ある補佐役の日常・・・星導館学園生徒会にて   作:jig

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MEET EL PRESIDENTE

早朝。

 

学園の正門前。

 

冷たく硬い空気は、一晩騒いだ身にはむしろ心地よかった。

 

「俺、車戻してくるから」

 

「ああ、お疲れ」

 

「じゃあまたな。次も頼むよ」

 

自室に戻る連中と別れて、涼は高等部校舎に向かう。

生徒会室で少しだけ事務の進行具合をチェックして、それから1日、寝て過ごそうかと考えながら歩く。

 

少しだけ青くなり始めた空。

朝のアスタリスクにはよくある事だが、地面には靄がかかっていて、視界は良く無い。

それでも涼の目は、走って近づいてきた人影に気づいていた。

 

「よう」

 

「先輩・・・? おはようございます」

 

天霧綾斗。

学園トップの強者との邂逅だった。

 

「毎朝のトレーニングか。流石だね」

 

「いえ・・・。先輩は?」

 

「久ぶりに遊んできた。今帰りさ」

 

「それは・・・」

 

会話は続かない。多分涼の雰囲気のせいもある。

 

彼に会って、忘れていた事を思い出す事になった。

 

夏、治療院の特別室。

そう意図した訳ではないが、彼がフェニクス優勝までかけて探している姉、天霧遥を見つけてしまった。

 

結局今まで、その事は誰にも打ち明けられずにいる。

もちろん簡単に話せる事ではない。

綾斗に対してもだ。

 

「あ、あの?先輩?」

 

「すまん。ちょっと疲れていたようだ。邪魔したね。ではまた」

 

「はい。それでは」

 

相当厳しい表情をしていたのか。それとも無表情だったのか。

 

気遣うような声の綾斗の前から、足早に立ち去る。

 

「増えてゆくのは嘘の数だけ、か・・・」

 

自嘲しながら苦い煙草にまた火を点ける。

 

夜明けはまだ先だった。

 

 

 

12月になった。

もしかしたらこの学園の歴史に残るかもしれない年もあと1か月以内となる。

 

その日、涼は大学部のある講堂で、担当教員の話を神妙に聞いていた。

 

講義ではない。

この先の進路についての初回説明会だった。

進路といっても卒業後の事ではなくて、最終学年をどう使うか、という事。

 

星導館学園の大学部4年次の学習については、大まかに言って2つの方法がある。

 

一つは昔ながらの研究室方式で、一つの研究室を選んで所属し、テーマを見つけて研究、発表。最後に卒業論文の審査で終業となる。

 

もう一つは3年次までと同様、カリキュラムを選択し講義と試験を受けて単位を取得し、規定単位数で卒業資格を得るという物。ただしカリキュラムは4年生専門の内容がメインになる。

 

そういう内容の話を聞いて、説明会は終わる。

席を立つ涼の周りでは、さてどうしようかという内容の会話が始まった。

 

「なあ、涼。おまえはどうする?」

 

そう言って聞いてくる奴もいる。

 

「俺か?うーん・・・。まあ俺の場合は参考にならんよ」

 

「・・・ああ、生徒会か」

 

常に生徒会業務を考えている涼にとってはどのルートを取るかは大体決まっている。

 

いや、別の可能性も出てきてはいるのだが、その件はあまり考えないようにしていた。

 

(いずれにしろ・・・)

 

クローディアに相談、と言う事にはなる。

 

 

 

お馴染み生徒会長室にて。

 

「そんな様子で、普段にも増して機嫌が悪そうでしたよ」

 

「そりゃそうでしょうね」

 

クローディアから六花園会議の様子を聞く。

まあ今回はあまり対立する議案も無かったそうだが、前回欠席して2ヵ月ぶりに見たディルク・エーベルヴァインの姿はというと、いつも以上に苛立っていたそうだ。

 

あの男がそんな雰囲気をまき散らしている所に同席するのもアレだが、他のメンバーはその程度で憶するような面々では無い。(まあアルルカントの会長はそうでもないらしいが)

 

「それに特に厄介な案件もありませんでしたし、ほとんど発言されませんでしたね」

 

「それは重畳」

 

とりあえずしばらくは大人しくしているだろう。

 

「それで、涼さんのお話とは?」

 

「自分の事ですがね。来年、大学部4年目をどう過ごすかという事で」

 

「ああ、その事ですね。どうしたいですか」

 

「こっちの事を考えるなら研究室はちょっと無いですね。実験や報告会なんかで拘束される事が多いみたいで」

 

「涼さんの希望は如何ですか?」

 

「まあ受けておきたい講義もありますし、研究はともかく報告発表とかは楽しくなさそうなんで」

 

「・・・涼さんが生徒会を優先して頂けるならありがたいですが、無理はしないで下さいね」

 

 

その後は当面のスケジュールについて。

冬季休暇まで1カ月無い。

それまでに終わらせる必要のある案件がそろそろ押してきている。

それが終われば・・・

 

「そういえばリーゼルタニア行き、日程は出ますか?」

 

「来週には。実家の方も顔を出すかもしれませんので、帰りは年明けになりそうですね」

 

「わかりました。その間、こちらは預かります。しかし豪華なメンバーですね。ウチの上位5人がほとんど揃って行動でしょう」

 

「そうですね。楽しみです」

 

穏やかに笑うクローディア。

 

この冬季休暇、ユリスから誘われて彼女の国、リーゼルタニアに行くことになっているのがフェニクス優勝、上位入賞ペアとクローディアだった。

そういえばこの5人、まず間違いなく来年の星武祭、グリプスでチームを構成するだろう。

多分この旅の間に話をつけて、チームとして準備を始めるのは来年早々といった所か。

彼女達ならグリプス優勝は狙えるだろうが、今年のフェニクスと違って他学園からも強力なチームが出て来る。

時間はあるが、それでもトレーニング開始は早い方がいい。

 

 

会長室を辞した直後、端末にメールが入る。

 

「・・・あいつか」

 

先方から呼び出されるとは珍しいが、直接言われたのでは行くしかあるまい。

 

「今度はなんだ?レティシア」

 

 

 

数日後。

今年の残りもあとわずかとなった日の夜。

商業エリア、某高級ホテル最上階のダイニングバー。

 

窓際、アスタリスク市街を見下ろす特別席に二人はいた。

 

レティシア・ブランシャールは自他共に認める美少女だし、その出自からしてセレブリティと言って間違いないのだが、若干場の雰囲気にそぐわない所もある。

 

「いや、そりゃまあ学生の正装は制服だけどね」

 

「何か問題でも?」

 

「本来こういう所なら、ドレスかスーツが合うはずなんだが」

 

そう思っていた涼はきっちりダークグレーのスーツで身を固めて来た。

 

「この店であるならば、これで問題ありませんわ」

 

成程、彼女がドレスアップするにはこのレベルの店でも不足らしい。

 

しかし傍から見ると、その装いの差からどうにもアンバランスな感じになっている。

 

「まあいいか。内緒話が出来ればいいんだろ、どうせ」

 

「身も蓋もない事をおっしゃいますね。せっかく私が好意でご招待したのに」

 

「ふーん。そういう事言うと勘違いする奴が出るぞ。例えば・・・」

 

涼は手早くナプキンで紙飛行機を作ると、少し離れた席を狙って飛ばした。

 

「何をしてますの!って、あ!?」

 

「ようケヴィン。しばらくだったね」

 

そのテーブルについていた男は、ばつの悪そうな顔で立ち上がった。

 

「あっさりバレるなあ。気配はそれなりに消したつもりだったけど」

 

ケヴィン・ホルスト。

 

聖ガラードワース学園生徒会にてレティシアと共に副会長を務めていて、以前の『会合』では何度も顔を合わせた仲だった。ガラードワースの学生には珍しい軽い男だが、それ故に涼としても付き合い易い。

 

「あ、貴方どうしてここに!?」

 

「いやー。珍しくレティシアが落ち着かない様子で出て行ったもんでね。気になってさ」

 

「それで後をつけてきたのか。ははは。うっかりだな、レティ」

 

「くっ・・・。何という不覚・・・」

 

睨みつけるレティシアだが、ケヴィンはどこ吹く風、と言った所。

 

「しかしお相手があの志摩さんとはねぇ」

 

「うん。だからお前の期待しているような展開にはならんよ。すまんね」

 

「そう思うなら今度のパーティー、来て下さいよ」

 

言ってみれば遊び人とも表現できるケヴィン、その手の付き合いは手広くやっているようだ。

 

「柄じゃないな。居酒屋で頭にネクタイ巻いて大騒ぎ出来るなら行くよ」

 

「流石にそういう事はまずいので・・・。っと。じゃあお邪魔虫は退散しますよ」

 

「ああ、またな」

 

ケヴィンの後ろ姿が消えた後、テーブルに目を戻すと、レティシアは顔を覆って俯いていた。

肩を震わせているが何とか笑い声を抑えている様子。

どうやら涼の飲み会バースト姿を想像してツボに入ったらしい。

 

 

そらからしばらく。

レティシアが落ちついた所でソムリエを呼び、ワイングラスを受け取った。

最低限のマナーは心得ていたのでテイスティング。

レティシアの方はと言うと、紅茶のカップを持って見つめていた。

 

「まあまあですね」

 

「そりゃどうも」

 

「ですが更なる研鑽を期待したいですわね。貴方も彼女を補佐する立場ならば、能力だけでなくふさわしい振舞いが必要でしてよ」

 

「・・・」

 

彼女と言うのは間違いなくクローディアの事だろう。複雑な想いの上での好意、といった所か。

 

涼の生暖かい視線に気付いて咳払いする。

 

「貴方、前回の『会合』の前、しばらく姿を見せませんでしたが、何かありましたの?」

 

「今頃それを聞く?大体何でそんな事を気にするんだ」

 

「あら?ライバル校の重要人物の動向を気にしていけませんの?」

 

「重要、ねえ・・・。大した事ではない。事情があって学園から出られなかっただけだ」

 

「事情、とは?」

 

「さてね。そんなに気になるなら調べさせたらどうだ?シノドミアス、とかいったか?」

 

聖ガラードワース学園の情報機関、至聖公会議。

その名を出した途端、レティシアの表情が強張った。

 

「冗談ではありません。彼らに頼む事など有り得ません!」

 

きつい言葉が返された。

彼女が連中を嫌っている事は知っていたが、予想以上らしい。

 

「まあ、それもいいさ。そもそも連中、大した能力無いし」

 

「あら?過小評価とは貴方らしくありませんね」

 

「そうかな?連中、工作なんかはやらない純粋な情報収集機関だろう」

 

「それはあくまで建前ですわよ」

 

「知ってる。でも建前であってもそういう事を表に出していると、それだけで行動に制約ができる。ま、仕方ない所ではあるな」

 

何しろ学園のカラーに情報活動がそぐわない。名門なりの事情だ。

そしてもう一つ。

連中は学園ナンバー2から忌避されている。

これもよろしくない。

まあケヴィンあたりか、あるいは会長自身がフォローしているのだろうが、マイナスである事に違いはない。

そう思っている涼も星導館の影星とは付き合いは少ないが、非協力的である訳ではない。

 

「いずれにしろ、彼女を支えるべき貴方はもっとしっかりするべきですわ。おかしな事に関わったり、妙な場所に出入りするのは如何なものかと言わせて頂きますわ」

 

この前の件もある。

何か掴みかけているのだろうか。

 

いずれにしろ彼女なりの忠告なのだろう。涼は内心でレティシアに対する評価を1段階上げた。

 

 

結局その後は静かな会食に終わった。

涼はレティシアの意図を掴みかねている。

生徒会ナンバー2が会えばその事自体に意味はあるが、果たしてどんな意味があったのだろう?

 

 

 

とうとう年末。

 

星導館学園、高等部校舎の前。

 

「皆さん揃いましたね。ではそろそろ出発しますか」

 

「何でお前が仕切るのだ?いや、構わないのだが・・・」

 

クローディアとユリスのやり取りの間に車を寄せる。

 

「よう!全員いるな」

 

「志摩先輩?どうしたんですか?」

 

「ん?。御一同を空港まで送るんだが」

 

そう言ってミニヴァンタイプの車から降りる涼。

 

「送るって・・・。わざわざすみません」

 

「うむ。現時点では生徒会長代行が運転手をするんだ。感謝したまえ」

 

そう言いながらリアハッチを開けると、皆の手荷物を載せていく。

 

「よし、じゃあ乗ってくれ。すぐ出すよ」

 

リアシートに綾斗達。

パッセンジャーズシートにはクローディア。

 

本来であれば、立場的に最上位者はリアシートのはずだが、特に気にするでもなく彼女が隣に収まっている。

この車、横3人並んでも余裕の広さなのだが。

少し気にしつつ、ハンドルを握った。

 

 

アスタリスクの空港は市外外周、クレーター湖上にフロートエアポートとして存在している。

学園港湾エリアから外周道路に出て、しばらく進めば空港行きブリッジに入れる。大した時間はかからない。

 

リアシートではこれからの旅についての話題で持ち切り、だがクローディアは会話に入っていない。

涼が何となく気にしていると―――

 

「涼さん。この場ではありますが、来期の事です」

 

「はい」

 

クローディアが静かに話かけてきた。

 

「実は来期、副会長をお願いしたいのです」

 

「・・・」

 

車内が静かになる。

 

「俺は今の立場が色々都合が良い。そう結論が出ていたはずですよね」

 

「ええ。ですが来期となると少し事情が変わります」

 

「まあ会長もグリプスに出ますからねえ。でも自分はこれが動きやすいから」

 

「それだけではありませんよ。もうあまり軽々しく動いて欲しくない、とも思います」

 

「・・・」

 

レヴォルフに対する勝手働きの件。

バックミラーに映るユリスが納得した顔をしていた。

 

「時間はあります。良く考えてみて下さい」

 

「ええ」

 

その後は空港到着までの短い時間、静かなドライブとなった。

 

 

 

 

空港で特別ラウンジに入った一行を見送って、駐車場に戻る涼。

そこでクローディアの言葉を思い返す。

 

一体何故、来期に副会長にならなければならない?

彼女が挙げた理由は分からないでもない。だがそれだけでは弱い。

その他に自分が立場を固めなければいけない事態が起こるのだろうか?だとしたらそれは一体何だ―――

 

そこまで考えたところで、端末に着信。

 

「・・・しばらくだけど。何だよ」

 

「ああ、確かにしばらくだったな」

 

 

空間ウィンドウには、涼と同じ両親から数年早く生まれた男の顔が映っていた。

 

 

 

 




もうちょっとだけ続きます

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