フェニクスの予選が終わった。
今日は本戦組み合わせの抽選会のみ行われる。
そのせいか、星導館校内の雰囲気も少し落ち着いていた。
今の所、星導館の戦績としてはほぼ予想通りになっていて、大きな番狂わせは無い。
本戦出場を果たしたのはペアは4組だが、期待されるのはやはり天霧/リースフェルトペアと刀藤/沙々宮ペアである。他の2組については、残念ながら4回戦突破すら難しいだろう。
こうして見ると、今回のフェスタもこれまでの成績不振が響いている。天霧達が突出して優れていて、他の学生のレベルが上がった訳ではないのだ。
今後を考えると、特に高等部学生の実力を引き上げる方策が重要となりそうだった。
ちなみに、予選敗退でも予想以上の善戦をしたペアも存在する。
そういった学生に対し、フォローするのも生徒会の仕事になる。
正式に褒賞を出せるのは本戦出場が最低条件になるので判断が難しいが、今後の成長、活躍につなげる為に学生のモチベーションを上げる意味もあり、何らかの配慮が必要だった。
その対応の為、喫煙ブースで煙草を燻らせながら空間ウィンドウ表示の予選結果を眺めていた涼の視界に美しい人影が入ってきた。
「・・・!」
ここで話す訳にはいかない。
灰皿に煙草を放り込むと、強化ガラスのドアを開けて外に出る。
「おはようございます。涼さん」
「昨日はどうも。クロちゃん」
大学部校舎前の道は閑散としていた。
それだけに彼女の存在が映える。
だが。
「何だか随分機嫌が良いみたいだね」
「そうですか?まあ懸案を上手く解決して頂きましたし。改めて、お礼申し上げます」
「そこまで言わなくてもいいよ」
「いえ。私が出たら無理だったかもしれません。あの子が相手でしたから」
「ああ、レティはクロちゃんの事となると冷静じゃ無くなるからな。個人的な勝敗にそれ程拘るような子じゃないと思っていたんだがね。何か知らない?」
「どうでしょう?まあ家同士の確執が無いとは言えませんが」
クローディアとレティシア、共にヨーロッパの名家出身らしい。
「ああ、そっちもあるのか。大変だねえ。ん?もう行くのか?」
本選組み合わせ抽選会はフェスタのメインステージ、シリウスドームで行われる。実際に抽選に参加するのは原則として各学園の生徒会長だ。星導館は当然クローディアがくじを引く事になる。
「はい。抽選の場以外は生徒会専用ブースにいますので、何かありましたらそちらに」
「わかりました。会長。お気を付けて。こちらはお任せ下さい」
涼は最後に部下としての態度に戻り、彼女を見送った。
妙に足取りの軽い彼女の後ろ姿で気が付く。
彼女の機嫌が良いという事はひょっとして天霧絡みか?何があったんだろう?
クローディアの事はともかく、今日の涼はその他にも処理すべき案件がある。
例の事件の対応はまだ続いている。
「こちらの金額、何とかなりませんか?ガラードワースの方はまだ仕方ない面がありますが、このままだと予算枠完全にオーバーです」
生徒会室にて、会計の澪が不機嫌な声で言う。
まあ賠償金の対応なんてどう考えても気分が乗らない仕事ではある。
「ガラードワースではなく店の方が吹っ掛けてきたか・・・」
事件現場の店には確かに迷惑をかけたが、送られて来た損害の見積書にはかなり納得のいかない数字が並んでいる。
「正直面白くないが、ここで揉めても印象悪くするだけだしな。何とかするしかあるまい」
「無い袖は振れませんよ。ガラードワース側から少し出ませんか?」
「こっちで持つと言っちまったからなあ・・・異例だが、風紀委員会予算から引っ張れないか?それでだめなら学園側と交渉するしかない」
学園側に頭を下げるのは最後の手段だ。代償として生徒会の行動に干渉されかねない。
そんなこんなで事務処理を続ける。
昼食も済ませて、再びスタッフが生徒会室に集まってしばらく経つと、全員の端末に同時に着信。
「決まったか!」
室のメインモニターを切り替える。
「・・・これは!」
そこにはフェニクス、本戦のトーナメント表。
「あー・・・来ちまったか・・・」
全員の注目を集めたのは、4回戦の第11試合。
天霧/リースフェルトペア vs ウルサイス姉妹。
星導館のトップがレヴォルフのトップと対峙する事になった。
「大丈夫かな・・・」
誰かが呟く。確かに強敵。
一方、刀藤/沙々宮ペアの方は準決勝までは進めそうに見える。
残り二組は・・・やはり4回戦止まりだろう。
この本戦、星導館学園としても厳しいものになりそうだった。
夕刻。
戻ってきたクローディアに決済案件を依頼すると、打ち合わせもそこそこに生徒会室を出る。
丸投げしたみたいで心苦しかったが、涼は涼でやる事がある。
今夜から再び、連続で夜の街の見回りに入る事になった。
何しろあんな事があったばかりで、警戒しない訳にはいかない。
そしてもし似たような事が起こりかければ、問答無用で介入して力で抑え込むという過激な方針となった。
そうなると、生徒会側ではそれなりの戦闘力を持つ涼がメインで対応するしかない。涼もそれは納得している。
連日の寝不足も覚悟の上だった。
まずは商業エリアまで、車を走らせる。
夕方、フェスタ期間中でもあり、交通量は多い。それを承知でオートドライブを解除、自らハンドルを握る。
商業エリアの外側に着く頃には空に星が見えるようになっていた。
適当な駐車場に車を入れると、仕事の始まり。
薄暮のメインストリートを歩き始める。
並ぶ店は相変わらずの賑わい。観光客が多い。
だが学生の姿は減っているように見える。
フェスタ開催中なので忘れがちだが、現在アスタリスクの六学園は夏季休暇中。そしてフェニクスも予選が終わり、参加中の選手は開始時の実質1割強程度まで減っている。となると、関係者も含めてかなりの学生が帰省、旅行等でアスタリスクを離れているだろう。何しろ学生の外出許可が出やすい時期でもある。多くの連中が学生らしく夏休みを謳歌しているはずだ。
では自分はどうだと自問する。
フェニクスが終わった後、その結果に対してあれこれ処理する案件が出るだろうが、それでも今月末には暇ができると思われる。
せっかくだからどこかに行ってみるか?
誰かと一緒に。
では誰と?
優を始めに幾つかの顔が思い浮かぶが、そもそも自分に付き合うかどうかという問題が―――
「涼」
「!」
丁度優の事を考えていたところに、彼女から声がかかる。あまりのタイミングに声を失う。
「どうしたの?」
「いや、何でもない。お前さんも今夜の担当か?」
聞くまでもなく、制服姿に風紀委員の腕章。
「うん。今夜と明日も。涼は」
「俺はフェニクス終わるまで毎晩だな」
「うわ。かわいそ。いいの?」
「いいも悪いも無いよ。そう思うなら付き合ってくれ」
とは言え見回りが終わる頃は夜が明けるだろうから、そこから遊びに、は無理。結局は今夜どう動くか、との話になる。
簡単に打ち合わせを行い、まず商業エリアを手分けして周り、日付が変わったら歓楽街で合流、こちらを組んで周る事とした。ロートリヒトの方が危険との判断だった。
表通りをざっと見て周ると、一旦休憩、夕食にする。
目に入ったピザのチェーン店の2階に上がる。
適当にセットメニューを選ぶと、ライトビールをつけて窓側の席についた。
夜の街が見える。
明るく照らし出された通りには多くの人が行き交う。
皆楽しそうではある。観光ならそうだろうし、学生でもフェスタに関わっていなければ気楽な夏休みだろう。
涼も生徒会に関わっていなければ、気楽な学生でいたはずだ。
失った物。例えば時間。あるいは平穏。
でも。
誰かの姿が思い浮かぶ。
何とはなしに、ビールのグラスを街に向かって掲げてみる。
やはり後悔は無い。
今までも。多分これからも。
結局の所、商業エリアは平穏だった。特に問題無く見回りをすまして日付が変わる。
0時。
歓楽街入口で優と合流。
場所が場所だけに、一気に柄が悪くなる。学生服姿もほとんど見えなくなった。
まあこの時間、この場所に遊ぶのに制服で来る奴の方が珍しい。
それだけに・・・
「わかっていたけど目立つね。私達」
「だよな。まあ抑止力にはなる」
こんな所で制服姿、しかも片割れは風紀委員。少しでもわかる奴らなら、騒ぎを起こす気にはなれないだろう。
並んでゆっくり通りを歩く。
雰囲気は悪くない。だが少し緊張感がある。まあこちらは警備隊による取り締まりが厳しくなっている関係で、色々な店の経営者側―――つまりはマフィア連中―――が警戒しているからだ。
「これは・・・こっちより商業エリアのチェックを続けた方が良かったかもな」
「そうだね。黒服が目立つし。この辺りで学生の喧嘩なんておこらないかも」
相談の結果、裏通りを一回りした後、商業エリアに戻る事にした。
路地を一つ入った通りを見て行く。
時々黒服連中に出くわして、視線が交差する事もあるが、特に揉める事も無い。
騒ぎを抑える、という点においては目的が一致しているせいだろう。それがどうも可笑しかった。
そのせいで気を抜いていたんだろう。
気配に気がつかなかった。
「こんばんは。また会ったね」
大通りに戻ろうとしたところで声が掛かった。相手はこれまたハイレベルな美少女。本来なら縁も所縁も無かった相手だが・・・
「!」
「・・・誰?」
全く予想していなかった出会い。
まさかこの場所で再会するとは。
(シルヴィア・リューネハイム!)
思わず声が出そうになるのを何とかこらえた。
「・・・これはこれは。また会うとはね。意外だよ」
再会があるとしたら、生徒会業務絡みだと思い込んでいた。
「どうしても聞きたい事があって。いきなりで悪いけど、時間ある?」
「そうだな・・・」
「ちょっとちょっと。何なのよあなたは!」
優が文句をつける。まあ当然だろう。シルヴィアはこの前と同じく、地味目な装いに光学制御で髪の色を変えているので気付いていないが、案外相手の正体を知ってもそうするかもしれない。
「すまんが優、今夜の見回りは終了する。お前はもう帰れ」
「はあ!?あんた何考えてるのよ!珍しく逆ナンされたからって調子に―――」
「そういうんじゃないんだよ。いいから帰れ」
「あんたねぇ・・・」
思い切り睨みつける優。対する涼は全くの無表情。
「・・・はあ」
ため息を吐いて踵を返したのは優だった。
その後ろ姿、相当怒っているのは分かる。
「良かったの?」
「今更それを言う?」
「ごめんね。ただどうしても聞きたい事があったの」
「『会長』がそこまで言うなんて。あまり気楽な話じゃないのかね」
「場所、変えよっか」
「仰せのままに」
再び路地に入り、幾つかの角を曲がる。
彼女が地味なビルの前で立ち止まる。
一体どうした?と問いかけようとした矢先、垂直に跳び上がった。
あっさりとビルの屋上に舞い上がる。
涼も慌てて後を追う。だがジャンプ力ではまるで届かない。能力発動。屋上に転移した。
「はあ。これからは『能力』じゃなくて体も鍛えないとな」
「それよりも煙草、止めたら?」
「それを言われると痛いな」
見上げると星空に少しの雲。繁華街の喧騒は遠くなっている。ただ街の明かりは弱いながらもここまで届いている。その淡い光に照らされたシルヴィア・リューネハイムの姿は幻想的な美しさがある。
「それで、何の話かな?他校とは言え生徒会長。まあ敬意は払うが、何でも言う事を聞く訳にもいかないな」
「うん・・・そうだね」
「で、何が聞きたい?」
「いいの?」
「内容による」
「・・・エクリプス」
意外な相手から、意外な言葉を聞く事になった。