ある補佐役の日常・・・星導館学園生徒会にて   作:jig

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SO FAR SO GOOD

 

 

アスタリスク、11月

 

街の立地からして、寒さを感じる時期は早い。

星導館学園でも、屋外を歩くと朝晩は吐く息も白くなる。

 

涼も派手に白い息を吐いているが、この場合は気温ではなく煙草によるもの。

 

喫煙ブースで紫煙を燻らせながら一人外を眺める。

 

絶対的少数派である喫煙者の涼。今日も喫煙場所だというのに周りに誰もいない。

ほとんど利用されていない場所。

それだけに廃止の声もあるにはあるが、一人涼の抵抗により何とか存続している。

流石に序列上位にして生徒会の実力者の声は無視できないようだ。

 

ぼんやりと歪んだ煙を見つめていると、端末に着信。

 

「!」

 

モニターに出すと、特に変わった所も無い宣伝メールだが、チェックボックスにタッチしてパスワードを打ち込むと内容が一新された。

 

『会合』の開催連絡。

 

今回は聖ガラードワース学園のレティシア・ブランシャールが準備当番だった。

 

日時と場所が表示される。

 

「・・・また妙な所を選んだな、あいつ」

 

呟いて煙草をもみ消した。

 

 

 

 

 

放課後。生徒会長室。

クローディアと涼。

 

立場上、行動を共にする事の多い二人だけに、口さがない連中の噂の種にもなった事はある。

ただそういう話には涼も積極的にスルーしていたので、やがて下火になる。

特に最近はクローディアが天霧綾斗に懸想している事が知られてきたので、全く無くなった。

 

それでも一つの部屋で二人きりという状況は、他はともかく生徒会メンバーには気になる状況らしいが、当の二人はどこ吹く風、という様子だ。

 

それで、何をしているかと言うと。

 

 

「チェック・・・OK。異常発信源検出無し。ハードウェアでの検査では問題ありませんね」

 

「了解。じゃあ後は俺が見ます」

 

月に一度の部屋の掃除。

掃除と言っても防諜的な意味のもの。

 

以前からクローディアは生徒会長室での機密保持に懸念を持っていて、涼と共に対策を考えていたのだが、フェニクス前後からようやく具体的な手が打てるようになった。

 

まずは今行った電子的スキャン。専用のセンサーを集約した検出装置(見た目はかつてのノートPCに無線機を取り付けたような物)を使って、遠隔操作されるマイクやカメラの類が発するシグナルを捜索する。

 

結果、室内、その周辺に問題は無かった。

 

次は涼の能力。

 

一度目を閉じ、ゆっくりと開く。

 

知覚する情報を可視光から上下の範囲に拡大させてゆく。

赤外線、紫外線、電波領域。

 

『視る』波長が変わる度に涼の瞳の色が変わる。

それを感心したように見つめるクローディア。

 

ゆっくりと室内を見回すした涼は、やがて目を閉じて言った。

 

「こちらも異常無し。全域、安全です」

 

「涼さん、ご苦労様です」

 

「厳密に言うと、窓を狙ったレーザー発振が1ヶ所。先月と同じやつです。無駄なのが分からんのかな?」

 

窓の微少な振動を拾って室内の会話を検出するタイプの盗聴行為。

室内や周辺に盗聴器の類を仕掛ける必要が無い為、それなりの規模の情報機関には普及が始まっている。

もっとも生徒会フロアに関しては、クリアメタル製(制震効果有)の二重構造窓なのでこの方法も無効となる。

 

「ご指示なので放置していますが、気分は良く無いですよ。破壊していいですか?故障に見せかける方法は思いつきました」

 

「そうですか。ではそろそろお願いしましょうか」

 

「じゃあ外出の方は・・・」

 

「そうでしたね。どうしましょうか?」

 

若干黒い笑顔のクローディア。例の処分はまだ解除されていない。

というか・・・

 

「確かにリースフェルトに話したのも事後報告でしたが、あの子は問題無いでしょう」

 

「ですが、秘密を知る人は少ない方がいいですよね」

 

その後、レヴォルフ生徒会室の件をユリスに話した事は報告したのだが、これも当然事後報告であり、クローディアは見過ごさなかった。

結局外出禁止令の延長を受けた涼。そろそろ辛くなってきている。

 

「・・・まあ確かに。秘密漏洩の可能性は、その秘密を知る人数の二乗に比例する、でしたっけ。そんな格言は俺も知っています。でもなあ・・・」

 

少し考え込むクローディア。

 

「ああ、それに近々『会合』もありますしね」

 

「・・・わかりました。『会合』前日までとします」

 

「どーも」

 

涼はそっと息をついた。

特殊な立場以外は極めて普通の大学生(そう思っている)である涼にとって、長く学外に出れないのはかなり堪えた。

代わりに講座出席と生徒会業務は捗ったが、今はどちらもそう忙しい時期でもない。

それより引きこもっていたせいで情報収集の面で不安が出てきた。

 

そういえば、外に出れなかったせいで会えなくなったイレーネともそれっきりになっていた。

 

案外失う物が多かった晩秋になるかもしれない。

 

 

 

 

 

その日、すっかり陽が暮れてから、行政エリアの一角を進む。

 

しばらくぶりの『会合』。

 

今回はそれ程調整が必要な懸案は無い。

何しろフェニクスが終わって時間がたっている。その際の大小の問題は解決し、次のイベントまで間が空いている。

大きな行事としては学園祭だが、それまでに半年あるし、次のフェスタ、グリプスに至っては1年後だ。

 

そんな訳で、いつにも増して緊張感の無い顔でビルの谷間を歩く涼。

 

服装は悩んだが、結局無難なスーツ姿。以前同様、その装いでは全く学生に見えない。

 

今回の開催場所自体はすぐにわかった。

何しろ目立つビルで、人通りも多い。

それもそのはず。そこではいくつかの企業連合のレセプションやパーティーが開かれていた。

いかにもビジネスマンといった連中が出入りしている。

涼もその中に混じって、さも関係者のような顔をしてドアを通った。

全く見咎められる事はない。セキュリティ的に大丈夫なのだろうか。

 

それはともかく、目に入ったエレベーターで数階上に上り、いくつかの会議室が並んでいるフロアに出た。

目的の部屋は最奥にある。

ドアフォンのパネルにタッチすると、すぐに扉が開く。

今日は開始時刻前に着いたが、他の二人はすでに席に着いていた。

 

「よう。しばらく」

 

「久しぶりですわね、シマ。相変わらず目立たない恰好が良くお似合いでしてよ」

 

「ほっとけ。そういうお前は・・・後回しだ。趙、一体何のつもりだ、それは?」

 

「・・・」

 

白いシャツに蝶ネクタイ。黒いベスト。さらに黒いエプロンまで。

 

界龍第七学院生徒会秘書の趙虎峰の装いは、どこから見ても給仕姿、しかも女性仕様だった。

確かに現在このビル内、パーティー会場ではそんな恰好の男女も多いが、彼らは本職。対してこいつは・・・

 

「中々いいアイデアではありませんこと?この会場には良く溶け込んでいますから」

 

「まあそうだが。どっからそんな発想が出て来るんだ?お前さんて意外とフリーダムだったんだな」

 

「僕が考えたんじゃありませんよ。嫌だと言ったのに・・・」

 

どうやら誰かに強要されたようだ。この男、押しには弱い所があるのは知っていた。

 

「ま、確かに目立たないからいいじゃないか。レティも考えたな。良く似合っているよ」

 

「あら。貴方が素直に人を褒めるなんて。どういうおつもりですの?」

 

そういうレティシア・ブランシャール。

聖ガラードワース学園生徒会副会長の装いも変わっていると言える。

 

黒に近い濃紺のレディススーツ。

特徴ある豪奢な金髪は頭上に硬く纏めて、余る部分は1本に縛って背中に長く流している。

一見、いやどう見ても大企業の秘書姿。それにしては若すぎるのだが、そこはメイクで上手く印象を変えている。

今の彼女を見て、同じ学園の生徒でさえぱっと見ではレティシアだと気づけないだろう。

 

「ま、発想の方向としてはみんな一緒か」

 

実際、気合を入れた変装などしなくても、学生に見えなければいい。

涼達を探す相手がいたとして、そういう連中はまず学生を見るだろうから、学生でない姿の者は最初に認識から除外されるだろう。

 

「それでは今日のお話ですが・・・その前に、今期も同じ顔触れでしたね」

 

レティシアが切り出した。

後期になってから初めての会合。

生徒会役員任期としてはそれぞれの期が区切りになるが、後期になってもメンバーは変わらない。星導館でもクローディアの対立候補が現れず、信任投票も省略された。そのあたりの事情は他も変わらないようで、公開されている他学園の役員関係も変更は無いようだった。

 

「ま、変化があるとしたら来期だろうが。ウチは多分変わらないけどね」

 

「そうでしょうか。『彼女』に変わる人材がいないと仰る?」

 

「今現在の学園内に、変わりが務まる奴はいないね。来期の事はわからんが、もし誰か出て来ても相手にならないだろう。俺も阻止するし」

 

「・・・」

 

「どうした?そっちだって似たようなもんだろう」

 

「そうですが、あなたのような人から、そこまで言われる星導館学園の生徒会長とは大した人物だと、改めて認識したという事です」

 

真面目な顔で趙が呟くように言った。

レティシアも複雑な表情。彼女の場合はクローディアに対し様々な思いがある事も関係しているのだろう。

 

しばし会話が途切れる。

恐らく今の断片的な会話からも、今後に起こりえる状況などを考えているのか。

 

「生徒会長と言えば―――」

 

レティシアが話を変えてきた。

 

「レヴォルフ黒学院にて何かがあった様子。シマ、ご存じありませんか?」

 

「何か、と言われてもね。もう少し具体的に頼む」

 

そう来たか。間違いなくあの件についてだろうが、当然話すわけにはいかない。

 

「あのタイラントが、しばらく姿を現さなかったそうです。そちらには何か入っていますか?」

 

ガラードワースの情報収集能力は高くない事は涼も知っている。そもそも校風からして諜報という事には向いていない。である以上、あの件についてはこの程度だろう。

 

「まあ奴さんが引きこもっていたのは知っているが」

 

「その理由についてはご存知ですの?」

 

「ロートリヒト絡みとだけ言っておこう。これ以上はタダでは無理」

 

真顔で嘘をつく。

まあ100%嘘という訳じゃない。最後はロートリヒトが舞台となったあの誘拐事件が事の発端である。

 

「ではどうすれば教えて頂けますの?」

 

「そうだな。今度俺と一晩付き合え」

 

「・・・本気で仰ってますの?」

 

「俺はいつだって本気だよ」

 

レティシアの表情がはっきりと険しくなった。

 

「貴方という人は・・・!」

 

彼女が声を上げる前に、趙の冷静な言葉が割り込む。

 

「ディルク・エーベルヴァインは負傷療養につき、一週間程公務に姿を見せなかったようです。負傷の原因まではわかりませんが、ロートリヒトの関係者が関与した可能性があります」

 

「流石、界龍。こっちと同程度以上の事は掴んでいたか」

 

「あなたがそう言うという事は、ほぼ事実と見ていいですね。まあ、あの生徒会長はロートリヒトと何かと上手くいっていませんし」

 

「そういう事だね。まあ、ロートリヒト絡みじゃ俺達にはあまり関係ない」

 

「ですが・・・」

 

今一つ釈然としないらしいレティシア。

実際、仇敵といえる学園のトップの動向は気になるだろうが、涼もこれ以上の情報を与えるつもりは無い。

 

「それよりも、アルルカントとの煌式武装共同開発、そろそろ形になったのではありませんか?志摩さん」

 

「あれかあ・・・。ちょっと簡単には行きそうにないんだけどね」

 

趙が話題を変える。ただこの件も全て話す訳にはいかない。

涼は言葉を選びつつ、慎重な発言を心掛けた。

 

 

 

 

 

やはり、今回の『会合』は、あまり大きな話も無く終わった。

いつも通り、3人は時間をずらしてその場を離れる。

レティシアはまだ何か言いたそうだったが、今日の涼は付き合うつもりは初めから無い。

何しろやっと学園外に出れたのだ。思い切り楽しむつもりだった。

 

会場を離れた所でタクシーを拾い、商業エリアのある店に。

着いた時には他の連中は全員集まっていた。

 

「よー。お待たせ」

 

「来たなー涼。よし、行くぞ!!」

 

「おー。涼、久しぶり」

 

店の駐車エリアには2~3台の車。

涼の友人達で車持ちの連中が持ってきたやつだ。

 

「よーし。深夜のドライブ、始めようか。涼、例の物は?」

 

「問題無い。見ろ」

 

そう言って端末の空間モニターを展開。

 

「おおっ!本物だこれ!」

 

「マジ!?全員分あるじゃねーか!」

 

「まさかと思ったが、本当に取ってくるとは・・・」

 

そこに表示されているのは、この場にいる学生全員の一時外出許可証。

アスタリスクの学生が市外に出れるのは特別な事情が無い限り長期休暇に限られる現実からすると、極めて異例の事態と言っていい。

 

「ふっふっふ・・・。生徒会舐めるなよ」

 

「すげー!やったぜ。これで外に出れる!どこまで行く?」

 

「米沢あたりか?」

 

「高速飛ばせば盛岡だって往復できるぞ!」

 

盛り上がる友人達を楽し気に眺める。

彼らは恋愛よりも友人内で(女性含まず)バカをやっているのが楽しくて仕方ないという、ある意味始末に負えない連中だが、涼にもそういう面はある。

 

「みんな乗れ!出ようぜ!」

 

 

 

今夜は久しぶりに楽しい夜になりそうだ。

 

 

 

 

 




あと数話で完結・・・するかな?

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