駅から港へと向かう始発のバスに乗り、ルキアは守掌教会へと帰ってきていた。
「はぁ……もう朝か……結局晩酌をほぼ楽しめなかったじゃねぇかよ……どうせ昼は客なんて来ねぇだろうし今から飲み直すか?」
そう呟きながらルキアは戸棚からサラミとチリ産の赤ワインを取り出しグラスへと注ぐ。しかし、そうして飲んでいると突如皿がカタカタ揺れ始めた。
「んぁ……なんだ?もう酔ってきたか…………いや!?ちがう!」
始めはアルコールのせいだと思っていたルキアも、すぐに実際に周囲が、大気が震えていることに気づき警戒心を最大まで上げてソファから立ち上がる。そして酔いを覚ますために水をあおり周囲へ意識を向ける。
「どこだ……この感じ、どこから来てる……中庭か!?」
そして周囲を見回して中庭から光が漏れてきているのに気づいたルキアは全力で駆け出すーー
結論から言えば、やはり元凶は中庭に在った。いや、今まさに
中庭の中心から魔力が激しく溢れ、周囲を塗りつぶしかねないような
満ち溢れるほどの濃密な魔力。しかしそれよりも。それが些細なことに見えるほど彼女の纏う雰囲気には聖なるものが満ちていた。
「サー……ヴァント……!」
「あら、あなた……サーヴァントを知ってらっしゃるという事は、聖杯戦争の関係者なのかしら。なら、ちょうどよかったですわ。」
そう、召喚された英霊はとう柔らかな物腰でこちらに目を向けると、名乗りをあげる。
「
その真名、更にはクラスに驚愕する。
ルーラーといえば聖杯戦争において全てのサーヴァントに対する令呪を持つという最高権力の持ち主。加えてその名はルキア自身も嘗て祈ったことがある盲目などに纏わる保護聖人。
「あ、貴女が、聖女ルトガルディス様……!?」
「あら、あなた私のことを知ってらっしゃるの?私はジャンヌちゃんみたいな有名人じゃないから知名度はあんまりだと思ったのですけれど……いえ、なるほど。あなたもシスターでしたのね。」
私服姿のルキアだが手首のロザリオとルーラーが召喚された場所が教会の中庭であることからルーラーはそれについて納得する。
「は、はい。監督役のルキア・ザビーヌと申します。」
「別に、そんなに固くならなくても結構でしてよ?私は既に死者であり、この度のも有り得てはいけない復活ですもの。聖女などではなく、ただのルーラー、ルトガルディスとして接してくだなさいな。」
「で、ですが……」
思わず気後れして戸惑うルキア。しかしルーラーは目を細めて言葉を続ける。
「ーー取り繕わなくても結構でしてよ。だってあなた、
その言葉にルキアは顔を硬直させて驚嘆し、そして口を結んで笑むと
「ーーー、ハ、ハハハハハ、すげぇな聖女様!いや、やっぱ人徳なのかね?アタシみたいな似非シスターの誤魔化しなんざ効かないわけだ。」
高笑いと共に素の喋りで会話を始めた。
「別にそんなことはありませんでしてよ。私も若い頃は結構ヤンチャをしてたものですし、同類は匂いでわかる、というやつですわ。」
そしてルーラーは目を伏せた後、窘めるように言葉を続ける。
「……それに、私もこれでも聖女の端くれ。見ればあなたの信仰心が嘘でないことくらいは分かりますわ。不真面目なのはそうでしょうけど、神の愛を信じていらっしゃるのは紛れもない事実でしょう?」
ルーラーに真剣な眼差しでそう断言されると、恥ずかしさからかルキアは顔を逸らしつつ弁明する。
「……ンなことないですよ、こんなの所詮形だけですって。」
「……そう、ならそういうことにしておくのも吝かではありませんでしてよ。」
そうルキアに対して微笑みながら言うルーラーにやりづらさを感じたのか、ルキアは話題を変えて話し出す。
「それにしても、まさかこんないい加減な似非シスターのところに厳格なことで有名なルトガルディス様が現れて、そして何もお咎めなしなんて珍しいこともあったもんですね。」
「あら?それは皮肉かしら。でも先程も言いましてよ、私も若い頃はヤンチャでした、と。確かに私が壮年期の姿で召喚されたのなら確かにあなたのような半端者は徹底的にシゴいて鍛え直したでしょうけども。この肉体のせいか、多少は寛容になってる所もあるようですわね。」
その発言を聞いてルキアはそうか、とルトガルディスについての逸話を思い出す。彼女は修道女になってからこそ敬虔に修道生活を行い、老いてからは更に厳格な規則を突き詰めた。しかし10代の頃は修道院に預けられていながら修道生活に興味も示さず、活発に友人と遊んでばかりいたという逸話があるのを思い出したのだ。
「ってことは……まだ修道生活をする前の時代ってことなのか?」
「まぁ、肉体だけ見ればそうでしょうね。けれど、信仰心は少しも変わってはいませんわ。」
そう、凛とした声で言い放つ。
「あの時私が見た、あの方の姿は今も心に鮮明に残っています。ですから今後何があっても忘れませんし、信仰を失うこともありませんわ。」
そして、そう誇らしげにルーラーは語る。
「とはいえ、私も今は若いですし。多少はやらかしてしまうかもですけれど。」
その直前の真面目な顔付きから一変、イタズラを企む少女のような笑顔でそう、ルキアに笑いかけた。
「全く……めんどくさいルーラーだよ。」
「ツンデレさんの監督役に言われたくはありませんわ。」
「誰がツンデレだ誰が!」
「あなた以外誰がいるのでして?」
「………もういい。勝手にしてくれ。」
そう2人が掛け合いのようなやり取りをしていると、突如2人の間に黒い影が舞い降りた。
「ッッ、なんですの!?」
「敵か!?」
思わず身構えるルーラーとルキア。しかしそれは杞憂に終わり。そして舞い降りた黒い影ーー烏の使い魔から初老の男性のようなややしわがれて、それでいて通りの良い声が響き渡る。
『落ち着きたまえ。私は敵ではない。』
「敵じゃ…….ない?中立地帯にいきなり使い魔を飛ばしておいて、よくもまあいけしゃあしゃあと。」
その言葉に対しての怪訝さを隠しもせずにルキアは不快感を表す。
『それは確かに誤解を招く可能性はあったが。理由があったのだよ。』
「理由、ですって?」
『そうだ。』
ルーラーが思わず聞き返すも使い魔からの声は流暢に返答し、続きの言葉を話し始める。
『再度確認する、監督役と、ルーラーだな?私はラバック。アトラスの錬金術師、ラバック・アルカトだ。貴殿らに伝えたいことがあるのだ。』
プロローグ以来の復活、ラバックさん
何気にしぶといお人である
※ここに記載していたルーラーのステータス欄は数話先のあとがきに移転しました