少女が一刀のもとにその首を断ち切ろうと構えたその瞬間。
「あ、そっか。これ食べれば良いのか。」
突然何の脈絡も無くアサシンは懐から生肉の塊とおぼしきものーーーいや、あれは心臓だろう。それも、認識したくはないが人の心臓。
そしてアサシンは、その心臓に食らいついた。
自身の肩の肉も先程一部齧り取られたものの、改めて見るそのおぞましさに思わず吐き気をもよおすが唾を呑みこみ耐える。
それは自分より小さな、とても小さな幼女が戦っているのに俺が情けない姿を見せられるかという、ロリコンとしての微かな意地だったのかもしれない。
「貴様、何をしている……!」
「んまぁぁいいぃ〜〜。え?何してるかって見てわかんねぇのかよ能無しがっ!心臓食ってんに決まってんだろ!やばくなったら親父にこれ食えって持たせられてたのさ。」
そう言いつつ食べ終わると同時にアサシンの存在感がグン、と増す。
何かがあの心臓にあったのだろうか。
「……なっ!この魔力量の増大、貴様何を!」
「だーかーら、心臓食べただけだってのに。でもさ、少しでも食べたからかな。傷も塞がってパワー全開だ、今ならお前くらい余裕だぜ、ガキンチョセイバー。」
「ふっ……ほざいたな、
再びアサシンと少女が激突する。
しかし、それが先程の再現となり、彼女の二刀に攻撃は防がれるという予想は見事に打ち砕かれる。
アサシンの肉切り包丁は少女のガードをすり抜けて頬を浅く裂いていた。
「ぐっーー!」
「はーーーひやぁはぁっ!まだまださァ!」
心臓を喰らったことにより更に頭がおかしくなったのか。狂ったように高まったテンションで少女に猛攻を続ける。
先程までのうって変わり彼女の剣さばきは衰えアサシンの攻撃を捌ききれていない。
いや、衰えてはいない。アサシンの攻撃が素早過ぎて彼女の技量を持ってしても抑え切れないだけなのだ。見ているうちに一歩、一歩と彼女は追い詰められ、遂にはアサシンの一撃でセイバーの刀のうち一振り。彼女が飛び出してきた方の刀が俺の目の前まで吹き飛ばされてくる。
「ほらほら、もう終わりかよぉ。なんだかなぁ。セイバーも大したこと無かったしこれで親父からまた肉を奢って貰えるぜぇ。」
アサシンは既に勝ち誇ったかのようにこちらを見ている。
いや、アサシンの中では既にこの少女は脅威足り得ないのだろう。だからトドメをさした後に食べるデザートである俺を見て舌なめずりをしているのに違いない。
『ますたぁ……よ。よく聞け。」
その時、脳内に直接少女の声が響き渡った。
「えっ、え!」
慌てて目の前の少女を見るも口を開いた様子はない。
『落ち着け、ますたぁよ。儂は因果線を通して直接脳内に語りかけておるのじゃ。おっと、アサシンの奴に気づかれるなよ。考えるだけで儂には伝わる。』
少女の声が続けて響く。いわゆる念話といったやつだろうか。不可思議な現象だが目の前にそれを上回る不可思議がある以上、それを疑うのはナンセンスだし時間の無駄だ。
『……分かった。俺は何をすればいいんだ。』
『ふふふふ、ますたぁが話の分かる人間で何よりじゃ。なぁに、やることは簡単じゃ。儂が出てきた刀を手に取り戦えば良い。』
何を言っているんだこのロリ。
「え……はァ!?」
俺も思わず声を上げてしまう。
『うるさいわ!気づかれたらどうするのじゃこのど阿呆ますたぁ!』
『だってお前なにいってんのか分かってんのか?あれに素人の俺が刀一本で立ち向かえって自殺と同義だろうが!』
『あぁ、あぁ、すまん。儂の言葉が足らんかったか。何もただ死にに行けと言うとる訳ではないわ。勝機があるから言うとるんじゃ。』
『はァ?勝機!?このどこに勝機があるってんだよ!!』
『ええい、女々しいの!それでもますたぁは
『はぁ!?おい、それこそ無茶だ!』
『なら死ぬしかないな。この腑抜けが。』
ーーーその一言が、俺の心を目覚めさせた。
そうだ、幼女に戦わせて、守ってもらって、何がロリコンだ、何が紳士だ!
ロリコン紳士たるもの、幼女の為なら命すら捨てる覚悟で生きるべきだろうにーーーー!!
『すまない。見苦しい所を見せた。俺は覚悟を決めたぞ、戦い方を教えろ!』
『ほぉ……いい顔じゃ。それもただ生きる為だけではない。護るものを見つけた男の顔じゃ。』
『そりゃあそうだ、俺は貴女の様なロリの為に戦う紳士なんだから。』
『ふふ、ふふふふ!面白い!ならばまずは足元の刀を握れ!急げ、もう持たん!』
彼女の言葉に従い急いで足元の日本刀を掴むと同時に、彼女はアサシンに吹き飛ばされてくる。
ーーーしかし、その瞬間。
彼女が突如自身の肉体に入って溶け込むような錯覚を覚える。
いや、これは錯覚なのだろうか。意識が全体俯瞰するような状態になり、肉体の支配権が徐々に失われていく。
そしてその代わりに俺を満たすのは全てを斬ろうとする邪悪にして醜悪な妖刀の本性。心の中で全てを斬って斬って斬り尽くせと暴れている。
そうして、自らにもよく分からないままに身体は動き出す。
俺の身体が、俺の見知った手足が、俺の見知らぬ挙動で刀を振るう。
「へぇ、何。ご飯の癖に俺に攻撃しようって?セイバーでも無理なものをどうやって……まぁいいか。それじゃ、いっただっきまぁぁあすっ!!」
アサシンが再び突っ込んでくる。いきなり喉笛を咬み切ろうとしているのだろう。
何故か、自分の目では追えないはずの速度のアサシンを見て。
そうして身体は半身になり。
何故か、自身の足では躱せないはずのアサシンを避けて。
そうして腕は刀を構え。
何故か、自身の腕では当てられ無いはずのアサシンに刀を当て。
そうして刀はアサシンを一太刀の下に、断ち切ったーーーー!
「ぐっ……がっーー!」
アサシンが断末魔の悲鳴をあげる。
それを聞いて、何故だか頬は釣り上がり。光る粒子となって消えゆくアサシンの肉体を見て、俺は満面の笑みを浮かべーーー
ーーー俺は、何をしていた。
頬が釣り上がった感覚の直後、何かが自身から酷い倦怠感を残して抜け落ちた感覚とともに、俺は正気を取り戻した。
「俺は……何を……?」
振った事もない刀を自在に操り、人外の速度で迫りくるアサシンを一刀両断にした。
何が起きたのだろう。狐につままれたといった方がまだ信憑性があるかもといったレベルだ。
今のこれについて知ってるであろう存在を見やると、俺の疑問を予期していたかのように俺に対し笑みを浮かべている。
「おい、今のは何なんだよ。」
「質問されると思っておったよ。が、それに関しての説明は後でお主の家に帰ってからだ。」
「っておい、付いてくるのかよ。てかお前は一体何なんだ?」
「聞いておらなんだか。仕方が無いもう一度言おう。儂はサーヴァント・セイバーじゃ。セイバーと呼べ。」
「サーヴァント……?お、おいセイバー、もっと詳しく説明を……」
「それに関しては後でと言ったじゃろう。茶でも飲みながらゆっくり語ってやるわい。」
そうして自宅へと歩いて戻る途中。
セイバーが何気なく「それより」と口を開いて放った一言。
「先程の啖呵、なかなか様になっててカッコよかったぞ。」
その、何気ない褒め言葉が何よりも俺を高揚させ。そして俺の頬を紅葉させた。
大分ストック減ってきた上に明日から春期講習が始まって本格的に浪人生活始まるので更新速度落ちる可能性高いです、すいません。