この素晴らしい世界にデストロイヤーを!   作:ダルメシマン

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三部 16話 絶望の予感

 燃え盛るノイズの町並み。俺はなすすべも無く、その場にへたり込む。

 巨大な蜘蛛だ。

 巨大な蜘蛛が町を食らい尽くそうと暴れている。

 何が起きたんだ?

 俺は槍を付いてなんとか立ち上がり、ノイズへと向かうが。 

 

『言ったはずだぞ? 大きな蜘蛛が……全てを破壊するだろう……』

 

 この声はなんだ? どこから聞こえるんだ。

 

『フハハハッ! フハハハハハハハ! 汝の野望はここで終わりだ。人の身でありながら魔王を手玉に取ろうとした不届き者よ! 我輩は全てを見通した!』

 

 なんだ? どこにいる。

 声の主を探そうととするも、周りは黒い霧で覆われて何も見えない。 

 あるのはただ、不気味に光る蜘蛛の複眼。巨体の黒いシルエット。砕ける町並み。

 

『貴様は何もできん! ただそこで見ているがいい。そしてじっくりと自分の無力さを噛み締めるのだ』

 

 動けない。 

 巨大な蜘蛛の手下だろうか?

 いつの間にか小さな、といっても人間大の大きさはある蜘蛛が現れ、俺の体を拘束している。

 

『美味である! 野望が大きければ大きいほど、至高の悪感情を生み出すのだ。その絶望に満ちた顔、いいぞいいぞ。美味である美味である! 美味である美味である……』

 

 くっ! 

 俺には何もできない。

 目の前でノイズが破壊されていくのを、ただ黙って見るしかできない。

 やがて小さな蜘蛛が俺にのしかかり、やがて俺を食べようと口を開け――。

 

 

「はぁっ、はぁっ! はぁっ!」

 

 体が自由になった。

 うなされて目が覚めると、ヤンデレアンデッドが俺の体にしがみ付き、涎をだして首筋をしゃぶっていた。

 

「お前かよ!」

 

 小さな蜘蛛だけやけにリアルだと思ったら。

 くっ付いたレイを慌てて蹴り飛ばす。

 

「魔王を倒すまで、そういうのは控えるといっただろ! レイ!」

 

 ベッドから転がり落とすと、レイは全く悪いと思ってない顔で。

 

「そうですがマサキ様。私が本気になれば、一瞬で逆レイプ可能ですからね! でも初体験はロマンティックに終わらせたいから、こうやって我慢してるんです。はぁはぁはぁ」

「わかった! わかったよ。気遣いありがとよ!」

 

 レイに言い放って上着を着込む。

 

「どこへ行くんですか?」

「お前のせいで悪夢を見たから、心を落ち着かせに歩くんだよ! まだ胸がドキドキ鳴り止まんわ。もう!」

 

 こんなドキドキは嫌だ。

 俺の事が好きな女の子が俺の毛布に潜り込んで――

 ここだけ切り取ると非常にうらやまけしからん気がするんだが、なんで俺はこんな怖い目に合ってるんだよ!

 おかしい! 俺の異世界生活はやっぱりおかしい! これ何度目だよ。

 

「またこの夢か。なんだっていうんだ」

 

 だが本当にレイのせいだろうか? もっと危険な存在を感じたような気がする。

 まぁいい、少し頭を冷やそう。外の風に当たってこようとドアを開ける。

 すると誰かがいた。

 

「マリンか? どうしたんだ?」

 

 敵ではない。

 血相を変えた表情でマリンが直立していた

 ただ事じゃないのは一目見ればわかる。彼女も何かに怯えるように、体を震わせていた。

 

「マサキ……なにか最近、嫌な予感がしませんか?」

 

 マリンはそう言い、ぎゅっと拳を握り締め。

 

「この国に来てからずっと……アクア様の声は聞こえませんでした。でも最近またお言葉が聞こえるように!『逃げるのよ! 遠くに逃げるの!』 何のことなんですアクア様! 何から逃げるのです!?」

 

 頭に両手を当ててうずくまった。普段ならまた電波が始まったと馬鹿にして放置するのだが……今は違う。

 正直俺も似たようなもんだ。

 何かが見える。聞こえる。夢の中で。

 

「……実は、俺もだ。最近嫌な夢を見る。大きな蜘蛛に襲われる夢だ。詳しくはわからないんだが……なにかが、迫っている。この国に……危険が迫っている」

「『これ、私のせいじゃないからっ!私、今回はまだ何もしてない!!』なんの事なんですアクア様! これってなんなんです? 教えて下さい! この愚かな私をお導きください!」

 

 俺の言葉に耳を貸さず、頭をガンガンと地面に叩きつけるマリン。どうやらトリップ状態だ、

 

「なんですか? マリンですか。浮気ですか? 私の愛しいマサキ様を奪おうとする泥棒猫は、例え誰であろうと……」

「レイ、どこをどう見たらそんな結論になるんだ。明らかに今なんかシリアスな空気だっただろ! 女と会話しただけで勝手にフラグ認定するのはやめろ!」

 

 手に殺意をこめて魔力を高めるレイと、ちょっとやばそうな興奮状態のマリンを止める。

 よし、一度こいつらを落ち着かせよう。

 

「外ではアレだ。うるさいし迷惑だし、中で話すぞ」

 

 

 マリンを引き連れ、自分の部屋でティータイムにすることにした。

 マリンは明らかに尋常じゃない。俺もここ最近の悪夢のせいでよく眠れてない。

 落ち着かせるためにインスタントコーヒー(ノイズ製)を入れていると。

 

「マリン、よくも私とマサキ様の愛の巣に入ってきましたね!」

 

 さっそく噛み付くレイ。だがめんどくさいので放置だ。

 

「はぁっ、はぁっ! レイさん、いえれいれいさん。これは失礼。私はアクア様のしもべです。そんなつもりはありません。ただアクア様が私に何か予言を与えてくださったのですわ。まさかマサキもアクア様の声が聞こえるようになったんです?」

 

 マリンは俺がアクセルで出会ったときのように、あの女神の声を聞いているらしい。

 一方俺は……夢で感じたあのゾクゾクした感じを思い出す。アーネスに似ている、似ているが格が違う。もっと強く、危険な奴だ。

 

「い、いや俺のほうは……邪悪な気配がした。おそらく悪魔の気がするんだ」 

「悪魔ですって! なるほど! 予言の後、マサキの部屋から尋常ではない悪魔の気配を感じましたわ。だから来たのです」

 

 マリンがわざわざ俺の部屋の前にいたのはそういうことか。

 

「今も悪魔の気配を感じるのか?」

「いいえ」

 

 真面目な話をする俺とマリンを交互に見るレイ。

 

「あっ! そういえば! そういえばですよ!? 私も何か夢を見た気がします! なんでしょうか? 邪神かなんか、破壊神か魔王か悪魔かなんかが、私とマサキ様の仲を切り裂こうと……」

「いや、無理に話に入ってこなくていいから」

 

 ポン、と肩を叩き、必死で構って欲しそうにするレイを黙らせる。

 

「これは予言なのか……警告なのか? マリンは神の声を……俺は悪魔の夢を……。天界と地獄、双方から何かが伝わってくる。この国に、大きな災いが迫っているのだろうか? この世界で、重大ななにかが起きるのか? 壊滅的な出来事が?」

 

 俺とマリン、二人の意見を合わせるとこうなる。

 だが情報が少なすぎる。

 なにかが起きるとしか言えない。

 

「私、マサキに出会ったのは運命だと思うんです。今でも」

 

 考え込んでいると、そんなメインヒロインのようなセリフをいうマリン。

 セリフ自体は嬉しいが嬉しくない。だってマリンが俺に恋愛感情を抱いていないのはよくわかってるからだ。

 しかもレイルートに入った後で。仮に告白でも遅いわ。

 

「最初はマサキがアクア様に選ばれし勇者だと思ったんです。でも一緒にパーティーを組んでいるうちに、やっぱり違うかなーって何度も思いましたわ。この人と一緒にいてもきっとロクなことが起きない。だからこのパーティーを抜けて、本当の選ばれし者の元に向かった方がいいのでは? と」

 

 少し笑いながら、出し抜けに失礼なことを

 

「よくも私のマサキ様にそんな事を言ってくれましたね! いい度胸ですね! 今すぐマサキ様に謝って、選ばれし勇者であると訂正しなさい! そしてその後でパーティーを出て行きなさい!」

 

 注文の多い文句をいうレイが立ち上がろうとするのを、ぐっと押さえつける。

 

「私は小さな頃から、たまにアクア様のお声が聞こえるのです。この水色の髪とこの目もそうです。だからアクア様のために、魔王を倒す勇者の手助けをするのが天命だと、ずうっと思ってたのですわ」

 

 レイの文句をスルーして、続けるマリン。

 そうだ。俺はマリンについてよく知っている。こいつの目の先には、いつもあの女神がいるんだ。

 俺を送り込んだ、頭の悪そうだがどこか憎めない女神アクアが。

 

「でも、マサキの元を離れる気が起きませんでした。きっと何かが、起こるんです。マサキの側で。そのときが私の本当の天命なのです。それを見届けるまでは、ここにいさせてもらいますわ」

「あなたの天命なんて知りませんよ! 今すぐ出て行ってください! むぐう!」

 

 暴れるレイの口を押さえ、俺も頷いた。

 

「ああ。マリン。お前にいてもらわないと困る。魔王を倒すまではな。俺が勇者かどうかかはわからないが、魔王を倒すことは出来る。出来るはずだ。そのために準備をしている。ゲセリオンのおかげで少し遅れたが、まもなく完了するだろう。アクシズ教徒のアークプリーストとして、その瞬間を見届けてもらう」

 

 マリンに断言した。

 俺は魔王を倒す。

 勝機はある。プランもある。

 俺の頼もしいパーティー、紅魔族、ブラックネス・スクワッド、それとちょっとした、ほんのちょっとばかりのおまけがあれば。

 

「何か起こるかもしれないが、まずは魔王の奴を片付けた後だ」

 

 自信を取り戻して告げる。

 俺には地位がある。武器がある。軍隊がある。

 相手が誰であろうが負ける気はしない。

 

「そうとも」

 

 自分にも言い聞かせるように、胸を叩いて自慢げに続ける。

 

「俺を倒すのなら、魔王如きでは話にならんな。魔法だろうが、物理だろうが関係ない。あらゆる状況を想定して作戦を立てている」

 

 夢で何度も見た、大きな蜘蛛が頭をよぎるが。

 

「たとえ巨大な怪物だろうと、うちには最強のアークウィザード集団がいる。その中にはレイに触発されて、爆発魔法を連続で打ち込む頭がおかしいのがいる。どんな巨体であろうが関係はない」

 

 戦争用改造魔導兵の中でも、BCMW-7ことななっこの火力は最強だ。あいつに撃ち込ませた後、バラバラにしてやる。

 

「もし俺が敗れるなら、魔法が全く通用せず、物理攻撃も効かず、それでいてスピードの速い奴だろうな。ゲセリオンもあそこまで遅くなければまだ脅威だったがな。そんな相手がこの世界に残っているとは思えん」

 

 こうやって条件を並べていくと、自分が敗北する姿が想像できない。

 俺は今までなにを怯えていたのだろう。

 夢なんかに惑わされたのが情けない。

 

「いつ来るかわからない恐怖より、先に魔王だ。もし何が来ても、その頃には俺がこの世界を支配しているはずだ」

「そうはさせませんわ、マサキ。ひょっとしたら私の本当の使命は、あなたを止めることかもしれません」

 

 マリンもいつもの調子をとりもどし、笑って言った。

 

「その時はリベンジをします! マサキ様を倒す前に、私がお相手しますよ!」

「まさしく、望むところですわ。あなた達二人、まとめてアクア様の聖なる力で強制してあげましょう」

 

 レイもマリンに指を刺し、宣言する。

 これでいいんだ。俺たちのペースを取り戻せた気がする。アルタリアはここにはいないが、俺たち4人なら、何がこようと望むところだ。

 

 


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