大小の建物が並ぶ街並み。相墨はビルの屋上に腰かけその風景を眺める。
平日の夕方。この規模の街であれば、車と人の流れが盛んになるだろう時間帯に、それらの影はどこにも見られない。
「……まあ、当たり前か」
オレンジ色の陽に眼を細め、気怠げに呟きながら、ゆるりと右手で頬杖をついた。
自問自答にもなりはしない。彼の眼下に広がるのは、旧東三門。警戒区域に区分された、近界民との戦場なのだから。
取り留めのない思考を遊ばせながら、相墨は口元を左手で覆い、くあっと間の抜けた声を漏らす。
……これ以上ない大欠伸だった。
「シオー、起きなよー?」
そんな彼の耳に、明るい少女の声が届く。すでに聴き馴染んだその響きに、相墨は振り向く。
トコトコと歩み寄る彼女に、いや、と否定の言葉を返す。
「……起きるもなにも、まだ寝てないよ」
「ほら、まだっていった。その気満々じゃない……!」
「……揚げ足を取るのは感心しない」
雪谷の言葉に小さく零せば、そんなことないと彼女は続けた。
「休み時間は、いっつも机でグデ〜ってしてるんでしょ?」
その内容に、はて?と思う。
高校のことなど話した憶えが無い。疑問に思い口に出す。
「誰から聞いたのさ?」
「時枝先輩」
その名前に納得した。
「ああ、充がいたか」
気まずさに頬を掻き、そっと目をそらす。普段は頭の下がるクラスメイトの面倒見の良さも、今は少しばかり恨めしい。
暇さえあればとりあえず眠る。
自身の行動をそのまま伝えられていたのなら、欠伸一つでこのツッコミも納得だった。
相墨は、まいったなぁと独り言ちる。
寝不足の理由を口にするのもなんとなく躊躇われる。どうしたものかと思案する。
『志生くん、愛ちゃん、ゲートの反応があったわ』
言い訳が浮かぶその前に、通信が2人に割って入った。
「フワさん、座標は?」
立ち上がり、声の主に短く問う。
『誤差0.27、そこから9時の方向800メートルよ』
オペレーター、灰本歩羽は、落ち着きはらった声音で答える。
「……了解、マナ」
「うん!」
先ほどの不満は何処へやら。相墨に応え、雪谷が勢い良く飛び出した。そのすぐ後に彼も続く。
屋根を伝い、軽快に家々を跳び駆ければ、そう掛からずに敵影を捉えた。
「バムスター4、モールモッド2、援護は?」
「いらない」
「どっち?」
「多い方!」
「じゃあ、ぼくはモールモッドだね」
やり取りを交わし、それぞれの標的へ狙いを定め距離を詰める。
「ハウンド!」
雪谷は、背面に光のキューブを作り出し、鈍重な巨体へと追尾弾を放つ。
「レイガスト」
山形に降り注ぐ光弾を横目に、相墨が剣を水平に向ける。
地に蹴り込む様に強く跳躍、同時にスラスターを起動。急加速した相墨はアスファルトを掠める様に滑空し、敵とのすれ違いざまに、鋭い一閃を叩き込んだ。
モールモッドの片割れは、初撃で眼を割られて地に沈む。
次いで大きな振動が二度響いた。
視界に投影されたレーダーからは、傍の1つに加えて、後方2つの反応が消えている。
彼方の相手も所詮バムスター、すぐに残りも終わるだろう。
「……さて、と」
残骸を一瞥し、もう1体に眼を向けた。ジリジリと迫る敵に対して、相墨は腰だめにレイガストを構える。
ギシリと関節を軋ませて、モールモッドがブレードを広げる。刃をむける挙動、そして自身の構えから次の手を予測。
相手が一歩を踏み込む瞬間、再びスラスターを唸らせた。
*
防衛任務を無事に終え、2人はボーダー本部に戻る。
相墨は作戦室のソファに腰掛け、眠たげな瞳で端末を見詰める。
バムスター12、バンダー2、モールモッド7。出現箇所とその時間、諸々から推測される問題点……
次々に活字を入力。タップの度にカタカタと、電子音が室内に響く。
「なんだかシオじゃないみたい」
唐突に、あどけない声が頭上から降る。頼りない重みがトサリと掛かった。
「……いきなり何さ? 」
「マジメな感じが、なんか変?」
ボサボサの頭に小さな顎を、隊服の肩に華奢な手を乗せ、雪谷は小首を傾げ言う。
「失敬な。てか、寄りかかってこないでよ」
「あたし体重軽いもん……!」
「……いや、そうじゃなくてさ」
匂いであったり、柔らかさであったり。あまりに無防備で心臓に悪い。
表情は変えずに溜息を一つ、そんなことを内心で呟く。
そこにクスリと、控え目な笑いが耳に入った。
「2人とも、またじゃれてるの?」
右手側のオペレータールーム。そこからの穏やかな声に眼を向ける。
シニヨンに纏めた栗色の髪に、スッキリとした顔立。すらりとしたスーツ姿の女性が視界に収まる。
「あ! フワさんお疲れさま〜」
「お疲れ様。本当仲が良いわねぇ」
雪谷に応えて、灰本は表情を緩めた。
「……いや、フワさん。ほっこりしてないでマナを止めてよ」
「でもシオくん、満更でも無さそうじゃない?」
「でしょ〜?」
灰本の言葉に雪谷が頷く。
「……2人してなに言うのさ」
相墨は疲れた様に2人に返し、端末をポケットにしまい込む。
その動作に、雪谷がパッと彼から離れた。パーカーを揺らし、扉に向かう。
そこを察せるなら、他もできないものだろうか?
一瞬そう考え、それはそれで恥ずかしいかとすぐに打ち消し、席を立つ。
「報告書はいいの?」
灰本の疑問に一つ頷く。
「……アレはただのメモ。提出日には、ストックをまとめて書き直すから、だからこれでいい」
「なら安心ね」
「シオー、フワさーん、早く行こー?」
既に扉を潜り、急かす少女に少年が返す。
「……食堂は逃げないし、混み始めるのはもう少し後だよ」
「シオはいっつも遅いじゃない……!」
「……この時間なら、そうは変わらないって」
繰り広げられるいつものやり取り。言葉とは裏腹に、楽しげな雰囲気が2人から滲む。
微笑ましいその様子に、灰本がまた笑みを零した。
Fuwa Haimoto
灰本歩羽(ハイモト フワ)
Profile
本部所属 A級9位相墨隊 隊員 オペレーター
21歳(大学生)4月30日生まれ
169cm O型 ねこ座
好きなもの
家族 チームメイト グラタン
Parameter
トリオン1 機器操作9 情報分析8 並列処理8 戦術7 指揮7
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