ダンジョンに近代兵器を持ちこむのは間違っているだろうか 作:ケット
音。
「聞けばわかる」
みなそう言う。
アイズとベートが、上層に逃げたミノタウロスを追っていたとき。
見えない物陰から、音が聞こえた。
雷のような。爆発のような。
重い、つながるように繰り返される音。
ダンジョンでは強く増幅される衝撃的な音。熟達の冒険者でなければ、驚いてしまうだろう。近ければ耳を傷めるかもしれない。
我に返ったのは、アイズ。
まだ子供の冒険者が、ミノタウロスに追い詰められている。
アイズの剣がモンスターを切り刻み、返り血で真っ赤になった白髪に声をかけ……
逃げ出した少年が、角を右に曲がるのを見た。
「こっちだ」
ベートの声、『剣姫』に戻った彼女は左に逃げた一匹を追って倒し、捜索を続行した。だが、三匹足りない。会ったレベル1パーティも、
「ミノタウロスなど、見ていませんよ!」
という。
「装備は……よかった……」
アイズの観察力は、そのことにも気づいていた。
少年は、支給品より高価な防具をつけていた。刀と、見慣れない素材の全身を隠せそうな盾が転がっていた。
「変なにおいがしたな」
ベートはそれが不愉快だった。
アイズたちが属する【ロキ・ファミリア】に追われて上層階に逃げたミノタウロスの群れ。
低レベル冒険者ではまず倒せない。それが多くの被害を出したらファミリア、ひいては主神ロキの、
(名折れ……)
なのだ。
3匹足りない。どこに消えたのだろう。
【ロキ・ファミリア】が安堵できたのは、出入り口の換金所で、
「ちょうど3匹分の魔石を持ってきた者がいる……」
と、聞き出せてからだ。ギルドの守秘義務を破るには大手ファミリアの力に加え、副団長の印籠まで取り出された。
誰が持ってきたかまでは、聞き出せなかった。
何かが、運命の流れをかすかに乱していた。
1匹ではなく5匹と数が違った。ベルたちを襲い、逆襲された。
1匹は強烈な光に目がくらみ、驚いて左に逃げた。1匹は残ってベルを襲いアイズに斬られた。3匹は青年を追って右に向かった。
ベートとアイズは左に逃げた1匹を追って倒し、3匹の末路は見ていなかった。
ベルは、憧憬と恐怖に震えながら走っていた。返り血で真っ赤になった体も気にせず。
彼の斜め後ろを走る黒髪の青年は、この世界では見られない奇妙な棒を奇妙に持っていた。中間にある握りを右手で握り、傾けている。剣や槍、斧の持ち方ではない。
青年はミスを悔いながらも、今生き残ることに集中しようとしていた。
二人の前に出現したゴブリン3匹。
青年が軽く腕を上げ、強い光がひらめいた、次の瞬間激しい音・炎。ゴブリンが次々と塵になり、魔石を落とす。
少年はそれも見ていないように出口に走り、青年は魔石を拾いもせず追っていた。
つい数分前にふたりがやられた、
『怪物進呈』
冒険者が多数のモンスターから逃げ、別の冒険者の脇を走り抜ける=処理を押しつける。
(ダンジョンは生きるか死ぬか……)
と、いうわけだ。
だが、やられた側は、
(たまったものではない……)
のだ。
それも、ベルがヘルメットを外して汗をぬぐい、スポーツドリンクを飲んでいた時だった。
青年は素早く1匹以外を殺し、残った一匹を少年にあてがった。
そこに奇襲、5匹ものミノタウロス。この階にそんなモンスターが、
(出ることはないはず……)
だったのに。
突然だった。しかもベルが傷を負い、助けるかどうか迷った瞬間。とどめにベルが邪魔になる角度。
即座に倒すことができず、自分に引きつけて走った……だが1匹は残って少年を狙ったのだ。
(助けがなくても、ベルが死んでいた確率は低い……)
(いや、いいわけだ)
ミノタウロスの背には、レーザーサイトの光を当てていた。邪魔が入ったせいで撃てなかっただけだ。高価な薬もふんだんに持っている、死んでさえいなければ治療できた。防具もある。
連携も未熟だった。
冒険者となってからわずか半月、ベルの番は3度目なのだ。
(オレが未熟だった……)
青年は反省を抑え、戦いに専念しようとする。
ギルドでは、うわさがあった。
「登録した3日後に中層まで行った冒険者がいるって。変な音がする……」
「聞けばわかる、って」
「よくいるな、過信で死ぬバカが」
「それが、おとといは16階まで行って、無事帰ってきたそうだぜ」
「変な音がして」
「屁でもするってか?」
「かなり遠くで爆発するような音がしたんだ。そしたら、俺たちが戦ってたモンスターの、後ろのほうが勝手に死んでった」
「ガン・リベルラかよ」
「弓か?」
「魔法?」
「そういえば、オークの大発生をちらっと見てやり過ごしたんだが、変な音がして……やんでから顔を出したら十体以上死体が転がってた。大儲けしたぜ」
「魔石も取らずに?」
「荷物がいっぱいだったんだろ」
「上級冒険者が行きがけにやったんだろ……」
会話には、奇妙な不安があった。
何かが変わってしまう、と。
(まさか、ミノタウロス3匹を倒せるほどの……)