ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか   作:ケット

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強すぎる兆し

 思いがけない事件で、本来の目的であった、

「深層で金を稼いでくる」

 ことができなかった【ロキ・ファミリア】の幹部たち。

 一度地上に戻り、ギルドにいろいろ報告した。ロキもどこまで報告するか、神々でも屈指の頭脳をひねった。特に瓜生関連を全部伝えるわけにもいかなかった。

(ギルドが、ウラヌスが犯人かもしれない……)

 のだから。

 とはいっても、いろいろとリヴィラの冒険者たちに見られている。見られた情報は隠しても意味はない。

 大車輪で事務仕事を片付け、また深層に挑戦することにした。装備を壊した何人かの借金は、かなり切実なのだ。

 その点でも、瓜生の出した装甲車で帰り時間がとんでもなく短くなったのは、大いにありがたかった。

 

 再挑戦のため、フィンは全構成員に志願を募った。有望な若手……特にレベル4のアナキティ・オータムは直接説得した。ほかにも伸び悩み、諦めかけている者にも声をかけた。

「次の小遠征に、レベル2以上から最大10人志願者を募る。昨日も同行してくれた、『例の音』の能力は想像以上だ……その能力は、人数がいればさらに強大になる。

 試してみたい。大きなリスクがある、前の遠征と同等かそれ以上だと思ってほしい。何より、常識が崩壊する。常識が崩れてしまう。冒険者の誇りが、などの反発もあろう。

 つらいことに耐えリスクを冒しても、ファミリアの未来に貢献したい者、信じられない未知を見たい者は手を挙げてくれ」

 志願者は多かった。一人一人、フィンとリヴェリア両方と個別に数分面接し、両方が丸をつけた者から10人選んだ。戦力よりも器用で、心が柔軟で、精神力が強く、信用できる……それを基準に。

 異常事態でも、とにかく判断して行動できた者を。年齢は意外と高い者もいた。

「遠征に行くためにふつう用いる、毛布やテント、食料は一切いらない。

 動きやすさを最優先した鎖帷子のような装備。深層用の大盾。武器は軽く小型のものを選ぶように。あとは手に入るだけのポーション」

「出発は明日だ。覚悟とポーションだけでいい」

 フィンたち一行も、バックパックと盾は大きめだったが、テントなどは持たなかった。

 

 そのグループのリーダーとなったのはアナキティ。レベル3のリーネ・アルシェも志願した。

 ラウル・ノールドを選ばなかったのは、彼が次代のリーダーであり、失えないからだ。

 十人全員に、フィンとリヴェリアは、

「『例の音』ウリュウの命令になんであれ従い、反発を抑えて学びぬくように……」

 そう、厳しく言った。

 

 翌朝の出発。ダンジョンに入り、ほかの冒険者の目を避けてから。

「こちらが、ウリュウ」

 フィンの紹介を受けた瓜生は、目出し帽を外して素顔をさらした。平凡な黒髪の青年。前とは違い、かなり軽装の印象だ。

「瓜生だ。よろしく」

「よろしくおねがいします!」

 声をそろえる、レベル4や3の者がいる。同じレベル2の者も、誰もが年単位で瓜生より経験豊富だ。少なくともダンジョンの経験は。

(しっかり不満を抑えているな、さすがだ)

 当然不満であろうが、それを外に出していない。いかに質の高いメンバーか、よくわかる。

 瓜生は一人一人の名前を聞いた。

 急ぎ足に、二階層のホールまで行く。そのあいだに、瓜生はフィンやリヴェリアと少し相談していた。

 ホールに着くと、

「ここで、きみたちにはおれの能力を教えておく。故郷の、爆発を中心とした武器や、食料や衣類など、さまざまなものをいくらでも〈出す〉ことができる」

 そう言って、手榴弾・人数分の銃・紙箱入りの弾薬・菓子パンなどを出した。その手榴弾を一つ投げ、ホールを傷つけた。

 知っている幹部以外は呆然としている。

 菓子パンを食べてから、M460リボルバーを配った。グリップにはレーザーサイトがついていて、握る親指で操作できる。

 壁の隅にベニヤ板を十数枚立てかける。安全な標的として。

「まずこちらのリボルバーから学んでほしい。安全について、団長からお願いします」

 瓜生の言葉に、フィンが前に出て言う。

「この武器は、この銃口の方向にすさまじい速度で金属弾が飛ぶ。強力なクロスボウだと思うように。これから言うルールを頭に叩きこめ。

 絶対に銃口を人に向けない。自分も含む。常に、突然弾が出るとみなして銃口を安全方向に向けておかなければならない。銃口がどこを向いているか、常に注意すること。

 撃つ時以外引き金に触れない。跳ねる弾にも注意する。ダンジョンでは天井に跳ね返ることもある」

「私からも、もう一度言う。絶対に自分を含め人に銃口を向けるな。撃つ時以外引き金に触れるな。突然弾が出るとみなして銃口を安全方向に向ける。

 絶対にはしゃぐな。軽く扱うな。モンスターも人も簡単に殺せる、武器だ。

 一人一人、前に出て復唱」

 リヴェリアの命令に、新人時代彼女のスパルタにしごかれぬいた団員たちが一人ずつ、モンスターより恐れながら前に出て復唱する。

 それから、練習開始。最初は一発だけ装填させる。

(今は分解整備はさせない、撃ち方だけでいい)

 やや広めのホールだが、ものすごい音と光が次々と響く。レベル2以上の冒険者は、強大な反動もしっかり受け止めている。

「どうすれば友を撃たずにすむか、よく考えるように。常に二人一組で、一方の再装填の間もう一方を守る。

 このまま、10階まで行く」

 と、瓜生は言って先行した。

 幹部たちは盾の円陣に守られる。

 そして大盾を左手に、右手に拳銃を構えたパーティが、早足で次のフロアへ、そして次の階層を目指して歩き出す。

「最初は団長と副団長、手本をお願いします。一方が装填作業をする間など、援護するように」

「わかった。ほかの第一級冒険者は後方警戒」

 そう言ったフィンが、自分より大きな盾を構えて先行する。

 ゴブリンどころかキラーアントさえ一撃で、離れていても即死させる銃の威力に、誰もが驚嘆した。

 魔法より早い。弓矢より強力で連射できる。壁から出てきた直後のモンスターを確実に落とせる。

「魔石を回収するにしても、必ず二人一組。一人が作業、一人が警戒」

 フィンが注意する。

 まもなく、「学生たち」に交代し、二人一組・四人一組の相互支援を徹底的にやった。

 瓜生はあまり教える必要がなかった。「学生たち」はフィンの言葉のほうをよく聞いたし、フィンもリヴェリアも銃を用いる戦術を、少し考えただけでよくわかっていた。

 5発という弾数の少なさ、いちいちシリンダーをスイングアウトさせて装填する面倒……だからこそ必要な二人一組の相互フォロー。何よりも安全。

 下がるにつれて増える敵と、畏敬すべき団長と副団長を教材に銃の基礎を学びながら、冒険者たちは下の階層へ降りていく。

 大盾に隠れ、銃口と目だけを出して、接近する魔物を撃つ。反動に耐え、残弾を数える。

 外れても焦らない。

 再装填の手が焦り、弾を落としてしまうこともある。

 弾が切れたのに撃ってしまう、その隙に襲う敵を、仲間が撃つ。

 それが失敗したら大盾にぶつかられる……といっても、そうなればナイフ一本で対処できる階層だ。ただし、深層のモンスターより怖い副団長のお叱りがある。まして、うっかり銃口をのぞいたり、仲間を射線に入れたり、射線に入ったりしたら……

(こんな短期間の訓練で、実銃で実戦させるのがもともと無理だ)

 と瓜生は思っていた。

 

 キラーアントが何匹も出たときは、前衛が盾を構えて後衛が撃つ……ある意味いつも通りだ。だが、一矢より早く5発が飛ぶ。そしてすぐに、後ろで装填作業をしていた班が出て射撃。

 その繰り返しが決まると、頑丈な装甲を誇り群れる怪物が一掃されている。

「いつもと、かわらないよね」

「そう、いつもの基本をしっかりやることだ」

 

 

 10階層の広いホールで瓜生は50口径ライフルを出した。弾倉と弾薬も大量に。セミオートのブルパップ、軽量で反動軽減も徹底している。

 弾倉に弾を入れる作業もさせる。

「かなり大型の銃だが、団長らの話だと35層ぐらいからはこれぐらいの威力が常に求められるようだ」

 10発の弾倉は少ないが、第二次世界大戦から戦後しばらく、M1ガーランドの米軍と思えばいい。

 さらに大型のフラッシュライトとダットサイトをつける。遠距離射撃は考えない。

「うわ、まぶし!でもあたしなら反撃できるけど」

 と、第一級冒険者がいたずらしてまぜっかえし、

「邪魔をするな」

 とリヴェリアに怒られる一幕もあった。

 休憩でもあり、菓子とスポーツドリンクも配った。

 ロールケーキ、チーズケーキ、マドレーヌ、シュークリーム……贅沢とうまさに皆呆然とした。

 幹部も食べながら、見ていた。瓜生が出す食物が本当に無害で、栄養になり、長期的にも大丈夫か……自分たちは耐異常が高いため参考にならない。

 それが、あれほどまでに警告したリスクなのだ。

 

 瓜生があえて最大に近い銃を、弾数を犠牲に選んだ理由……【ロキ・ファミリア】の主戦場は深層であり、そこではあの食人花さえ弱く見える怪物が多数いる、と聞いたからだ。

 そうなれば、なによりも信用できる、通用する武器でなければならない。

 多数が相手の時は、別のことを考える。大口径機関砲つきの装甲車、対戦車砲、無反動砲などなど。キャニスター弾やフレシェット散弾を用いれば、数はカバーできる。

 

 50口径弾であれば、オークやハード・アーマードさえ一発でつぶせる。銃と弾の重さはこたえるが、いつものテントや炊事道具の重量を思えば、なんということはない。

 

 

 14階からは手榴弾も配った。

 これは事故が起きたときには重大……レベル2の冒険者でも至近距離では死ぬ可能性が高い……ので、訓練にも注意が払われた。

 一人一人がポケットに入れるのではなく、必要な時だけ瓜生に渡される、という形にする。

 瓜生の同胞とは体力が違うレベル2以上の冒険者の手にかかれば、とんでもない遠投が簡単にできる。グレネードランチャーは必要なくなる。

 特に集団で、敵を引きつけて集め、地形を活かして使ったときの威力はすさまじかった。爆発呪文はあるので、その戦術をそのまま使えばよかったので戦術はやりやすかった。

 強力な炎を吐くため放火魔(バスカヴィル)の異名を持ち、レベル2のメンバーでも全滅リスクがあるヘルハウンドは、確実に先に見つけて先制することが求められる。手榴弾は特に有効だ。

 盾と銃の連携、また相互支援の基本も守らなければならない。

 モンスター・パーティが発生し、弾切れで焦ることもあった。そういう状況では銃よりも使い慣れた武器を選んでしまう。

 そんなときに手榴弾事故が起きたら……特にレベルが高い者は、その可能性を考えてぞっとした。

「だから訓練するんだ」

 という瓜生の言葉には、頭を抱えるしかなかった。

 

 

 徒歩で降りたので、18階、リヴィラに着いたのはまあいつも通りの時間だった。

 つい最近の襲撃で大変なことになっていた街。だが、いくつもの鉄箱が仮設住宅となり、以前のバラックよりむしろ良い生活になっていた。

 その衝撃が、奇妙な雰囲気を作っていた。

「早かったな」

「まあ、僕たちが本気出したらね」

 フィンたちの雰囲気を、ボールスがいぶかしむ。何かがあるのはわかっている。とてつもない何かが。

 荒くれを束ねる観察眼が、【ロキ・ファミリア】一行を見る。小人数であり、異様なことにキャンプ道具も何も持っていない。

 フィンはまず、ギルドから託された書類を町長に渡す。

「ああ、ありがとよ」

「いきなりだが……交渉ではなく通告する」

 フィンの目にボールスが圧倒される。タイミングが見事だ。

「きみの、今の街の権力構造を保ったまま、豊かな街で暮らすか……それとも、近くにできた豪華旅館に圧倒されつつ古い街にこだわり、自滅していくか。二つに一つだ」

 ボールスは口をパクパクとさせた。

「権力構造は保ったままだ。きみは長だし、苦労してこの街のバラックを持っている者は、そのままそれだけの大きさの店や宿を持ち続けることができる」

「……確かに交渉じゃねえな」

 ボールスの歯ぎしりが響く。

「ものわかりがよくてよかった。なかなかできることじゃないよ」

 そう言ったフィンは、ボールスを連れ出す。フィンの背後に、目出し帽の男がいた。

「あいつらしいぞ」

「あの、とんでもねえバケモノを……」

「魔法より強力な炎」

「『妙な音』」

「【ロキ・ファミリア】とつるんでたのか……」

「魔剣鍛冶だって話だが」

「あの威力はどんな魔剣だよ、全盛期のクロッゾか?」

「クロッゾの末裔が【ヘファイストス・ファミリア】にいるって」

「ああ、ヘファイストスとロキは仲がいいからな……」

 ヴェルフが聞いたら怒るであろう、誤り混じりのうわさが口々に広がる。うわさこそ、この無法の街の最高の商品だ。

 瓜生が要求したのは、何十メートルも……最低23メートルの長さがあり、通行でき水が手に入り、地盤が安定していること。できれば、数か所の高台から飛び道具で守れること。

 フィンとボールスがうなずきあって、要求された地勢に案内した。

「ここは割と平坦で、しっかりした岩の地盤だ」

「十分長いだろ?それに、ここを囲む5つの小丘の頂上から……守れる」

 フィンはさすがに、銃砲を用いた土地防衛はある程度理解している。間接射撃は知らないが、ダンジョンでは不可能なので知る必要もない。

「下水処理は?」

 目出し帽の、瓜生の言葉にボールスが息を呑む。これは現実の問題なのだとわかる。

「魔石浄化設備を持ってくればいい」

「上水設備は、あの流れは使えるのか?」

 と、今いる場所から少し離れた岩の間を、かなり激しく流れる水を指す。

「きれいだ」

「なら……」

 といった瓜生は、いくつかの場所に分厚い鉄板を出した。距離を測り、水準を出す器具を乗せて。

 それだけで、ボールスは目を見張る。虚空から巨大なものが、光も音もなく出てくるのだ。

 場所によっては、鉄板の枚数を増し、サーメイト手榴弾で溶接して水準を保つ。そしていくつかの水準を確かめると、もう一度手を伸ばす。

 巨大なものが出た。

 長さ約21メートル、高さ約5メートル、幅約3メートル。長い家のような。

 寝台車。だがそんなものを、彼らが知るはずはない。

 あちこちにある鉄の車輪が鉄板に食いこんでいる……フリンジが全重量を受けて鉄板を斬りつけながら自分も潰れる。厚い鉄板がゆがみながら地盤に食いこむ。

「うあ、あ……」

 ボールスは腰を抜かしていた。

「これは」

 フィンさえ驚く。

 瓜生は、車輪と鉄板が接するところに二液式の強力な接着剤を指しながら考える。

「あとシャワールームつきと、もう一両普通の寝台車か、二人個室寝台車がいるか。ディーゼル電源車もいるかな?それともこちらの魔石技術で代用できるか?……魔石技術を電力に変換することを考えるべきだな。食堂車やスイートも出した方がいいかな」

 と、ぶつぶつ言いながら作業を続ける。

「これでいいかな?」

 とできあがったのは、とんでもなく長い蛇のような、長い建物……

「ちょっとドアが高くてすまない。当座はこれ、あとで階段を作ってくれ」

 と、ドアの数だけ大型脚立と木材が出現する。列車のドア、ホームはかなりの高さだ。

 脚立で登り、少しだけ中に入って戻る。

「中に部屋と寝台がある。廊下にマットレスと布団セット・パジャマ・コップ・歯ブラシは出しておいた。明かりなどはそっちでなんとかするか?それともこっちでやるか?その場合おれが補給しなければならないが」

「あ……ああ……」

「それとも、そこの湖に客船を……どれぐらい深さがあるんだ?」

「あああああっ!」

 ボールスが絶叫した。完全に脳があふれている。

「かんべんしてやれ。この設備と……あと、個人の家になるものと倉庫が各15あれば、十分街になる。

 船だと、この前のような事態が起きたら水の下から攻撃されるかもしれないし、逃げ場もない」

 フィンの言葉に瓜生がうなずく。

「すまないな」

 と錯乱からやっと、四つん這いで激しく息をつく状態になったボールスにも声をかけ、トレーラーハウスとコンテナを出す。トレーラーハウスは、タイヤの気圧を調節して水平にする。

 それを冒険者たちが見たときの騒ぎは、表現できるものではない。

(あのバケモノ花とタコ女のほうがまだましだ……)

 と街の幹部は思ったほどだ。

 治安を維持し、約束通りボールスの権力構造を守るために、【ロキ・ファミリア】幹部も少し力を貸した。だが、それからも権力を守れるかは実力次第……

 

 瓜生はしっかりと姿を隠した。森の奥に行き、小遠征メンバー全員収容できる数のトレーラーハウスを出し、燃料を補給して、風呂と食事の支度をはじめていた。

 何人かが、下水排出口に魔石水浄化設備をつける。

「これは本当に便利だな……」

(持って帰れないのが残念だ)

 と瓜生が驚きあきれた。

 トレーラーハウスの一つを料理用に。キッチンのコンロだけでなく、カセットコンロも追加で用意する。

 業務用の大容量圧力鍋を出してアルコールウェットティッシュでぬぐい、ミネラルウォーターと塩とコンソメを入れる。ソーセージとベーコンをたっぷり、冷凍のスライスタマネギ、ミックスベジタブル。

 大きい寸胴でパスタをたっぷりゆで、同時にレトルト高級品のパスタソースも加熱。フライパンでピザを焼く。

 フライドチキンとフライドポテトを揚げる。

 全自動機械で淹れたコーヒー、パウンドケーキとナッツ。

 全員に。

 もちろん【ロキ・ファミリア】の遠征メンバーみんな、呆然としてから絶叫し狂喜乱舞した。

 トレーラーハウスの入口には、フリースの寝着と布団一式もしっかり用意されている。

 そして風呂まで入れるというのだから……

「ホームより贅沢かも」

「う、うまい」

「遠征でこれは……」

「極東料理が口に合えばもっと種類は増えるが?」

「喜んで!」

「じゃあ明日の昼はそれでいいな」

「団長、こんな覚悟なら何度でもします!」

 

 瓜生は寝る前に、幹部の会議に招かれた。

「とんでもないことを……」

 リヴェリアが深くため息をつく。

「おいしいごはんたべられて、おふろ入れたからいいじゃん」

 ティオナはのんきなものだ。アイズも同類である。

「……明日、ジャガ丸くん」

「コロッケでいいんだな?」

「小豆クリーム味」

 瓜生はあきれながらカタログをめくり、

(あるのかよ……故郷もここも大概だな)

 思わず顔を覆った。

「さて、明日は19階から……いつもなら、10階層さがるごとに一日ほどかかるんだが」

「もう、次……車を訓練して速く動いた方がいいか?それとも、もう一日ライフル歩兵の訓練をしたほうがいいか?」

 瓜生の言葉にフィンが首をひねる。

「アキ?」

「……すみません、もう半日訓練させてください」

「わかった。明日の午後から、次の段階に行く」

「ところで、ここの崖が200Mだとか。深層に行くともっと天井が高くなるんだよな?」

「ああ」

「地熱はどうなるんだ?深い穴を掘ったら、どんどん熱くなるもんだろ」

「ダンジョンだからな」

「ダンジョンよ」

「ダンジョンだもん」

「ダンジョンに常識は通用しないのさ」

 

 

 翌朝、アイズの注文通りコロッケと、それだけでは栄養が偏るとメンチカツとトンカツをつけた。圧力鍋で作った、ひき肉とミックスベジタブルのスープも加える。

 夜中にホームベーカリーをエンジン電源でいくつもタイマー稼働させた、焼きたてのパンに皆が目を輝かせた。

 昨夜、交代の見張りが燃料を追加し、電源を保っていた。

 アイズはほくほくと、山盛り揚げたての小豆クリーム味コロッケを平らげていた。

 瓜生は前夜、

「おれは戦う日の朝食は軽くする方針だが」

 と言ったのにフィンが、

「ぼくたちはあまり気にせずたっぷり食べるね、腹が減ってはいくさはできないから」

 と返したので、しっかり用意した。

 

 18階を出て19階、いよいよ瓜生にとっては未知の階層。

 そこのホールで、まず火力分隊を整えて訓練することにした。

「Lv.4相当、耐久はより上」

 といわれた、食人花との戦闘経験。そしてフィンやリヴェリアの助言。

(7.62ミリNATO弾でも、深層では気休め……)

 という恐るべき現実をふまえ、フィンやリヴェリアとも道中考えた。

 もう一つ重要なことがある。いくら下に行くにつれて広く高くなるとはいえ、ダンジョンでは迫撃砲が使えない。山なり弾道が天井にぶつかるのだ。直射用に改造するのはかなり面倒で、安全を考えるとすぐにはできない。

「歩兵の最良の友が使えない、それはかなりの戦力減になるんだ」

 瓜生がまず出したのは、中国の重機関銃。西側輸出仕様で、.50BMGを使える。M2よりかなり最近の設計で17キロ程度と軽く(M2は38キロ+三脚)、体力さえあれば歩兵一人が運用できる。

 補給箱から直接、大量のベルト弾を準備する。予備銃身を用意する。銃身が赤熱し、垂れ下がりはじめたら、素早く予備銃身に交換して撃ち続ける。

 4人で一組の機関銃班。50口径ライフルが3人と重機関銃が1人。重い予備銃身、弾薬をライフルマン3人で分担する。分隊長はその班長に命令し、あとは班長が指揮をする。

 ライフルは機関銃と同じ弾薬を使う。

 軽量化のためスコープは最低限にしているが、ライフルの一人は狙撃兵として遠距離用スコープも用意した。

 分隊長に直接、パンツァーファウスト3対戦車ロケットを持つ者がつく。高い装甲貫徹力があり、カウンターマスのおかげで後方安全距離が短い。カールグスタフ無反動砲も考えたが、

(後方噴射で使えない多様な弾より、より使えることが多い一発……)

 を選んだ。

 何種類か実演して見せ、

「レベル6ならともかく、レベル2ではカールグスタフの後方噴射を近くで受けたら死ぬ」

 と言われた。

 対戦車ロケットの担当者と、機関銃班の小銃手の一人はガリルACE53、7.62ミリNATO弾をサイドアームに持つ。

 敵が弱く多いのであれば、7.62ミリNATO弾をフルオートで叩きつける。弾をたくさん持てる。上層のパープル・モスのように、空を飛ぶモンスターなど弱いものもある。それらに惜しげなく弾幕を張れれば便利だ。長射程の散弾という感じだ。

 強ければ、できるだけライフルの狙撃で確実につぶす。

 強いのが多数なら、重機関銃の圧倒的な火力で叩く。

 二つの機関銃と、それを支援するライフル、特に強力な敵を破壊する対戦車ロケット……さらに手榴弾。ソ連製の、成形炸薬弾頭の対戦車手榴弾も。

 場合によっては、班長の一方がライフルマンを3人率い、4人身軽に離れて行動する。

 それで歩兵分隊ができる。火力の大半を分隊支援火器あつかいの重機関銃に依存している。

 その複合運用を、実戦でゼロから作りだす。瓜生も、故郷の正規軍での実戦経験はない。あったとしてもこんな火力と敵の経験などない。

「基本戦術は、二組に分かれ、前進と援護を交互に。理想は金槌と金床か?」

 フィンの聡明さに瓜生は驚いた。

「もっとも普遍的な戦術はダンジョンでも同じなんだな。ただし友軍誤射に注意。また、機関銃は防御に特に強い。迫撃砲・鉄条網・地雷・重砲支援があればもっと防御が強化される」

 まずそれで訓練してから、順次装甲車両も訓練していく予定だ。

 

 その「訓練」標的となったモンスターは、まさに、

(災難……)

 だった。

 大樹の迷宮と呼ばれる、木質の迷宮。

 17階層までとは桁外れの強さのモンスターが、桁外れの数襲ってくる。

 巨体で俊敏なバグベアーが、200Mも離れ……ゴマ粒のようにしか見えないのに一発で崩れる。

 群れて突撃するリザードマンも重機関銃の轟音とともに、芝刈り機で刈られる草のように倒れる。ただ倒れるのではない、手足が、胴体さえも切断され、大穴が開いている。頭が半分以上なくなっている怪物も多い。

「す、すごすぎる」

「あのフォモールの群れでも、あの虫の群れでもこいつさえあれば」

 呆然とする冒険者たち。

「強い武器に溺れるな!どう活かすか考えろ。ラキアの轍を踏むな!」

「安全ルールを復唱しろ!」

「残弾数を常に意識の隅に置け。ウリュウが今心臓発作を起こすかもしれないんだ!そうなれば今あるもので撤退戦だぞ!」

「上も周囲も警戒しろ。攻撃に溺れるな」

 団長と副団長の声が団員の心を引き締める。

 最初は、フィンが分隊長の役をやり、リヴェリアが幹部たちを率いてアキに重機関銃を操作させる。次にアキに分隊長をさせる……一人一人に、この武器を用いた分隊の使い方を学ばせる。

 フィンとリヴェリア自身も、重機関銃とライフルを交互に使って身をもって学んでいる。

「さすが……」

 ティオネはいつも通り、フィンの雄姿に恋する乙女の瞳を注ぐ。

「……退屈」

「……戦えない」

 ティオナとアイズはむしろ文句を言いたそうだ。

 もともとこの二人にとって、このあたりの階層は準備運動にもならないのだが。

 レフィーヤは迷っていた。より強くなるため、これからの【ロキ・ファミリア】で上に行きたければ、瓜生の訓練を受けて銃の扱いを覚えるべきだろう。

 でも、エルフにとって呪うべき魔剣を思わせる銃器には、反発がある。リヴェリアは積極的に学んでいるが、その姿にも、

(王族は別の生き物だ……)

 と思ってしまう。

 どうすればいいのか、足が動かない。考えることもできないほど、新しい世界のすさまじさに圧倒されている。

 

 瓜生はとても慎重だ。

 今も、イスラエルのナメル装甲兵員輸送車……メルカバ戦車の砲塔を外した装甲車に、30ミリのRWSをつけ、少し改造して一人で操縦している。時々必要なものを補給し、修理や遠距離の狙い方など教えを請われれば教える。

 休憩がてら、ライフルを全部分解してどのように動くのかを見せ、現場でできる修理は教えた。

「目標は、真っ暗闇で指が三本なくなっていても通常分解組み立てができることだ」

 乾いた笑いが広がるほど、先は長い。

 ナメルの12人乗れるスペースには、ドロップアイテムや魔石の袋がどんどん投げ入れられる。

「緊急脱出用だからあまり入れるなよ」

 と瓜生は言っているが。

 奇妙な音を立てながら、木の根やくぼみ、泥沼も問題なく走る巨大な鉄塊を見ながら、

(午後からこれを勉強するのか……)

 と、「学生たち」はげんなりとしている。それでも、目の前からモンスターの群れが襲えば、それを忘れて戦うことはできる。

 

 瓜生が好んで使う軍用装甲車両。

 舗装道路などない世界をいくことが多いので、キャタピラが前提。できれば一人で操縦と射撃の両方ができる、RWS(遠隔操作砲塔)があること。

 

 まず、彼が一人だけで、広い場所で、道がひどい場合にはイスラエルのナメル装甲車。メルカバと同じ車体の重装甲車。キャタピラで最悪の地形でも進める。車内からの遠隔操作砲塔……RWSが標準装備。改造すれば一人で操縦と射撃をこなせる。

 多人数を乗せることもできる。

 60ミリ迫撃砲も搭載されている……屋根があるダンジョンでは役に立たないが。

 敵が強い場合には30ミリ機関砲のRWSにする。

 

 狭い場所で一人の時には、イタリアのプーマ軽装甲車。六輪で、スイスのピラーニャ(米軍もストライカー・LAV-25の名で使っている)よりコンパクト。

 RWSで、一人で操縦と射撃をこなすこともできる。

 不整地踏破能力は低いが、故障が少なく整備も楽で手軽だ。キャタピラは悪路でも通れるが、壊れやすい。

 

 攻撃力と防御力が必要で、それほど素早い敵でもなく、敵が多数でもない場合……スウェーデンのS戦車、Strv.103。砲塔がなく主砲が車体に直結、しかも自動装填で、一人で操縦射撃ができる。しかも世代が古いとはいえ、戦車の主砲と装甲がある。

 

 1人助手がいて、ものすごく狭い場所、しかも強敵を想定したら、ドイツのヴィーゼル空挺戦車。自動車並みに小さいが、キャタピラで装甲もあり、20ミリ機関砲がある。普通のダンジョン探索では特に愛用する。25ミリ機関砲バージョンもあり、小口径なら遠隔操作も可能。

 4人で、開けた土地・困難な地形・強敵なら、イスラエルのメルカバ。最強の防御力と120ミリ主砲、60ミリ迫撃砲まで備えている。

 

 圧倒的に敵が多いなら。助手がいる、または一人で移動と攻撃を切り離せる状況なら。

 自走対空砲の水平射撃と多連装ロケットランチャーを組み合わせる。イタリアのSIDAM 25とチェンタウロ・ドラコを好んでいる。後者は艦砲級の76.2ミリ速射砲を積んでおり、圧倒的な攻撃力だ。

 

 メルカバ・M113・チェンタウロは拡張性が高い。

 メルカバは主力戦車であり、派生のナメルは30ミリチェーンガンRWSも選べる。

 M113も、大口径の低反動砲・対空機関砲・無反動砲・各種ミサイル・30ミリ/12.7ミリ/7.62ミリのRWS、ダンジョンでは使えないが大口径迫撃砲など多様に拡張できる。収納力もきわめて大きく、過酷な地形でも走れる。装甲が薄いが。

 チェンタウロも主力戦車級の主砲、自走砲、装甲兵員輸送車などがある。

 

 

 昼休み……午後の勉強を思って気が重い「学生たち」。手持無沙汰な幹部二名。

 頭から湯気が出そうなほど考え、冒険の興奮に沸き立っている団長と副団長。

 団長が考える姿に夢中になる一名と、どうするべきか考えている一名。

 非常に広く平坦なルームを確保。

 昼食は手早く済ませたいので、屋台で使うような携帯発電機と電子レンジをいくつも出し、パックご飯と冷凍牛丼の具を加熱した。同時に電気ケトルで湯を沸かし、卵を落としたカップラーメンをスープ代わりにする。箸は慣れていないと思ったのでスプーンとフォーク。

 昼食を済ませてからフィンが明かした。

「今回の目的は、37階層の闘技場(コロシアム)でひたすら撃ち続けることだ」

「時間もないので、メルカバMk3とナメル30ミリRWSを学んでもらう」

 瓜生が宣告する。




中国製重機関銃に、西側輸出バージョンがあったらしいので少し変更。
108弾だと、一番軽いブルパップライフルがかなり重いんです。99だと四キロ近く軽いのがあるので…

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