屋上の扉を開けると少し強めの風が吹き付ける。
暑くなってきたとはいえ
これだけ風が吹くと少しは肌寒くなりそうなものだが、大丈夫だろうか
薄手の上着くらい帰りに買ってやってもいいかもしれない。
「お、来たかますたぁよ。」
と、そう考えていると頭上から声がかかる。
どうやら出入口の上の給水塔の横に座っていたらしい。ヒョイと飛び降りてくるととてとてと俺の横までやってくる。
「それじゃ、セイバー。アンパンと牛乳だ。」
「うむ、礼を言うのじゃ。」
「……ところで、レアの奴は何かしとらんじゃろうな?」
「あぁ、午前中は特に何も無かったが……未だ油断は出来ねぇな。この後すぐ教室に戻って監視を続けるべきだと思うしな。」
「そうか、なら手短にこれだけ報告しておくかの。」
「これ?」
「なに、大したことではないがのう。学校をさらっと見て回ったのじゃが、怪しい魔術の類は発見されなかった。恐らく結界などが仕掛けられている可能性は低いじゃろうな。」
「……そうか、よかった。」
すこし、心が落ち着く。自分が見落としていてそれで被害にあった人がいればそれはそれで寝覚めが悪かったしある意味朗報とも言えるだろう。
なら、あとはレアをどうにか対処するか。或いは解呪の方法を探すのもありかもしれないな……そこまで考えて一昨日、レアに突っ込んでボコボコにされていた監督役とやらを思い出す。
そうだ、レアを知っているようだったし監督というくらいには何かいい方法を知ってる可能性もある。
また時間が空いた時にでも訪ねるべきだろうか。
「さて、じゃあ俺は余り遅くなり過ぎてま怪しまれるし。そろそろ戻るよ。」
「
セイバーが口にアンパンをもごもごさせながら喋る。
また行儀悪いことを……思わずチョップを入れる。
「
「お行儀が悪い、ちゃんと口の中を空にしてから喋りなさい。ほれ、牛乳。」
渡すと牛乳をグビグビと凄い勢いで飲み始める。そんなに好きなんだろうか。
「んぐんぐんぐんぐ、ぷはぁ。……ぬぬぅ、お主に行儀悪を指摘されるとはのう……」
「いや、俺マナー悪くないからな?寧ろ
そう言うと、セイバーは急に白けた目になってぞんざいに言葉を発する。
「あー、そうじゃなそうじゃな。お主はそういう奴じゃったよ。さて、なら儂は監視に戻るからお主も早く戻る事じゃな。ここにもう4分もおるぞ。」
慌てて時計を見ると確かにその通り。昼休みが始まったはそろそろ10分が経過しようとしている。これは確かにちょっと急ぎ目に戻らないと怪しまれるな……
「それじゃ、また放課後でなセイバー。」
「うむ、じゃあの。」
そう、一時の別れを交わして屋上を後にする。
このまま何も起こらなければいいんだが……
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
教室に戻ると、既に俺以外の購買組は大体が戻ってきており、部屋中が昼食時の賑やかな雰囲気に包まれていた。
「遅せぇぞ戈咒、何してやがった。」
「あ、あぁすまんな。ただ移動中、窓から可愛いロリが見えたもんでな。見えなくなるまでつい食い入るように見てたら遅くなっちまった。」
「なるほど、まぁお前なら納得か。にしてもブレねぇなぁ、お前。」
「 まぁなぁ。」
「貴方達、その感覚が異常だって自覚をもう少し持ちなさいね……?」
委員長がゾッとした顔でこちらを見やる。
失敬な、確かに今回のは嘘だが実際に嘗て経験したことだというのに。
「んじゃ、ほらよ錬土。コロッケパンと緑茶。」
そう言ってペットボトルとコロッケパンの袋を渡す。
「お、サンクス。じゃあこれ金な。」
そう言って金を寄越す。
「おい、多いぞこれ。」
「いいから取っとけって。そのうちまた何かお前の家で奢ってもらうから。」
「ったく……」
そして席について食べ始めようとした辺りでレアがいないことに気がつく。急に席外してるとか不穏に過ぎるな……
しかしその心配は杞憂に終わりレアが教室に入ってくる。何かしてれば流石にセイバーも気づくだろうし、本当にたまたま席を外しただけだろうか。
「あら、戻ってきたんですね戈咒さん。」
「あ、あぁ。」
ああもう、言葉を交すのすらこの異物感が拭えない。
しかし錬土達に違和感を感じさせるわけにもいかない。普通に会話するよう気をつけなくては。
そうして昼を食べ始めているといつものように錬土が話題を振ってきた。
「なぁ、そういや最近の行方不明事件らしいけどよ。あれってどうやら連続誘拐事件らしいな。」
なんだ、その話か。朝保健室送りにされていた錬土以外はあの指パッチン付きでその内容を聞いているため、特にインパクトを受けない。しかしそれが錬土に対しては予想外だったのか逆に狼狽する。
「あ、あれ。お前ら全然驚かないのな。もしかしてもう有名だった?」
「少なくともこの教室ではな。」
「今朝、あなたが京子さんに保健室に連れてかれた後に先生が話してたんですよ。こう、バッチンって物凄い指パッチン付きで。」
スカッ、スカッと音の鳴らせない指パッチンをしながらレアがそう言う。
「あー、なるほどなぁ。というか俺的にはその指パッチンの方が驚きだよ。」
「安心しなさい、クラス全員その気持ちは一つだから。」
「だよな……というかやっぱうちの担任の地下闘技場でスカウトされたって噂本当何じゃねぇのか……?」
「た、確かに信憑性出てきたなぁ……」
実際説教の時の威圧感はすごいから困る。
「にしても、話のネタにならなくなっちまったなぁ。……んー、じゃあこの噂は知ってるか?」
そう言うと錬土は新たに話題を振ってくる。
「どんなのだ?」
「都市伝説の人喰い鬼、あるだろ。アレが最近数が増えてそれが誘拐犯の正体って噂。」
「何それ……眉唾よね。というかそのそもそもの噂自体は結構前にこの街にいた猟奇殺人鬼の犯行から生まれた根も葉もない都市伝説って聞いたわよ?」
「あぁ、俺もそう思ったんだが複数犯の怪しい奴らが目撃されてるって話は色んなところで聞くからな。恐らく本当の誘拐犯も複数犯でその辺の噂が複合したものだと思うんだがな。」
話を聞いて突如、脳裏に閃きが走る。
複数犯……人喰い……おいおい、まさか。
でも、今まであつまたマスターを見る限りレアですらバーサーカーを制御していたし、無秩序にサーヴァントが暴れているというよりはマスターも揃って暴走している。その方が考えやすい。だとすれば、その猟奇殺人鬼がマスターという可能性は割とあるのでは……?
「なぁ、委員長。その、嘗てこの街にいた猟奇殺人鬼。今どうなってるか知ってるか?」
「た、確か死刑を求刑されて裁判中で守掌刑務所に収監中……だったはずよ。私もニュースでやってたことしか覚えてないから、それ以上は微妙だけれど。」
これは、俺の推論が割と近いのではないか……?
「守掌刑務所……っていうと、この市内にそんな人が。刑務所の中だとしても怖いです。」
レアが大袈裟にビビってみせるが、お前なら逆に殺し返せるだろうに。
まぁ、いい。それより今はその情報をもっと集めるべきだ。
「なぁ、委員長。それ以上のことって分かるか?」
「いえ、残念だけど知らないわ。」
「そうか……仕方ない。」
「おいおい戈咒、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ。当然話の種になるかもとそんな話題も情報はちゃんと確保してあるのがこの俺様よ。」
「え、マジか錬土!!」
「あぁ、だが流石に食事時にする話じゃねぇんでな、夜にでもメールで情報を送るわ。レアちゃんビビってるぜ?」
「そう、だな。じゃあ、後で頼む。」
言われてみれば、確かに猟奇殺人鬼の話なんて、食事中にするものでは無いな。俺ら3人だとすぐ変な話題にとぶからなんとも思わなかったが、平凡な女生徒に擬態してるレアのおかげでそんなことに気づけるってのもなんとも皮肉が効いてる。
心の中でそう自嘲する。
その後は秋の文化祭について委員長達がレアに紹介したり当たり障りの無い会話をしたが、レアは特に一切の行動を起こすことがなく。
そのまま、帰路についた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夜8時過ぎ。
宿題を適当に片付けて晩飯のペペロンチーノをセイバーと食べてると錬土からメールで詳細が届いた。
「どうしたのじゃ、ますたぁ。」
「ある奴の情報をな、纏めて送って貰ったんだ。」
「ある奴……まさか、お主また幼子に手を……!?」
セイバーから殺気が漏れ出る。
「違う違う、そんなじゃねぇよ。」
と、いうか。俺はそんなに信頼性がないのか。聖杯戦争中だというのに関係の無いことを頼むわけが無いじゃないか。
「お主よく自信満々でそんなこと思えるの……で、誰の情報なんじゃ。」
「まだ確定かは分からねぇが、アサシンのマスターの可能性がある奴の情報だ。」
「な、なんじゃとっ!」
セイバーがガタッと机に手を打ち付け立ち上がる。
「一体どこでそんな情報を!」
「いや、まぁただの噂らしいからあまり詳しくは分かんねぇんだけどな。それにそいつはムショに収監されてるはずだからあくまで仮説というか、確認だ。」
「なるほど……一応儂にも顔くらいは見せてくれんかの?」
「いいぜ……これだな。」
メールをスクロールしていくと顔写真が載っている。柔和な顔つきだが、これで猟奇殺人鬼だというのだから全く恐ろしい。他の情報も見てみよう。
名前は
具体的な犯行のところを見ると……死体損壊……いや、死体を調理していて食していたのか。本人の供述によると至高の美味を求めてだとか書いてあるがそんなのはどうでもいい。
これは、アサシンの行動と併せて考えれば、そして思い返してみればあの時のアサシンのシェフという言動。全て辻褄が合う気がする。やはり、可能性は高い。
とはいえ、刑務所内にいるとなるとマスター殺しをしづらくなるな……なにかアテを考えなくては。
「どうじゃ?ますたぁよ。なにか分かったか?」
「あぁ、十中八九コイツがアサシンのマスターだ。だが、貰った情報だと収監中ってなってるからな。マスター殺しを狙うのもキツし、かと言って何人いるかわからない上に倒しても復活してくるような奴らだ相手にしづらいことこの上ないな……」
「なるほどのう。ならばとりあえず、明日の放課後にでもそこまで連れていってくれんか?」
何をする気だ?
「別にそれは構わねぇが、面会は出来ねぇぞ?」
「そうではない、霊体化して儂が1人で見てくるのじゃよ、様子をな。」
「お前1人だと危なくねぇか?」
脳裏に思い浮かぶはあの時、肉を食べて強化されたアサシンにやられるセイバーの姿。あんな目にあわせに行くわけにはいかない。
「安心せい、儂もまだやられる訳にはいかぬしそこまで深入りはせぬよ。それに、もし本当にやばくなったら令呪で儂を転移させてくれればよい。」
「なるほど、まぁそれなら……」
「それに、まだ100%そ奴がマスターと決まった訳でもなかろう。ならばそれ以上今考えても仕方なかろうて。」
「それも、そうだな。」
「うむ、じゃからとりあえずお代わりをじゃな……」
そう言って空になった皿を突き出してくるセイバー。
……やっぱりこいつ、食べる量増えてねぇか?
「増えとらんわっ!多分っ!」
「多分かよ……」
そうしてセイバーの分のお代わりをよそいながら俺も食事を再開する。
明日は、なかなかハードになりそうだなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして、聖杯戦争4日目は幕を下ろす。しかし、舞台に上がる演者は彼らだけではない。聖杯戦争の4日目はまだ、終わり切ってはいないのだから。
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