戦っているオークが百でも千でも楽勝だ。

 ベルにはそれは無理だ。だが、敏捷を生かし歩き続けて、自分は切れるが相手は打てない位置に回り、刀の重さ・腰と呼吸で断ち切ることはできる。

 焦ってとどめを刺そうとしない。斬れるところだけを確実に斬る。足を止めず歩き続け、仲間も助ける。

 リリの指示を聞いていればいい、自分で考える必要がない……それだけで、大荷物を下ろしたように楽だ。

 そのリリも、瓜生が置いて行った大型シールドを小さい体にも似合わぬ力で持っていき、隠れてのぞき窓から安全に指示を出すことで、そこらの戦士や魔法使いより貢献している。

 

 

 帰りに『豊穣の女主人』に寄り、ヴェルフやリリも交えて食事にした。

 預けた二人は、しっかり小さい店員の服装で働いていた。客にも評判は上々だ。

「すごくおいしかった」

 と、本人は喜んでいる。

「カバンを見つけてくれたのはリリなんだ」

「それはありがとうございます。今日は私がおごりますので、存分に食べてください」

 といいながら、リューは妙な視線をリリに向け、

「使った金額はあとで教えてください。払います」

 と他の者に聞こえないほどの小声で言った。

 紐を切られ盗まれたバッグを、どうやって取り戻したか……故買屋から買い戻したに決まっている。それを考えないベルやヴェルフがおかしいのだ。ベルは貨幣経済すらろくにない田舎で村人からもやや離れて純粋培養され、ヴェルフは零落したとはいえ貴族である。

 シルも、

「ありがとうございます……でもベルさんにおいたをしてはダメですからね。違うおいたも」

 と聞こえないような小声でささやき、リリは震え上がった。

 あとで、

「この店怖いです。それに高級すぎて分不相応です。もうリリを連れてこないでください」

 と言ったほど。

 

 そして、リューは簡単に話した。

「これは、オラリオから離れている」苦しみを押し殺す無表情で、「知り合いの神さまの頼みです。冒険者志望のビーツの面倒を見てほしい、と」

「それで、どうしますか?」

 ベルとしては、家族が増えてうれしかった。ヘスティアも二人を可愛がっており、離れたら悲しむだろう。

 リューは、主神の望みでも冒険者に復帰し、新人を指導するつもりはなかった。単に家族として養ってくれ、なら、稼ぎが足りなければ身を売ってでも養うが。

「……ベルさん。神ヘスティアに、お話いただけますか?私も付き添って、詳しい話をします。少し早上がりさせてください」

「え、いいんですか?」

「うち(ヘファイストス・ファミリア)に話してもいいぞ」

 ヴェルフも言い添える。

「ありがとうございます」

 リューは堅苦しく感謝する。

 ヴェルフは少し悲しみを抑えた。

(自分の苗字を知れば、エルフなら恨みを……)

 だから、騙しているような気分にもなるのだ。

「ティティは?」

「彼女は、世間を知らないビーツを無事に連れてくるための付き添いです」

「もしかして……彼女、子供じゃなくて小人(パルゥム)ですよ」

 シルに言われたベルは真っ赤になった。リリは明後日の方を向いていた。

「すみません、子供のふりをしていました」

 とティティが謝る。

 三人ともリューのおごりとはいえ、しすぎなぐらいに遠慮した食事を済ませて、リューは早くあがってベルと同行した。

 

 工事中の廃教会。地下室と祭壇の部分、そして手をつけないと決めた瓜生が出てきたあたりは別に、仮設の天幕屋根がかかっている。

 その近くに、瓜生が過ごす小屋がある。

『豊穣の女主人』のテイクアウトを手土産に、ベル・リュー・ティティ・ビーツの四人は地下室に着いた。

「ベル君、ティティ君、ビーツ君、おっかえ……また美人をつれてええええええええええええっ!」

 ヘスティアの思い切り勘違いした絶叫が響いた。

「いえその神様、これには深いわけが」

「浮気者はみんなそう言うんだよおおおっ!」

「浮気?クラネルさんは神ヘスティアと結婚されていたのですか?」

 リューの大真面目なツッコミに、

「う、ううう……言ってみたかっただけだいっ!いいもん、ウリューくんの部屋にあるすごい酒飲んでやるうううう」

「あ、あの、それより……ティティとビーツについて、いろいろと。あの手紙の宛先はやはりこちらのリュー・リオンさんでした」

「ベル君の勘違いだったわけだね、ウリューくんとリュー」

「……はい」

 やっと落ち着いたヘスティアと地下室に入り、瓜生が出していた紅茶とケーキ。

 食事がまだだったヘスティアには、『豊穣の女主人』のテイクアウトを差し出した。

「これもおいしいねえ!」

 ヘスティアはすっかり機嫌を直している。

 リューは真剣な目で、ヘスティアに手紙を渡した。

 手紙が入っていた封筒を開き、はがして隠されていた手紙を出し、それも見せる。厚手の封筒は、5枚の紙を白・黒・隠し手紙・黒・白の順で重ねゆるく張り合わせた厚紙でできている。透けないために黒紙も重ねてある。さらに隠し手紙は神々と一部のエルフにしか読めない、特別な文字で書かれている。

「君も読んでくれ」

 言われたリューは隠し手紙も読み、凍りついた。

「大手ではなく、こちらに来たのは正しい判断でした。アストレアさまもそうほのめかしています。

 確かに大手ファミリアなら、多少の事からはかばえる力はあります。しかし逆に、致命的になると思えばファミリアのために、一人を切り捨てる可能性もあるのです」

 リューが読んだ表向きの手紙にも、慌てて大手を紹介するなとあった。だからフレイヤ・ロキ・ヘファイストスではなく、人数が少ないヘスティアに頼んだのだ。

「……わかった。他ならないアストレアの頼みだ……ボクでよければ、全力で。

 ただ、もう一人遠征中の眷属がいる。彼にも話したい。ボクは受け入れるつもりで、あの子もほぼ間違いなく受け入れると思うけど」

「はい、それでけっこうです。もしだめでも、私を彼女の実家と考えてください。本当にありがとうございました。アストレアさまにかわり、心よりお礼申し上げます」

 リューが深く頭を下げた。

「今日はどっちに泊まっていくの?」

 ベルが聞いた。

「今夜はリューさんのところですね。話すことはたくさんあります」

 とティティが言って、共に『豊穣の女主人』に帰った。

「寂しいようベル君一緒に寝ようよう」

 とヘスティアがわがままを言ったのは言うまでもない。

 

 翌日は運動休みの日で、ベルは早朝からルームランナーとウェイト、負担を強めたボート漕ぎマシンなどで徹底的に鍛え上げた。

 屋台で忙しいタケミカヅチや、桜花と千草も暇を盗んでやってきて、遺跡地帯の空き地で激しい稽古をした。

 それにティティとビーツも加わった。

 ティティが持っていた二本の短棍は細い鎖でつながれたヌンチャク。すさまじい速度と変化、威力だった。ダンジョンとは違うが、街道の危険から身を守ってきたのだ。

 ビーツは小さいのに、とてつもなく重いトンファーを時に短く強化拳として、時にフックの延長で振り回し、あるいは盾として使いこなした。重さにもかかわらず、機関銃のように速い連打。蹴りも基本がしっかりできていて速く重い。

(レベル3以上?)

 と疑うほどの高い身体能力だ。

 ボクシングを思わせる鋭いワンツー・フック・アッパー、前蹴りと回し蹴りを得意とする。

「これなら、確かに明日からダンジョンに行っても問題なく戦えるな」

「基礎もすばらしい」

 と、桜花やタケミカヅチも太鼓判を押した。

 

 その翌朝、ティティは別の交易品を買い入れ、予定していたところに旅立っていった。ビーツはさみしげに見送っていた。リューは最後まで、伝言や手紙を迷い続けていた。

 

 それから、日常が戻る。リリとヴェルフと、三人パーティでのダンジョン。一度は、【タケミカヅチ・ファミリア】からも二人加わった。

 少ない休みの日以外は、ダンジョンだけでなく激しい運動もする。一日中運動する日もある。

 タケミカヅチの指導。屋台も手伝う……

 リリやヴェルフと、そしてタケミカヅチの眷属とも仲良くなっていく。

 ビーツは『豊穣の女主人』にいることが多いが、ちょこちょこヘスティアのところにきて、機材を使って運動している。

 彼女が食べるとんでもない量の食事を怪しまれずに調達する方法は、旅立つ前にティティが教えてくれた。

 ベルがヘスティアとデートし、その前に女神たちにもみゃくちゃにされたこともあった。

 

 ある日、たまたまベルが離れたところで危なくなり……リリが魔剣を使ったことがあった。

 ヴェルフはとても複雑そうな表情をしていた。彼に取っては憎い呪いである魔剣が、目の前で仲間の生命を助けたのだ。

 魔剣に溺れず、いざという時だけの切り札にしている冒険者が、目の前にいたのだ。

(魔剣も、生き延びるための道具の一つに過ぎない……)

 そう、リリの小さな背が語っているように思えた。

 そのこともあったか……ヴェルフはベルとリリを自分の工房に連れて行き、魔剣に興味があるか試した。

 ついでにヴェルフは、小型で強力なあぶみ・レバー式クロスボウを作った。力が強いヴェルフが引いておき、リリに渡してから戦い始めれば、リリも戦力になる。

 ベルが魔剣に興味がなかったのは、ラキアの歴史や冒険者の常識を知らない……大きいファミリアに入ったりオラリオや大都市で育ったりして、先輩冒険者たちにいろいろ聞く生活をしていなかったからでもある。

 そして何より、とんでもない威力の兵器を目の前で見ている。望みさえすれば、それを大量に担いで……装甲車に乗ってダンジョンで暴れることもできるのだ。

 ただそれでは、

(アイズ・ヴァレンシュタインさんの隣には立てない、英雄でもない……)

 と思って、やっていないだけだ。金と名声だけでない、遠い目標を持っているからだった。

 それらのことは、ヴェルフにも話さなかった。

 リリはヴェルフには、

「もちろん手に入るならうれしいですよ。でもリリが持っていたら命さえ狙われかねません、すぐお金にしてしまいます。弱者がすぎたものを持つのは、命とりなんです」

 とだけ言った。

 正直な言葉に、ヴェルフは笑うしかなかった。

 帰り道にリリが、

「ベル様はなぜ、魔剣に興味がないのですか?」

 と聞いてきた。

「いや、その、魔剣なんて知らないし……それに高いんでしょ?」

「あら?ベル様は、魔剣を使い放題だという噂もあるんですよ」

「ええっ!僕は鍛冶なんてできないよ。そりゃヴェルフはすごいって思うけどさ」

 リリには、巧妙にごまかしているように見えた。ベルはただ、無知で疲れていて、正直なだけだった。

 

 

【ロキ・ファミリア】の十数人と遠征に行っていた瓜生が帰った。

「おかえりなさい!」

「五体満足で僕は大満足だよ」

 主神とベルに迎えられた瓜生は、ほっと息をついた。

「まあ土産話はゆっくりと。ベルも無事生きていたな」

「はい!……使っていません」

「ならいい。ポーションは交換しているか?」

「はい。あ、タケミカヅチさまのところから……」

 それからヴェルフとリリ、そしてビーツの話にもなった。

「そういえばヘファイストスも、君にご用、だって。モテモテだねえ、女神たちに」

 とヘスティア。

 瓜生は苦笑し、翌日は【ロキ・ファミリア】のちょっとした用事を済ませてから、ヘスティアをバイトに送るついでに『バベル』に行くことになった。

 

 

 運がよければ会えるかもしれない、という程度だったが、運よく時間をもらった。

 忙しい鍛冶女神が来るまでに、瓜生はトランクを用意し、いくつかのカタログを見て、勉強中の共通語で付箋を書き、中身を詰めていた。

 

 顔の半分を眼帯で覆った、美しく迫力のある鍛冶女神ヘファイストスがやってくる。

「この子が?」

「【ヘスティア・ファミリア】のウリュウといいます。主神ヘスティアが、ずっとお世話になったそうです。それに、ベルのあの脇差はとんでもない金額でしょうね。おれが預けた金ではない……」

 瓜生はトランクを二つ開けた。

 一方は、周期表の金属元素部分、市販されている単体インゴットを原子番号順に。純鉄やアルミニウム、銅や金銀はもちろん。

 プラチナ、イリジウム、ガラス瓶に入った水銀など金銀以外の貴金属。ニッケル、クロム、コバルト、バナジウム、タングステンなど高価で重要な金属。金よりも高価なものも。希土類元素。

 いくつかの、またある番号以上の、存在自体が実質不可能な不安定元素以外。

 もう一方のトランクは、合金や特殊素材。

 炭素工具鋼。高速度鋼。合金工具鋼。マルエージング鋼。ナイフに使われる金型や軸受け用のステンレス鋼やそれ以外の合金。素材を粉末にして混ぜて焼き固めた、とてつもなく均質で硬度が高い鋼材もある。コバルトを中心にした耐食・耐摩耗合金ステライトもある。

 航空機用アルミニウム合金。チタン合金。マグネシウム合金。ベリリウム銅合金。

 炭素繊維強化プラスチック、エンジニアリングプラスチック、ケブラーやスペクトラなど高強度合成繊維、カーボンナノチューブのサンプル。

 タングステンカーバイド、窒化チタン、炭化チタン、窒化ホウ素、酸化アルミナ(コランダム、ルビーやサファイアと同)、工業用ダイヤモンドなど超硬度物質。

「遠くの国からきて、こちらのことはよく知らないのです。こちらにはとても優れた武具があるようですね。ですが、もしこれらの素材がお役に立つのであれば。

 連絡をいただければ、どんな量でもご用意します」

 隻眼の女神は、純鉄を手にした。

「……これほど純粋な鉄があるなんて。あなたのお国の子たちは、神に挑戦しているの?」

 未知。子が神に挑み、可能性を追求する。それこそ、神々が天界から降りた理由、娯楽なのだ。

「ある意味。同時に儲けるため、生き残るためでもありますが……まさしく、神に挑戦するものです」

(高純度こそ、ハイテクの根幹。まさに神への挑戦だ)

 瓜生はうれしくなった。

「しばらく待ってもらえるかしら?一つ一つ、よく見て理解してみるわ」

「お待ちしています。猛毒や放射性がある元素もあり、それには印をつけています」

「そうそう、ヘスティアにはこちらでのバイトは続けてもらうわ」

「どんな生活をしていたかは聞きました。ほかにも借金はあるでしょうしね」

「ううううう……」

 ヘスティアが頭を抱える。

「借金分はこちらで払います。ただ、主神ヘスティアは働かせた方がいいと思っているならそうしてください」

「う、うらぎ」

「そうね。主神思いの子ねえ」

「ただ、今の労働日数は多すぎますよ。週4日、6時間程度にしてもらえますか?また、【ファミリア】の都合があれば臨時休暇も取れるように」

「ほんとうに主神思いの子ね、ヘスティア」

 感泣するヘスティアに、ヘファイストスはあきれたように声をかけた。

 ついでに瓜生は、ヘファイストスの眷属がベルとパーティを組んでいることも話した。だが、世間話程度にして深入りはしなかった。

(おれの情報を得るためでは……)

 さぐりは、別のほうから入れている。

 神であり、成功した事業家であるヘファイストスの表情を見抜けるとは、思っていなかった。

 

「お礼と言っては何だけど、あなたには……常時発動の、不可視の魔力鎧の魔法があるようね。それに合う防具を見繕うことができるわ」

「それはありがたいです」

 あとはヘファイストスの、上級の団員が瓜生を案内した。

 示されたのはジャージ上下のように分離した鎖帷子。薄く、ミスリル合金製で軽く、動きを妨げない。

 400万と値がついている。

「これは魔力を鎧とする魔法をお持ちでない方にとっては、実は250万程度の防御力しかありません。おすすめできません。しかし、鎧魔法をお持ちの方が身に着ければ、鎖がとてつもなく強化され別物になります。

 今拝見した限りでは、お客様は1000万の全身板金鎧を着ているようなものです。それにこの鎖帷子を着れば、3000万の鎧を着ているぐらいにもなります。

 2000万分の防御力向上が、このお値段なんですよ」

 そう言われて買った。

 全身鎧も考えたが、フルオーダーメイドで時間がかかりすぎるそうだ。

(自分の魔法を知られてでも注文すべきか……)

 今ヘスティアと相談している最中だ。といっても、その店員と話し鎖帷子を買った時点でばれていると思っていいだろう。またどう弱点になるのかもわからない。

 

 

 その二日後、瓜生は工房街の倉庫に、数多くの金属を大量に納入した。アルミニウムとコバルトは何トンも。チタン・純鉄・純銅とタングステンは数百キロ、ベリリウム・マグネシウム・バナジウム・クロム・ニッケル・イットリウム・モリブデン・スズ・セリウム・ネオジム・イリジウムも約30キロずつ。

 金属元素の大半は、ちゃんと使い方をわかっているわけではない。

(これから試行錯誤する……)

 とのことだ。

 いくつかの特殊合金や、特殊樹脂を数種類、数百キロずつ。特に、ステライトと高速度鋼はすぐにでも使えると大量に。

 もう二億ヴァリスは余裕で完済されているが、

(駄女神に勤労の習慣をつけるため……)

 ヘスティアのバイトは続けさせると、瓜生とヘファイストスが話を合わせた。


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