今回の誘拐事件。
解決はまだだが、人質の奪還には成功。
しかし・・・
意識を失いかけた刀藤を抱えてカジノを出ると、車に駆け寄る。
「治療院に行くぞ!レスキューに連絡するよりこっちの方が早い。沙々宮、フローラ、後席に!」
リアシートに3人を乗せる。真ん中に刀藤を座らせて左右の二人に支えさせる。
「飛ばすぞ。しっかり支えていろ。沙々宮、傷を押さえていろ。但し軽くだぞ」
マクフェイルが隣に座ったと同時に車を出す。同時に端末を起動、コール。相手はすぐに出た。
「涼さん!」
「会長!成功です!フローラは無事だ!」
「ありがとうございます!」
「もう時間がありません。連絡を急いで下さい!」
時計は正午を示している。予想以上に手間取ってしまった。もう決勝戦は始まっているだろう。
「もちろんです。こちらは任せて下さい」
「願います。俺達は治療院に行きます」
画面の向こうで彼女が頷くのを見て通話を終える。
試合が始まってしまった以上、綾斗とユリスに連絡する手段はあるだろうか。そこはクローディアに任せるしかないが、何とかしてくれるだろう。これで綾斗はセル=ベレスタを使えるはず。
「よし!」
必要な連絡を終えるとスピードを上げる。
幸い道路は空いている。それもそのはず、今アスタリスクにいる人は大抵フェニクス決勝戦を会場で見ているか、ライブ中継のモニターにかぶりついているだろう。ドライブモードをスポーツに切り替え、アクセルを踏み込む。
「ところでマクフェイル。どうして来たんだ」
「夜吹の野郎に無理矢理呼び出された―――うおっ!?」
交差点でリアタイヤが大きく流れて車が振れる。
「なるほど・・・それで奴は?」
カウンターステアで立て直すとフルスロットル。
「おいおい大丈夫なのか―――奴なら逃げやがった。あの影を俺に押し付けてな」
「そういう事か」
夜吹には協力してもらっていたが、何しろ学園諜報機関影星の一員だ。素直に信用できない面がある。今回の件も後で話を聞く必要がある。
幾つか信号を無視して飛ばしたせいで、もう目的地が見えてきた。
後ろから小さな呻き声。もう少しの辛抱だ。がんばれ刀藤。
これ程急いだのは危険だからだ。
確かに彼女もジェネステラ。負傷に対する耐性は高い。だが何よりまだ子供だ。傷のダメージは判断つかないが、出血量は厳しいレベルにある。
「よーし。ここ!」
最後の交差点をスピードを落とさずアウト・イン・アウトでクリアすると、治療院正面の通りに出た。ゲートは目の前。一瞬で通過し、フルブレーキ。ホーンを鳴らしながら救急搬送入口に車を着ける。
「着いたぞ!沙々宮、刀藤を。フローラもついてこい。マクフェイル、まだしばらくは付き合ってもらうぞ」
「何なんですか!?一体!」
意識を失った刀藤を抱え上げた所で看護師が出て来た。思わず声が荒れる。
「見りゃ分かるだろうが!!重症者だ。すぐに処置を頼む!」
一瞬固まる看護師だが、流石プロ、すぐに状況を把握する。
「こちらに!容態は?」
開いた扉から室内に入ると、奥ではストレッチャーの用意をしている。
「腹部に深い裂傷。恐らく貫通している。出血多量。受傷から恐らく20分以上経過」
「第5処置室だ。誰かグリーン先生に連絡を!」
「沙々宮。ついて行け。俺はここで待つ」
「はい!」
これで刀藤は何とかなるか。
「マクフェイル」
「おう」
「お前さんは待合室辺りにいてくれ。まだ気を抜くなよ。ああ、何か言われたら生徒会の指示だと言っとけ」
「わかった」
「さて次は・・・」
所在なさげにしているフローラを見る。
「あ、あの・・・」
この子も大変な1日を過ごしていたはず。さてどうしたものか。
その時声がかかった。
「涼、あんたここで何してるの?」
「丁度良かった。まあ、いるとは思っていましたがね、シーナ先輩」
振り返るとそこには白衣姿の若い女性。
「一体どういう事?」
相手は涼の高等部時代の知人で、卒業後は医療の道に進み、最近ここに配属された事は知っていた。
「先輩は確か小児科の研修医でしたね。この子を診て欲しいんです」
「・・・どうしたのかな?」
膝をついてフローラの顔を覗き込む。
「この子はフローラ。多分丸1日位拘束されていました。ああ、手首を見て下さい」
「拘束って・・・。うん、擦過傷が出来てるね」
「事情は後ほどで。お願いできますか?」
「わかった。フローラちゃん?こっちいらっしゃい。」
こっちはこれでよし。次は・・・
「ああ、すみません。さっき連れて来た子ですが、多分入院でしょう。手続きお願いします」
見かけた看護師を捕まえて受付まで行く。
まずは診察の正式な申し込みと、入院についての手続き。
幾つかの書類に記入していると、端末に呼び出し。誰だと思ったら風紀委員長だった。
「志摩です。委員長ですか」
「ああ。ウチの連中で手の空いている奴をそちらに向かわせた。お前の指示に従うように言ってある」
「お。そりゃ有り難いですが、どうして?」
今更犯人側の反撃があるとも思えないが、警戒していると見せる事は必要だ。
「会長の依頼でね。事情は聞いたよ」
「ありがとうございます」
「それからもう一つ。警備隊にも連絡が行ったみたいでね。多分そちらにも事情聴取があると思う」
「了解。まあしょうがないですね」
シャーナガルムが知ればそうなる。しかも犯人は捕まえていないし、捜査協力はする事になるだろう。
やっと少し落ち着いてきた。
一旦外に出ると、シガレットケースを取り出して一服付ける。
深く煙を吐くと、しばらくぶりに穏やかな気分になった。
そんな良い時間を邪魔するように、勝手に空間モニターが開く。メールか?
「何なんだよ・・・」
思わずぼやきながら画面をみると、そこには・・・
『フェニクス決勝戦、終了。勝者 天霧綾斗/ユリス・アレクシア・フォン・リースフェルト』
フェニクスの最終決着を告げる、一斉配信のメールだった。
思わず煙草を取り落とす。
「ふ・・・ふふふ・・・ははは・・・はっはっは。あははは!」
そして久しぶりに大笑いする。
実に良い気分だった。
『綾斗。ユリス。フローラは無事です。ご安心ください。そして―――存分にどうぞ』
良く通るクローディアの声に、二人が笑いあう。
そして。
天霧綾斗が構える。
セル=ベレスタの刀身が黒く輝いた。
ニュースサイトで決勝戦の解説を見ている。
フローラ救助の報をどうやって試合中の二人に伝えたのか、気になっていたが、こうして見ると実況席ジャックはベストだった。これなら確実に伝わるし、その通りになった。
それにしてもセル=ベレスタが使えるようになったタイミングはギリギリだ。結果オーライだが、こうして見ると冷や汗が出る思いだ。全く迷惑な事をしやがって―――
「書記長、ご苦労様です」
「おう。お前らもな。こんな時に済まない」
委員長が言っていた、風紀委員が到着。
ここ数日の夜回りで面識ができた連中だが、その中に面識があるどころではない委員も一人いた。おかげで意識しないと表情が硬くなりそうだった。
「いいんですよ。大体事情は把握しました。それでどうしますか」
配置の指示を与える。
ディスプレイに治療院の構内図を出して気になるポイントを検討、協議し、今夜遅くまで配置についてもらう事にする。
「ではこれで頼む。治療院側には一言断っておくか」
「そうですね。では始めます。皆、行こうか」
それぞれ分かれて行くメンバー。だが。
「・・・七海。どうかしたのか?」
彼女だけはそこにいた。
「・・・いえ。位置につきます」
あんな別れ方をした以上、お互い、気まずさが残る事になった。
気を取り直して処置室に向かうと、沙々宮紗夜が出てくる。
「おう。どんな具合かな?」
「手当は終わったみたい。もう大丈夫」
これ程速く治癒が進むとなると、多分魔法治療が行われたんだろう。
「分かった。医者の説明は俺が聞いておく。夜まではここにいるから、沙々宮はもう帰って休め」
「はい。でもその前にシリウスドームに行きたい」
「ああ、天霧の方か。それも良かろう。だがあまり無理はするなよ」
マクフェイルにも礼を言って引き揚げさせる。
出て行く二人を見送ると入れ違うように1台の救急車が入って来た。ここは急患の受け入れ場なので珍しくもないが、出てきたのは・・・
「リースフェルト!」
「・・・あ、先輩?」
思い起こせば決勝戦では相当なダメージを受けたはずで、すぐここに運ばれて来るのもわかる。
ただあまり外傷は見られず、意識もはっきりしているようだ。
「今回はお世話になりました」
「それはいい。治療が先だ。後でフローラを行かせる」
「・・・! ありがとうございます」
あまり見る事の出来ない、彼女の安堵しきった表情を見る事になった。
治療院に着いて以降、なにかとバタバタしているが、今度こそ落ち着いたようだ。
控室で空間モニターを展開、改めて決勝戦関連の情報を集めてみる。
画面の半分は勝利者インタビューの様子を映している。
いくら決勝とは言え、この時間までインタビューが長引く事はないのだが、今回は事情が事情だ。
画面には当然天霧綾斗。その隣には、なんとクローディアだ。
まあパートナーたるユリスが負傷治療で離れているので、代わりに付き添ったのだが、そこでフローラ誘拐の件を暴露してしまった為に質問が集中、時間も大幅に延長されている。
その結果。
「それじゃあ、表彰式は3時間遅れでスタートだな。、会長は?わかった。ああ、場所が変わったのか。プロキオンドームだな。ならお前たちもすぐ向かってくれ。俺はこっちを離れられないから。うん、頼む」
連絡を終えると、近づく人影に意識を向ける。まあ誰かは分かっていた。
「しばらくだな。お前が来たのか。リキ」
シャーナガルムの制服を着たかつての同級生、リッキー・エコーレットとは今でも付き合いがある。
「ああ。今回も面倒だったようだな。志摩」
「全くだよ。で、事情聴取だな。今ここにいる関係者は皆治療中だ。しばらくは待ってもらわないとね」
正確にはフローラは違うが、あの子は今リースフェルトに付き添わせている。
「分かっている。上司は後から来る事になってる。その前に暇そうな奴に先に聞いておこうと思ってな」
「そんなに暇でもないが。まあいいさ」
この場合、流石に会話の内容がアレだ。ここでは話せない。
外に出るとそこは夕暮れの景色。
改めて煙草を取り出す。
「で、何から話そうか」
たとえ元同級生、、現友人であっても、警備隊の事情聴取となれば仕事の手は抜かない。
そういう相手に話となると、簡単には済まない。
話せる事を話してしまうと(当然のごとく、何度も同じ事を聞かれる)空はすっかり暗くなり、いつもと同じ星空だった。
仕事に戻るという同期を見送って院内に入る。
何か飲もうかと休憩室に向かうと、静かな廊下にカツンという小さな音が響く。
何だろうと顔を出すと、ソファーには缶コーヒーを掲げて微笑み合う二人。
「ささやかだが粋な祝勝会だな」
思わず出た言葉に二人が気付いた。
「先輩・・・」
「邪魔しちまったか。すまん。ああ、今更だが、優勝おめでとう」
「ありがとうございます。先輩にもお世話になりました」
「いいって事さ。ま、この調子で次のフェスタも頼むよ」
「もう来年の話ですか」
「といっても天霧、お姫様には付き合うんだろう」
「・・・はい!」
その言葉の力強さに、ユリスが微笑む。
「おっと。これ以上は本当に邪魔だな。俺はロートリヒトに行くんで、刀藤によろしく言っといて。じゃあな」
「まさか今夜も見回りですか?」
ユリスが驚いたように言う。
「そりゃフェスタ最後の夜だからね」
手を振って出て行く涼。
「あの人、今夜も徹夜かな?」
「・・・大丈夫なのか?」