ある補佐役の日常・・・星導館学園生徒会にて   作:jig

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(I JUST) DIED IN YOUR ARMS

 

 

冬季休暇の中程で年が変わった。

 

新年だからといって特別な想いもなく、日々の業務をこなす涼。

 

 

正月早々のその日も、感慨ではなく居心地の悪さを感じながら3Dモニターを眺める。

今の立場は生徒会長代行なので問題無いのだが、どうしても生徒会長の席には慣れない。

 

「失礼します。明けましておめでとうございます。先輩」

 

「リオか。おはよう。まだ休んでいてもいいのに」

 

朝、最初に会ったのは会長秘書の神名リオだった。

 

冬季休暇中なので、生徒会メンバーもほとんど帰省中。

アスタリスクに残っているのは涼と彼女だけ。

 

もっともリオは言ってみればジェネステラの名門、みたいな出自なので自宅も市内にある。なので帰省しながら通学、という妙な事もできる。

 

「家でやる事は終わってしまったので。書記長がいらっしゃるのは知っていましたから」

 

慣れた動作でコーヒーを淹れてくれる。

 

「すまんね。ああ、会長のスケジュールは入っているか?」

 

「はい、今見ますね。あれ?3日遅れですか」

 

同じ連絡は涼の元にも入っていた。

 

「ああ。リーゼルタニアでひと騒動あったようだね。その関係だろう」

 

「そうですか。一体何が・・・」

 

「それを今見てる」

 

一般のニュースサイトではリーゼルタニアの首都ストレルで怪獣出現、と大騒ぎしているが、その裏の事情までは報じていない。よって首謀者の目的が天霧綾斗達で、結局返り討ちになった事も表沙汰にはなっていない。

 

会長席の情報端末はそれなりに高機能、かつある程度機密性を有する情報も入るようになっている。

その機能を使ってさらに内容を集約していく。

 

「ギュスターヴ・マルローね。結構大物のテロリストだねえ」

 

「会長、大丈夫でしょうか?」

 

「問題無い。むしろこのメンバーのいる所で事を起こしたこのテロ屋さんの判断力を疑うね。俺は。戦力分析が甘いんだよ」

 

しかし、と思い直す。

この件だけで、クローディアの予定に3日も遅れが出るのも少し変だ。他にも何かあったか。

 

そう思った涼も、まさかその前に綾斗とユリスがあの孤毒の魔女、オーフェリア・ランドルーフェンと接触、交戦して危ない状況にあったとは想像の埒外にあった。

 

「それはともかく、会長の帰国が遅れるんだ。こっちのスケジュールで調整が必要な件があるだろうね」

 

「はい。主に新年パーティー関係です。今リスト出します」

 

というように、新年も生徒会業務で始まった。

 

 

 

 

新年パーティー、と言ってもあまり涼には縁が無い。

大学部の仲間内で新年会と言う名のただの飲み会が1,2度あっただけ。

本来それでお終い、だったはずだが、その日は例外だった。

 

アスタリス行政区画にある高級ホテル。

その宴会場の壁際でグラス片手に会場を見回す。

 

その日、アスタリスク市長主催の新年パーティー会場に涼はいた。何故そんな慣れない事をしているかというと、招待されたクローディアの送迎、エスコート役として必要になったからだった。

別に楽しく思ってはいないが、帰国してすぐ色々な行事に出る事になった彼女の苦労を思うと何も言えない。

 

 

その宴、市長主催だけあって、参加しているのは有名人が多い。

統合企業財体関係者は当然として、今市長と談笑しているのはフェスタ実行委員長のマディアス・メサだ。

若いが存在感で完全に市長を上回っている。

学園の関係者は、レヴォルフ以外は誰かしら参加しているので、制服姿も多い。

その中で涼は、地味なスーツ姿で目立たないよう壁際に佇む。

 

そして我らがクローディアはというと、制服ではなく晴れ着姿。

淡青の生地に抽象化された星を散りばめた、やや大人しいデザインの振袖だったが、本人の美しさと相まって誰もが注目する存在となっている。

 

ただ、視線を集めている理由はそれだけではない。

 

今、会場の中央でクローディアが和やかに会話している相手。

 

何とシルヴィア・リューネハイムだった。

 

こちらは敢えてそうしたのか、普段のクインヴェール女学院の制服をカスタマイズした、ある意味メディアではお馴染みの姿だったが、何しろ世界の歌姫、美しさで比べればクローディアを超えているかもしれない。

涼もつい視線を固定しそうになるが、そこは堪えて定期的に周辺を『スキャン』する。

今の所、妙な意思を持っていそうな人間は見当たらない。

まあこのパーティー、トラブルを起こすには相当な勇気が必要な空間ではある。

 

そう気を張る事は無いか、と思ってもう一度視線を戻すと、一瞬だがクローディアと目が合う。

 

違和感。

 

理由はわからないが、帰国してからの彼女の雰囲気にどうもいつもと違う物が視える。

そこが心に引っかかる。

 

 

そんな事を思っていた涼の視界に、ちょっと面倒な人物が入って来た。

 

「ああ、これは支部長、明けましておめでとうございます。今年も是非よろしくお願いします」

 

「あまりよろしくしたくは無いのだがな」

 

グラスを掲げてわざとらしく丁寧にした挨拶に、無表情できつい言葉が返ってきた。

直接会うのは夏以来の、銀河のある部門のアスタリスク支部長。

 

「で、どうなのだ、その後」

 

「特に言うべき事もありませんでしたね」

 

以前、一応依頼のような物を受けてはいるが、1、2回報告した位でそれ以降フォローしていなかった事を思い出し、内心で冷や汗をかく涼。

 

「まったく気楽な物だな。おまえは」

 

「そうも言っていられなくなるかもしれませんね」

 

「どういう事だ」

 

「暮れに連絡がありました。。親父がいよいよ・・・です」

 

「それ程か」

 

「長く持ったとしても、今年中には葬式が出るかと」

 

「奴が、な・・・」

 

僅かに感情の揺らぎが見られた。彼と涼の父親とはそれ程の間柄だったという事らしい。

 

「それで安心する人もいるでしょうね。ああ、貴方は違うとわかっています」

 

「あまり妙な勘繰りはしない事だ。まあ、奴には弔電位は送ってやると言っておけ」

 

「ありがとうございます」

 

会話はそれで終わった。

銀河の準幹部が相手にしては、それ程面倒にはならない結果となった。

 

 

 

 

パーティーが終わりに近づく。

混雑を見越して車の用意をしようと一旦会場を出る涼。

 

次の相手はまあ、予想はしていた。

 

 

地下駐車場の一角にて。

 

周辺に誰もいなくなったのは、偶然かストレガの能力か。

 

「久しぶりだね」

 

決して明るくない照明の元、ここだけスポットライトに照らされたように錯覚する。

突然現れたシルヴィア・リューネハイムは、こんな場所でも輝いているように見えた。

 

「ええ、ご無沙汰しています。会長」

 

一応は認識阻害を周辺に展開しておく。

それで少しは気が楽になるが、それでも彼女と相対しているのは結構なプレッシャーだった。

 

「いいんですか?会場にいなくて」

 

「少しならね。どうしても話を聞きたくて」

 

彼女にも夏、妙な縁から情報を提供した事があった。

 

 

「天霧・・・遥さん?綾斗君のお姉さんだけど、貴方、彼女について何か知ってる?」

 

「それですか・・・。まあ昔会った事はありますけどね」

 

「そうなんだ。・・・蝕武祭については?」

 

昨夏、彼女に渡した情報にはエクリプスの天霧遥については除外していたが、別のソースから何かに気付いた、という事だろうか。

 

「あー。確かに彼女はアレに出場していたが。それ以上と言われてもね」

 

「手掛かりになると思うんだけどね。会ってみたいな」

 

「残念だけど今その事は言えない。それに話が聞けるとは限らないですよ」

 

「そうなんだ。いずれ話してもらえるかな?」

 

「それは天霧綾斗にも関わる事だから、ちょっとね」

 

「そうだね。ありがとう」

 

そう言うと同時に彼女は踵を返した。

柱の向こうに姿を消すと同時に気配が消えた。

 

どうやら失望させたらしい。

 

「ま、なるようになるさ」

 

涼もあまり気にしていない。

急いで車に向かった。

 

 

 

ホテルのエントランスまで車を進めると、ちょうどロビーにクローディアが下りて来るのが目に入った。

幾らか取り巻きがいる。星導館学園の関係者では無い。かと言って企業のお偉方でも無いので、はっきり言って邪魔にしかならない連中だった。

彼女はそんな奴らに纏わりつかれて迷惑しているだろう。もちろん表情には出していない。有名人の辛い所ではある。

 

で、追い払うのは涼の役目だ。

素早くどんな手で行くかを考えながら車から降りる。

ジェネステラが一般人に接する場合は色々注意や制約があるが、そんな規則を出し抜く事も得意と言えば得意だ。

能力を使ったトリックの用意をしながら、彼女の元に向かった。

 

 

 

 

その夜。

 

まだ冬季休暇は終わっていないので、学園運営上の業務は少ないのだが、不在中の決済案件を処理する為にクローディアは遅くまで会長室に入っている。

 

「失礼します」

 

涼が訪ねた時、ひと段落ついてはいたようだった。

 

リオも今日は休ませている為、今生徒会フロアにいるのは涼とクローディアの二人だけ。

 

「そろそろ上がったらどうです?それ程急ぎの件は無かったでしょう」

 

「そうですね。では少しお話してから帰りましょうか」

 

「お話、ね。まあ相談事はありますが」

 

「リーゼルタニアの事ですか?」

 

「まずはそれですね。テロ屋は捕まったとは言え、そいつは道具に過ぎない。雇い主が諦めたかどうか。警戒しておくべきでしょう」

 

「それなら心配ありません。雇い主とは話をつけてきましたから」

 

「・・・いつもながらの仕事の速さですね。でも話せば分る相手だったんですか?そもそも信用できるかどうか」

 

「大丈夫ですよ。良く知っている相手でしたから」

 

微笑むクローディア。何故かその笑顔に黒さが無い。

 

「ちなみに、その相手とはどこのどちらさんですか?」

 

「イギリスにいる私の父親です」

 

こういう時、冗談をいうクローディアではない。

 

「・・・俺も人の事は言えませんが、中々変わった父上をお持ちだ。ん?確かクロちゃんの親って、銀河の?あれ?」

 

「ええ、役員をしている母の専属ですね。ですから母もこの事を知っているかもしれません」

 

「・・・なんでそんな事になったのか、聞いていい?」

 

「そうですね。私がグリプスに出場出来なくなる、そうしたかったのでしょう」

 

「ごめん、ちょっと理解が追い付いてない。どういう事?」

 

めったに無い事だが、混乱し始める涼。

 

「どこから話しましょうか・・・。涼さん、貴方は私がここで叶えたい望みはご存知ですか?」

 

「以前会長から聞いた以上の事は何も。特に調べていないですよ」

 

涼が知る範囲では、彼女の持つ準星煌式武装、パン=ドラの製作と能力に関わる事についての機密情報に触れる事、と理解していた。

 

「ええ、その認識で合っています。付け加えるなら、その製作者がラディスラフ・バルトシーク教授だという事ですね」

 

「うわぁ・・・。『翡翠の黄昏』かよ。なんつー厄ネタを・・・」

 

思わず天を仰いでしまう涼。今出た名前の人物が、アスタリスク過去最大のテロ事件にしてタブーとなった件に深く関わっていた事は知っていた。

 

「いくら『パン=ドラ』の事を知りたいとは言え、そこに行くとは・・・。だがフェスタ優勝の報酬とあれば誰も止められない。でも銀河が看過するはずもないか」

 

「今回、父はそうなる事を見越して、優勝は出来なくするように妨害したかったのでしょう」

 

「いやまあ気持ちはわかるけど。俺だって何とか止めたい位だし。でも、クロちゃん、君は・・・」

 

「ええ、この願い、譲るつもりはありません」

 

珍しく、普段の穏やかな表情に強い意志が重なる。

涼は息を整えながら言った。

 

「会長、貴女、死ぬつもりですか」

 

「・・・はい。そうなるでしょうね」

 

いつも通りの穏やかな声。だがその後に小声で囁くように続ける。

 

「生涯を終えるなら、綾斗の腕の中で・・・」

 

しばし絶句する涼。混乱はまだ続いている。

 

アスタリスク、いや銀河のタブーというか暗部に関わろうとしたら、学園会長なんて地位にはまるで意味は無い。確実に『処分』されるだろう。

 

(だが、何故?どうしてそこまで??)

 

「正直理解が追い付きませんが、目の前で自殺しようとしている人がいるなら、止めるべきなんですが、この場合は・・・」

 

「ええ。涼さんには申し訳ありませんが、止めて貰う訳にはいきません。それに他にやってもらう事もあります」

 

「と言うと?」

 

「私がいなくなった後の事です」

 

「あ。この前副会長になれって、そういう意味か」

 

「はい。生徒会、学園の混乱を抑えて運営して行くには貴方がその地位にあった方が良いと思います。その為にも、今後私の事に関わってはいけませんね」

 

無意識の内に腕を組んで目を閉じる涼。

 

「・・・全く。どうすりゃいいんだ」

 

「これまで通り、生徒会業務を続けて頂きたいですね。私の望みについては・・・」

 

「分からないけどわかりました。当然この件は他言しません。ですが会長」

 

「何ですか?」

 

「何故、話してくれたのです」

 

クローディアにはそれなりに信頼されている、という自負はある涼だが、この件は彼女の最重要の秘密、みたいな物だ。

 

「何故でしょうね・・・。幾つか理由はありますが・・・感謝と報酬、でしょうか」

 

「?」

 

「貴方にはこれまでも、これからも充分に報いる事が出来ないでしょうから、せめて・・・」

 

「別に報われようと思ってはいませんがね。しかしまあ、受け取っておきましょう。では」

 

「ご苦労様でした。涼さん」

 

 

 

会長室を出た所で大きく息を吐く。

まだ頭の中の整理が必要みたいだ。

 

それにしても。

 

「全てに納得した訳じゃないんだよな」

 

 

 

何故そんな願いを持つに至ったのだろう?

 

 

 

 

 




新年といっても日常。しかし・・・

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