7月も後半になると、再び多忙な日々に戻る。
例の決闘の結果、序列1位が変わった結果の手続きは済ませたが、それが終わったと思ったら刀藤綺凛と沙々宮紗夜がフェニクスに予備登録してきた。
エントリーは締め切られていたが、出場キャンセルがあった場合にその枠に後から登録する事は可能であり、運営側も欠場はなるべく避けたいのでそういう時は積極的に代理出場者を求めてくる。
この場合もしばらくするとキャンセルが出たので、即座に正式登録する。
この結果、新旧序列1位が参加する事になり、今回のフェニクスにおける星導館学園の成績に期待が高まった。
そしてフェニクスの試合組み合わせが発表される。
今度は試合順序、場所、最新のルール等をまとめて各参加学生に連絡する。
それと同時に、参加学生の対戦相手についてもデータを収集する。
他学園の事もあり、こちらは簡単にはいかないが、特に強敵と思える参加者についてはできるだけ詳しい情報が必要だ。
と言っても今回のフェニクス、他学園の参加学生をチェックしていくとあまり強力な面子が見られない。
このまま試合が始まれば結果は大混戦、になりそうだった。
そんな感想を抱きつつ、クローディア以下生徒会のスタッフは連日遅くまで学園内で業務を進めていた。
もっともこの男の場合は学園内だけではすまなかった。
夜。
学園正門近くにて。
「こんばんは。涼さん。今から外出ですか?あまり夜遊びはどうかと思いますが」
月と街灯の光が重なり、蒼い光に包まれた路上。
そんな光の下でも、クローディアの姿は輝くようだった。
「見つかったか・・・夜遊びというかバイトなんだが」
そう返した涼の方は、目立ちたくないのか暗がりを選んで歩いている。
「申請はしていませんよね。ああ、そういうバイト、ですか?」
「俺も『上』とは多少縁があってね。気付いていたんじゃないか?」
「ええ、少しは」
「言っておくがクロちゃんが不利になるような立ち回りはしていない、つもりだ」
「わかっています。ではお気をつけて。あまり遅くならないように」
「すまんね。いずれ話せる事は話す」
そういって涼は闇の中へ消えた。
夜のロートリヒト。
その猥雑な賑やかさの中を、涼は縫う様に歩いている。
(うーん。クローディアに見つかったのはマズかったか?)
そうは言っても最近、週3日程のペースで夜に出歩いていればいずれわかる事だっただろう。
大学生の夜遊びは珍しく無いとはいえ、今の時期にこの頻度で歓楽街に行くのは涼らしくない行動だったので、不審に思われたかもしれない。
とは言え、涼も遊びでやっている訳ではない。先に言ったバイト、というのも嘘じゃない。
(まあいい。今日はどのブロックを見るかな?)
バイト、とは言ったが金が出る訳ではない。
今回は例の支部長の依頼で動いている。
彼との付き合いは長い。というより元々は親が彼の友人かつ同僚だった縁から始まった付き合いだった。
そして涼が本格的に生徒会の活動を始めてから、その縁を利用し利用されてこのような関係になっている。
つまり、統合企業財体銀河の管理職としての影響力を提供される代わりにそれに応じた働きをする、という事だ。
もう何度もそんな交渉を持っている涼だが、今回ばかりは少し戸惑っている。
先日、(勝手に)訪問した支部長室で提示された内容。
色々回りくどい表現をされていたが、要約すると
『ロートリヒトにおける他学園学生の動向を調査し異常を報告する』
という、解釈次第ではどうとでもなる曖昧なものだった。
学生の動向、とは?
異常とは何をもって異常とするのか?
その辺りについては何の指定も無かった。
(あの人は一体何を考えている?何を知りたいんだ?)
ただ、彼は涼の事を手段の一つと言った。
という事は他にも、別の指示で動いている人員がロートリヒトに入り込んでいるかもしれない。
そうなるとあまり手を抜く事もできない。
そんな訳で、モチベーションが上がらないまま、今夜も繁華街をぶらつく涼だった。
もうフェニクス開幕前夜と言っていいロートリヒトの雰囲気は、派手な賑やかさの中に僅かな緊張感が混じる。
特に観光客の集まり易いスポットには、警備隊の人員配置が始まった、と云う非公開情報が旧友の警備隊員であるリッキーから提供されていた。
そのせいかこの街の裏を取り仕切るマフィア系の人間の姿も増えたような気がする。
特に目的もなくぶらついていても、その程度の事は見えてきた。
黒服の姿が多い、といってもそれ程雰囲気が悪い訳ではない。
多分奴らの仕事は店や路上で起こる揉め事を小さい内に抑える事だろう。騒ぎが大きくなればそれだけ警備隊に介入され易くなる。
それだけに、いかにもチンピラ、といった姿の数人が、まとまった動きをしている事に違和感を覚えた。
この状況にしては、僅かだが目を引く。
何をしているかと思って良く見ると。
(良くある事か・・・)
何の事はない。一人の、ちょっとかわいい系の少女の後をつけている。
(どうしたもんかな?)
こういう場合、つけている方に良からぬ目的があると相場が決まっているのだが、あえて干渉する理由も無く。
ただ何となく、その一団の後について行き、雑踏に見え隠れする少女の姿を目で追って―――
「・・・!」
違和感。
はっきりと感じた。
その少女の姿、というより見え方が何かおかしい。
(こいつは面白い)
退屈な仕事に初めて変化が起きそうだった。
得てして追う者は自分が追われているとは考えないものだ。
もっとも連中の様子といえば、ターゲットに気を向け過ぎていてほとんど周りを注意していない。
尾行する側としては楽なものである。
それでも慎重を期して、能力を併用しながら後を追う。
追跡する事、しばし。
すぐに気が付いたが、先頭の少女は明らかに人気の少ない方へ向かいだした。
そろそろロートリヒトと再開発エリアの境界あたりに入りそうだ。
追う男達は単純に足を速める。
ビルの谷間に追い込んだのか?と思ったが・・・
「おい、いないぞ?」
「どこ行きやがった―――」
「探せ!捕まえて―――」
(ま、そうなるよな)
あの少女の動きは明らかに尾行を意識してのものだった。
連中をわかりやすく1か所に集めて姿を消す。
見事なやり方だ。まず間違いなくジェネステラ。そしてストレガの可能性大だ。
そうなるとあの子の事も気になるが、まずはこの連中だ。目的位は知っておく必要がある。
荒っぽいやり方になるが、多分遠慮は要らない奴らだろう。
涼が右腕を振ると、手に煌式武装の発動体が収まる。
「ライドル」
そう囁くと、音声を認識してマナダイトが反応、青く輝くロッドが形成される。
能力発動。
そのまま騒ぐ男達の中に跳び込んだ。
「てめえ!俺達にこんなマネしてタダで済むと思うなよ。俺達はな―――」
「そんな事は聞いてない」
そういってもう一度、男の顔を壁に叩きつける。
軽い打撃と共に、少しは大人しくなった。
その周りには数人の男が気を失って倒れている。
「言え。何故後をつけていた?」
男の腕を背中に回して抑え込み、体を後ろから壁に押し付ける。
首にはルークスを押し当てている。
これで男は動けず、こちらを見る事もできない。
「ふざけるな・・・言う訳が無い・・・」
「そうか?ならこのまま首を潰してやる。それで他の奴を起こして聞く。喋る奴は一人いればいいんだ」
ルークスを首に押し込む。こいつは打撃武器なので、切れはしない。だがジェネステラの腕力で押し込まれると・・・
「ま、まて。わかった。言う、言う!」
呼吸困難と激痛のコンボに男は耐えきれず悲鳴のように言った。
「あいつが最近、俺達の店の周りをうろついていたんだ。何か探してるような・・・それで捕まえろと」
結局大した理由でもなかった。
締め上げてもそれ以上の情報も出てこなかったので、意識を刈り取ると路上に放り出す。
「我ながら、外道だな、自分は」
涼はため息をついて夜空を見上げると、上空に転移する。
『本命』の姿を見失っていたが、見え方の特徴は覚えた。転移を繰り返しながら見下ろすと、すぐに見つかった。
それなりの高さのビルの屋上。
手摺に体を預けて街を見下ろしている。
(では、コンタクトといきますか)
その子の隣に転移した。
「!」
涼は音も無く出現したのだが、すぐに気付かれた。
「・・・誰?」
すぐには答えず、非礼を承知で彼女の姿を見る。
こうして向き合うと、美少女という事がはっきりと分かった。
大き目の青いベレー帽に少し飾りのついたブラウス、白いソフトジーンズ風のパンツルックだが、全体的には地味な印象、それなのに強い存在感。そしてこの状況に驚きはしたもののすぐに落ち着きを取り戻している。大した胆力だ。
しかし妙なのはその髪の色。
美しい栗色の長髪だが何故かその色に違和感がある。
そう思った時にやっと気が付いた。
「ああ、そうだったのか。突然すまない。失礼しました。会長さん」
「あららら? もしかしてバレちゃったの? それはそれは。で、私の変装を見破った貴方はどちら様?」
会長、といっても涼の、ではない。
クインベール女学院生徒会長にして世界の歌姫、シルヴィア・リューネハイムがその少女の正体だった。
「申し遅れ、重ね重ね失礼。星導館学園、生徒会書記長、志摩 涼」
「星導館の生徒会・・・ああ、パルカ=モルタ(千見の盟主)と一緒にいた人かあ。去年、見かけた事はあったね」
学園のトップという立場は同じ。パルカ=モルタ、つまりクローディアとは比較的良い関係らしい。
「覚えてくれていて光栄だ。直接会う事ができて嬉しい。こんな場所じゃなければなお良かったんだが」
「ん?ひょっとして口説こうとしてるのかな?」
「残念ながらそれは無い。音楽の趣味は違うし、気になる女は他にいるよ」
「それはそちらの会長さんの事?」
「ご想像にお任せします。今は生徒会の一員として、貴女がこの時間にこんな所にいる、その理由に興味があるな」
「うーん。言えない事もないんだけど。まずどうして私の事がわかったのかな?」
その問いには答えるつもりだったが、少しブランクをいれたい気分になった涼はシガーケースを取り出す。
あまり良い印象は与えないだろうが、承知で煙草を取り出すと、咥えて火を点ける。
「失礼。ああ、俺はこれでもダンテの端くれでね。能力柄、光の反射はよく『視える』。何か光学制御機能を使ってないかな?」
「・・・そういう事か」
彼女がヘッドセットに触れると、髪の色が変わる。
本来の美しい紫だ。
単純に強かった存在感に、華やかさが加わった。
「やはりね。それでまあ、気になった訳だ。妙な連中に付けられてもいたし」
「ああ、そうだったね。そういえば気配が消えたけど、貴方が?」
「うん。まあ余計なお世話だったかもだけどね。それで、何故こんな所に?」
彼女は答えず、再び夜の街を見下ろす。
涼もすぐに答えを聞こうとはしない。黙って煙草を燻らせる。こういう時、間を持たせるには煙草は役に立つ。
「・・・人探し」
「成る程ね」
あまり納得した訳ではない。彼女のストレガとしての能力は『万能』。つまり何でもできるはずだ。それなのに自ら探し回る?
「まあ、奴らも貴女が何かを探しているらしいとは言っていたが。しかし・・・」
彼女の能力で対応できない?そんな相手がいるのか?
「今度は貴方の番。ここで何してたの?」
これ以上は話す気は無いようだ。
「俺かい?まあバイトのような物だよ。この地区の調査、みたいな」
「そう・・・。出来れば今日の事は秘密にしておいて欲しいんだけど」
「クインベール会長の望みとあれば無碍にはできませんね。了解」
とは言えこれは『上』に報告すべき異常ではないのか。
「ありがとう」
「いやなに。他学園の生徒会長と話せる機会はなかなか無いからね。良い体験をさせてもらった」
「それじゃあ・・・」
「ああ、『仕事』での再会は期待したいね。では」
そういって涼は転移を発動。
今日のバイトを終わらせる事にした。