Fate/erosion   作:ロリトラ

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第1章 聖杯戦争、開幕
プロローグ


その施設は日本有数の霊地である守掌市、そこに存在する霊山である水原山の地下に存在した。

 

そこは様々な魔術礼装や霊薬の入ったフラスコなどが並び、同時に最新鋭のコンピューターが所狭しと置かれた研究所。しかしなにより目立つのはあちこちに掲げられたハーケンクロイツの紋章である。

 

ここは嘗て第三次聖杯戦争の折に冬木聖杯を奪取したもののダーニック・プレストーン・ユグドミレニアに出し抜かれまんまと聖杯を奪われたナチス、その残党の集まる基地である。

 

その施設の中心部に集まるのは兵士達とそれを統率する指揮官、そしてこの場にはとても不釣り合いに見えるゴシックロリータの服装をした金髪の少女。

顎髭を立派に蓄えた初老の指揮官らしき男が少女に声をかける。

 

「ついに…なのですな、アーネス殿。総統閣下の崩御から半世紀以上、貴公の協力により完成したこの真なる聖杯、そしてこの聖杯戦争に我々ナチスが勝利することで世界は今度こそアーリア人のものになる。これまでの様々な協力、感謝の念を抱くしかありません。」

 

指揮官の男は恭しい礼とともに感謝の意を告げる。それに対しアーネスと呼ばれた少女は見た目とは不釣り合いなほど、いやこの場においてはその声色こそが釣り合っていると言えるほど落ち着いた声色で言葉を紡ぐ。

 

「いえいえ、少佐殿のおかげですとも。それによって私としても納得のいく出来となりました。……故に、あとはこの聖杯戦争に勝利するだけです。」

 

そう言いながら、少女が後ろを振り向くとその頭に拳銃が突きつけられる。

 

「これは……どういう事ですかな、少佐殿。」

「なに、聖杯の器が出来た今、貴女は不要と言うことです。」

 

そう言うと同時に弾丸が男の拳銃から放たれ、頭蓋を貫く。そしてそれを合図とするかのように、兵士全員から向けられたライフルの弾が少女を襲う。放たれた弾丸はあるものは右眼を貫き、あるものは歯を砕き喉を貫き脳幹を抉る。そしてあるものは心の臓腑に孔を穿つ。

そして全ての弾丸が撃ち込まれた少女の肉体は当然のごとく物理法則に従い崩れ落ちる。

 

ーーしかし。その穴だらけの肉体は、逆に当然ではなく。物理法則、いや自然の摂理すら無視して少女が起き上がった。

そうしてニタリ、と口の端を歪めて笑顔で何事も無かったかのように、少女として極めて自然であるかのように言葉を発する。その行動全てが不自然であるというのに。

 

「えぇ、えぇ。分かりますとも。不要になった道具は処分する、当たり前の考えです。私だってそう考えます。けれど、貴方は甘かった。」

 

指揮官の男は余りにも奇妙に過ぎる目前の現象に対し、震えながらも部下の手前逃げることも出来ずに少女に問を投げるしか出来ない。

 

「な、な、何故なのだ!何故死なない!魔術師は近代兵器の前に無力だと!最悪殺せなくても機能停止には追い込めるはずではないか!お前も言っていたことだ!」

 

「えぇ、そうですとも。魔法使いや執行者クラスの実力者、バルトメロイのようなバケモノを除けば近代兵器は有効です。少なくとも私レベルの魔術師なら当たれば殺せる、というところには間違いはありません。」

「ならば、なぜ……!!」

「ただの魔術師なら、ね。最期にいいことを教えてあげましょう、少佐殿。人類を超越した吸血種である死徒なのですよ。故に銃弾などでは私は殺せません。では……」

 

少女はそう右手を掲げる。

 

「ま、待て!協力する!貴様に協力するから私を生かせ!誇り高きアーリア人である私なら貴様の役に立つ!世界中にいる友軍も呼び寄せよう!そうすれば聖杯戦争など一瞬で片がつくぞ!どうだ?悪い話ではあるまい!私はまだここで無駄に死ぬ訳にはいかないのだ!!」

 

少女は考え込む素振りを見せた後、優しく(じゃあくに)微笑み言い放った。

 

「……そうですね。魔術師としても、無駄は確かによくありません。」

「な、ならば……」

「ですので、ただ殺すのもなんですし、これから召喚するサーヴァントの餌となって頂きましょうか。」

「な、なにを」

maledizione, malattia, debolezza(呪いは心を犯す・病は肉を犯す)ーーーー!」

 

少女の詠唱とともに吹き荒れるは呪詛の嵐。肉体を衰弱させる北欧の呪術、ガンドと類似した効果を持つ呪詛の病が兵士達や指揮官の男を襲い、倒れさせた。

 

「貴方がたを死なない程度に衰弱させました。サーヴァントを喚ぶまでは生きてもらわないと困りますからね。これが何をしたかに対する返答です。……まぁ、既に意識も朦朧としてて分からないでしょうけど。」

 

そう言い捨てると少女は懐から毛皮の切れ端のようなものを取り出して地面に置き、何事かを唱えるとそれを中心として魔法陣が光り浮かび上がる。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公」

 

少女が唱えるは聖杯戦争における英霊召喚の詠唱。

 

「降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

魔法陣に流れる魔力は活性化し、少女の周囲の大源(マナ)が軋みをあげだす。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する」

 

魔力による施設の鳴動は更に肥大化し地下施設全体を震わせる。通常の英霊召喚では有り得ないほどの魔力がこの事態を引き起こしている。

 

「ーーーー告げる(セット)。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。

我は常世総ての善と成る者、

我は常世総ての悪を敷く者」

 

英霊召喚の儀は順調に執り行われる。

しかし、続けて唱えられるのは本来の聖杯戦争で、勝つためにこの英雄を呼ぶならばまず有り得ないクラスの選択肢。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 

それは狂戦士を喚ぶための追加詠唱。

嘗て行われた冬木の聖杯戦争ではそのクラスを喚んだマスターは例外なく魔力不足で脱落したと言われるほどの外れクラス。しかも一流の英霊と呼んでも差し支えないこの存在を剣士のクラスではなく狂戦士のクラスで喚ぶという事態。これは通常ならば勝つことを放棄していると思われても仕方ない程の暴挙であるといえるだろう。

しかし少女は気にした様子もなく詠唱を続ける。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

最大規模の魔力の奔流が周囲の風を巻き上げ視界を奪う。

しかし視界が晴れた時そこにいたのは予想に反して。いや、少女にとってはこれこそが予想通りだったのだろうか。精悍な体つきを鎧と毛皮のジャケットで覆い剣を携えた英霊の姿。

されどその目に狂乱の色は無く、まっすぐに目の前の少女を見つめている。そして重々しく口を開き、問いを放った。

 

 

「サーヴァント、バーサーカー。ここに推参した。故に問おう、貴様が私のマスターか。」

 

にこやかに笑い少女が返答する。

 

「ええ、私こそが貴方のマスターです、バーサーカー。」

 

少女とサーヴァントとの間に因果線が結ばれ、ここに聖杯戦争一組目の契約が完了する。

 

マスターとサーヴァントとの関係は聖杯戦争においてやはりかなり重要なファクターであるといえる。なので最初の命令(オーダー)はその後を、引いては勝敗までを左右すると言えるであろう。

 

「では、バーサーカー。マスターとしての命令です。その辺の魂を一つ残らず、喰らいなさい。」

 

故にこれは少女にとってもある種の賭けであったと言えよう。

 

「ーーー了解した、マスター。俺はこの人間達の魂を喰らおう。」

 

そして、少女は賭けに勝った。それはバーサーカーのクラスであるのに狂化していないことによる不具合か。本来なら多少は示すであろう聖杯戦争に関係のない、そして現時点での必要性のない魂喰らいに対し、彼女のサーヴァントは何の違和感も抱かず従ったのだ。その真名からは考えられない結果である。故に非道を良しとする彼女はサーヴァントとの間に軋轢を生じさせずに自らのサーヴァントを強化することに成功した為、大きなアドバンテージを得たと言えるだろう。

 

自身の目論見通りに進んでいることを確信した少女は再び口元を歪める。

 

 

ーーーしかし、そのマスターとサーヴァントの邂逅に水を指す存在が1人。

地下施設へと侵入していた。そして、ついに対面する。

 

「ーーーなんてことだ。レア、やはりキミは作り上げてしまったのかね。このような兵器を。」

 

現れたのは白髪を蓄えた老人。しかし白髪から受ける印象とは裏腹にハリのある肉体、濃密なまでの魔力。彼もまた、魔術師であることは明白であろう。

 

「おや、おやおや、おやおやおやおやおやぁ!?これはこれは懐かしきかな我が同胞、ラバック・アルカトよ。いや、元同胞と言うべきですかな、何しろ貴方が彷徨海を捨てアトラス院に行ったことで袂を分ったのは既に5世紀も前のことなのですから!」

 

少女はまるで久々にあった友人と出会ったのような気安さで声を放つ。

そこだけ見たならまさに年相応という言葉が相応しい程の心からの再開を喜ぶ声。

しかし、彼からの返答は逆に吐き捨てるような声色であった。

 

「何が久々かね、使い魔は送ってくるではないか。とはいえ、会うのは貴様の言う通り5世紀ぶりか。」

 

嘆息しつつ老人は言葉を続ける。

 

「貴様が50年前に使い魔で私を誘った、かの忌まわしき毒聖杯計画。人理を崩壊させるに等しいあのような計画、人類の滅びを回避するために動き続けるアトラス院の一員である私の元にあんな誘いを送ること自体狂っているとしか言いようがない。貴様、断るのを分かってて誘ったろう?」

「いや?そんなことは考えていませんでしたが。そりゃあ受けてくれない可能性のが高いとは思っていましたけれども、貴方も若かりし頃は同じく彷徨海で神代の魔術について学んだ身だ。この世界に神代の環境を再現するといった計画に興味が湧いてこっちにつかないとも限りません。だって魔術師ってそういう生き物でしょう?」

「ふん……だが世界を滅ぼしてでも、しかも根源に至るためでなく己の研究を充実させる為だけに世界を滅ぼそうとした魔術師は過去にも類を見ないと思うのだがね。」

「うふ、うふふふふ。けれどそれはそれ、ですよ。さて、そろそろ本題を伺いましょうか。単なる雑談の為にわざわざ極東までいらっしゃる方ではないでしょう?」

 

にこやかな笑みを崩さぬまま少女は問いかける。

 

「相変わらず食えない毒女め……しかし、勿論私も世間話をしに来た訳では無い。ここまで来たのは貴様の計画を止める為。私に貴様の潜伏先までは掴めなかったのでね。亜種聖杯戦争として喧伝されるのを待っていたのだよ。」

「つまり、協力してくれにいらした訳では、無さそうですねーーー!」

 

少女は身振りでバーサーカーに攻撃の指示を出す。

 

「無論、そう言っているだろうーーー!」

 

老人は黒塗りの拳銃のようなものを放つ。

 

 

そして、一閃。

しかし、老人はバーサーカーの剣戟を躱し、バーサーカーは老人の放った微細な糸のようなものに絡め取られた。

 

「何…?サーヴァントの攻撃を避けるどころか、捕縛!?何をしたのです!」

 

流石の行動に少女も慌てた声で問うが、逆に老人は落ち着いた声音で返答する。

 

「これは私の開発した兵器が1つ。アトラスの7大兵器であるブラックバレルの拙い贋作さ。銘を《贋の黒い銃身・神秘殺し(イミテーション・ブラックバレル)》という。撃ち抜いたものの神秘を霧散させる魔術礼装でね。限定礼装を無効化し、サーヴァントを弱体化させる。貴様の為に作り上げた兵器だよ。」

「な……!」

「さて、おしゃべりはここまでだ。効果が切れる前に毒聖杯を無効化させてもらうとしよう!」

 

言い放つと同時に老人は素早く走り出す。

 

colpo, morte(吹き病め、死の毒)ーーー!」

 

聖杯の破壊を防ぐため、少女は範囲全てを溶かして殺し尽くす致死の毒風の魔術を放つ。

 

acceleration, acceleration, acceleration(加速、加速、最大加速)ーーーー!」

 

しかしそれでも手足の末端部分が溶けだすのも無視して老人は自身に加速術式をかけて先へと進む。

 

「とったーーー!!」

 

銃声が響き渡り、弾丸が聖杯を撃ち抜いた。

それは撃った老人が何よりも確信していたであろう。

だがーーー

 

「残念だね、こんなのも見抜けなくなってしまったなんて。」

「な、にーー」

「ここはナチスの基地です、何よりも聖杯を求めていた彼らがそう簡単に手の届く場所に聖杯を保管するはずがないでしょう。」

「あぁ、そうだな。全くその通り。魔術的な仕掛けは無いようだが、大方光学迷彩などの科学的な仕掛けが残っていたのだろうよ。」

「おや、理解しましたか。つまり、貴方は聖杯を外し、地脈に撃ち込んだだけ……地脈!?まさか!?」

 

ようやく気づいたかと嘲るように老人はニヤリ、と不敵な笑みをこぼす。

 

「その通りだ、私の目的は最初から地脈に撃ち込んでルーラー召喚阻害の為の術式の効果を打ち消すことだったのさ!」

 

溶けて崩れ落ちる身体ながらも老人は笑いながら種明かしをしていく。

 

「私の演算によれば《贋の黒い銃身・神秘殺し(イミテーション・ブラックバレル)》だけではあそこまで高度な魔術礼装を無効化することは出来ない。しかしこのような人理案件を処理するためのルーラーのサーヴァントなら?だが貴様は間違いなくそれを防ぐ手立てをしていると私の思考は弾き出した!だからその為に行動していたのさ。ハハハハハハハハハハ!!」

「そんな不安定な可能性に命をかけたと?全く君らしく無いじゃあないですか!だが面白い!!」

 

しかしそこで老人は不敵に笑う。

 

「いいや?私は死ぬつもりはないとも。私は不滅なのだよ。いずれわかる時が来る。ではいずれ、今度会うときは貴様の計画を完全に潰す時だーーー!」

 

そう言い残し完全に老人の肉体は溶け、消え去った。

残された少女は1人笑い、決意を新たにする。

 

「うふ、うふふふふ。面白い!私は貴方がどうしようと、必ず世界を神代へと染め上げてみせるぞーーー!」

 

 

全てを蝕む聖杯戦争、その幕はまだ開幕のベルがなり終えたところ。その終幕がどのようなものになるのかーーーそれはまだ誰も知りえない。




見切り発車スタートのオリジナル聖杯戦争ssです
よければごゆるりとお楽しみください
批評から意見から感想をいただけるとありがたいです

あと、プロットも途中までしか書きあげて無いためある程度進んだら亀更新になると思います


17/07/23 改稿して一つに纏めました

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