「はぁっ!!」
鋭い気合と共に剣が走る。
その軌跡上に涼。
だが剣は空を切り、同時に涼の姿も消えた。
瞬間、刀藤綺凛は振り抜いた勢いのまま、剣を背後に送り出した。
「おおっと!」
こちらの涼は実体。
すぐに鏡像転移で躱すが、危なかったのはその声でわかる。
「うん。今のは上手かった。だが次はもう少し考えろよ。奴が単純に背後を狙うかな?」
これまでと違い、多数の鏡像を展開。
綺凛の戸惑いは一瞬だった。
剣を振るって多数の鏡像と、いずれかの実体に挑みかかる。刀藤流奥義、『連鶴』の応用らしい。
「そうだ。攻め続ければいい!」
星導館学園、トレーニングルーム。
今年開催の星武祭、グリプス出場に向けて訓練を続けるチーム エンフィールドの特訓に協力する涼。
今回はアグレッサーとして、界龍の黎兄妹のシミュレーションをしている。
涼はあの双子の事は軽蔑していたが、それなりに実力はあるし、フェニックス本戦出場の実績がある以上、グリプスに出て来る事は充分に考えられる。
その場合、ああいう能力の持ち主と戦闘経験の無い刀藤綺凛と沙々宮紗夜は戸惑うかもしれない。
そう思って訓練相手をかって出た。
実際はチーム戦だし、クローディアと綾斗がいるので何とかなるだろうが、打てる手は打っておきたかった。
「志摩先輩、ありがとうございました。ですがこの位でいいのですか?」
「ああ、能力の実際はともかく、連中と俺では能力の原理は違う。俺の鏡像転移に慣れ過ぎてもいけないな。今は姿を消したり増やしたり、そういう相手を経験できればいいだろう」
「はい!わかりました!」
元気に答える綺凛に頷く。
「次、沙々宮!来い!」
「了解」
チームメンバーの紗夜が巨大な砲撃型煌式武装を持ってやってくる。
「さて、始めるか」
秋に開催されるグリプスに向けて、クローディア率いるチームの訓練は順調に進んでいる。
とは言えチーム戦経験があるのは彼女だけであり、現段階では各メンバーの実力の把握と二人組単位での連携の習得、といった状況だった。まだ時間はあるので、それで充分と言える。
但し。
彼女達がチームとして機能を発揮できるようになったら、より実戦的なトレーニングも考える必要がある。
つまり、5人対5人での対戦訓練。
もちろんクローディアも考えているだろうが、涼としても協力したい。
とは言え、このチームの相手となると、適当に集めたメンバーでは訓練にならない。
(大学部でそれなりの実力を持っていて、グリプス出場経験のある奴に声をかけてみるか・・・)
トレーニングルームの壁に寄り掛かり、綾斗/ユリス組と綺凛/紗夜組の対戦を眺めながら考える。
或いは先のフェニクスであったかもしれない対戦組み合わせだけあって、訓練と言いながら恐ろしくレベルが高い。
これは相当な手練れを用意しないと。例えば優とか。ただ彼女とは関係がアレになってしまったので、生徒会として話を通すか・・・
考え込んでいると、訓練の方はどうやら一区切りらしい。
クローディアを交えて真剣に、だが和やかに打ち合わせている5人。
それを見て、気が付く事があった。
この5人、関係は良さそうだ。
そしてグリプス優勝に向けて一緒に努力し、開幕したら共に戦う。
その関係は益々強固になるだろう。
そうなった時、他の4人は、クローディアの問題を見過ごすだろうか?
彼女の意思、事情はどうあれ、危機的な状況に陥ったと知ったら、黙って見ているのか?
それは無いだろう。
ユリスはクローディアと旧知の間柄で、真っ直ぐな性格だ。
綾斗は好意を寄せてきた相手を無碍にする事はしないだろう。
ちびっ子二人もチームメイトを放ってはおかないはずだ。
そもそもこの前のフェニクス中に起きた誘拐事件、その対処を見れはわかる事だった。
確証は無いが・・・。多分彼らは動く。
その時、涼はどうすれば良いのか。
考えておくべきだろう。
生徒会フロア。
小会議室。
クローディアをグリプス準備に専念させる為、業務の多くを涼が代行している。
それについてはいつもの事、なので皆慣れているが、今日の今だけはそうでもなかった。
「失礼します」
入って来たのは会計担当の澪。
同じ大学部スタッフとして何かと馴染みのある間柄だったが、去年のあれやこれやで仕事だけの関係になっている。
「まあ楽にしてくれ」
資料を見る涼の前で、硬い表情。
「で、来期も生徒会を続けて貰えると。ありがたいが、一応理由は聞いておきたいね」
二人きりで何をしているかというと、いわゆる面接。
生徒会活動の中で、各スタッフの半年あるいは1年間のまとめのようなもの。
企業ではないので業績とか異動の話はでないが、相談事や希望等は聞く事にしている。
涼がクローディアに進言して始めたのだが、今期に限っては面接の役割を代行中。
「会長を支えたいから、です」
「ならば何も言う事はないな」
後期も後半に入った現時点で、次期生徒会長選挙が行われる予定は無い。
誰もが予想した通り、対立候補が出る噂すら無く、クローディアが無投票選出される事は確実視されていた。
その後は普通に去年から今年の活動についての話になった。
金を扱う業務なので色々気を遣う事が多い以外、苦労や悩み等は深刻ではないらしい。ただ、涼との関係については一言も言及しないという事は、やはりそういう事なんだろう。
「ああ、最後にもう一つ」
「・・・!。 何でしょう」
「そう構えなくていいよ。いやね、いずれ俺の後をやってもらおうかと思って」
「私が、ですか・・・」
「まあ少し考えておいてくれ」
「・・・はい」
確かにあと1年ちょっとで涼は卒業。
それで納得したような澪だったが。
(そうじゃないんだよなあ)
場合によっては、今年中に学園から消える事になるかもしれない。
だがまあそれはいい。それは。
ただ後任には配慮しておくべきだろう。
「まあ頼むよ。じゃあ次の松岡を呼んできてくれ」
今日中に面接は終わらせて、明日にはまとめてクローディアに報告。
その後は例の学園祭イベントの対応。
あまり暇にならない毎日だった。
それでも、そろそろやっておかなければならない事ができた。
父親が再度入院して以来、面倒を見る、とまでは行かないが、様子を見るのは涼の役割になる。
何しろ兄は仕事でアスタリスクの外にいるし、母親は・・・まあ少し残念な事になっているので、家族で近くにいるのは涼だけだった。
その日も病院で面会していたが、いつもとは事情が違う。
「来た早々いきなりそれか」
「まあ、そうです」
再び父親相手に会話。だがその内容は剣呑な物となってる。
「で、何が言いたい」
「いや、貴方が持つ影響力の行使について、とか」
「私の持つ影響力など微々たる物だ」
「でも、あるでしょう。ある意味奇妙な、不可解なやつが」
「はいそうですかと簡単に使える物じゃないぞ。大体おまえはそういう事から離れたがっていたのだろう?」
「そうも言っていられなくなった」
沈黙の後、ため息交じりの言葉。
「で、どうしろと」
「例の手紙、俺にくれ」
手紙、とは比喩的表現で、実際は何らかの電子データだが。
「やはりそれか」
「くれと言ったけど、簡単じゃないのは分かってる。ともかく、俺が引き継いだ、そう認識されればいい」
「やれやれだ。何とか手を考えてみよう」
その手紙、とは、かつて父親が巻き込まれた事故に関する物で、一部の関係者が涼の父親が墓場の中に持って行く事を強く望んでいるレベルの秘密である事は分かっていた。
その関係者には多分、統合企業財体の役員クラスも含まれる。使い方によっては銀河に対しても何らかの影響を与える事ができる。ならば有効活用させてもらう。
ともあれ一つ武器が手に入った。ささやかな物だが、相手が統合企業財体であっても無視はできないレベルの物が。
「代わりと言っては何だが」
どうやらただとはいかないらしい。
3Dウィンドウが浮かんだ。
「これは・・・兄貴の会社か」
そこには某メーカーの企業プロフィールが表示されている。
「以前、私があちこちに話をしてあいつを入れる事ができたんだが、生きている内に借りを返しておきたい」
「どうしろと?」
「業績は好調らしくてね。人手不足だそうだ。来年の新規採用では特に理系の学生でジェネステラを採りたいと言っていたな」
「はあ。で、俺に行けと」
「そういう事だ。良かったな。就職決まったぞ」
兄弟で同じ職場とは。
そういえば兄はその会社の総務部にいたはず。そう考えると兄も一枚嚙んでいるかもしれない。
「わかったよ」
まあ、無事卒業できるか保証は無いのだが。
結果が分るのは、グリプスが終わった頃になるのだろうか?
寒さが厳しい以外は穏やかな日常が続き、春も目前となったその日の午後。
涼は一人の後輩を呼び出した。
学園内でもあまり目立たない歩道脇にあるベンチで並んで座る。
少し話し難さを感じて、携帯灰皿を取り出し再び煙草に火を点ける。もちろん校則違反ではある。
風の無い、穏やかな日差しの空に、ゆっくりと紫煙が消えて行く。
「それで、何でしょうか。志摩先輩」
「ん?ああ、そうだな」
こうして並んで座ってみると、序列一位にしてフェスタ優勝者という相手はそれなりのプレッシャーがある。
それが如何にも人のよさそうな奴であっても。
涼にとっての天霧綾斗とはそういう相手だった。
「トレーニング、順調と言う事でいいのかな」
「ええ。そろそろ訓練のレベルを上げて行く事になりそうです」
「そうか。訓練相手が要るよな。何か考えないと」
「そこはクローディアが先生と相談しているみたいです」
「あ、そうか」
涼はそれなりの強さの学生を選ぼうとしていたが、チームという形にこだわらなければ教師もあり得る。むしろ強さならかなりの相手がいるはずだ。
「・・・」
しばしの無言。その後。
「なあ。クローディアの願いは知っているかい?」
「・・・はい。直接聞きました」
「それでも一緒にやってくれるんだな?彼女の願い、その結果どうなるか知った上で」
「銀河を敵に回す、ですよね。分かっています」
ここで初めて綾斗の表情を見る。
僅かな戸惑い。それは当然だろう。だがそれだけではない、力強さがあった。
流石序列一位。いや、これは天霧綾斗という人としての強さだろうか。
「何故そこまで?グリプス優勝にはこのチームで戦うのが最短距離、ではあるけど」
「そうですね・・・。それもあります。でもクローディアの望み・・・。それに・・・、頼まれましたから」
「いずれ、どうかするとグリプス期間中に不味い事、例えば直接彼女が危険になるとか、あると思うけど、その時はどうする?」
「助けますよ。もちろん」
即答か。
「あ、俺だけじゃなく、ユリス達もそうでしょう」
ここで他の女の名が出て来るのは、チームメイトである以上は仕方ないか。
「・・・わかった。そう言って貰えるなら、俺も『その時』が来たら、充分な支援が出来るよう準備しておこう」
「お願いします」
「うん。時間取らせたけど、今日は話せて良かった」
青空を見上げながら思う。やはり、天霧綾斗は『いい奴』だ。
単純な表現だが、それで納得できる。
涼の気分は、この早春の空と同じ色になっていった。
そして時は新学期。
その日、やや雲は多いものの、暖かく穏やかなアスタリスクの昼下がり。
星導館学園生徒会、初回定例ミーティングにて。
目前となった入学式、そして開催が近づく学園祭。
特に後者はアスタリスク全体のイベントでもあるので、生徒会としてもクローディアとしても多忙になる。
この二つを大過無く進める為の準備もまた、大仕事になっている。
まだ時間はあるが、色々な意味で厳しい事になりそうな今年度の星武祭。
今年も忘れられない1年になるだろう。
「―――ですから、入学式終了後の各学部生徒の案内は予定通りお願いします。それが終わったら、一度集まりましょう。あまり時間は取らせませんので、式進行についての振り返りチェックを行いましょう」
クローディアの指示に全員が頷く。
去年と同じ、馴染みの顔にはネガティブな感情は見られない。むしろ明るさがある。
スタッフとしてかなり忙しい思いをしてもらっているのだが、やはり新しい季節、高揚感が良い具合にモチベーションアップとなっているようだ。
「では皆さん。準備よろしくお願いします。まずは式次第の確認と、学園祭スケジュール案のチェック、それぞれお願いします。始めましょう」
「はい!」
各員が席を立ち、会議室を出て行く。
涼は資料を手早く纏めると、室の端末をシャットダウンした。
ふと気が付くと、窓を背にクローディアが柔らかく微笑んでいる。
今、会議室には涼とクローディアの二人だけ。
その時、外では雲が切れたのだろう。穏やかな、だが明るい陽光が窓から差し込む。
その光に照らされて、彼女の金色の髪が輝いた。
まるでクローディアが黄金を身に纏っているような、美しい輝き。
「涼さん」
「うん?」
「今年も、よろしくお願いしますね」
その声に、涼も笑みを浮かべる。
こちらは、不敵とも言える、力を感じさせる微笑で。ただ一言。
「承知!!」
~~~ 終 ~~~
お付き合いいただきありがとうございました。
活動報告に色々書いてます。