「へぇ……初めて来るけど、ここがじゃんぐるちほーか」
鬱蒼とした密林を、しょくしゅは歩かずに進んでいく。
彼女は頭から伸びた何本ものうねうねを木の枝に引っ掛けると、遠心力でぐるぐると体を回す。
その勢いでちょうど鉄棒競技のように何回転もすると、枝からうねうねを放す。
すると当然、しょくしゅの体は慣性の法則に従って空中に投げ出される。
空を飛ぶしょくしゅはそこからうねうねを伸ばして、別の枝を掴む。そこから再び大回転。その繰り返しで地上を歩くよりもずっと速く、木から木へ飛び移って進んでいく。彼女は樹上の方が地面の上より余程快適そうだった。
「引っ越ししようかな」
そんな軽業を繰り返して、しょくしゅは歩きづらい森の中を軽快に進んでいく。
「……」
こうらはいつも通りだ。
じゃんぐるちほーは樹木が覆い茂っているので、彼女は木を倒さないように注意深く進まねばならなかった。
その為、ただでさえ普段からゆったりとした動きが余計ゆったりとなってしまっていた。
とは言え、そこまで問題がある訳でもない。しょくしゅの軽く10倍は背丈が高いこうらは歩幅もそれ相応に広く、たった一歩の歩みで相方の何十歩分かを進んでいく。
鳥のフレンズであるファイアは、空中に浮きながら二人を先導していく。
「気を付けてね。特にこうらは、足下に注意して。この辺りの水溜まりには……」
どぼーん!!
ファイアが言い掛けた傍から、盛大に水音が上がった。
「あっ!!」
「うん?」
ファイアとしょくしゅが見ると、水溜まりにこうらが足を突っ込んでしまっていた。
事態が呑み込めていないしょくしゅは狐につままれたような顔で、一方でファイアは大慌ての表情だ。
「ああっ!! こうら、早くそこから足を抜いて!!」
「……? ……!!」
こうらもファイアの意図が良く分からなかったようだが……
少し間を置いて、ぴくりと彼女の眉が動く。
ざばぁっ!!
蹴り上げるような勢いで、足を水溜まりから引き抜く。
大量の水が舞い上がって、水の中から丸太のような物が飛び出してきた。
しかし丸太ではない。良く見ると、バブカリがカゴで取ってくるようなものとは大分違うが、魚である事が分かった。
体は全体として平べったく、あちこちにトゲがあって大きな口を持ったグロテスクな魚だ。
「ルークフィッシュだよ」
ルークフィッシュは一億年後のベンガル沼地で、最も危険な生き物とされている。
何日も沼の底にその体を横たえて、やって来る獲物を狙う待ち伏せ型のハンターだ。
しかもこいつは電場を発生させる能力を持ち、デンキナマズやシビレエイのように電場の乱れを感知して獲物の接近を察知する。そうして獲物が射程距離に入ったと見るや、大きな口で獲物を呑み込んでしまうのだ。それだけでも強力だが、これは相手が小さく弱い獲物である時に限っての狩猟方法。この魚はそれとは別に大きな獲物を倒す術も持ち合わせている。
それが発電能力だ。ルークフィッシュは大きな手強い獲物を、強力な電気ショックで倒すのだ。その電圧はおよそ1000ボルト。現代最強の発電魚であるデンキウナギの約2倍という恐るべき威力である。
「こいつのビリビリには今まで何人もフレンズがやられてるの。普通は二、三日は動けないんだけど……」
ファイアはそう言って、こうらを見やる。
「えっと、こうら……何ともないの?」
「……」
頷くこうら。
ちょっとシビれただけのようだ。
「凄いね。流石はさばんなちほーで一番強いフレンズ」
溜息混じりに、いやはや脱帽といった表情を見せるファイア。
「……」
こうらは、陸に打ち上げられてじたばたしているルークフィッシュを鷲掴みにすると、元の水溜まりに放してやった。
「これからは誰もこの水溜まりに近付かないように、ツタを使って近寄れないようにするとかすると良いかもだね」
うねうねを伸ばして、樹から下りてきたしょくしゅが言った。
「ツタを使って……成る程、そんな手があったのね。それを思い付くとは、流石はさばんなちほーで一番賢いフレンズ」
感心した顔になるファイア。
そうして進んでいくと、森が無くなって川に突き当たった。
「ファイア、ここからはどうやって進むんだい?」
「……いつもは、ジャガーが渡しをやっていて乗せてくれるのだけど……」
周囲を見渡してみるが、ジャガーのフレンズの姿はない。
「……」
「うわっ?」
すると、こうらが無造作に手を伸ばして空中にいるファイアの体を掴まえた。
「じゃあ、私も」
しょくしゅはそう言って、枝から空中に飛び出す。その先には彼女が掴まれる枝は無い。
しかし、心配はご無用。
しょくしゅの落下する軌道にこうらが手を用意して、見事にその体をキャッチした。
「……」
そうしてしょくしゅとファイアの二人を大切そうに胸に抱えると、こうらは川を進んでいく。
水に濡れたのは、彼女の膝ぐらいまでだった。
「これは……凄いね。私も空を飛べるけど、こんな風に川を渡るのは初めてよ」
「そうだろ? こうらは凄いんだよ」
自分の事のように誇らしげに、しょくしゅが語る。
しばらく進むと「あんいんばし」と呼ばれる場所に差し掛かった。
岸に上がってみると、カラフルな彩色が施された箱のような物が森の中にあって、そのすぐ傍に二人のフレンズが人待ち顔で座り込んでいた。
ジャガーと、コツメカワウソだ。
「わー!! すごーい!! おっきーい!!」
こうらの巨体を見ると、カワウソは好奇心を刺激されたらしい。楽しそうに近付いてくる。
「ね、ね!! のぼっていい? のぼっていい?」
「……」
こうらはしょくしゅとファイアを下ろすと、代わりにカワウソの体を掴んで肩に乗せてやった。
「わーい!! たかーい!!」
「……」
展望台のような風景を満喫したカワウソが今度は下りたがっているのを見て、こうらはカワウソが乗っている側の手を、30度ほどの角度を付けて地面に付けて下ろしてやった。カワウソは、すぐにこうらのこの行動の意味を察したらしい。
さあっ、と、こうらの腕を滑り降りる。
即興の滑り台は、カワウソのお気に召したらしい。地面にまで滑り降りた彼女は、すぐにこうらの足にしがみついてきた。
「もいっかい!! もいっかい!!」
「……」
こうらはまたカワウソの体を掴むと肩に乗せてやり、再び腕を滑り台にしてやった。
「わーい!! たーのしー!!」
こんなやり取りを尻目に、しょくしゅとファイアはジャガーと話し始めた。
「ファイアじゃないか。さばんなちほーに行ったって聞いてたけど……」
「ええ、ちょっとポグルをどうにかしてもらおうと思って、しょくしゅとこうらに相談に行ってたのよ。あなた達は、こんな所で何をしてるの?」
「実は……」
ジャガーの話を纏めると、少し前にさばんなちほーからサーバルとかばんがやって来て、二人はとしょかんに行く為にジャパリバスを探していたらしい。ボスやジャガーの情報からジャパリバスを見付ける事は出来たが、バスは運転席と客席がそれぞれ対岸に放置されてしまっていた。
そこでかばんのアイディアから森の木やツタを利用して作った橋を架け、運転席を移動させて客席と合体させた物が、ジャガー達のすぐ傍にある物、ジャパリバスらしい。
しかしいざ動かそうとした所、バスは動かなかった。ボスによるとバッテリーなるものが切れているらしい。それを充電する為にサーバルとかばんは、高山に行ったという事だった。
「そうか、あの二人もここへ来たのか……」
「ふうん……バスにも興味はあるけど、まずはポグルだな。ファイア、案内してくれるかな?」
「ええ、分かったわ。では、行きましょうか二人とも」
「……」
「あ、おもしろそー!! わたしもいっしょにいくー!!」
こうして一行は、カワウソを加えてポグルの住処に向かう事となった。
じゃんぐるちほーをしばらく進むと、岩肌に作られた洞窟が見えた。
ファイアによると、この洞窟に件のぽぐるが住んでいるという事だった。
「ポグル!! 私、ファイアよ!! たまには外に出なさーい!! 体壊すわよー!!」
洞窟の入り口から、ファイアが声を掛ける。
やや間を置いて、返事が返ってきた。
「ファイア~、ボクはここから出ないっす~……楽園はここにあるっす~……」
気の抜けたような、覇気の無い声だ。
「と、まぁ……こんな感じで……どうにか頼めないかしら」
「成る程……」
うむむとしょくしゅが唸った時に、こうらが動いた。
「……」
「こうら?」
「……」
「? どうしたの?」
「まずは、こうらがやってみるって」
「……お願いするわ」
ファイアの許可が下りたのを確認すると、こうらは大きな体を目一杯屈める。
そうして洞窟の中に、腕を突っ込んだ。
巨大な体を持つ彼女だが、流石に腕だけなら洞窟に入れる事が出来た。
こうらはこのまま、洞窟の中のポグルを掴んで引きずり出すつもりのようだ。
しかしこの作戦は、あまり良くはなかったようだ。
すぐに、洞窟の中から悲鳴が聞こえてきた。
「ぎ、ぎゃあああああああああっ!! 手が!! 手が!! た、助けて!! 誰か助けてぇぇぇぇぇっ!!!!」
ポグルの声だ。
まぁ、これは当然の反応と言える。
彼女の視線で見ると、入り口から洞窟の通路とほぼ同じぐらいの大きさの手がぬっと伸びてきて自分を捕らえようと迫ってくるのだ。
誰でも悲鳴を上げるだろう。
そして残念ながら、こうらにはポグルを掴まえる事は出来なかった。
洞窟の通路はポグルが住んでいる区画までは曲がりくねっていて、奥まではこうらの手が届かなかったのだ。
「……」
しばらくは何とか手を入れようと体をゆすったり腕を入れ直したりしていたが、やがて諦めたらしい。こうらは腕を洞窟から引き抜く。
だがこれは、単に作戦が失敗に終わっただけには留まらなかった。
「お外怖い、お外怖い、お外怖い……」
洞窟からは、繰り言のようにそんな声が聞こえてくる。
「……悪化したわね……」
「う、うん……」
顔を見合わせるファイアとしょくしゅ。
「……」
こうらは、申し訳なさそうに顔を伏せた。
「そもそも、ポグルが引きこもりになった原因は何なんだい? もっと早くに聞いておくべきだったね……」
しょくしゅの問いを受けて、ファイアは顎に手をやって考える仕草を見せる。
「そう、ね……元々ものぐさな子ではあったけど、それでも今までは時々は外に出て、一緒に散歩とかはしてたのよね……それが少し前に、何か妙な物を拾ってから……今みたいに引きこもりになってしまったのよ」
「妙な物?」
「ええ……何かこう……平べったい板みたいな物で……触ると表面がピカピカと光って……」
「ふう、ん……?」
身振り手振りを交えてファイアが説明するが、どんな物なのかはイマイチしょくしゅにもイメージ出来なかった。
やはりこういうものは実際に自分の目で見ない事には、どうしようもあるまい。
「取り敢えず、一度ポグルと会って話してみるよ」
「あ、わたしもいくー!!」
「カワウソ……まぁ、良いけど。じゃあ、ファイアとこうらはここで待っていて」
「分かったわ。ポグルの事、お願いするわね」
「……」
こんなやり取りを経て、今度はしょくしゅがポグルの脱・引きこもり作戦を行う事になった。
しょくしゅとカワウソは、洞窟の中に入っていく。
洞窟は、入り口以外にもあちこち微妙な隙間があるのかも知れない。うっすらとだが光が差していて、中の様子が伺える。
二人はカーブを2回ほど経て、広い空間に出た。
そこでは陽光の他に、色とりどりの光が中から差していた。ピコピコと、軽快な音も聞こえてくる。
洞窟の中には一人のフレンズが居て、そのフレンズが持っている板から、光と音は出ていた。
「わぁー!! おもしろそー!!」
カワウソは、早速フレンズが持っている板に興味を持ったらしい。
一方でしょくしゅは、フレンズの方に視線を注いだ。
まるまると太って毛皮を着た、背の低いフレンズだ。
「あれ~。初めて見る顔っすね~。ファイアの友達っすか~?」
「……あなたが?」
「ええ、ボクが、ポグルっす~」