遊戯王 INNOCENCE - Si Vis Pacem Para Bellum -   作:箱庭の猫

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 タグにボーイズラブを追加しました。念のため……



TURN - 41 Trick Star

 

狼城(ろうじょう)くん、起きなって。そろそろ時間だよ?」

 

「…………zzZ」

 

 

 

 選抜デュエル大会・本選のトーナメント1回戦。

 その最後の試合が始まる時間まであと少しだと言うのに、それに出場する選手である狼城(ろうじょう) (アキラ)くんは、前の試合からずっとこの控え室のソファーに寝転んで、気持ち良さそうに眠りこけていた。

 スヤスヤと夢心地で、全く起きる気配がない。

 

 

 

「ほら、ろぉーじょ~くーん! 起きないと不戦敗だよー?」

 

 

 

 ちょっと強めに肩を揺する。このまま起きなかったら、スタッフさんに叩き起こしてもらおうか……

 

 

 

「……んあ?」

 

「お、やっと起きた?」

 

 

 

 うっすらと狼城くんのまぶたが(ひら)きかける。

 長いまつ毛の下から覗いた()き通るグレーの瞳と目が合って──

 

 

 

(ッ……!)

 

 

 

 何故だか少し、ドキッとした。

 

 イケメンと至近距離で見つめ合うのは何と言うかこう……心臓に悪い。

 男のボクでこれなんだから女の子だったら卒倒するんじゃなかろうか。

 

 

 

「……おはよう、狼城くん。もうすぐ試合だよ」

 

「……あ"ー……もうそんな時間か……」

 

 

 

 ()だるそうに身体を起こして、あくびしながら灰色の髪を片手で掻き乱す狼城くん。眠そう。

 

 

 

「相変わらずだらしがありませんわね貴方(あなた)は。それでも十傑(じっけつ)ですの?」

 

 

 

 ボクの横に立っていた鰐塚(わにづか)ちゃんが、狼城くんに苦言を(てい)した。

 

 身体の正面をボクに向けて、胸の下で腕組みしているものだから、メロンみたいに大きく(みの)った二つの膨らみが強調されていて、目のやり場に困る。

 

 ……事故とは言え、アレを()んだんだよなー、ボク。

 柔らかかった……って、いかんいかん! 今は消え去れ煩悩(ぼんのう)

 

 

 

「あー、オレ寝起き頭回んねーんだよなぁ。…………」

 

「? どうなさいましたの? ワタクシの顔に何かついてまして?」

 

 

 

 寝ぼけ(まなこ)で鰐塚ちゃんを見上げていた狼城くんは、次の瞬間、驚きの行動に出た。

 

 なんと──いきなり鰐塚ちゃんのスカートの下に手を入れて、そのまま思い切り腕を振り上げ、バサッと大きく(めく)り上げたんだ。

 

 

 

「「「「 !!!? 」」」」

 

 

 

 スカートに覆われていた絶対領域が余すところなく外気に(さら)され、隠れていた下着と、その下から伸びる、ガーターベルトを付けた白い太ももが全て(あらわ)になる。

 

 これには油断し切って無防備だった鰐塚ちゃんはもちろん、ボクとアマネとマキちゃんもビックリ仰天だ。

 

 

 

「キャアッ!?」

 

 

 

 即座に両手を下ろしてスカートを抑えつける鰐塚ちゃん。

 その(かん)わずか1、2秒程度だったけど、ボクの目は赤メガネのレンズ越しに、彼女の穿()いていたショーツを自慢の視力ではっきりと(とら)えていた。

 

 

 

(し、白のレース……!)

 

「おーおー、さすがイイとこのお嬢サマは高そうなパンツ穿いてんなぁ?」

 

「なななな、なんですのぉーーーっ!!」

 

「ぶっ!」

 

 

 

 当然ながら鰐塚ちゃんは(おこ)って、狼城くんの端正な顔に、本気と書いて()()平手打ち(ビンタ)をお見舞いした。

 

 

 

「あらら、狼城くん大丈夫?」

 

()っときなさいよセツナ。自業自得よ」

 

「ねぇねぇセツナくん、何色だった? 何色だった?」

 

「マキちゃん静かに」

 

 

 

 ほっぺたに手形の紅葉(もみじ)がくっきりと付いた狼城くんは、痛そうにそこを(さす)りながらソファーからゆっくり立ち上がった。

 

 

 

「くぅ~、今のァ効いたぜ。おかげで目ぇパッチリ覚めたわ」

 

「……もしかして眠気覚ましてもらう為にセクハラしたの?」

 

「セ、セツ……総角(アゲマキ)さん! みみみ見まして!?」

 

「えっ!? っ……いっ、いや、見てない……よ?」

 

 

 

 今日何度目かの赤面をしながら睨み付けてくる鰐塚ちゃんから視線を逸らしつつ、そう答えた。

 

 本当は、ピンク色の小さなリボンが付いたランジェリーをガン見してしまったんだけども……

 でもここでバカ正直に「はい見ました」なんて言って、女の子を傷つけたりしたら大変だ。

 

 ところが狼城くんが空気を読まずに異議を申し立ててきた。

 

 

 

「おいおい嘘つくなよセツナ君。オマエの髪と(おんな)じ色だったろ?」

 

「いやボクの髪は白じゃないよ! これは銀髪──」

 

「おや~? 誰も『白』だなんて言ってねーんだけどなぁ?」

 

「ハッ!?」

 

 

 

 か、カマをかけられたぁ~~~っ!!

 

 やられた……こうなってはもう白状するしかない。

 

 

 

「うぅ……ごめん、ホントは見ちゃった」

 

「~~~~っ!!」

 

(うぅぅ~! セツナさんに下着を見られてしまうだなんて……! こんな事なら、もっと良い物を穿いてくるんでしたわ~!)

 

「──鰐塚選手、狼城選手。間もなく第8試合の開始時間です。準備をお願いします」

 

 

 

 ほっ、良いタイミングでスタッフさんが来てくれた。助け船だ。

 

 

 

「あいよー」

 

 

 

 狼城くんが気の抜けた返事をして、先に部屋を出ていこうとする。

 

 その時すれ違い様に、鰐塚ちゃんの肩にポンと手を置いた。

 

 

 

「せいぜい頑張れよ、()()()()にイイトコ見せれる様にさ」

 

「っ──!?」

 

 

 

 小声で何か(しゃべ)ってたみたいだけど、よく聞き取れなかった。

 

 ただ鰐塚ちゃんがすごい勢いで狼城くんの方へ振り返ったのを見るに、もしかすると彼女をまた怒らせる様な事でも言ったのかも知れない。

 

 

 

「なっ、なな……!」

 

()()貴方がそれを!?)

 

(──って、言いたげな顔してんなぁ。んなもん見てりゃあ誰だって分かるっての。最も、()()は気づいてねーみてぇだけど。おもしれぇ~)

 

「んじゃ、また後でな。ミサキ(じょう)

 

 

 

 こちらに背中を向けたままヒラヒラと手を振って、狼城くんは退室していった。

 

 

 

「ぐぐぐっ……覚えてらっしゃい!」

 

「鰐塚ちゃん、行ってらっしゃい」

 

「っ! は、はい! 行って参りますわ、セツ……あ、アゲマキさん!」

 

「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ヘイヘイヘーイ!! みんな元気かぁっ!? そろそろ第8試合の始まる時間だぜぇっ!! ついにアリーナ・カップの初日、最後の試合だ! 長い様であっという間だった気がするぜ、ラスト声出してくれるかぁーいっ!?』

 

「「「「 おおおおおおおおおおっ!!!! 」」」」

 

 

 

 センター・アリーナの場内は、バンドのライブの終盤みたいな盛り上がり具合を見せていた。

 

 ボクとアマネとマキちゃんも、最後の試合は(なま)で観戦しようという事で控え室を出て、今は生徒用の観客席に3人並んで座っている。

 ソファーでくつろぎながらテレビ中継を観ているのも良かったけれど、やっぱり現場の方が臨場感は段違いだ。

 

 

 

『良いねぇ、お前ら最高だッ!! そんじゃあ、選手入場と行こうか! 本日のトリを飾ってくれるのは、この二人だァァァァッ!!』

 

 

 

 (ほとばし)る熱狂の(もと)、中央の決闘(デュエル)ステージを挟む形で対称の位置に開いた2つのゲートから、それぞれ一人ずつ生徒が入場した。

 

 

 

『第4試合と同じく、今回もまた十傑同士の激突だっ!! 一人はこの学園の風紀委員長も務める才色兼備の令嬢! 3年・十傑──鰐塚(わにづか) ミサキィィーーーッ!!』

 

 

 

 高い位置でまとめたプラチナブロンドのツインテールを()(せん)状に巻いた、華やかな髪型の美少女がステージに現れる。

 すると男子生徒の何割かが野太い大歓声を張り上げた。

 

 

 

「あぁ鰐塚さん、今日も綺麗だなぁ~!」

 

「鰐塚様ぁ~! 俺と決闘(デュエル)してくれ~!」

 

「意識()けぇぇぇ~! 俺達のレベルじゃ、同じフィールドにも立てやしないぞ!」

 

 

 

 やっぱ学園1の美女と(うた)われるだけあって、男子からの人気すごいな鰐塚ちゃんは。そう言えば今思い出したけど、ファンクラブもあるんだってね。

 

 

 

「「 お嬢様ァーッ!! 」」

 

 

 

 ボクらの座席の近くで、見覚えのある男子二人が立ち上がり、鰐塚ちゃんにエールを送った。

 

 

 

「お、(ひろ)()くんと京川(けいかわ)くんだ」

 

「なんか久々に見たね~」

 

 

 

 黒髪が広瀬くんで、茶髪が京川くん。

 

 鰐塚ちゃんと同じ風紀委員会のメンバーで、二人とも副委員長らしい。

 だいぶ前にマキちゃんと組んで、彼らとタッグデュエルをした事があったっけ。

 

 

 

「今年も貴女の実力と!」

 

「美しさを!」

 

「「 全世界に知らしめるのです!! 」」

 

 

 

 ……相変わらずだね、あの二人も。

 

 

 

『そしてもう一人はぁーッ! 驚くなかれ、去年のアリーナ・カップ第3位!! 〝トリックスター〟の二つ名で知られる奇才の決闘者(デュエリスト)! 3年・十傑──狼城(ろうじょう) (アキラ)ァーッ!!』

 

 

 

 鰐塚ちゃんの真向かいから歩いてきたのは、制服を着崩し、両耳にトランプのピアスを付けた灰髪(はいはつ)の色男。

 

 こちらもやはりと言うべきか女子ウケは相当なもので、黄色い声援がひっきりなしだ。

 

 美男美女が顔を突き合わせる。

 モニターに映されたその場面を観て、()になるなぁと、感想を(いだ)いた。

 

 

 

「──先ほどはよくも(はずか)しめてくれましたわね……叩き潰される覚悟はよろしくて?」

 

「なんでぇ、勝負パンツじゃなかったのかよ? そりゃ()リーことしたな」

 

「そういう問題ではなくてよ!?」

 

 

 

 両雄、同時に左腕のデュエルディスクを起動させ、構える。

 

 鰐塚ちゃんは水色のディスクを。

 狼城くんは、灰色のディスクを。

 

 ……いよいよだね。

 

 

 

『さぁ始まるぞ、本日のファイナル! 選抜デュエル大会・本選──アリーナ・カップ1回戦・第8試合! 鰐塚 ミサキ vs 狼城 暁!! イィ~~~ッツ! タイム・トゥ──』

 

「「 決闘(デュエル)!! 」」

 

 

 

 狼城(ろうじょう) LP 4000

 

 鰐塚(わにづか) LP 4000

 

 

 

 闘いの幕は上がった。

 ……ところでボクには1つ、気がかりな事が。

 

 

 

「鰐塚ちゃん大丈夫かな? さっきの狼城くんのセクハラで、冷静さを欠いてなきゃいいけど」

 

「ん~~、冷静さは今日ずーっと前から欠いてたと思うよ~?」

 

「え? どういうことマキちゃん?」

 

「さぁねぇ~~~? なんでだろうねぇ~~~?」

 

「?????」

 

 

 

 何やら含みのある物言いが引っ掛かったけど、追及してもはぐらかされそうなので()めた。

 

 

 

(──見ていてくださいまし、セツナさん!)

 

「先攻はワタクシですわ! フィールド魔法・【伝説の(みやこ) アトランティス】発動!」

 

 

 

 地響きと共に、海底に沈んでいた古代都市が地上(フィールド)へ浮上した。

 

 

 

『鰐塚選手、いきなり仕掛けてきたぁーッ!! 【伝説の都 アトランティス】は水属性モンスターの攻守を200アップさせ、さらに手札の水属性のレベルを1つ下げるという特殊な効果を持ったフィールド魔法ッ!!』

 

「ワタクシはレベル5から4となった、【スパウン・アリゲーター】を通常召喚!」

 

 

 

【スパウン・アリゲーター】 攻撃力 2200 + 200 = 2400

 

 

 

 おぉ久々に見た、鰐塚ちゃんのエース。開始早々プレッシャーをかけていくね。

 

 

 

「カードを2枚伏せ、ターン終了ですわ!」

 

(伏せカードの1枚は【波紋のバリア -ウェーブ・フォース-】。これでワタクシは万全ですわ!)

 

「イイねぇ張り切ってんじゃん。──ほんじゃ、オレのターンだなっと」

 

『先攻1ターン目から上級モンスターを繰り出した鰐塚選手! これに狼城選手はどう応戦するのかっ!?』

 

 

 

 さぁ、去年の選抜試験・第3位、──お手並み拝見だ。

 

 

 

「ドロー。……オレはカードを1枚伏せて、ターン終了(エンド)だ」

 

「なっ!? カードを伏せただけですって!?」

 

 

 

 予想だにしない展開に鰐塚ちゃんは驚き、他の観客達も(どよ)めいた。

 

 

 

『なななんとぉーっ!! これはどうしたことか! 狼城選手、伏せカードを1枚セットしただけでターンを終了してしまったぁーッ! まさか手札事故かぁーっ!?』

 

 

 

 いや、仮にもこのハイレベルな大会で第3位まで登り詰めた実績を持つほどの人が、手札事故なんてそうそうやらかすとは思えない。

 

 鰐塚ちゃんも同じ考えなのか激昂(げきこう)した。

 

 

 

「貴方ワタクシを舐めてますの!?」

 

「そーカッカすんなよ、やってみりゃ分かっから。ほら、ミサキ嬢のターンだぜ?」

 

「くっ……ワタクシのターン、ドロー!」

 

(茶番に付き合ってられませんわ、速攻で終わらせますわよ!)

 

「【ライオ・アリゲーター】召喚!」

 

 

 

【ライオ・アリゲーター】 攻撃力 1900 + 200 = 2100

 

 

 

「バトルですわ! 【スパウン・アリゲーター】で、直接攻撃(ダイレクトアタック)!」

 

 

 

- スピニング・イート!! -

 

 

 

 二足歩行のワニが狼城くん目掛けて突進。

 巨体を高速で回転させながら、牙を剥き出しにして襲いかかる。

 

 

 

「ぐおっ!!」

 

 

 

 狼城 LP 4000 → 1600

 

 

 

 多大な衝撃で狼城くんの上半身が、大きく()()った。

 伏せカードを発動するのかと思いきや、それすら無く……不気味なぐらいあっさりと、攻撃が通った。

 

 

 

「ワタクシを舐めてかかった事を後悔なさい……! この攻撃がトドメの一撃でしてよ!」

 

 

 

 とは言え、こんな好機を逃す人もそうはいない。

 

 鰐塚ちゃんはここで決着をつけるべく、迷わず追撃を宣言する。

 

 

 

「【ライオ・アリゲーター】で、ダイレクトアタック!!」

 

「──もうちょい冷静になれよ、ミサキ嬢」

 

「っ!?」

 

「オマエらしくもねぇ。その一手を、オレが許すとでも思ったか?」

 

「ま、まさかここで!?」

 

 

 

 もしこのタイミングであの伏せカードを発動するんだとしたら……

 

 ──! そ、それってひょっとして!

 

 

 

(トラップ)発動、【コンフュージョン・チャフ】!」

 

「【コンフュージョン・チャフ】!?」

 

「ワニ同士、仲良く()()()()()な」

 

 

 

 予感が的中した。

 

 【コンフュージョン・チャフ】は、一度のバトルフェイズで相手が2回目の直接攻撃(ダイレクトアタック)を宣言した時、その攻撃モンスターを、1回目に直接攻撃(ダイレクトアタック)した別の相手モンスターと強制的に戦闘(バトル)させる、一風(いっぷう)変わった(トラップ)カードだ。ボクもデッキに入れていて、よく助けてもらってる。

 

 いくつもの金属片がバラ撒かれ、【ライオ・アリゲーター】を撹乱(かくらん)

 【ライオ・アリゲーター】は本来の標的だった狼城くんを見失い、代わりに味方の【スパウン・アリゲーター】を獲物に見定め、飛びかかった。

 

 これに【スパウン・アリゲーター】は対抗して【ライオ・アリゲーター】の胴体に噛みつき、(アゴ)(ちから)だけで持ち上げると、そのまま地面に叩きつけた。

 

 バトルは【スパウン・アリゲーター】の勝利。しかしその結果によって損害を(こうむ)るのは、当然【ライオ・アリゲーター】の持ち主である鰐塚ちゃん自身だ。

 

 

 

「くっ……()(そく)な手を……!」

 

 

 

 鰐塚 LP 4000 → 3700

 

 

 

「ですが甘くてよ! (トラップ)発動! 【激流(げきりゅう)()(せい)】! 今のバトルで破壊された【ライオ・アリゲーター】を墓地から特殊召喚し、貴方に500のダメージを与えますわ!」

 

 

 

 上手い! 鰐塚ちゃんも見事な切り返しだ。

 これなら呼び戻した【ライオ・アリゲーター】でもう一度攻撃すれば、今度こそ勝てる!

 

 ……と、思った次の瞬間──

 

 

 

「!?」

 

 

 

 どういうわけか、確かに発動した筈の【激流蘇生】が、元のセットされた状態に戻ってしまった。

 

 

 

「はい残念。手札からカウンター(トラップ)・【レッド・リブート】を発動したぜ」

 

「て……手札から(トラップ)ですって!?」

 

「こいつはライフを半分払えば手札からでも使える便利なカードなのさ」

 

 

 

 狼城 LP 1600 → 800

 

 

 

「【激流蘇生】の発動を無効にして、再セットさせてもらったぜ」

 

「この……!」

 

(屈辱的ですわ……ワタクシがここまで手の平で踊らされるだなんて……!)

 

「そう睨むなよ。そん代わしミサキ嬢は、デッキから(トラップ)を1枚セットできるぜ。さっ、好きなのを伏せな」

 

「ッ……ならワタクシは、──【激流葬(げきりゅうそう)】をセットしますわ!」

 

 

 

 【激流葬】──モンスターが召喚されると、たちどころにフィールドのモンスターを全滅させる恐るべき(トラップ)

 

 無論、狼城くんにもバレてはいるけど、逆にそれがモンスター召喚への牽制(けんせい)になり()る。少なくとも、上級モンスターは出しづらくなった筈。

 最悪【スパウン・アリゲーター】を【激流葬】に巻き込む結果になったとしても、即座に【激流蘇生】で復活できる。

 

 まだまだ鰐塚ちゃんの優勢は(くつがえ)ってはいない! ……と、思う。

 

 

 

「……ワタクシはこれでターンエンド」

 

 

 

 ターンを明け渡された狼城くんは、おもむろに左手で頭を掻き始めた。

 

 

 

「ふーん……【激流葬】ねぇ……。まっ──関係ねーけどな」

 

「っ……!!」

 

(なんですの……この悪寒は……!)

 

「オレのターン、ドロー。まずオレは手札から、装備魔法・【悪魔のくちづけ】を発動。【スパウン・アリゲーター】に装備する」

 

「!?」

 

 

 

 悪魔の美女が出現して、【スパウン・アリゲーター】の顔にキスを落とした。

 

 

 

【スパウン・アリゲーター】 攻撃力 2400 + 700 = 3100

 

 

 

『おーっと! これはトリックスター、またもや予想外の手を打ってきたぁーッ! わざわざ鰐塚選手のモンスターを強化してしまうとは!』

 

「……どういうつもりですの?」

 

「んでもってこいつを、──【魔法除去】!」

 

「はぁ!?」

 

 

 

 鰐塚ちゃんが()頓狂(とんきょう)な声を上げたのも無理はない。

 

 いきなり相手モンスターに装備カードを付けてパワーアップさせたかと思ったら、今度はそれを自分で破壊してきたのだから。

 

 一見(いっけん)無駄なプレイングばかりで狙いが読めない……何を企んでいる?

 

 

 

【スパウン・アリゲーター】 攻撃力 3100 → 2400

 

 

 

「フィールドから墓地へ送られた【悪魔のくちづけ】の効果。オレのライフを500払って、デッキの一番上に戻す」

 

 

 

 狼城 LP 800 → 300

 

 

 

「あ、貴方! 先ほどから一体何がしたいんですの!?」

 

「さらにカードを1枚伏せる。……これで、準備完了だ」

 

「!」

 

「行くぜ? 手札から魔法発動。【大逆転クイズ】!」

 

「っ! そ、そのカードは!?」

 

「発動時にコストとして、オレの手札とフィールドのカードを全て墓地へ送る」

 

 

 

 狼城くんの手に残った最後の1枚と、直前にセットした伏せカードが墓地へと消える。

 

 

 

「今からオレは、自分のデッキの一番上にあるカードの種類を当てる。当たったらオレとミサキ嬢のライフは入れ替わるって寸法だ」

 

「デッキの一番上……ま、まさか!」

 

「そうさ。オレの回答は、『魔法(マジック)カード』! そんで正解は……」

 

 

 

 狼城くんがデッキの一番上を(めく)る。

 

 

 

「──さっきオレがデッキの上に戻した、装備魔法(マジック)カード・【悪魔のくちづけ】だ!」

 

「そんな……!」

 

「つーわけでクイズはオレの正解(アタリ)だ。まっ、出来レースだけどな」

 

 

 

 狼城 LP 300 → 3700

 

 鰐塚 LP 3700 → 300

 

 

 

『なぁんて事だぁーッ!? 狼城選手の巧妙な戦術(タクティクス)によって、ライフポイントが入れ替えられてしまったではないかぁーッ!! 一転して鰐塚選手のライフが風前の灯火に!』

 

「ぐっ……で、ですが! それが何だと言いますの!? これで貴方の手札は(ゼロ)、フィールドにもカードは残ってなくてよ!」

 

(次のターンで手札の【クロコダイラス】を召喚して総攻撃すれば、ダメージはピッタリ3700! ワタクシの勝利ですわ!)

 

「もう貴方にできる事は何も──」

 

「んじゃオレ上がんね、おつかれ~」

 

「えっ!? ちょっと!」

 

 

 

 あろう事か狼城くんは決闘(デュエル)中にも関わらず、自分のデュエルディスクからデッキを抜いて、鰐塚ちゃんに背を向け、帰り始めた。

 

 

 

「ふざけるのも大概(たいがい)になさい! まだ試合は終わってなくてよ! それともサレンダーなさるおつもり!?」

 

「いーや、もう終わりだよ。オレの勝ちでな」

 

「な、なにをバカな……!」

 

「さっき【大逆転クイズ】で墓地に送った伏せカードな、ありゃ【黒い(ブラック)ペンダント】ってんだ」

 

「ブ……【黒い(ブラック)ペンダント】? それって……!」

 

「優等生のオマエなら、どんな効果か知ってんだろ? つまり──」

 

 

 

 【黒い(ブラック)ペンダント】って装備魔法だったよね? 効果は装備モンスターの攻撃力を500アップと、もう1つ……

 

 ──! フィールドから墓地へ送られた時、相手に500ポイントのダメージを与える……!

 

 

 

「──『ゲーム・オーバー』だ」

 

 

 

 鰐塚 LP 0

 

 

 

「ぁ……!」

 

 

 

 デュエルディスクからライフポイントが(ゼロ)になった事を(しら)せるアラームが鳴った。

 敗北を悟った鰐塚ちゃんはガクッと膝を折り、その場に座り込む。

 

 

 

「……まっ、悪く思うなよ」

 

 

 

 狼城くんが舞台を降りた頃、数秒だけ静まり返ったドーム内に……

 

 

 

『……あ、けっ、決着ゥゥーーーッ!! ウィナー・狼城 暁ッ!!』

 

 

 

 MCのマック伊東さんによる試合終了のコールがマイクを介して響き、やや遅れて観客が歓声で呼応した。

 

 

 

『あまりに一瞬の出来事で私とした事が、ろくに実況できていなかったぁーっ! 同格の鰐塚選手を、よもや魔法(マジック)カードのみで瞬殺とは! 恐るべしトリックスター・狼城 暁ッ!!』

 

「お……お嬢様ァーッ!?」

 

「おのれ狼城ォォッ! よくもお嬢様を!」

 

「とにかくお嬢様の元へ急がねば! 行くぞ京川!」

 

「おうよ広瀬!」

 

 

 

 バタバタと席を立って走り去っていく、風紀委員・副会長コンビを横目に見送りつつ、ボクは(くち)(ひら)いた。

 

 

 

「……【大逆転クイズ】にこんな使い方があったなんてね……」

 

 

 

 もしも自分があんな風に、わけの分からないまま、気づいたら負かされていたとしたら……考えただけで背筋が凍る。

 

 

 

「──ねぇセツナくん、あとで励ましに行ってあげたら?」

 

「え? ボクが?」

 

「うん。セツナくんに(なぐさ)めてもらえれば、ワニ嬢ちゃんも元気になるんじゃないかな」

 

(なんたって惚れた男だからね~)

 

「……いや、今は京川くんと広瀬くんに任せるよ、それに……」

 

「それに?」

 

「ほら、たぶんボクってさ……彼女に嫌われてると思うから」

 

 

 

 ボクがそう言うとマキちゃんは急に目を点にして……

 

 

 

「……ハァ"ァ~~~~~ッ(クソデカため息)」

 

「えぇっ!? なんでっ!?」

 

(なんで女慣れしてるくせにこういうとこは鈍感なのかな~……)

 

「これはかな~り時間かかりそうだよ~、ワニ嬢ちゃん」

 

「???」

 

 

 

 ……それにしても、さっきマック伊東さんも言ってたけど、同じ十傑の鰐塚ちゃんを一度もバトルしないどころか、1体のモンスターも出さずに(くだ)してしまうだなんて……

 

 狼城 暁くん、か……下手したらカナメ以上に、底の知れない決闘者(ひと)だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『1回戦から白熱した決闘(デュエル)を見せつけてくれた、アリーナ・カップ!! きっと()()の2回戦も、熱い試合を()せてくれるだろう! それでは! 今日の興奮と感動を胸に! トゥービィー・コンティニュード!! シーユー!』

 

 

 

 ──こうしてアリーナ・カップ1日目の全行程が終了した。

 

 ゾロゾロと会場から退席していく観衆に混じって、ボク達3人も出入り口を目指す。

 

 その道中、ボクは呟く。

 

 

 

「結局、狼城くんがどんなデッキを使うのか、よく分かんなかったね」

 

 

 

 ()いて(わか)った事と言えば、魔法・(トラップ)の扱いに()けているって事ぐらい。

 

 

 

明日(あした)あの人と()るんでしょ、あたし~。手こずりそうでヤダなぁ~」

 

 

 

 珍しくぼやくマキちゃん。でも今の言い方は──

 

 

 

「手こずりそうでも負ける気はない?」

 

「もちのろんだよ!」

 

 

 

 そうこう話している内に、会場の外へ出た。

 

 まだ昼下がりを少し過ぎた時間帯。周囲は大勢の人々で賑わっている。大会の熱気に当てられたのか、そこかしこで決闘(デュエル)勃発(ぼっぱつ)して、軽くお祭り騒ぎとなっていた。

 

 

 

「私はもうこのまま帰るけど、二人はどうする?」

 

「そうだねー、ボクも特に予定とか無いし、帰るかな~。(色々あって)クタクタだし」

 

「ねぇねぇねぇ! 祝勝会しようよ祝勝会!」

 

「マキちゃん静かに──……祝勝会?」

 

「浮かれるのは早いわよマキちゃん。まだ1回戦突破しただけでしょ?」

 

「そうだけどさぁ~。念願のアリーナ・カップに出れて、しかも十傑に勝ったんだよ? もっとこう……勝利の喜びを分かち合いたいじゃん!」

 

「まぁ、めでたい事ではあるよね。ボクは構わないよ」

 

「ちょっとセツナまで……」

 

 

 

 渋るアマネにマキちゃんが引っ付いて、さらにせがむ。

 

 

 

「ね? 良いでしょアマネたん。こんな早い時間に帰ってもヒマなだけだしさ~。ね? ね?」

 

「っ……ハァ……分かったわよ」

 

「やったー!」

 

「なんだかんだ言ってもマキちゃんには甘いよね、アマネって」

 

「うるさいわね」

 

「それじゃあ決まりだけど、どこでやるの? どっかお店に入る?」

 

「う~~~ん、そうだね~……」

 

 

 

 しばし悩んだ(すえ)、何か閃いたらしく、マキちゃんの頭上で豆電球が光った。

 

 

 

「セツナくんの家に行こうよ!!」

 

「ええっ!? ボクん()!?」

 

()()から近いんでしょ? お菓子とかジュース持ち込んでさ!」

 

「セツナさえ良ければ、私は良いわよ」

 

「ん~……」

 

「あれれ~? もしかしてぇ~、見られたら困るものでも置いてあるのぉ~?」

 

「いやそんなの無いよ!?」

 

「大丈夫だよセツナくん。一人暮らしの男子の家に、エロ本があっても何もおかしくないよ」

 

「んななななっ!? そそ、そんなの置いてないしっ!!」

 

(……ねぇ、アマネたん見た? 今の反応~)

 

(えぇ、十中八九あるわね)

 

「てわけで今からセツナくんの自宅にレッツゴー!!」

 

「そうね、なんか私も楽しくなってきたわ」

 

「えぇーーーっ!?」

 

 

 

 こうして(なか)ば強引な感じで、ボクの家にて祝勝会を(ひら)く運びとなった。

 

 けどまぁ、これと言って断る理由も無いから、()っか。

 

 

 

 





 皆さんはどの辺で「あ、こいつ【大逆転クイズ】使う気だな」と気づきましたか?

 次回はデュエル無しの日常回になります!

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