遊戯王 INNOCENCE - Si Vis Pacem Para Bellum -   作:箱庭の猫

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 安定の遅筆……3ヶ月ぶりです、作者は忙しいですが元気です。

 今回ちょっと長いです。あと後書きも長いです。後書きは読まなくても大丈夫です←

 そしてまた主人公が空気です。

 セツナ「えっ」



TURN - 34 Unbreakable spirit !!

 

 (はや)() (ふみ)(あき)は週刊誌『DUEL(デュエル) MAGAZINE(マガジン)』の出版社に勤める敏腕(びんわん)ジャーナリストである。

 この日、彼は新人社員の後輩を引き連れて、ある場所へと取材に向かっていた。

 

 

 

「は、早瀬さん待ってくださ~い!」

 

 

 

 カバンを抱えた若い女性が慌ただしげに早瀬の後を追う。

 

 

 

「遅いぞ(あら)()。ジャーナリストはスピードが命だ。モタモタしてると貴重なスクープを(のが)しちまうぞ」

 

「今日は今まで以上に気合い入ってますね~?」

 

「当たり前だ。何せ今日からアカデミアで、どでかい大会が始まるんだからな」

 

「選抜デュエル大会、でしたっけ?」

 

「あぁそうだ。俺の可愛い可愛い愛娘(まなむすめ)の、()(ふみ)(かよ)ってる学園だ」

 

「早瀬さん、また親バカ発動してますよ~」

 

「やかましい。そら、着いたぞ」

 

 

 

 二人の目線の先に在るのは広大な敷地を有する学園だ。その校舎は呆れ返るほど巨大にして高層。それを仰ぎ見る新井の口がポカンと開きっぱなしになったのも無理はない。

 

 

 

「でっかぁ~……! これ本当に学校ですか!? どこかの城ですよ、まるで!」

 

「プロリーグと同じ規模の大会を校内でやろうってんだからな。こんなにデカイデュエルアカデミアは、世界中探してもここだけだろうよ」

 

 

 

 校門を潜ると多くの学生の姿が。ここにいる全員が将来の決闘(デュエル)界を担う、プロ決闘者(デュエリスト)のタマゴなのだ。

 この学園は中高一貫校で、制服の色が中等部は青、高等部は黒と分けられている。その目に優しい配色が、奥に(そび)える(まな)()の白を基調とした外装をバックに、シックなコントラストを表現している。

 未来ある若者達の活力(あふ)れる鮮やかな場景。もし画家が見れば筆を取らずにはいられない事であろう。気づけば新井も手持ちの一眼(いちがん)レフを構えてシャッターを切り、眼前に広がる青春の1ページを写真に収めていた。

 

 すれ違う生徒達から物珍しそうな視線が二人に浴びせられる。自分より年下しかいない空間に新井はすっかりドギマギしてしまっているが、彼らの倍は生きている早瀬は逆に慣れたもので、気にした様子もない。

 

 

 

「おはよう、ルイくん、ケイくん」

 

「あ、セツナ先輩。おはようございます」

 

「おはようごぜぇやす! セツナの(あに)さん!」

 

「朝から元気だねーケイくん」

 

「先輩、今日からいよいよ本選ですよね。応援してます!」

 

「ありがとうルイくん、頑張るよ。それじゃあ今日も張り切って行こっか!」

 

「わわっ!?」

 

「そういや(あに)さん、昨日テレビ観ましたぜ。堂々としててカッコ良かったですぜ!」

 

「そう? 照れるなぁ、あはは」

 

 

 

 赤いメガネを掛け、黒のブレザーを纏った銀髪の少年が、同じ色の服装の、茶髪で背が低い生徒──女子かと思ったが、スカートでなくスラックスを履いているので、どうやら男子の様だ──の細い肩に腕を回し、髪がオレンジ色で青い制服を着ている大柄な男子と共に、3人で談笑しながら校舎内へと歩いていく。

 うら若き学生達の仲睦(なかむつ)まじい姿を眺め、新井は微笑みながら感慨深げに呟く。

 

 

 

「良いですね~、学生って。私もあんな青春を送りたかったなぁ~」

 

「発言が(とし)()くさいぞ新井」

 

「んなっ!? 私だってまだ二十代前半ですしーっ!!」

 

「どうでもいいからさっさと行くぞ」

 

「あっ! 待ってくださいってば~!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 早瀬と新井が足を運んだ場所は、ドーム状の建造物。そこは校内に多数ある決闘(デュエル)ステージの中でも、最大規模の面積を誇るフィールド──その名も、『センター・アリーナ』。

 

 ジャルダン校の象徴として世界に広く知れ渡っている施設であり、街の観光名所の1つにも数えられている。

 生徒達は毎年ここで秋季に行われる、『選抜デュエル大会』の本選に出場し、優勝する事を学園生活における最大の目標として掲げ、日々研鑽(けんさん)を積む。

 これこそ、この学園がプロリーグへの登竜門と呼ばれる所以(ゆえん)。まさに生徒達にとっては夢の舞台、憧れの地なのである。

 

 (もっと)も……ここ3年間は鷹山(ヨウザン) (カナメ)という一人の生徒の台頭によって、他の生徒の優勝は望み薄となり、せめて本選に出たという実績だけでも残そうと、全体的に消極的な姿勢になってしまっているのが実状だが。

 

 記者専用の入場口を通過した二人の視界に、広く(ひら)けた場内に多くの来場者が殺到している賑わしい光景が飛び込んできた。

 

 

 

「うーわー、すごい人! こんな中で決闘(デュエル)するなんて緊張しそうですね~! 私だったら足ガクブルですよ~」

 

「おぉ~」

 

 

 

 中央に設置された決闘(デュエル)フィールドを包囲する四方の観客席が、大会開始1時間前にして、すでにほぼ満席という客入りの良さ。

 また、生徒用に仕切られた座席も空席を見つけ出すのが困難なほど埋まっており、大会期間中は登校の義務も無い生徒達がこれだけ集まるという事から、この『イベント』の人気と重要性が窺い知れる。

 それは何年もこの大会を取材してきたベテランの早瀬さえも目を見張るほどの盛況ぶりだった。

 

 

 

「やはり今年は『黄金(おうごん)世代』がいるだけあって、盛り上がりが例年の比じゃねぇな」

 

「黄金世代?」

 

「なんだ新井。ウチで働いてるくせに、そんな事も知らないのか?」

 

「うぐぐ」

 

「──鷹山(ヨウザン) (カナメ)。この名前くらいは、さすがにお前も知ってるだろ?」

 

「そりゃーもちろん知ってますよ! ジャルダンの生ける伝説! 学園最凶! でしょ? この街に居たら、嫌でも噂は聞きますよ!」

 

「そう。その鷹山 要を筆頭に、今年の『十傑』は過去最強の(メン)()と言われている。黄金世代とまで呼ばれる程にな」

 

「じゃあ……優勝はその黄金世代の中の誰か、ですかね?」

 

「どうかな……恐らく今年も優勝は鷹山で決まりじゃないか?」

 

「そうなんですか?」

 

 

 

 早瀬はおもむろに自分のカバンを漁ると、一枚の紙を取り出して新井に手渡した。

 

 

 

「面白いもん見せてやる。鷹山の()()()()()の時の通算戦績だ」

 

「? ……──!?」

 

 

 

 それを見た途端、新井の全身を戦慄が駆け抜けた。顔色は青ざめ──

 

 

 

「は、早瀬さん……これっ、て……!」

 

 

 

 声は震えた。新井もジャルダン(この街)で生活している以上、実力はそこそこだが一応は決闘者(デュエリスト)(はし)くれ。その彼女から見ても、そこに書かれているのはあまりに非現実的な──平たく言えば、()()()()()数字だった。

 (そら)()か見間違いであってほしいと(なか)ば祈る様な気持ちで新井は目を(こす)るが、しかし何度穴が空くほど見直しても、紙面に記された文字列は、信じ難い現実は変わらない。

 

 

 

 『681戦 681勝 (ゼロ)敗』

 

 

 

 繰り返すが、これは鷹山 要が中等部1年生の時点──すなわち、当時13歳の少年が残した実績である。

 

 異常──としか言い様がない。(なに)せ勝率だけなら、()決闘王(デュエル・キング)をも(しの)いでいるのだから。

 数年前、若冠12歳にして全米チャンプの座に輝いた天才少女、レベッカ・ホプキンスが話題を呼んだが、鷹山 要は彼女に次ぐ──いや、それ以上の逸材(いつざい)に違いないと、アカデミアは勿論(もちろん)、ジャルダン全土が色めき立った。

 

 その後の5年間も今日(こんにち)に至るまで、彼の戦績に黒星が点く日はただの一度も無かった事は、もはや語るまでもないだろう。

 

 

 

「奴の強さは普通の物差しで計れる様なもんじゃねぇ……完全に別次元なんだよ。俺には他の出場者が気の毒に思えて仕方ないね」

 

 

 

 神妙な顔つきでそう話す早瀬の頬を、一筋の冷や汗が伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──(こく)一刻(いっこく)と時計の針は進み、ついに開始予定時間を指し示した。

 

 

 

『エビバディリッスン!! ついに! デュエルアカデミア・ジャルダン校主催! 選抜デュエル大会本選──アリーナ・カップの開催だぁーーーッ!!』

 

 

 

 アフロヘアーに星形サングラスという、ディスコやクラブのダンサーにいそうなパンチの効いた格好の男性が、片手に握り締めたマイクを通し、ハイテンションな声で祭りの始まりを高らかに宣言する。

 

 途端、それに応える様にして、満員の会場内で爆発的に沸き起こる大歓声。

 待ちわびていた観客一人ひとりの期待と興奮に満ちた喝采が大合唱となって鳴り響き、ドームを揺らす。

 

 いきなり急上昇した観衆の熱気に圧倒される新井だったが、隣でカメラを構える早瀬に気づいて本来の目的を思い出し、急いで自らの仕事に従事する。

 

 

 

『ジャルダンのナンバーワンを決める、年に一度の決闘(デュエル)の祭典!! 果たして、今年の頂点の座を掴み取る決闘者(デュエリスト)は誰なのか!? (なお)、実況は(わたくし)、カードショップ・GARDENの店長、マック()(とう)がお送り致します!』

 

 

 

 そう、彼こそがジャルダンの一番街で経営している唯一のカード販売店・『GARDEN』の店長を務める──人呼んで、マック伊東である。

 アカデミアとは古い付き合いで親交が深く、長年この大会のMCを担当しており、街ではちょっとした有名人だったりする。

 余談だが実は学園のOBらしい。

 

 

 

『それでは早速、本選の出場者を紹介しよう!! 総勢512人の参加者が集う厳しい予選を勝ち抜き、見事このセンター・アリーナの舞台に立つ資格を得た、誇り高き16人の戦士達だぁーっ!!』

 

 

 

 スモークが吹き上がる派手な演出を合図に、より熱量を増した歓声と万雷の拍手に迎えられながら、十数名の人影がゲートの奥から入場。舞台に続々と集まっていく。

 

 その先頭を涼しい顔で切る黒髪の青年こそ、早瀬が優勝候補と(もく)した決闘者(デュエリスト)──鷹山 要。

 新井は先程見せられた、彼の無敗の戦績表が想起し、固唾を飲んだ。

 

 出場者が全員ステージ上に立ち並ぶと、一人ずつ大画面のモニターに顔を映される。

 

 鷹山 要

 九頭竜 響吾

 虎丸 喜助

 鰐塚 ミサキ

 蝶ヶ咲 妖華

 熊谷 力雄

 狼城 暁

 豹堂 武蔵

 犬居 ベンジャミン

 凰 聖将

 大間 三郎太

 壬生 和正

 鮫牙 丈

 総角 刹那

 黒雲 雨音

 観月 マキノ

 

 500人超の挑戦者が潰し合う、戦争さながらの激闘を生き残り、狭き門を突破した16人。

 カナメと九頭竜に代表される十人の精鋭・『十傑』の黄金世代に加えて、鳴り物入りの新星・総角 刹那を始め、強力な新人(ルーキー)が参戦。

 

 一癖(ひとくせ)二癖(ふたくせ)もあり、個性的でアクも強く、話題性抜群のオールスターが集結した。

 

 彼らは予選で夢(なか)ばにして散っていった敗者達の想いを背負って、この場所に立っている。

 忘れてはならない──この大会の通称は『選抜()()』。

 つまりこれは今ここに集まっている観客だけでなく、各メディアや現役のプロまでもが注目を寄せる、大規模な()()()なのだ。

 自分の決闘(デュエル)が全世界発信の元、厳正に()()される。今年で2回目以降の出場となる経験者ならいざ知らず、初出場の選手にとって、その緊張と重圧(プレッシャー)は計り知れない。

 

 しかし世間の目に晒される中で決闘(デュエル)するなど、プロの世界では当たり前の事。

 連年、多くのプロを輩出し、現代の決闘(デュエル)界に強い影響力を持つ超名門・ジャルダン校の生徒としても、決して無様な姿は見せられない。

 

 

 

『さぁ役者は出揃った! 今年も最高の決闘(デュエル)を我々に見せてくれ! まずはトーナメント1回戦・第1試合! 鷹山 要 vs 大間 三郎太!!』

 

 

 

 モニターがトップバッター2名の顔写真を映し出した瞬間、またもや割れんばかりの歓声が起こった。

 それもその筈。今大会における〝最注目株〟の決闘(デュエル)を、早くも拝めるのだから。

 

 

 

『なんと! 初戦からあの学園最凶・鷹山 要がお出ましだぁーッ!! これはいきなり波乱の予感だぞぉーっ!』

 

 

 

 MCの実況が観客を更に煽り、掻き立てる。

 フィールドにはカナメともう一人、対戦相手の大間 三郎太のみが残った。

 他の選手は退場し、控え室に移動する。

 

 

 

「……たぶん、観客の皆さまは、初戦でアンタと当たった俺を可哀想だとか思ってるんだろうな」

 

 

 

 大間がデュエルディスクを左腕に着けながら、カナメに話しかけた。

 

 

 

「だがな、俺はむしろラッキーだと思ってるぜ。アンタは覚えていないだろうが、俺は去年の選抜試験……予選の決勝でアンタに負けたんだ」

 

「…………」

 

「あと一歩ってところでアンタに負かされて、死ぬほど悔しくて……アンタにリベンジする事、そして今年こそ本選に行く事だけを考えて、この1年間努力してきた……そして今! 俺はついに念願のアリーナ・カップ出場を果たし! こんなにも早くリベンジマッチの機会に恵まれた! 俺は最高にツイてるぜ!」

 

「……言いたい事はそれだけか?」

 

「っ……! あぁ十分だ、後は決闘(デュエル)で因縁を晴らすまで!!」

 

 

 

 両者デュエルディスクにデッキを装填し、起動。カードをセッティングするプレート部分を展開。

 デッキがオートシャッフルされ、ライフカウンターが『4000』と数値を表示する。

 

 

 

『さぁいよいよ記念すべきアリーナ・カップ初戦! チャレンジャー・大間は、ディフェンディング・チャンピオン、鷹山 要にどう立ち向かうのか!? イ~~~ッツ! タイム・トゥ──』

 

「「 決闘(デュエル)!! 」」

 

 

 

 カナメ LP(ライフポイント) 4000

 

 大間 LP(ライフポイント) 4000

 

 

 

 大歓声が降り注ぐ中、大間の先攻で緒戦の()(ぶた)は切って落とされた。

 

 

 

「俺の先攻で行くぜ!」

 

(あぁちくしょう……まだ心臓がバクバク言ってやがる……中1の頃から6年間、ずっと目指してきたんだもんな、ここに立つ事を……)

 

 

 

 大間は追憶(ついおく)する。

 『選抜デュエル大会』。

 今、まさに自分が立っているこの舞台で、毎年繰り広げられてきた激戦を、羨望(せんぼう)(まな)()しで観戦していた中等部時代を。

 いつか自分も、あの最高のステージで決闘(デュエル)するんだと、それだけを夢見て積み重ねてきた、これまでの血の(にじ)む様な努力を。

 青春の全てを決闘(デュエル)に捧げてきた6年間を。

 

 そして、とうとう最終学年の高等部3年生へと進学した今年。

 〝不屈のチャレンジ・スピリッツ〟で、ついに最後のチャンスを掴み予選優勝。

 ようやく本選出場を決め、積年(せきねん)の悲願を達成した。

 この6年間は無駄ではなかった。自分の努力が報われた喜びに打ち震え、涙さえ流しながら快哉(かいさい)を叫んだ。

 

 だからこそ──許せない。

 昨日のトーナメント抽選会での、言うに事欠いてアリーナ・カップを『ヒマ潰し』などと吐き捨てた、あの鷹山 要の発言を。

 球児が甲子園を目指す様に、誰もが自分の夢を叶えるべく死に物狂いで目指す栄光の舞台を、この男は公然と侮辱したのだ。

 

 予選で完敗を喫した去年の雪辱に加えて、奴を倒す理由がもう1つ増えた。

 

 こいつにだけは絶対に──負けられない!

 

 

 

「俺は【不屈闘士レイレイ】を召喚!」

 

 

 

【不屈闘士レイレイ】 攻撃力 2300

 

 

 

 獣の両脚と尾を持つ偉丈夫がフィールドに立つ。筋肉の隆々とした浅黒い肉体に刻まれた無数の傷跡は、長きに渡り闘いの中で生き続け、どんな強敵を前にしても、どんな困難に直面しても決して屈する事なく、(あま)()の死闘を乗り越えてきた歴戦の闘士である証。

 それは(さなが)ら、大間自身の生き様を体現しているかの様でもあり──

 

 

 

「このモンスターは俺が人生で初めて手にしたカードだ。以来ずっと一緒に闘ってきた……永遠のマイフェイバリットカードなのさ! ──俺は相棒のこいつと共に! 必ずお前を倒す!!」

 

「ふん……」

 

「俺はカードを2枚伏せ、ターン終了(エンド)!」

 

「……俺のターン、ドロー」

 

 

 

 カナメがデッキの上からカードを1枚引く。ただそれだけの所作で、会場は騒然とした。

 

 

 

『さぁ大間選手、いきなりレベル4で攻撃力2300という破格のパワーを持つモンスターを出して、プレッシャーを掛けてきたぁ! これに対し鷹山選手はどう打って出るのかっ!?』

 

 

 

 観客の心理を的確に代弁する、MC・マック伊東の実況。

 決闘(デュエル)界に限らず、あらゆる勝負事の世界において、頂点に君臨する者は『勝って当たり前』という一方的な期待を周囲から背負わされ、常に〝勝利〟を義務づけられる宿命にある。

 たとえ相手が誰であろうと、断じて敗北は許されない。圧倒的な強さで(もっ)てして、完膚なきまでに敵をねじ伏せる──〝最強〟の座に相応(ふさわ)しい活躍を求められるのだ。

 

 ましてや常勝無敗を地で行く『学園最凶』・鷹山 要が万が一にも〝負けた〟となれば、メディアや世間はこれでもかと騒ぎ立て、彼の築き上げた権威は失墜を免れないだろう。

 

 ……しかし、当のカナメ本人は、それほどの重圧と重責を一身に受けても顔色ひとつ変わらない。

 元々の気質と器量、そして勝ち続けてきた自信(ゆえ)か。

 プレッシャー(そんなもの)はどこ吹く風と、至って平常心で冷静沈着に、プレイに着手する。

 

 

 

「俺は【氷帝(ひょうてい)()(しん)エッシャー】を特殊召喚」

 

 

 

【氷帝家臣エッシャー】 攻撃力 800

 

 

 

「このカードは相手の魔法・(トラップ)ゾーンに2枚以上カードがある時、手札から特殊召喚できる。そして【エッシャー】をリリースし、【氷帝(ひょうてい)メビウス】をアドバンス召喚」

 

 

 

【氷帝メビウス】 攻撃力 2400

 

 

 

「出やがったな……【(みかど)】!」

 

「【メビウス】がアドバンス召喚に成功した時、魔法・(トラップ)カードを2枚まで破壊する。よって貴様の伏せカードは全て──」

 

「それはどうかな! カウンター(トラップ)発動! 【(たたみ)(がえ)し】! 召喚時に発動する効果を無効にし、そのモンスターを破壊する!」

 

 

 

 召喚されたと同時に(あっ)()なく砕け散る氷帝。

 それを目撃した瞬間、マック伊東は大袈裟に身を乗り出した。

 

 

 

『なな、なんとぉーっ!? 大間選手! 鷹山選手の強力モンスターである【帝】を、あっさりと破壊したぁーッ!!』

 

 

 

 上級モンスター召喚により、いよいよカナメの容赦ない蹂躙が始まるかと思われた矢先。まさかの展開に観客席でも驚きの声が広がった。

 

 

 

「どうだ! そう易々(やすやす)とやらせはしないぜ!」

 

「……なるほど。俺は2枚カードを伏せ、ターンエンドだ」

 

 

 

 フィールドにモンスターは無く、伏せカードのみ。

 普通なら焦ってもおかしくない場面だが、やはりカナメは動じない。

 

 

 

「エースモンスターを破壊されたのに、ずいぶんと余裕じゃねぇか」

 

(まっ、んなこったろうと思ったがよ)

 

 

 

 とは言え、それくらいは大間の想像の埒内(らちない)であった。

 

 

 

「俺のターン!」

 

(よし、行ける!)

 

「一気に畳み掛けてやる! 俺は【漆黒(しっこく)の戦士 ワーウルフ】を召喚!」

 

 

 

【漆黒の戦士 ワーウルフ】 攻撃力 1600

 

 

 

「【ワーウルフ】か……バトルフェイズ中の(トラップ)の発動を封じるモンスターだったな。ならばバトル前に、永続(トラップ)を発動」

 

「なに!?」

 

「【()(げん)の帝王】。この(トラップ)をモンスターゾーンに特殊召喚する」

 

(トラップ)モンスターか……!」

 

 

 

【始源の帝王】 守備力 2400

 

 

 

『あぁーっと! 守備力2400! 【不屈闘士レイレイ】の攻撃力を、100ポイント上回っている! さすが鷹山選手、抜かりない!』

 

「チッ……」

 

「そしてこのモンスターを特殊召喚した場合、手札を1枚捨て、属性を宣言する。俺は『水属性』を宣言。これにより【始源の帝王】の属性は、水属性となる」

 

「……ヘッ!」

 

「?」

 

「その程度で止められると思うなよ! 手札から装備魔法・【()(どん)(おの)】を発動! 【レイレイ】に装備!」

 

 

 

 【レイレイ】の手に鉄製の(せん)()が握られる。

 

 

 

「【レイレイ】の攻撃力を1000アップし、効果を無効にする!」

 

『おぉーっと! 大間選手も負けてはいない! これで【レイレイ】の攻撃力は3300! 【始源の帝王】の守備力を大幅に越えたぁーッ! しかもそれだけじゃない! 【レイレイ】の効果を無効にした事で、攻撃後、守備表示になってしまうというデメリットまで打ち消した! 実に合理的な戦法だぁーッ!!』

 

「見たか! 今の俺は去年までの俺とは違うんだ!」

 

「フッ……」

 

「ん……? 何が()()しい?」

 

「その程度で俺を出し抜いた気になるとは滑稽(こっけい)だ」

 

「なんだとっ!?」

 

(トラップ)発動──【ダーク・アドバンス】」

 

「っ!」

 

「自分の墓地から攻撃力2400以上、守備力1000のモンスター1体を手札に加える。俺は【氷帝メビウス】を手札に。──その()、手札から同じ条件を満たすモンスター1体を、攻撃表示でアドバンス召喚できる」

 

「なっ……! まさか、また【メビウス】が出てくるのか!?」

 

「その通りだ。ただし──〝最上級〟のな」

 

「!?」

 

「【始源の帝王】は同じ属性のモンスターをアドバンス召喚する場合、1体で2体分のリリースにできる。水属性となった【始源の帝王】をリリース。レベル8の水属性・【凍氷帝(とうひょうてい)メビウス】を、アドバンス召喚」

 

 

 

 突如フィールドに強烈な冷気が渦巻く。

 立体映像(ソリッドビジョン)と解っていながらも、大間の身体は(さむ)()立った。

 

 

 

「現れろ──【凍氷帝メビウス】」

 

 

 

 顕現せしは氷を(つかさど)る帝王──その最上級形態。

 

 

 

【凍氷帝メビウス】 攻撃力 2800

 

 

 

『なんという事だぁーッ!! あわや上級モンスターを破壊され大ピンチかに見えた状況すら、最上級モンスター召喚の為の布石に変えてしまうとは! 恐るべし鷹山選手!!』

 

「【凍氷帝メビウス】がアドバンス召喚に成功した事で効果を発動。フィールドの魔法・(トラップ)カードを3枚まで破壊する」

 

「ぐっ……!」

 

「俺は貴様の【愚鈍の斧】と、2枚目の伏せカードを破壊」

 

「くっそーっ、みすみす破壊されてたまるかよ!」

 

(伏せカードは【鎖付きブーメラン】……ちともったいねぇが、せめて【メビウス】は守備表示にさせてもらうぜ!)

 

(トラップ)発動! 【鎖付きブーメラ──」

 

「無駄だ。水属性モンスターをリリースしてアドバンス召喚した、【凍氷帝メビウス】が破壊するカードは発動できない」

 

「なにっ!?」

 

「凍てつき、砕けろ。『ブリザード・デストラクション』」

 

 

 

 身を切るほどの(かん)()が吹き(すさ)び、【レイレイ】に装備される筈だった【愚鈍の斧】と、大間が伏せていた(トラップ)カード・【鎖付きブーメラン】を氷付けにして破砕した。

 モンスター強化は叶わず当初の目論見は破綻し、それどころか一瞬で戦況を引っくり返される始末。

 決闘(デュエル)趨勢(すうせい)は大間に(かたむ)きかけたかに思われたが、その(じつ)、初めからカナメの掌上(しょうじょう)で踊らされていただけだったのだ。

 

 

 

「くそっ……!」

 

「チェーン終了。さぁ、次はどうする?」

 

「……なら……手札から【一時休戦】を発動! お互いに1枚ドローする!」

 

『ここで大間選手、一度態勢の立て直しに入った! 【一時休戦】の効果で、次の鷹山選手のターンが終わるまで、両者が受けるダメージは全て(ゼロ)になる! 果たしてこの判断が吉と出るか凶と出るか!』

 

「……俺は、カードを1枚伏せる! これでターン終了だ」

 

 

 

 大間のプレイングに新井は何やら気になる点があったのか首を(かし)げた。

 

 

 

「あれ? 【レイレイ】を守備表示にしとかなくて大丈夫なんですか?」

 

「そりゃオメェ、守備力0なんだから鷹山がモンスターを増やしてきたら全滅しちまうだろうが」

 

「あ、そっか」

 

「記者の腕だけでなく、決闘(デュエル)も素人なんだな、お前は」

 

「ガーン!? シ、シロート……」

 

 

 

 ターンがカナメに移る。

 

 

 

「俺のターン。……少しは歯応えがあると思ったが……貴様の決闘(デュエル)には(やいば)のごとき鋭さも、弾丸のごとき威力も感じられない。……欠片(カケラ)もな」

 

「なんだと……!?」

 

「バトルだ。【メビウス】で【ワーウルフ】を攻撃」

 

「!!」

 

「『インペリアル・チャージ』」

 

 

 

 前触れもなく巻き起こった猛吹雪は【凍氷帝】の力で発生させたもの。

 絶対零度の冷気を自らの巨体に纏い繰り出される帝王の突貫。

 その標的となった【ワーウルフ】の肉体は瞬く間に氷結し、ガラス細工の様に粉々に砕かれ消し飛んだ。

 

 

 

「うわあああっ!!」

 

『なんと凄まじい破壊力だぁーッ!! しかし! 【一時休戦】の効果で大間選手にダメージは無い!』

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

 

「っ……まだまだぁ! 俺のターン、ドロー!」

 

(──この時を待ってたぜ……)

 

「バトルだ! 【レイレイ】で【メビウス】を攻撃!!」

 

 

 

 主人にして唯一無二の相棒である大間の宣言に応え、【不屈闘士レイレイ】は一切の躊躇なく、勇猛果敢に【凍氷帝メビウス】へ(いど)みかかる。

 

 

 

『これはどうした事かぁーっ!? 攻撃力では明らかに【レイレイ】の方が劣っているぞぉーっ!!』

 

「……血迷ったか」

 

「いいや……」

 

 

 

 一見、勇気と無謀を取り違えた命知らずの特攻にしか思えない。例えるなら巨象と(アリ)の闘い。どちらが蟻かは一目瞭然だ。

 

 だが大間とて、そんな事は百も承知。全幅(ぜんぷく)の信頼を寄せるデッキのエースカードであり、固い絆で結ばれた〝相棒〟を、むざむざ死地に追いやる真似はしない。

 

 【レイレイ】が【メビウス】の(ふところ)に入ったタイミングを見計らって──

 

 

 

(今だっ!!)

 

 

 

 彼は取って置きの札を切る。

 

 

 

(トラップ)発動! 【不屈の闘志】!! 俺の場のモンスターが1体だけの時、その攻撃力を、相手フィールドで最も攻撃力の低いモンスターの、攻撃力分アップする!」

 

『鷹山選手の場にいるのは【メビウス】1体のみ! よって攻撃力、2800ポイントアップだぁーッ!!』

 

 

 

【不屈闘士レイレイ】 攻撃力 2300 + 2800 = 5100

 

 

 

『こ、攻撃力5100ゥーッ!?』

 

「行け相棒!! その(こぶし)氷河(ひょうが)を砕けっ!! 『ダイナミック・インファイト』!!」

 

 

 

 闘魂を(みなぎ)らせ、持てる力の全てを込めた渾身の殴撃(おうげき)が【メビウス】を打ち倒す──

 

 筈だった。

 

 

 

「……(やす)い戦略だ。()()にも等しい」

 

「!?」

 

(トラップ)発動、【無力の証明】。自分フィールドにレベル7以上のモンスターが存在する時、相手フィールドのレベル5以下のモンスターを全て破壊する」

 

 

 

 それは、全身全霊を賭けて一騎討ちに(のぞ)んだ勇者を嘲笑(あざわら)うかの様な、あまりに非情な宣告。

 拳が帝王に届く寸前で、闘士はその身を無残に散らした。

 

 

 

「相棒ォ!?」

 

()()は、気高き帝王に()れる事すら許されない」

 

「ぐっ……!」

 

(くそぉ……ダメなのか……! やっぱり俺じゃ、こいつには……才能には勝てないのか……!!)

 

 

 

 ──っ!?

 ──今……俺は何を考えた……?

 

 無意識の内に心に差した(かす)かな(かげ)り。

 それが戦意の揺らぎから生じた弱音であると自覚した大間は、奥歯を噛み締め、必死にその雑念を振り払い、自らを奮い起たせる。

 

 

 

(違うっ!! 諦めるもんか……まだ決闘(デュエル)は終わってねぇっ!!)

 

「俺は……! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

「俺のターン。──バトル。【メビウス】でプレイヤーに直接攻撃(ダイレクトアタック)。『インペリアル・チャージ』」

 

 

 

 二度目の突進が今度は大間を狙う。

 

 

 

「させるか! (トラップ)カード・【万能地雷グレイモヤ】発動! こいつで【メビウス】を破壊するぜ!」

 

 

 

 【メビウス】が大間の陣地に踏み入った瞬間、足下に仕込まれていた地雷が作動。大爆発を起こし、けたたましい轟音を場内に響かせる。

 最新鋭の3Dシステムによる、海外のアクション映画さながらの迫力と臨場感は、大会の初戦を飾る花火としても申し分なく。

 度肝を抜かれた観衆のボルテージは、さらに(たかぶ)った。

 

 

 

「どうだっ!!」

 

「…………」

 

 

 

 ──しかし、またも大間の作戦は失敗に終わる。

 ドームの天井にまで達するほど立ち込めている爆煙の中から、なんと無傷の帝王が飛び出し、迫ってきたのだ。

 

 

 

「バカな!? アレを食らって生きてるだと!?」

 

(トラップ)カード・【帝王の(とう)()】を発動した。これで【メビウス】は自身の効果が無効となる代わりに、あらゆるカード効果を受けない」

 

「そんな……っ!」

 

 

 

 あらゆるカードの効果を受け付けない。

 すなわち、戦闘で勝つ以外に対処する(すべ)が無い──ほぼ無敵と言っても過言ではない耐性を付与された氷の帝王。

 その進撃を止める手立てを失った大間は、敢えなく吹き飛ばされる。

 

 

 

「うっ……ぐわああああああっ!!」

 

 

 

 大間 LP 4000 → 1200

 

 

 

『決まったァァーッ!! この一撃は強烈だぁ!!』

 

「俺はカードを1枚伏せ、ターンを終了する」

 

 

 

 まるでアクセルを踏み込んだ大型車と真正面から衝突したかの様に、数メートル後方まで飛んでいき、床を転がる大間。

 一方、カナメはそのショッキングな光景に目もくれず、淡々と事務的に自分のやるべき事を済ませ、ターンの終わりを告げた。

 

 大間は苦しげに呻きながらも気力を振り絞り、どうにか立ち上がる。身体を叩きつけた衝撃で髪留めが外れたらしく、長い前髪が垂れ下がっていた。

 

 

 

『さぁ大間選手、いよいよ後が無い! フィールドはガラ空き! 手札も(ゼロ)! まさに絶体絶命だぁーッ!!』

 

「お……俺の……ターン……」

 

(ダメだ……勝てねぇ……レベルが違い過ぎる……!)

 

 

 

 再び、そして急速に、負の感情が大間の心を蝕んでいく。

 それでも──まだ闘志の炎は燃え尽きてはいなかった。

 

 

 

(っ……ざけんな……やっとの思いでここまで来たんだぞ……! こんな……こんな情けない形で終わってたまるかよっ!!)

 

 

 

 膝が折れるのを意地で踏ん張り、気合いで立ち上がらせる。

 

 大間の憧れた伝説の決闘者(デュエリスト)達は、勝敗が決するまで何があっても絶対に諦めなかった。

 だから自分も、可能性が1%でもある限り、勝負を捨てない。

 何より大間の人生において、最初で最後の『夢の舞台(アリーナ・カップ)』。

 このまま宿敵に掠り傷ひとつ負わせられずに、オメオメと敗退するわけにはいかない。

 

 

 

「俺はこの引きに、決闘者(デュエリスト)の全てを賭ける!!」

 

 

 

 ──このドローで必ず逆転してみせる!

 大間は決死の覚悟を決める。希望さえあれば、奇跡は起こると信じて。

 

 

 

「ッ──! ドロォォーーーッ!!」

 

 

 

 勢いよくデッキの上から、1枚のカードが引き抜かれた。

 

 果たして──

 

 

 

「…………っ……! ──!?」

 

(なっ……! 【千年(せんねん)原人(げんじん)】っ……!)

 

 

 

 勝利の女神は大間を完全に見放した。

 

 ドローしたのは、レベル8の通常モンスター・【千年原人】。

 大間の切り札である最上級モンスターだが、フィールドにリリース要員もいない現状では、召喚など到底不可能。

 

 ──外した……!

 大間は目の前が真っ暗になった。

 同時に、これまでずっと彼を支えてきた()(とう)不屈の精神が、初めて折れる音を聴いた。

 

 

 

(ちくしょう……なんでだよ……!)

 

「ちくしょう…………ちくしょおおおおおおっ!!」

 

 

 

 悔しさのあまり喚叫(かんきょう)する大間。

 自分が決闘者(デュエリスト)として凡人である事。『十傑』に選ばれるほどの才覚が無い事は自覚していた。

 それでも、努力は裏切らない。努力は才能を凌駕(りょうが)する。そう信じて、腐らず、投げ出さず、不退転の決意で艱難(かんなん)(しん)()を乗り越えて、ここまでやってきた。

 

 その結末がこれだと言うのか。あんまりではないか。

 こんなにも自分の運命を呪った事はなかった。

 

 だが、そんな大間に対し、カナメは一切の配慮もなく冷徹に告げる。

 

 

 

「どうした。何も出来ないならさっさとターンを終わらせろ。もしくは降参(サレンダー)するんだな」

 

「ッ……!」

 

(俺は……)

 

 

 

 カナメの言う通り、すでにこのターンで……(いな)、この決闘(デュエル)で大間に出来る事は、ターン終了と口にするか、サレンダーするかの二つに一つ。

 

 

 

「…………俺に、手はねぇ……ターン、エンドだ……」

 

 

 

 大間は、前者を選んだ。辛うじて残っていた決闘者(デュエリスト)としてのプライドが、脳内からサレンダーという選択肢を消したのだ。

 

 もう勝負は決まった。どうせ負けるならせめて、有終の美を飾ろう。

 ライフが(ゼロ)になる、その瞬間まで、最後まで堂々と立って負けよう。

 そうでなければ、自分に夢を託して予選で敗れ去ったライバル達に顔向け出来ない──と。

 

 実況も空気を読んだのか閉口(へいこう)し、会場内は(にわか)に静まった。

 

 そうして、カナメのターンが始まる。

 

 

 

「……俺のターン、ドロー」

 

 

 

 ──さぁ、一思いにトドメを刺してくれ。俺は逃げも隠れもしない。

 大間は目を閉じ、決闘(デュエル)の終幕を(もく)して待った。

 

 すると──

 

 

 

「──俺は【凍氷帝メビウス】を、守備表示に変更」

 

「なにっ!?」

 

 

 

【凍氷帝メビウス】 守備力 1000

 

 

 

「そしてカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 

 

 それは観客も実況も、早瀬や新井も、もちろん大間も予想だにしない展開だった。

 

 

 

『こ……これは一体どういう事かぁーっ!? 鷹山選手、後はこのターンでダイレクトアタックするだけで勝てるという絶好のチャンスをみすみす(のが)して、ターンを終了してしまったぁぁーっ!?』

 

「お、お前……何のつもりだっ!?」

 

「次の俺のターンまで、生かしておいてやる」

 

「はぁっ!?」

 

「分からないか? お前にチャンスをやると言っているんだ。ただしそれは──」

 

 

 

 カナメは右手の人差し指を立て、続ける。

 

 

 

「1ターン。さぁ、残された1ターンで俺を(たの)しませろ」

 

「なっ……!」

 

 

 

 その時、大間は再び『音』を聴いた。

 それは自分の中の何かがブチリと()()()音。

 次いで沸々(ふつふつ)と込み上げてきたのは、どす黒く、脳を焼いてしまいそうなほどに熱い──『怒り』と呼べる感情だった。

 

 

 

「ふっ……! ふざけるなぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 

 

 大間の激昂も(むべ)なるかな。

 確実に勝てる状況で、()()()見逃すなど、相手を舐め切った()(ろう)に他ならない。その様な情けをかけられて、誰が喜ぶというのか。

 これは決闘(デュエル)という神聖な儀式を冒涜(ぼうとく)する、決闘者(デュエリスト)にあるまじき行為だ。

 

 

 

「ドロォーッ!!」

 

 

 

 乱暴にカードを引く大間の怒りに、ようやくデッキが応えた。

 

 

 

(来たっ!)

 

「【(いにしえ)のルール】発動! 手札からレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚する! 出ろ! 【千年原人】!!」

 

 

 

 一つ目で髪が赤く、肌の青い巨人が出現した。

 ブーツを履き、カバンを肩に掛け、いくつもの武器を装備している。

 

 

 

【千年原人】 攻撃力 2750

 

 

 

『なんとぉーッ!! この土壇場で大間選手が召喚したのは、入手困難な超ウルトラレアカード・【千年原人】だぁーッ!! 私の店でもレプリカしか置いていなぁーい!!』

 

「こいつが俺の切り札だ! 俺を舐めた事を後悔させてやる!」

 

「ほう……【千年原人】。よくその程度のカードで虚勢(きょせい)が張れたものだ」

 

「!」

 

「こんなカード、俺は36枚持っているよ……」

 

「うるせえっ!!」

 

(倒す! こいつだけは、死んでもぶっ倒すっ!!)

 

 

 

 カナメはリバースカードを2枚セットしているが、頭に血が昇り冷静さを欠いた大間の目には入らない。

 激情に任せて、怒鳴る様に攻撃命令を(くだ)すのみ。

 

 

 

「バトルだっ! 【千年原人】! 奴のモンスターをぶちのめせっ!! 『ギガ・クラッシャー』!!」

 

 

 

 【千年原人】は【不屈闘士レイレイ】の無念を晴らすと言わんばかりに拳を握り締め、【凍氷帝メビウス】を打擲(ちょうちゃく)すべく強襲する。

 

 

 

「…………」

 

 

 

 意外にもカナメは動かなかった。

 巨人の放った鉄拳は、驚くほどあっさりと帝王にクリーンヒット。

 大砲で撃たれた氷山の如く、その巨躯を撃砕した。

 

 

 

『き、決まったァァーッ!! 大間選手、この試合ついに反撃に成功したァーッ!!』

 

「ハァ……ハァ……どうだ……俺の実力を思い知ったか!! 鷹山 要ッ!!」

 

「ふん……たかが1ターンのバトルを制したくらいで浮かれるとは……やはりお前ごときでは、俺を愉しませるには程遠いな」

 

「っだと……!」

 

「俺のターン。遊びは終わりだ。このターンで始末してやる」

 

『おーっと、ここで鷹山選手の勝利宣言だっ! ここからどうやって勝つつもりなのか、私には見当もつかないぞぉーっ!?』

 

「俺は墓地の魔法(マジック)カード・【帝王の(とう)()】の効果を発動する」

 

 

 

 カナメの突飛な宣言を聞いて、誰もが目を見張り、耳を疑った。

 

 

 

魔法(マジック)カードを墓地から発動するだと!?」

 

 

 

 驚く大間。

 それは観戦していた早瀬と新井も同様だ。

 

 

 

「墓地から!? マジかよ……!」

 

「墓地から魔法って……アリなんですかそれ!?」

 

『ぼぼぼ、墓地から魔法(マジック)カードを発動したぞっ!?』

 

 

 

 挙げ句、実況までもが驚愕する。

 あんなカードいつの間に墓地にと困惑していた大間だったが、すぐに思い出した。

 

 序盤で召喚された(トラップ)モンスター・【始源の帝王】の効果を発動するコストとして、カナメが手札を捨てていた事を。

 

 

 

(あの時か……!)

 

「このカードと墓地の【帝王】と名のつく魔法・(トラップ)1枚を除外し、フィールドにセットされたカード1枚を破壊する。俺は【帝王の凍志】を除外。破壊するのは──」

 

 

 

 言いかけて、カナメは自分の足下を指さす。そこにあるのは、2枚ある伏せカードの内の1枚。直後それが破壊され墓地に送られた。

 その行為の意図を悪ふざけと取ったのか、大間が声を荒げて噛みつく。

 

 

 

「自分のカードを破壊するだと!? てめぇ、どこまでふざけてやがるっ!?」

 

「発想の(まず)しい貴様には想像もできまい。──破壊した(トラップ)カード・【黄金(おうごん)邪神(じゃしん)(ぞう)】の効果を発動。このカードはセット状態で破壊された時、フィールドに【邪神トークン】を生み出す」

 

 

 

【邪神トークン】 攻撃力 1000

 

 

 

「そしてこのトークンをリリースし──【氷帝メビウス】をアドバンス召喚」

 

 

 

【氷帝メビウス】 攻撃力 2400

 

 

 

 再臨(さいりん)する凍氷帝の前身──【氷帝メビウス】。

 

 

 

「チィ、また出やがったか……! だが攻撃力なら【千年原人】の方が上だ!」

 

()鹿()め。だから発想が貧しいと言うんだ」

 

「っ!?」

 

(トラップ)発動、【サンダー・ブレイク】。手札を1枚捨て、【千年原人】を破壊する」

 

 

 

 実体化した【サンダー・ブレイク】のカードの立体映像(ソリッドビジョン)から電撃が放出され、【千年原人】に命中。これを破壊した。

 

 

 

「うっ、うわあぁぁっ!?」

 

『またも大間選手のモンスターが全滅ぅーっ!! し、しかし、【サンダー・ブレイク】を伏せていたのなら、前のターンで【千年原人】を破壊して【凍氷帝メビウス】を守れた筈! 何故あのタイミングで発動しなかったのかぁーっ!?』

 

 

 

 実況の疑問に、カナメは酷薄(こくはく)な笑みを浮かべて答えた。

 

 

 

「そのつもりだったが……相手があまりにも必死で哀れだったのでな。せめて最後に華を持たせてやる事にしたのさ。──()()()()()

 

「っ……!!」

 

 

 

 大間は思い知った。自分は今まで、ただ遊ばれていただけなのだと。

 

 群雄割拠のジャルダン校に籍を置いて、早6年。

 競争が激しく、ランクの格差から上下関係にも厳しい(タテ)社会の荒波(あらなみ)に、6年間も揉まれて生きてきた大間のキャリアは、十分に上級者と言えるものだ。

 それが鷹山 要の前では、まるで子ども扱い。

 この男にとって大間との決闘(デュエル)は単なる退屈しのぎに過ぎず。

 先刻の彼の言葉を借りるならば、児戯にも等しいイージーモードのゲームでしかなかったのである。

 

 

 

「バトルだ。【氷帝メビウス】でダイレクトアタック。『アイス・ランス』」

 

「──ッ!!」

 

「〝王手〟だ」

 

 

 

 氷帝は手元に生成した氷の槍を投擲(とうてき)。大間の身体を貫き、トドメを刺した。

 

 

 

「ぁ……!」

 

 

 

 プライドをズタズタにされ、心が絶望に飲み込まれた大間は、その場に崩れ落ちる。

 

 涙すら、流れなかった。

 

 

 

 大間 LP 0

 

 

 

『け……決着ゥゥーーーッ!! 勝者(ウィナー)・鷹山 要ぇぇぇぇぇッ!!』

 

 

 

 ギャラリー達が大歓声でカナメの完勝を称賛する。

 

 

 

『やはり強いっ! 圧倒的強さっ!! 計算された策略、的確な判断力! タフな精神力、恵まれた容姿! 全てを兼ね備えた、勝つべくして勝つ完璧なる決闘者(デュエリスト)!! これこそ学園最凶! 鷹山 要だぁあぁーーーッ!!』

 

 

 

 実況のベタ褒めなMCが終わらない内に、カナメは座り込んで放心している大間に一瞥(いちべつ)もくれず、ステージを降りて退場していった。

 

 係員が大間は自力では動けないと判断したのか、二人がかりで彼を立たせ、支えながら場外へ連れていく。

 

 この会場に、敗者である大間を笑う者はいなかった。むしろ同情を寄せる者が多かっただろう。

 相手が鷹山 要では仕方ない──それがこの決闘(デュエル)を観ていた人間全員の共通認識だった。

 

 

 

「……すごい決闘(デュエル)でしたね、早瀬さん……」

 

「あぁ……」

 

「でも……あの大間くんって子が気の毒に思えてきました……何だか()哀想(わいそう)です」

 

 

 

 悲痛な(おも)()ちで新井は言った。

 ふと、早瀬がヒゲの生えたアゴに手を添えながら(くち)を開く。

 

 

 

「……ひとつ、思い出したぜ」

 

「え?」

 

「鷹山には〝学園最凶〟って肩書きと別に、もう1つ呼び名があったんだ。通称・『最も危険な決闘者(デュエリスト)』……! 決闘(デュエル)した相手を次から次へ()()()()に追いやった事からつけられた……奴の悪名(あくみょう)だ」

 

 

 

 ──大間が6年の歳月をかけて積み上げてきた『努力』。そして彼がずっと追い求めてきた『夢』。

 それら全てを無情にも、『才能』ひとつで踏み潰し、鷹山 要は、今日も息をする様に盤石の勝利を収めた。

 

 

 

 鷹山 要・本選トーナメント1回戦──突破!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲートを抜け、無機質な空間に一定のリズムで靴音を響かせながら、(もと)()た通路を歩くカナメ。

 

 ──今回の決闘(デュエル)もつまらなかったな。

 ──早く九頭竜と()りたいものだ。

 ──とりあえず、いつもの喫茶店に寄ってから帰るか。いや……

 

 存外平和的な思考を巡らせつつ、出口に向かう道中……

 

 ──カナメの足が不意に止まった。

 理由は彼の進行方向に見知った顔の少年が、壁に背を預けて立っていたからだ。

 

 

 

「やぁ」

 

「…………」

 

 

 

 銀髪に赤メガネ。人好きのする柔和な微笑み。

 

 カナメが九頭竜の次に注目している決闘者(デュエリスト)──総角 刹那である。

 

 

 

 





 作者コメント & いいわけフェイズ

 初めての地の文がオール第三者視点。今回は大間がひたすらかわいそうな回でした(泣)

 大間くん、作品が違ったら主人公になってたかも知れない……
 元々、カナメの噛ませ犬として名前すらテキトーに考えた捨てキャラだったのですが、書いてる内に彼の王道熱血努力家キャラに惹かれて、お気に入りになってしまった次第です。この作品そういうキャラ多い(笑)

 それにしても登場する度にカナメさんがどんどんゲスになっていってる気が……(汗)

 あ、気づいた人いるかもですが今回、Arc-Vの第7話のセリフがちょくちょく入ってます(笑)
 カナメに至っては、ネオ沢渡さんとユートのセリフ両方とも使ってるというww

 仕事が繁忙期に突入して忙しいいいいっ!
 なんか執筆のモチベーション上がらないいいいっ!
 大間のデッキ決まらないいいいっ!
 小説書くのって難しいいいいっ!!

 とか何とか言ってたら、あれよあれよと3ヶ月も経過していました。はい。いいわけです(土下座)

 来年は遊戯王のアニメも新シリーズが始まるらしいし、作者も少しは気合い入れねば。VRAINSが完結するまでにどこまで進めるかな……

 ダラダラと駄文失礼しました。また次回!

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