ある補佐役の日常・・・星導館学園生徒会にて   作:jig

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IN HEAT

 

 

 

アスタリスクに雨が降る。

 

夏の雨。

 

気温は下がるとはいえ湿度が最高、実に不快な空気になる。

 

空調の効いた室内はそうでもないが、灰色の空と窓を流れる雨粒を見て良い気分にはなれない。

 

もっとも生徒会室の空気が微妙なのは天気のせいだけではなかった。

実務スタッフのトップである書記長、志摩涼の雰囲気がどこか重かった。

 

別に普段から賑やかという男ではないが、仕事中にあえて空気を悪くするような事は決してしない。

むしろその逆で、偶に冗談や軽口で気分を変える。

だが今日は静かなままだ。

これでクローディアがいればまた違うのだが、生憎不在。

フェニクス開幕直前特別番組のインタビューでメディアを廻っている。

 

その涼だが、何故大人しいかというと。

 

(うーん。わからん)

 

昨夜のロートリヒトでの邂逅。

 

シルヴィア・リューネハイム。

 

クインヴェール女学園生徒会長兼、世界最高のアイドル。

 

そんなとんでもない存在が、姿を変えて自らロートリヒトで人探し?

どうにも理解できなかった。

はっきり言って異常だ。

 

異常、となると、例の支部長に報告しなければならなくなるが、この件は何となく言いにくい。

言わないでと頼まれなくても、『上』に対しては話したくなかった。

そうなると・・・

 

(とりあえず、『直属』の上司に相談するか・・・)

 

むしろこんな事を話せるのは彼女しかいない。

口止めされているので心苦しいが。

 

 

「そういえば、明後日か。早いもんだね」

 

フェニクス開幕日も、すぐそこまで来ていた。

 

 

 

 

雨も上がり、雲の切れ目から月の光が差し込み始めた深夜。

 

女子寮の最上階、クローディア・エンフィールドの自室。

 

ここで会うのは避けるべきだが仕方がない。

そもそも彼女も帰ってきたばかりでまだ制服姿だった。

 

涼も同じ制服姿。これは話す内容の為。完全に仕事モードだった。

 

「こんばんは。涼さん。今日は『バイト』はよろしいのですか?」

 

「その件で相談があります」

 

「はい。どうぞ」

 

いつものように微笑むクローディア。その表情に曇りはなかった。

 

 

 

 

 

「そうですか・・・《戦律の魔女》(シグルドリーヴァ)が・・・」

 

「ああ。驚きましたよ」

 

「ですが不自然ですね。彼女ならそんな必要は無いはずです。それこそ探知系の能力を発現させればすむはずですし」

 

「同感です。となると考えられるのは・・・」

 

「探知妨害の技術を使っているのでしょうか?これについてはダンテである涼さんの方が詳しいですね」

 

「それ位しか思いつかないですよ。それに何故この時期に、という事も」

 

「そういえば、彼女は欧州ツアー中だったはずです。フェニクス開会式も欠席の予定になっていますし」

 

「となると、ツアー中にわざわざ帰ってきて自らロートリヒトで探し回る?尚更不可解です」

 

扼腕して俯く涼。思考がネガティブな方向に落ちる。

 

「涼さん」

 

「うん?」

 

「この件について、貴方が気にする必要はありません」

 

「!」

 

「確かに良く解らない事態ですが、彼女の事をそこまで気に病む理由があるのでしょうか?」

 

「そりゃそうですが」

 

「それに『上』についてもそうです。そこまで不利なのですか?」

 

「そう言われると・・・」

 

今の所は貸し借り無しの状態。いや、刀藤室長の件はそう大した事を依頼した訳じゃないし、今後の対処も不要だから・・・

 

「うん、黙っていてもそう不味くはないか」

 

「ならばよし、ですね。問題になるなら私が引き受けます。その程度の影響力はあるつもりです」

 

「ありがとうございます。しかし」

 

「どうしました?」

 

「世の中、そこまで言ってくれる上司を持つ人は、あまりいないらしいですね」

 

そう言うと笑顔になる。

問題が解決したとは言わないが、相談して良い結果にはなったと思う涼だった。

 

(切り替えよう。どうせ当分の間、再会はないだろうし)

 

 

だが、その予測は外れる事になる。

 

 

 

 

 

次の日、快晴。

 

フェニクス開幕前日。

 

学園は夏休みに入っているので、普段より学生の数は少ない。

但し今年はフェニクスがあるので、参加、関係する学生は残っているので閑散、といった雰囲気にはならない。

 

いや、むしろその逆。

 

学園内は静かな緊張感が感じられる。

 

まさに開幕直前という事か。

 

既に何度か体験してはいるが、涼はこの雰囲気が好きだった。

フェスタに関わる学生達の闘志と緊張感。

アスタリスク全体を包む興奮と開放感。

 

そういった空気が混ざりあって、何とも言えない高揚した雰囲気がもたらされる。

特に今年は星導館学園の戦力が向上しているので、戦績も期待できる。

 

そんな空気に、涼の意識も変わる。

まあ昨夜の『上司』からの一言も効いているが。

 

 

「開会式のスケジュールに問題は?」

 

「ありません。全て予定通りでイレギュラー無しです」

 

「会長は?」

 

「明日、午前7時にシリウスドームにお入りになる予定です」

 

「うん。最終チェックはこんなところかな」

 

生徒会業務としての、フェニクスに対する準備も終わりを迎えた。

試合が始まればその結果フォローのあれやこれやでまた忙しくなるが、今だけはほっとした空気が流れる。

 

「それで、最終データでのシミュレーション結果はどうだった?」

 

全参加者のデータから、試合結果を予測するプログラムが存在する。

もっともその精度はあてにならない。何しろ入力するデータからして正しいとは限らない。

よって算出される結果も推して知るべし、といったところ。

涼も本気ではなく、息抜きで出した話題のつもりだった。

 

「ああ、あれね。今年は凄いよ。何と天霧君のペアが優勝、刀藤さんのペアが準優勝!」

 

おおっ!と室内が沸く。確かに星導館のペアでワンツーフィニッシュとなれば快挙だ。

 

「凄いな。でもいくら何でも出来すぎだろ?」

 

「いやー。案外ひょっとしたら・・・。何しろ今年はそんなに強力な面子がいませんからね」

 

「そうかな?」

 

まだ知られていないが、涼はアルルカントの連中が戦闘用パペットをフェニクスに持ち込むべく動いている事は知っていた。確定情報ではないので伏せている。

 

「ウチ以外で強力な選手というと、レヴォルフのラミレクシア位でしょう」

 

レヴォルフ黒学院の序列3位、イレーネ・ウルサイスは確かに相当危険な相手だろう。

 

「後はガラードワースのページワンと、界龍の双子ペア位・・・それにしたって絶対的って訳じゃないし」

 

しばし、シミュレーション結果から、各メンバーの感想で盛り上がる。

それはそれで楽しかったが、そろそろだな。

 

 

「それじゃ予定通り、明日は会長と一緒にシリウスドームに行ってもらう。朝早くからすまんが。開会式が終わったらそれぞれ担当会場に、試合開始前までに入ってくれ」

 

「はい」

 

「俺は今夜は別として、基本学園内にいる予定だから、明日もここで待機だ。問題起きたら連絡くれ。ではそろそろ解散しようか」

 

 

 

 

 

そして夜が来る。

開戦前夜。

 

大賑わいの商業エリア。

アスタリスク、年に一度の大イベント、フェスタ観戦でやって来た多数の観光客で、人通りは普段とは比較にならない。

涼はその喧騒の中を、ゆっくり歩いていた。

 

今夜は『バイト』ではない。

 

何しろフェスタ開幕直前、前夜祭と言って騒ぎたがる学生も出てくる。

そういった連中がやりすぎないように見回りをするのも生徒会(そして風紀委員)の仕事だった。

まあ面倒といえば面倒だが、涼はこういう空気も嫌いではない。

半分楽しみながら、夜の街を廻る。

 

あちこちから楽し気な声が上がる。

遠くからは路上ライブかパフォーマンスか、ギターとドラムのリズムが聞こえる。

若者の集団が何度も通り過ぎて行く。

そして夏の夜特有の熱く粘りのある風。

まさに祭りの夜。

 

この雰囲気に、思わず顔がほころぶ。

 

「よう志摩! 何にやけてやがる!ちょっとキモいぞ」

 

オープンテラスで飲んでいた星導館の一団から声がかかる。

 

「るせー!余計なお世話だ。大体テメーは明日試合だろうが。早く帰って寝やがれ!」

 

笑いながら怒鳴り返してやる。

そうは言ってもこの時間ならまだいいだろう。試合前、緊張でガチガチになるよりはマシだ。

そこに新たな声。

 

「涼~!楽しんでる?」

 

「優か。真面目に仕事しろ」

 

「してるって。夕方からずっと見回り。だからちょっと休憩しよ!」

 

風紀委員も忙しい。

それにこの後、歓楽街の方も見に行かなければならない。

トラブル発生の確率は上がるが・・・

 

「まあ、俺にはトラブルの連絡はないが、そっちはどうだ?」

 

「ん~?別に何もないかな?そろそろ喧嘩の一つ位、と思ってたんだけど。今年は大人しいね」

 

これだけ人が集まると、参加選手ではなくその取り巻きが、俺の友達が強い、いやウチの選手だ、と言いあって諍いが起きるものだが、少なくとも風紀委員が見ている範囲では問題無いらしい。

 

「それじゃ一杯位飲むか。空いてる店があれば、だけど」

 

今夜は日付が変わっても、この街の賑わいは変わらないだろう。

良い店を見つけられるかは運次第。

 

「一休みしたらロートリヒトだね。手伝ってよね。こっちは多分大丈夫でしょ」

 

「そうだね」

 

夜空を見上げる。

今夜はずっと、この熱気を楽しめそうだ。

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

いよいよフェニクス開会式。

 

シリウスドームの中央に作られた演壇にて、運営委員長が気さくな、それでいて信用しきれない笑顔で観客の歓声に応えている。

その周りには六学園の生徒会長を先頭に、参加学生が列を作っている。

やはりクインヴェールはあの歌姫会長ではなく、代理を置いている。(それは界龍も同じだったが)

星導館はと言えば、ペアで並ぶ選手の前にクローディアが静かに佇んでいた。

 

生徒会室に持ち込んだ大型空間モニターで、ライブ映像を見る。

更にその周りのサブモニターには、式典の様子だけでなく、試合進行状況や結果、トーナメント表などが表示されていて、結構壮観ではある。そんな状態で部屋の照明を落として薄暗くしてみると・・・

 

「まるでCIC(戦闘情報処理室)だな」

 

といってもフェニクスの試合内容をコントロールできる訳はないので、あくまで印象である。

 

「ちょっと書記長、何やってるんですか!」

 

涼と同じ留守番組の澪が抗議。

彼女の席の前にはモニターだけでなく紙の書類も並んでいる。

 

「ああ、すまんね」

 

瑞月 澪。

星導館学園大学部1年。生徒会会計。

 

フェニクス前半、予選期間中は会場でなく学園内待機となったが、その時間を利用して来期予算案のとりまとめを始めたらしい。少し早い気がするが、真面目な性格につき、何事も前倒しで処理しようとする所がある。

 

「相変わらずお堅いねぇ・・・」

 

ソファーに横たわって半分寝ていた優が呟く。

 

「・・・七海先輩、何してるんですか?」

 

結局昨夜は見回りでほとんど寝ていない。

涼は一晩の徹夜位は苦にしないが、優はそうでもなかった。

だからといって―――

 

「確かに風紀委員が生徒会室でゴロゴロしているのはどうかと思うよ」

 

「いいじゃん。暇だし」

 

「だったら寮に帰って寝て下さい!」

 

何とも対称的な二人が言い合う中、モニターでは式典が終わろうとしている。

 

(いよいよか・・・)

 

今年の星武祭、フェニクスの始まり。

 

涼にとってはちょっと締まらないスタートになったようだ。

 

 

 

 

 


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