フェニクス、決勝戦前夜。
再び、ロートリヒトはずれの人気のないビルの屋上。
思いがけず再会する事になったシルヴィア・リューネハイムは今夜も地味な装いだった。
だが、その控えめな容姿の向こうに、圧倒的な力と存在感、そして優美さが見え隠れしている。
しかしそれを気にしてしまうと、かなりの緊張を強いられるので、涼は意識してビジネスライクな会話にする。
「人探し、か。それで私に?」
「そう。行き詰っていたのでね。何とか探知系能力でお願いできないだろうか」
「この前、貴方には協力してもらったし、いいよ。それでどんな人?イメージするのに出来るだけ情報がいるんだけど」
「あ・・・」
涼はここにきて、フローラについての情報をほとんど持っていない事に気がついた。
話した事もなく、年齢すら知らない。容姿については少し見かけただけだった。
「しまった」
「どうしたの?」
フローラについて一番詳しいのはあのお姫様だが、今から来てもらうのか?そうなると何故シルヴィアと関わりがあるのかという面倒な説明をする必要がある。ではデータを送ってもらうか?ただこういう場合、能力の発動にデータ上のイメージだけで足りるかという懸念がある。
となると・・・
「一つ手間が増えるけど・・・天霧綾斗は知っていますか?」
「もちろん。今回のフェニクス、大活躍だね」
「彼も今、フローラを探してここで奔走している。彼ならあの子と直接会って話もしているし、イメージを伝えるには適任だと思う」
「いいね。私も彼には興味あったし。それで、どうする?」
ウィンドウに表示すると同時に位置データを送信する。
「この辺りで見つかると思うので、出向いてくれないかな。ただその出会いは偶然、という事にしておいてくれ。まだ貴女と面識がある事は知られない方がいい。多分」
「じゃあ、この出会いと依頼も秘密?」
「その方がいいかな」
「うん、わかった」
「では、お願いします」
微笑んで頷くと、戦律の魔女はその身を翻してビルの谷間に消えた。
「俺って、締まらねえな・・・」
そうぼやいて、再び煙草に火を点ける。
だが、経緯はともかく、これで後は時間の問題だろう。
いつの間にか、時計の針は決勝戦当日に大きく入り込んでいた。
「先輩!進展がありましたか?」
「その様子だと沙々宮達はまだのようだな」
「はい・・・」
画面には焦燥を隠さないユリスの顔が映る。
「こっちは手掛りが得られそうだよ。天霧が対処中だ。だからしばらくは君から天霧には連絡しないように」
「はい。・・・しかし手掛りとは?」
「かなり微妙な情報源でね。扱いに注意がいる。だから詳しく話せない。すまない。だが間違いなく期待していい」
「わかりました。連絡を待ちます」
一報を入れておいて良かった。ユリスの焦りは相当な物だ。少しは希望を持たせないと学園から飛び出しかねない。
連絡を終えた涼は、再びロートリヒトの雑踏に向かう。
そろそろこれまで通りの見回りに戻ってもいいだろう。
だが。
街を見渡す。
多分この何処かに、あの子が捕らえられている。勿論心配もあるが、何より面白くない。
(タイラントか・・・)
これまでの情報や関係者の意見を総合すると、今回の件、首謀者はやはりレヴォルフ黒学院のトップ、ディルク・エーベルヴァインと見て間違いないだろう。
ただ、涼個人としてはレヴォルフとトラブルになった事は無い。
学園、生徒会としても、正面切っての抗争、裏でのせめぎ合いも多くなかった。
ディルク・エーベルヴァインという人物にしても、悪党ではあっても契約は絶対に守ると公言し、それを実行している点は評価すらしていた。
だが、今回とうとう明確に攻撃を仕掛けてきた。
しかも、フェスタ参加選手の競技妨害という形で。
似たような事は大会前にもあったが、今回の方が遥かにタチが悪い。何しろフェニクス優勝がかかっているし、手段は卑怯、ときている。
(気にいらねえな)
勿論、涼は生徒会役員に過ぎない。他校の生徒会長、ましてや謀略に長じたあの男に対し、何ができるだろう?
それでも。
この時、涼は明確にディルク・エーベルヴァインを敵として認識した。
夜空が蒼くなり始めた。
繫華街の賑わいもかなり薄くなってきている。
これまでのパターンなら、もう街を引き上げる時間だったが、まだ連絡が無い。
進展がわからないのは不安だが、これ以上ロートリヒトを回っていると不審に思われるかもしれない。
考え過ぎかもしれないが、ここで行動パターンを変える事によって思わぬ事態になるのも面倒だ。
ため息を吐くと車に向かった。
待望の連絡は学園に向かう車内で受ける。
綾斗から、居場所を絞り込んだとの知らせがあり、それをユリスが報告してきた。
「良かった。何とかなりそうだな」
「はい。何故ここがわかったのか、綾斗は教えてくれませんでしたが」
ユリスから送られてきた地図データには、再開発エリアの境界付近、北ブロックの一角にマークが付いていた。
「それは大丈夫だ。間違いない。保障する。それよりもう休め。寝てないんだろう?後は俺達が対処する」
「ですが・・・。先輩も休んでいないでしょう」
「俺はもう慣れたよ。気にするな。それより沙々宮達は動いているのか?」
「はい。ロートリヒトに移動中です。夜吹もそちらに向かっています」
「ほう。奴がね。なら情報面でのフォローも大丈夫か」
あの男ならロートリヒトについては涼と同等以上に詳しいだろう。
「よし。これで何とかなるね。やはり君は休むべきだな。ああ、もう天霧も戻るから、一緒に寝たらどうだ?」
「はい、そうしま・・・って何を言うんですか!!」
モニターに悪くない意味で柳眉を逆立たせるユリスが映る。
「はっはっは。俺は一旦学園に戻る。どうしても処理しなければいけない案件があるからね。それが終わったらすぐに出るぞ。ああ、もう一度言っておこう。任せておけ」
「・・・はい。お願いします」
大見えを切った物の、すぐにロートリヒトに戻れる訳ではない。
ユリスに言った通り、外せない業務がある。
生徒会室に入ると、その一つ、気になってた件を早速確認する。
装備局からの通達。
オーガルクス、セル=ベレスタの緊急凍結処理の申請について。
チェックしてみると、申請が出された事が確認され、当該オーガルクスは回収済、となっている。
と言っても実際は天霧綾斗が所持しているので問題無い。(いや、本来なら問題行為だが)
この件を含め、事態に対処する為の手続きや機密保持の処理を手短に済ませるつもりだったが、ここに来てクローディアが不在な事が効いてきた。あれこれと代行処理が必要な案件が持ち込まれる。
「書記長、この件、会長に見て貰わないと」
「もう少し待てんのか」
「そりゃ、まあ、今日はいいですけど」
「ならば待て。銀河の支部長会に呼ばれたんじゃ会長はすぐには戻れん」
勿論そんな事実は無いが、口実としてはこれ以上の物はないだろう。
事後にはなるが、支部長には無理を言って協力してもらっている。
「大丈夫なんでしょうか。今日の決勝戦もですが、その後の閉会式は必ず出てもらわないと」
「リオ、何か聞いてない?」
「すみません。私も詳しい事は何も・・・」
流石に今回の件は秘書であるリオにも話せなかった。
「とにかく。俺が処理できる分はやっておいたから。これから決勝戦と閉会式だ。担当はそろそろ会場に移動する事。もう緊急案件は無いはずだから、他は明日に回せ。俺は先に会場に行くから、後は頼む」
言うだけ言って、部屋を出る。
涼にしては乱暴だが、気掛かりな事があった。
沙々宮達から、発見の連絡が入らない。
これはもっと早く合流して例のブロックの調査に入るべきだったか。
決勝戦開始までの時間は無くなりつつある。
もう待てない。
端末を取り出すとコールするが繋がらない。一体何をしているのかとイラっとした所で折り返しが来る。
「夜吹か。まだ特定できんのか?」
「申し訳無いっす。思ったよりチェックする店が多くて。でも幾つか目星はつけたんすよ」
車に乗り込みながら聞く。ナビゲーターにロートリヒトのマップを展開。
「ほう。で、どこだ?」
「ええと・・・社員研修中の居酒屋、つぶれたマッサージ店、改装工事が止まってるカジノ―――」
「カジノ?改装工事・・・客が暴れて営業停止した所か?」
「お?ご存知で?中が滅茶苦茶になったそうで、工事には時間掛かるのに作業が急に止まっているって事で」
車を出しながら思い出す。以前夜の見回りの時、立ち寄ったバーで聞いた話だった。
「気になるな。それはかなり前から空き家、という事だろう?」
「ええ。怪しいでしょう」
「まずはそこから、だな。いつ頃入る?」
「そうっすねえ・・・。あと10分もあれば」
「俺もすぐ行く。お前さん達の5分後位に着くだろう」
自然とアクセルを踏む力が増す。
制限速度オーバー。レコーダーに記録は残るがやむを得ない。
断続的に能力を発動して周辺の光を歪める。上手くいっていれば車ごと姿を隠せる。これでシャーナガルムに見つからなければいいのだが。
「会長?志摩です。ほぼ場所を絞りました。今向かっています。先に沙々宮達と夜吹が行ってます。―――ええ、何とかしますが、時間的に決勝戦ギリギリになりそうですね。―――なので、天霧達には連絡手段を―――では、そちらはお願いします。ケリがついたらすぐ連絡しますので。では!」
ショートカットして再開発エリア側からロートリヒトの北に廻る。
目的地のカジノが入るビルは知っている。最短ルートで店の前に突っ込んで思い切りブレーキを踏む。
一瞬視界に入った店の正面。ドアが開いている。つまり沙々宮達はもう入っている。
車の停止と同時にドアも開けずに転移で店に跳び込むと、そこはホール状の広間になっていた。そこに大声が響き渡る。
「何で俺様が一人でこんな役をやらされなきゃならねぇんだ!!」
何とレスター・マクフェイルだ。
煌式武装の大斧を振るって妙な黒い影を薙ぎ払っている。影という事は・・・ダンテかストレガの設置型の能力だ。つまり犯人はそういう能力者か。
「わかってるよ。一人じゃやらせねえって」
涼も煌式武装を展開、影に叩きつける。あまり手応えはないが、それでも影は消えていった。
「あ、あんた生徒会の・・・!」
「おう!沙々宮達はどうした?」
「地下だ。多分犯人は―――」
その時、奥の階段から銃声と閃光。沙々宮の銃型煌式武装の発砲だ。
「なるほど、ねっ!」
影を叩き飛ばしながら答える。あっちはどうやら犯人と戦闘中らしい。
とにかく腕を振るい、転移で動きながら影を叩く。突破して地階に行きたいが数が多い。しかもすぐに復活してくる。
「マクフェイル、まだやれるか?」
「当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる!」
「ならいい。しかし・・・」
これはかなりきつい。何とか打開策を、と焦り始めた所で、地階から轟音と閃光。
強力な煌式武装の砲撃、と思った所で影が一斉に消えた。
「こりゃあ・・・」
「ああ、ケリがついたな。行くぞ」
下のフロアに飛び降りると、派手に破壊された壁と柱。そして・・・
「綺凛!しっかりしろ、綺凛!」
「刀藤様!刀藤様!」
「沙々宮!落ち着け!犯人はどうした!」
「取り逃がした。それより綺凛が!」
「わかっている。少し待て。マクフェイル、まだ油断できん。周辺警戒!」
「お、おう!」
鏡像展開と転移発動。一瞬で車に戻ると、ファーストエイドキットを掴んで舞い戻る。
「先輩・・・」
「ああ」
倒れた刀藤の下に血溜まりができている。負傷は・・・脇腹か?
服を引き裂くと手が赤く染まる。
滅菌精製水のボトルを取り出して水をかけると傷口が露わになった。酷くは見えないが深いのか?違う。貫かれている。
「不味いな」
内臓も傷ついているかもしれないが、まずは出血をなんとかしないと。
ガーゼパッドに止血ジェルを塗って傷に当てると、テーピングベルトを取り出す。これで何とかなればいいが。
「先輩、綺凛は・・・」
「ああ。この出血量、普通は30分経過すると生存確率が50%を切る」
「そんな・・・!」
「心配するな。俺達はジェネステラだ。普通じゃない」
「そ、そうか・・」
「よし。行くぞ。フローラは歩けるな?」
「は、はいっ!」
涼は意識を失いかけている綺凛を抱える。
「ここを出るぞ。マクフェイル先導しろ。沙々宮はフローラをフォロー。さあ走れ!」