フューチャー・フレンズ   作:ファルメール

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第08話 さばくちほー 1

 

 ずしーん……ずしーん……

 

 遮蔽物の無い、見渡す限りの黄金の大海原を、一つの巨大な影が動いていく。

 

 さばんなちほー最強にして最大のフレンズ、こうらの巨体だ。

 

 彼女の両肩には、左側にしょくしゅ、右にはフリッシュがそれぞれ腰掛けていた。

 

 嵐に巻き込まれて海からじゃんぐるちほーまで吹っ飛ばされてきたフリッシュ。ちょうど落下点に居合わせて彼女を助けたしょくしゅとこうらは、怪我をしてしまった彼女を海まで一緒に送っていく事にした。

 

 進んでいくと徐々に木々はまばらになって、代わりに砂が多く目に入るようになってきた。じゃんぐるちほーを抜けて、さばくちほーに入ったのだ。

 

「ポグルに見せてもらった地図によると、ここからとしょかんへ抜けるルートで海まで行けるらしいよ」

 

 と、しょくしゅ。

 

 じゃんぐるちほーで、ポグルの持っていたタブレットに表示されていた地図を見ていた彼女は、それを覚えていた。

 

 どしーん、どしーん……

 

「…………」

 

 こうらの動きは、その巨体からのイメージ通りゆったりとしている。だがじゃんぐるちほーの殆どの木よりも背が高い彼女は歩幅が信じられない程に広いので、実際にはかなりのスピードでさばくちほーを移動していた。

 

 正確には分からないが、この分ならさばくちほーを抜けるのにもそう時間が掛からないだろうとしょくしゅが思った、その時だった。

 

「むっ!!」

 

「……」

 

「あ、あれは……なんデス?」

 

 巨体のこうらと、彼女の肩に座っていてほぼ同じ高さの視点を持っているしょくしゅとフリッシュは、すぐ同じものに気付いた。

 

 前方の空に、黒い渦が舞い上がっている。

 

「な、何だあれは?」

 

 しょくしゅは『どーぐ』を自作するなど高い知能を持ったフレンズではあるが、いくら頭が良くても初見のものには適切に対応出来ない。もしここに、かばんとラッキービーストが居れば、あれは砂嵐だと分かっただろう。

 

「うむむ、あれは嵐のよう、デス。海で見たのに似てるデス」

 

 フリッシュが、じゃんぐるちほーまで飛ばされる切っ掛けとなった体験を思い出しているのだろう。ぶるっと体を震わせながら言った。

 

 本来フリッシュが生きるであろう2億年後の世界では、既に地球に陸地はプレート移動によって第二パンゲアと呼ばれる超大陸一つとなっているので必然海も地球海と呼ばれるもの一つとなっており、第二パンゲアの東海岸には「ハイパーケーン」と呼ばれる時速400キロを超える暴風が吹き荒れ、20メートルにも上る高波が打ち付けている。

 

 オーシャンフリッシュはその風によって内陸の砂漠地帯までぶっ飛ばされて、その地の生き物の命を支える糧となるのだが……

 

 そうした因果関係上、嵐やハリケーンの類いにフリッシュはどうも縁があるらしい。

 

「……」

 

「こうら?」

 

「な、何デスか?」

 

 いきなりこうらが、両手でしょくしゅとフリッシュを鷲掴みにした。勿論、握り潰しなどしない。卵を掴むような手付きで、優しく握っている。

 

 そうして二人を、特に怪我をしているフリッシュは注意深く地面に下ろす。

 

「どうしたの、こうら?」

 

「…………」

 

「ちょ、ちょっと? 何をするデス?」

 

 いつも通り何も言わず、こうらはまずは跪くと、次には大きな体ですっぽりと二人に覆い被さってしまった。

 

 そうして彼女の祖先である亀の防御態勢のような姿勢を取ったこうらの背中に、砂嵐が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 

 砂嵐の去ったさばくちほーは、またいつも通りの静けさを取り戻していた。

 

 立ち並ぶいくつもの砂丘。

 

 その一つが、不意にぶるぶると動き始める。やがてその振動は少しずつ大きくなっていって……

 

 どばあっ!!

 

 爆発するような勢いで砂が弾け飛んで、その下から姿を現したのはやはりと言うべきか、こうらの巨躯であった。

 

「……」

 

 こうらはぶんぶんと体を振ると、体に付着していた砂を払い落とす。

 

 そして彼女の体の下からは、殆ど砂を被っていないしょくしゅとフリッシュが這い出してきた。

 

「ありがとう、こうら。私達を砂嵐から庇ってくれたのね」

 

「ありがとうデス。でも、大丈夫デスか?」

 

「…………」

 

 礼を言うしょくしゅとフリッシュに、こうらはやはり何も言わない。

 

 代わりに、しゃがみ込むと掌を二人に差し出した。「乗れ」と言っているのだ。

 

 しょくしゅとフリッシュが掌に乗り移った事を確認すると、こうらは水平を保ったままその手を肩へと運んでいく。まずは右肩にフリッシュが乗って、左肩にしょくしゅが乗り移った。そうして二人が肩に座って安定した姿勢を取った事を十分に確認した上で、こうらはまた砂漠を歩き始めた。

 

 そのまま一時間ほど、砂漠を進んでいくこうら。

 

 すると、さばくちほーにしては珍しく、草が多く茂っているエリアが見えてきた。

 

「おおっ……」

 

 今迄さばんなちほーから出た事が無かったしょくしゅは、思わず感嘆の声を漏らした。

 

 こんな不毛の土地にも、草が生える場所もあるとは。

 

「こうら、今日は結構歩いたし、明日も歩くだろう。もうすぐ日も暮れる。今日はこの辺りできゅうけーしよう」

 

「……」

 

 こうらは頷いて、草が茂っている場所に移動しようとする。

 

 と、その時だった。

 

「おーI!!」

 

 背後から、声が聞こえてくる。

 

「「「!」」」

 

 振り返る3人。

 

 すると、砂丘をぴょんぴょんと飛び跳ねながら、こっちへ向かってくる人影が見えた。

 

 ひとっ飛びで、軽く10メートルは跳躍している。サーバルのジャンプも見事なものだが、このフレンズのジャンプもそれに劣らないものがあった。

 

 そのフレンズはジャンプを繰り返しながら、やがてこうらの足下までやってくる。

 

「……」

 

 こうらは、まずは両肩からしょくしゅとフリッシュを下ろした。その上で自分も丸まったような姿勢になって、可能な限りこのフレンズと目線の高さを合わせる。

 

「間に合って良かったYO。ここから先には進んじゃ駄目だYO」

 

「……あなたは? あ、私はさばんなちほーのしょくしゅ、こっちはうみのフリッシュで、こっちの大きいのは私の相棒のこうら」

 

「私はデザートホッパーのホッパーだYO」

 

 と、フレンズが名乗った。

 

*

 

 デザートホッパー。

 

 一言で言うならば二億年後の砂漠地帯に生息する、ジャンプする軟体動物である。

 

 私達の時代で陸生の軟体動物と言えば、ナメクジやカタツムリのような這いずり回ってのろのろと移動するイメージが一般的であろう。

 

 一方で海生の軟体動物、イモガイなどは腹足を跳躍する為の器官に変えて、砂の中から飛び出す事が出来る種もいる。これは外敵からの逃走の手段として用いられる。

 

 デザートホッパーはご先祖様からこの能力を継承して、跳躍を逃走術ではなく一般的に用いられる移動の為の手段として昇華・発展させた種だ。

 

 日差しの強い砂漠では、一滴の水分とて無駄には出来ない。

 

 そこへ行くと、常に粘液を垂れ流してその上を滑るような移動法は、水分の無駄遣いと言える。砂漠に適応したデザートホッパーは外皮を固く進化させて体内の水分ロスを防ぎ、更に跳躍移動する事によって熱い地面と接触する時間を可能な限り少なくしているのだ。

 

*

 

「へえ、あなた達がしょくしゅとこうら。有名だYO。噂通り大きいんだNE」

 

「よろしく、ホッパー」

 

 ぺこりと頭を下げるしょくしゅ。

 

「ところであなた達、ここから先へと進んじゃダメだYO」

 

「? どうしてデスか?」

 

「……見せた方が早いNE」

 

 フリッシュの質問を受けたホッパーは、手近にあった小石を拾うと、草むらに向けてひょいっと投げた。

 

 すると、地面に落ちて跳ねると思われた石が、すっと砂に吸い込まれるように音も無く消えた。

 

「……あれ?」

 

「よく見TE」

 

「むむ……?」

 

 しょくしゅがじっと目を凝らすと、やがて全体像が見えてきた。

 

「こ、これは……っ!!」

 

 地面に、穴が空いているのだ。

 

「……」

 

 更にこうらがその巨体を活かして高所から見てみると、その落とし穴の中にはセルリアンの体が見えた。

 

 先程までは日が暮れ始めて暗くなりつつあるのと砂塵で良く見えなかったが、注意深く観察すると草や葉っぱに見えたものも、実はセルリアンの擬態であると分かった。

 

「デスボトルプラント型のセルリアンだYO」

 

 デスボトルプラントとは、デザートホッパーが生きるのと同じ時代に発生すると予測されている肉食性の植物である。

 

 本体は地中に居を構えて、地上には茎や葉を伸ばして光合成を行ない、砂漠の草食性動物を誘き寄せている。そうしてまんまと腹を空かせた獲物が草を食べようとして真上にやって来て「危ない!!」と思った時にはもう手遅れ。既に彼等は、ぽっかりと開いた口に呑み込まれているも同然であるからだ。

 

 彼等の立っているそこは、金魚すくいのポイに使われるもなかのような、薄氷の上なのだ。

 

 そして上に乗って重さが掛かると、水に濡れたもなかは破れるのが道理。

 

 破れて落下したそこは、既に「死」の中。逃れる術は無い。毒のある棘がぐさりと体中に突き刺さって、獲物はじわじわと消化されて食われながら殺されるのだ。

 

 動物が環境に適応して進化するように、セルリアンもまたこのさばくちほーに適応した結果、獲物であるフレンズを探すのではなく待ち受けるような能力を獲得したのかも知れない。

 

「この辺りを通ろうとするフレンズが、一杯やられてしまったからNE。私はこれ以上犠牲者が出ないように、注意して回っているんだYO」

 


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