生徒会長室。
今日の生徒会業務は途中だが、別途報告するべき事があった。
他のメンバーの前では話せない事もある。
その報告相手だが・・・
クローディア・エンフィールドはいつもと変わらず、美しくにこやかだった。
「・・・」
「涼さん、どうかされましたか?」
「今更ですけどね。ここ数日は特に激務をこなされているはずですが、何でそんなに普通にしているんですか?会長」
呆れたように言う涼だが、今は会長と部下という立場を考慮して話している。
「あらあら。気を遣わせてしまいましたか?といっても激務という程ではありませんから、ご心配なく」
「通常の会長執務に加えてフェニクスの準備。それをこなして平然としているとは・・・」
何でも水準以上にできる万能型の才媛。
それが世間の評価ではあるが、それを目の当たりさせられると、改めて才能の差を思い知らされた。
それだけじゃない。クローディアの所有する純星煌式武装(オーガルクス)《パン=ドラ》が所有者に与える代償の事も考えると、尊敬を超えて畏敬の念すら覚える。
「皆さんの手助けあっての事ですよ」
だが彼女はそんな状態を微塵も感じさせず、明るく微笑む。
「はあ・・・まあいいですけどね。で、今回の『会合』で、学園祭での揉め事は取り敢えず抑えられそうです。多少金はかかりますから、費用処理の時はよろしく」
「はい。ご苦労様でした」
「それから、昨日の放課後も、また何かトラブルがあったようですね」
「ご存じでしたか」
「俺も友人から聞いただけですが・・・事故にしては妙です。ここ数日でも高等部3年の瀬名と2年の桜木。瀬名はかすり傷程度ですが、桜木は入院でしたか。こりゃフェニクス出場は辞退でしょうね」
フェニクス出場を予定していた有力学生のトラブル。エントリー受付が始まった頃から起こっている。もう偶然では済まされない。
「それで、風紀委員は調査を始めていますが、どうですかね?彼らは学生間の諍いを収めるのは上手いですが、こういう事は得意じゃないでしょう。この際、影星、使いますか?」
学園の情報機関の名を挙げて、言外に他学園の工作、その可能性を示す。
だがどこだ?
先入観を排除して考えても、クインベールは無いな。ガラードワースと界龍は話を付けてきたばかりだし。
残るはアルルカントとレヴォルフなんだが。
だがレヴォルフはフェニクスを重視していない・・・
「今はまだ無理です。上との兼ね合いもありますし」
首を振るクローディア。確かに影星を使うとなると、学園の上部組織、統合企業財体銀河の知る所となる。
「でしょうね。となるとこちらで何とかしないと。風紀委員会、ちょっと話してみましょうか」
「ええ、お願いします。それから・・・特待転入生の天霧君、日程が決まりました。受け入れ準備、よろしくお願いしますね」
「わかりました。では準備の方は・・・って、必要な手続きは全部クロちゃんが済ませてるじゃねえか。え?何?もしかしてこいつの事、好きなの?」
モニターに表示された状況を見て、思わず素が出てしまう涼。
「どうでしょうね?うふふふ」
「・・・まあいいけどな。ああ、今日は色々あるから、あんまり仕事できないけど、いいよね」
「はい」
生徒会業務を出てから気が付く。
最近のクローディアは妙に機嫌が良い事が多い。まあ、いつも微笑を絶やさないので分かりにくいが、今日なんか特に上機嫌だ。
これって天霧綾斗の事があるからなのか??
風紀委員会本部。
それなりに巨大な学園であるここでは、各学部に風紀委員会の施設はあるが、常時風紀委員がいる所となるとクラブ棟にある本部だけである。
涼がその本部を訪ねてみると、一人の女生徒がいるだけだった。
「あ。涼だ~。丁度良かった」
「あれ?優。何でいるんだ。まだ非番だろう」
「ん?暇だったから」
髪をいじりながら3Dモニターを見ていたのは七海 優。
若干派手な印象のある美人系大学生。
そうは見えないが相当な実力があり、何より魔女《ストレガ》と呼ばれる、ジェネステラの中でもさらに希少な特殊能力者だった。
「他の連中は?」
「また何かあったみたい。みんなそっちに行ってる」
「しょうがねえなあ。じゃあ優、ちょっと話聞いて欲しいんだが」
「いいよ。それならドライブ行こうよ!きっと夕陽きれいだよ」
ちなみに涼とは微妙な関係だったりする。古い表現をすれば友達以上恋人未満、というやつだ。
「もう夕方か・・・。まあいいけど、あの車は一応共有の備品なんだが」
「いいじゃん。どうせ涼しか使えないんだし」
それは事実ではあるが、それでも小言を貰う事は覚悟して外に出る。
校内の遊歩道を優と並んで歩くと、それなりに注目される。
目を引いているのはもちろん彼女の方で、最初に容姿、次に風紀委員を示す腕章に視線が向く。
大学部2年なので、もう美少女とは言えないが、某会長並の豪奢な金色の長髪(ただしこちらはストレートに近い)、ややきつめだが整った容貌、均整のとれたスタイル。
あまり平凡なタイプの男の隣を歩く女には見えない。
だが、知っている者が見れば、生徒会ナンバーツーと風紀委員会の実力者が何をしようとしているのか、気になる組み合わせではあった。
主にアスタリスク外周を回るドライブはなかなかのものだった。
ただでさえ美しい夕陽が、湖面に映えるとちょっとした絶景となる。
そのまま日没まで車を走らせた後、商業エリアに入って気に入っている洋食店で食事。
二人共あまり飲む方ではないので、酒は控え目で済ます。
その後は、気分次第でロートリヒトに繰り出す、といったところだが、今夜の二人には別の予定があった。
車のオートドライブで学園まで戻ると、優は部屋にも戻らず風紀委員会本部に入る。
今夜は女子寮の自警団支援当番だった。
見た目と態度から誤解される事もあるが、彼女は与えられた職務はしっかりこなすタイプである。
涼の方はというと、自室で例のスーツ姿に着替える。今度は髪型を変えサングラスも用意し、再び学外へ。
今度は車を使わずロートリヒトへ。
こちらも仕事、だった。
適当に時間を潰した後、歓楽街、表通りから1本入った所にある目立たないビルに向かう。
そのビルの裏、小さな入口ドアを開けると、すぐにエレベーターになっている。
狭いエレベーターで7階まで上がると、そのまま店の入り口になっている。
地味なバー。
その店内は薄暗い。
客はいなかった。
「マスター。ミラー・ライトを」
一つしかないテーブル席に座ると、とりあえずビールを頼む。
出されたグラスを前に考える。
天霧遥。
そして蝕武祭(エクリプス)。
アンダーグラウンドで行われていた、言わば非合法のバトルエンターテイメント。
学園に残された資料の中から、何度か出てきたそのワードが気になり、旧友から得た警備隊の捜査資料を調べてみたのだが、結果は当たり、だった。
そして今夜、その裏付けの為にこんな所で後ろ暗いマネをしている。
グラスのビールが無くなる頃、時計は指定の時間を示す。
同時にドアが開き、一人の男が入ってきた。
情報屋のような男は時間に正確なようだった。
その男は何も言わずにカウンターから適当に酒のボトルを取ると、涼の前に座る。
一見、目立たない容姿だった。だが、ただの情報屋には無い、妙に重い雰囲気がある。
端末が出され、テーブル上に小さくウィンドウが展開される。
「お前が見たいのはどれだ?」
幾つかの動画ファイルが並び、男が尋ねる。
「そうだな・・・これにしようか」
ファイルデータを見ながら指定する。この日付け等が正しければ・・・
あまり画質の良くない動画が再生される。音声は無い。
(よし!当たりだ!)
内心を表に出さない為、無表情を保つが、高揚感はある。
そこに映し出されていたのは、間違いなく天霧遥だった。
5年前、1度だけ会った彼女が、エクリプスの舞台で剣を振るって戦っている。
相手は正体の分からない仮面の男。
だが、その戦いは恐ろしくレベルが高い。天霧遥もそうだが、相手の怪しい男、こいつの技量も相当な物だ。
剣技には素人の涼でも、充分にわかった。
そして何より・・・
(セル=ベレスタだと!!)
画面の中で天霧遥が扱う剣は、黒炉の魔剣と謳われ、恐れられた強力な純星煌式武装、《セル=ベレスタ》だ。まともに適合者が出ないはずの特別なオーガルクスを、彼女は使いこなしているように見える。
(お!?)
一瞬、驚きが表情に出る。
天霧遥が、斬り倒された。
地に伏せた彼女の周りに血が広がる。
(おいおいこれって致命傷じゃないのか?)
動画が終了する。
涼が目を上げると、相手は相変わらず無表情だった。実はこの男、非合法情報の中でも決闘の画像、中でもエクリプスの動画をメインで扱っている、言わばブローカーだった。
「いいだろう。あんたの持つ情報は本物だったとクライアントに伝えよう」
もちろんはったりである。
「言っておくが値段交渉は無しだぞ」
「わかっている。エクリプスの動画だ。それだけの価値はある」
当たり前だがエクリプスの試合画像は少ない(むしろ良く撮影できたと感心する程だ)。しかも摘発され潰れてから相当な時間が経っている。その動画なら悪い意味で貴重な物だ。
今回はそういう過去の非合法画像を集める好事家の代理人、というカバーストーリーで接触している。
「では何を買うか、決まり次第再度連絡する。取引方法はその時、改めて」
そうは言うが、当然再度の連絡等あり得ない。
そして知りたい事は得られた。情報料としてそれなりの金額の振り込みが必要だったが、その価値はあった。
(さて、この件、どうしようか)
今回得られた情報、ちょっと扱いが難しくなってきた。
特に天霧綾斗。彼女の弟だという事はわかっている。もしかしたら、いや間違いなく姉の事は気にしているだろう。そいつがアスタリスクにやって来る。
自分の姉が非合法バトルに出場して、負けて死んだ。(あの状況で生きてると考えるのは甘過ぎるだろう)
そんな事を伝えるのか?
それをクローディアから言わせるのか?
「駄目、だね」
そんな事はさせられない。ではどのような内容で伝えるか?
クローディアへの報告内容をどうするか考える。
あれこれ考えていたせいか、気が付くのが遅れた。
周囲に数人。
尾行されている。
いや、囲まれていると言った方が正しい。
油断、と言っていい。
さっそく色々暗躍してます。