貞操観念と美的感覚が逆転した幻想郷の話。
ノリと勢いだけで書きました。反省はしてない。

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消されるかも、です


あったらいいなこんな世界

「あーーーー!! 彼氏欲しい!」

 そう、盛大にぼやいたのは誰あろう八雲紫だった。

 大妖怪に在るまじき、世俗に塗れた言動だった。

 椅子の背もたれに大きく身体を預け、テーブルに乗せた両の足は盛大におっ広げられ、そこから中身が見えるほどである。

「もう紫ったら、はしたないわよ?」

 そう、やんわりと諌めたのは亡霊姫の西行寺幽々子だ。

 彼女とは、生前からの付き合いがあり、二人は親友の間柄であった。

 そういう彼女も、机に顔を乗せバリバリむしゃむしゃ。口元が汚れるのも厭わず、茶と菓子を貪り食っている。

「全く、いい年して夢見がちな。現実を見なさいよ現実を」

 厳しい言葉を吐いたのは八意永琳である。

 彼女は一瞬だけ紫に目をやって、興味が無いのだろう、熱心に爪をヤスリがけしている。

「そういうアナタこそ、爪なんか磨いちゃって。無駄な努力をしているじゃないの」

「……貴女みたいに男が欲しい欲しいと口だけより余程マシでしょ」

「ぷぷっ。まずはその顔をどうにかした方が良いって言ってるのよ」

「……貴女、鏡って知ってる?」

 矢鱈突っかかってくる隙間妖怪に、比較的温厚な月の頭脳も怒りのボルテージが上昇気味である。

 そして妖怪の方の沸点は、永琳に比べて驚く程に低かった。

「うっさいわねこの万年処女!」

「しょっ!? ししししょ処女じゃないわよ!! ちゃんと彼氏の『男根くん三号』に毎晩可愛がって貰ってるから!!」

 そう言って懐から、男性器を模した張り型を取り出し、これみよがしに見せつけてきた。

 その表面は使い込まれ滑らかな肌触りであり、何故かちょっと湿り気を帯びている。

 え? っていうか何時も持ち歩いてんの、ソレ?

「仕方ありません。女と性欲は切っても切り離せない縁で結ばれていますから」

 ドン引くところか、積極的に肯定までしているのは聖白蓮だった。張り型を見る目は潤み、呼吸も若干ながら荒い。他の女性も、さして気にした風はない。ただ興味深そうに、張り型を観察している。

 ここまで読んで、流石に読者諸兄も違和感に気付いただろう。

 何を隠そう彼女らの住まう幻想郷は、外の世界と貞操観念が全く逆なのだから!

 ΩΩΩ<ナ、ナンダッテー!?

 女という生き物は、理性は獣以下、性欲は獣以上。男性の個体数が少ない妖怪に至っては更に顕著であった。彼女らは澄ました顔をしながら、街ですれ違った男の股間をガン見し、「ぐふふっ。今のニーチャン、チンコでかそうだったわね」「えぇ、形も中々良さそうだったわ」と猥談で花を咲かせるような女だった。

 ついでに言うと美的感覚も逆転している。

 だので、この賢人会議という名の女子会に出席している見目麗しい美女の銘々は、幻想郷基準で言うと途轍もないブスなのだ。形容し難きブスなのだ。超々弩級のドブスなのだ。

 たわわに実ったおっぱいも、幻想郷では醜い脂肪の塊に過ぎず。子を孕むのをバッチコーイと待ち詫ているお尻も、性欲の象徴と見られ嫌悪の対象とされている。

「にしても月の? そいつはちょいと太すぎるんじゃないのか? そんなものを愛用していたら、いざ事に至った時、ユルいと落胆させてしまうのではないか?」

 しげしげと張り型を眺めていた一人、八坂神奈子が指摘する。なんとマジレスである。

 先程までキャンキャンと噛み付き合っていた紫と永琳が、盛大な溜め息を吐いた。

「はぁ~……。分かってないわね神奈子」

「えぇ。全然分かっていないわ」

「な、なんだ?」

 突如として息の合ったコンビネーションに神奈子はたじろぐ。

「「私達みたいなブサイクが、処女を卒業出来るわけないでしょ!」」

 口を揃えて、力強く、断言した。何と悲しみに満ち満ちた宣言なのだろう。

 言って自分でダメージを受けたのか、二人は胸を押さえ、地に伏した。永琳に至っては「私は処女じゃない、処女じゃない……」と念仏のように繰り返し自己暗示までする始末。コワイ。

「ねぇねぇ。本当のところはどうなのかしら~?」

「そうですね。私も見たのは子供の頃ですから、参考になるかは分かりませんが――」

 そんな彼女らを放っていおいて、幽々子は白蓮に聞いた。呑気な波長が合うのか、この二人。積極的な交友を持とうとはしていないが、同じ場に揃うと結構話を酌み交わしている。

 白蓮はこの仲で唯一、男家族のいた人物である。だから多少なりとも、という期待を込めて聞いたのだが、その返答は期待以上のものだったようで。

「え、見たことあるの!? マジで!?」

 物凄い食いつきようである。落ち込んでいた二人ですら、目を爛々と輝かせ白蓮の一挙手一投足に注目していた。

 白蓮は少し困ったようにはにかみ、「ええと、そうですね――」顎に指を添えて、小首を傾げ記憶を手繰った。とても可愛らしい仕草だ。しかし、この世界に於いて絶世のブサイクと呼べるに足る白蓮がやると、吐き気を催す邪悪さを伴っていた。

 紫に至っては憚る事もなく「オエッ」と口にまでしている。

 失礼なヤツだ。ブサイク度合いで言えばどっこいな癖に。

「ええ、随分と昔の話ですから、正確な時期は私も覚えていませんが。あれは私と命蓮が子供だった時分の事です。私は思春期に入り、当然男性の身体に、性に興味を覚え始めていました」

 朗々と、懐かしむように語る白蓮。誰かが生唾を呑み込んだ。

「ですが寺に身を置くともなれば、そのような機会が訪れる筈もありません。そして、身近な異性と言えば弟だけ――」

「それでそれで~!?」

「ちょ、ちょっと勿体振らさずに早く進めなさいよっ」

 女達は何故か皆一様に正座をし、一言一句漏らさぬ姿勢であった。紫に至ってはスカートの中に手を突っ込んでいる。服の上からも解るぐらいに蠢いているのは、最早ツッコんだら負けか。既に突っ込まれてる気もしないでもないが。

「えぇ、ご想像の通り。私は禁断の扉を開けてしまいました」

 ヒュ――――!!

 歓声と怒声、罵声と嬌声が入り混じった。

 ある者は「すごいすごい!」と興奮し、またある者は「なんて事を!」と禁忌を犯した事に怒りを覚えているようだ。またある者は「裏切り者っ!」と血の涙を流し、またある者は「ウッ――!!」と身体を逸らし痙攣していたってオイちょっと待て!

 興奮覚めやらぬ獣どもを、白蓮は腕を挙げ制する。ただそれだけで、統制のとれた獣のようにピタリを静まった。

 そら、そうだろう。女達は続きが気になって仕方ないのだ。今のままじゃぁ、とんだお預けである。いや、この話の妄想だけでも三回は、いやさ五回六回は軽くオカズに出来るが。

 兎角、女達は黙って白蓮が話すのを待った。紫は二回戦に入る構えであった。いっそ感動すら覚える性欲である。

「夜、皆が寝静まったのを見計らい、私は命蓮の部屋へ向かいました。そして寝ている命蓮を起こさぬよう、ゆっくりと布団を剥ぎ、ゆっくりとズボンを降ろし――」

 当時を思い出しているのだろうか。段々と、白蓮の整った顔(外界基準)がだらしないニヤけ面に変質していく。その口元からは一滴の涎が垂れた。

「――ご本尊と出会いました」

 何故にこんな下世話な話を文学的に表現するのか。紫は二度目の絶頂に至った。

「しかし、写真で見たものとは大分違いましたね。小さくて皮が被っていて、えぇ、エレクチオンしていない状態のオチ■チン様でした。ですから私は指を添え、どうにかして彼を勃たせようと試行錯誤しました」

 紫は三度目の絶頂に至った。早過ぎる……。

 皆のボルテージは最高潮に達していた。最早恨みも妬みも無い。ただ生き神を崇めるが如き視線を白蓮に向けていた。

 その白蓮の顔に、不意に影が差す。そして深い溜め息を吐いた。

「ですが、まことに残念な事に、弟はまだ精通を迎えていなかったのです。幾ら私が刺激を与えても、オチ■チン様は一向にその真なる姿を現してはくれませんでした。私が悪戦苦闘していると、流石に違和感に気付いたのでしょう。弟が目を覚まし、泣き始めてしまいました」

 白蓮の声のトーンが、下がる。皆のテンションも、下がる。

「騒ぎを聞きつけた父上がすぐに現れました。普段温厚な父が、想像もつかぬような罵詈雑言を吐き、ついに私は、更生の為に尼寺へ放り込まれてしまいました。尼寺の戒律はそれはもう厳しいものでした。異性との接触禁止。自慰禁止。しかし年頃の女が我慢出来る筈もありません。尼寺の皆は隠れて、一様にお尻の方を開発し――」

「くあー!! それ以上喋らないで! 誰が好き好んで、女のケツアナ開発日誌なぞ聞かなきゃならないのよ!! 私の興奮返してよ!」

 ぐちょぐちょに濡れた指先で、白蓮の襟元を掴み揺すぶる紫。残像すら見えるほどの勢いである。

 他の三名も、耳が腐ると思った。諸兄らも想像して欲しい。ブクブクに太った、見るに耐えない醜い男が頬を染め、喜々として自分の尻を開発しているのだと語らう姿を。彼女らが味わったおぞましさが正にソレだ。

 なんとも肩透かしに終わってしまった話である。他の三名も目に見えて白けていたのだが、紫の必死さを見ていると却って冷静さを取り戻せた。

「あー、でもまぁ。実弟とは言えホンモノを見ているなんて、凄いじゃないか。うん」

「そうねぇ。見たどころか触ってるんだし。一歩リードされちゃってるかしらぁ?」

「そ、そうね。まだ処女みたいだし、その点では私の方に分があるんじゃないかしら?」

 無駄に対抗心を見せる永琳。何の分だよ何の。

 紫も、ようやく己が行為の無意味さを悟ったのか、白蓮を放り投げたオイ。

「……お尻も気持ちいいですよ?」

「アンタは黙ってなさいっ」

 起き上がった白蓮の第一声がソレなのだから、彼女も大概である。

 紫がぴしゃりと、白蓮の言を遮る。彼女はしょぼくれ小さくなった。

「そういえば八雲の。此度に我々を呼んだのはどういうつもりだ。何でも、重大な発表があるとか何とか」

「ハッ。そうよそうだったわ。こんな何時ものおちゃらけお茶会の為に呼んだんじゃなくってよ」

 誰のせいよ誰の。と永琳は思ったが、蒸し返すと長くなりそうなので、ぐっと堪えた。

「ええ、実は幻想郷の実力者であるアナタ達にわざわざ集まってもらったのは、他でもありません」

 隙間から扇子を取り出し、口元を覆い唐突にカリスマアッピルしてくる。スカートの一部がくしゃくしゃに濡れている一点だけでも、台無しである。

「前置きはいいから、早く話して頂戴。こちらも全く暇という訳じゃないのよ」

「んっん~? いいのかしらぁ永琳ちゃん? 私にそんな口を聞いても~???」

 その口調、その表情。余裕綽々ですぅという態度、その全てが永琳の神経を逆撫でる。

「ん~? でもほんとう、何の話なの紫?」

「そうね幽々子。ちょっち耳を貸して」

 そう言って彼女らはひそひそと内緒話を始めた。

 幽々子の表情が驚愕に彩られ、次に涙を流し始めた。

「ゆ゛、紫っ! わ、わだじアナタの親友で良がっだぁ~~~!!」

 幽々子の顔面はそれはもう見るに堪えないものだった。ただでさえ美しく(みにくく)可憐な(きたない)顔が、涙と鼻水でくしゃくしゃになっているのだから。親友を自負する紫でさえ、ちょっと引いてしまった。

 だが幽々子は、そんな親友の態度に気付いた様子もなく、熱い抱擁をしてきた。

「ど、どうしたんだ亡霊の?」

「まぁまぁ。どういう話なのでしょう?」

 そういう反応をされると、流石に気になってくるというのが人情である。神奈子に白蓮も、それぞれ紫と幽々子に耳打ちで話を聞かされる。

 神奈子の驚き目を丸くし、次の瞬間紫とガッチリと握手を交わしていた。

「八雲の。私と卿は血のよりも濃い絆で結ばれている。幻想郷の危機の際には、全身全霊を以て協力しようじゃないか」

「まぁまぁまぁ? まぁまぁまぁまぁ……! まぁまぁまぁまぁまぁまぁ!!!」

 劇的な反応を見せた。

 一方では強力な同盟が結ばれ、また一方は徐々に顔を煌めかせ耳まで真っ赤にしていった。二人に共通するのは、鼻息を荒くし、興奮していると言うことか。

 流石の永琳だって、何の話か気に掛かる。

「それで八雲の。何時決行するのだ?」

「えぇ、既に話は付いているわ。今日にでも行うつもりよ」

「ゆ、紫!? 私も何でも協力するからねっ!」

「えぇ、私もです。人と妖が手を取り合える世界の為にも」

 四人は四人で勝手に盛り上がっている。興奮冷めやらぬ、という感じで。

 永琳は、すっかり輪の外だ。

「ちょっと」

 永琳が抗議の声を挙げる。四人の視線が彼女に集まった。しかしフッとだけ笑い、関心を失ったのだろう、再び四人であーだこーだと話始めた。

 これには永琳もお冠である。

「いい加減にしなさいよ! 私にも話があったから呼んだんじゃないの!? ぐすっ……」

 その目には仲間外れにされた哀しみから、涙が浮かんでいた。億越えのババアの涙である。

 流石に罪悪感を覚えた四人がまぁまぁと永琳をなだめる。何とも気まずい空気だ。

 次第に永琳の涙も引っ込み落ち着きを取り戻し始める。

「それで、どういう話なのよ」

 まだ多少ぐずりながらも、目元の涙を拭い気丈に振る舞う永琳。

 紫は苦笑しながら、事の内容を話始めた。

「ねぇ永琳。私って綺麗かしら?」

 そんな耳を疑う事を聞かれ、永琳の涙もきれいさっぱり引っ込む。

 遂に頭のネジが外れたかこのババアは? 永琳は言いたいのを堪え、返事をする。

「残念だけど、控えめに言ってもブスね」

 純然たる事実を返す。罵倒とも取られ兼ねない言葉を返されるも、紫は静かに頷くだけだ。

 普段ならここから、やいのやいのと言い合いになるのだから、紫の反応は明らかにおかしかった。

「じゃぁアナタは?」

「ブスよ。紛れもなく」

「それじゃぁ幽々子は? 神奈子は? 白蓮は? アナタの仕える主人は? 従者は?」

「ブスブスブス! ブスよブスばかりだわ! いい加減にして! こんな、当たり前のことを聞いてどうするのよ!」

 突き付けられる事実に、永琳は酷く悲しくなった。

 何故こんな、自身の傷を抉るような真似をさせられるのだ。私達が一体何をしたと云うのだ。ただブスという、どうしようもない業を背負って生まれて、それだけで迫害を受ける日々。

 再び永琳の眼尻に涙が浮かぶ。

 対して、他の者らは手酷く罵られていると言うのに、満足そうに頷いている。

 強い違和感が、永琳を襲った。

「それじゃぁ永琳? もし、私達のようなブスを絶世の美女だと思う感覚の男がいたらどうかしら?」

 瞬間、永琳の呼吸が止まった。そして直ぐ様、現実に戻ってくる。

「何をそんな、有り得ない妄想を――」

「いいえ。妄想なんかじゃぁないわ」

 紫の言葉には、強い自信があった。そして自信満々に、ただ一言を呟く。

「平行世界」

 永琳の優れた頭脳は、それだけで全てを察したようだ。

「まさか!」

「えぇそうよ。私達ブサイクを美女だと思う感性の世界から、男を攫ってくるのよ!」

 紫の発言に永琳は愕然とした。

 確かに、それならば、いやしかし。

「そんなの、許される訳が――」

「いいえ、赦します」

 その場にいた、誰の者でもない声が否定の言葉を放つ。

 誰だ、と思う間もなく、その正体は判明した。

 楽園の閻魔、四季映姫ヤマザナドゥ。その人であった。

 いつの間に、なんていうのは愚問である。大方、スキマでも通ってきたのだろう。その事実を裏付けるかのように、映姫は紫の傍らに立っていた。

「私が許可します。閻魔たる私が、特例として赦します」

「閻魔様が、私情でこのような暴挙を赦してもいいのかしら?」

 永琳と映姫は、寿命という観点からか二人は非常に折り合いが悪い。ただ、二人の性質が冷静で争いを好まいからこそ、目立った動きには現れないが。

 永琳の言葉には、隠せ得ぬ棘があった。

「落ち着きなさい八意永琳。これは決して私情などでは無いのですよ」

 私情ではない? どういうことだ?

「ここからは私が説明しますわ」

「えぇ、お願いします紫」

 この二人も、本来は一言で説明の効かぬ仲の筈だが、示し合わせたかのように動いている。

 話を通してある、というのは十中八九、映姫の事だったようだ。

「永琳、今の幻想郷の男女比率を知ってるかしら? 1:9よ、1:9!! これは種の維持を可能な数値を大幅に下回っています! そう遠くない未来、幻想郷は滅びるでしょう」

 衝撃の事実を告げられた永琳はすぐさまその重大さに気付き、愕然とするしか無かった。そしていつの間にやら、男がそれほどまで減っていた事実、それを気付いていない自分にショックを受けていた。

「不幸中の幸いと言うべきか、現存する男性の多くは人間です。人の恐怖が無ければ、妖怪は存在出来ない。人の畏怖が無ければ神は存在出来ない。早急に手を打つ必要があるのです。それとも、不死のアナタには関係なかったかしらね?」

 ピシャリと、扇子を広げ紫は宣言する。その、スカートの一部が以下略。

 若干の皮肉を交えた説明に、永琳は眉間を押さえた。

「いえ、もう十分理解したわ」

 紫は満足そうに頷く。

「人は、早急に数を増やさねばなりません。いえ、人間だけではなく、私達もです。それが最終的に妖怪への恐れを奪い、神への畏れを奪い、弱体化への一途を辿る未来だとしても。幻想郷の崩壊だけは避けねばならないのです」

 そう最後に紫は締めくくった。

「……一ついいかしら」

「何かしら」

 永琳は逡巡し、口を開いた。

「何故、私達なの?」

「それについては私が説明します」

 意外にもそれに答えたのは映姫だった。

「あなた方は、言うまでもなく幻想郷のパワーバランスの一角を担っています。そして妖、亡霊、月人、神、元人間と種族も多様です。あなた方にはまず、運用方法を確かめるべくテストケースとなって頂きます」

「モルモット、って訳ね」

「言葉は悪いが、その通りです」

 映姫は悪びれるもなく、しれりと言い放つ。矢張りこの女とは相容れない、な。

「呼び出した男性には、種馬になって貰います。私達のような醜女に――いえ、その方にとっては、び、美人に見えるのでしょうか? ですので悪い話でもないでしょう」

 成る程、得心が言ったのか、永琳もこれ以上聞き返す事はなかった。

 と言うか、お固い事で有名な閻魔様が、自分を指して美人と言うのにどもる姿は、中々レアな光景なのではないか?

「よろしいですか? 八雲紫。まずは、一人、幻想郷にお招きなさい。彼の行動を観察し、問題なければ数を増やしていきます」

「ええ、分かりました」

 紫はスキマを開く。その間から、ギョロリと無数の瞳が覗おり、その先が何処へ繋がっているかを知るのは紫本人だけだろう。

「それじゃぁ、何か希望はある?」

「そうねぇ、背の高い、格好いい人がいいわぁ」

「出来れば意思の強い人間が好みだな」

「私は、そうですね。人も妖怪も差別なく接してくれる方がよいかと」

「永琳は?」

 永琳は、一瞬自分の浮かんだ希望に躊躇した。言ってもよいものかと。しかし、これは二度と無いチャンスである。ブスを拒絶せず、あまつさえ自分の好みを付加出来るなんて。

 そう、永琳の迷いは一瞬で捨てられた。

「性器の立派な人」

 こちらの世界で云うなら、おっぱいの美巨乳な人と言ったところだろう。

 永琳は飢えていた。飢えに飢えていた。何せこの中でも図抜けて長生きしているのだ。性欲は衰えるどころか、溜まりに溜まりまくっていた。よくぞまぁ、決壊していないのだと関心すらする。

 一瞬の沈黙の後、皆が盛大に笑った。

「えぇ、そうね。チンコは大事ね」

「性生活の不一致で別れるのも珍しくないものね~」

「これは私としたことが、すっかり失念していたよ」

「まぁ。オチ■チン様の本当の姿を見れるのですね」

「……破廉恥なっ」

 ただ一人、映姫だけが顔を赤く俯いていた。この世界で純情な乙女というのは、B専並にレアな存在だった。

「閻魔様は、何かご希望があるかしら?」

「えっ。わ、私もいいんですか?」

「あら勿論よ。アナタだって、ブサイク仲間の一人なんだから」

「嬉しくない仲間ですね……」

 紫がバチコーンとウィンクをすると、映姫は嫌そうに顔しかめた。

 映姫は目一杯考え込んで希望を口にした。

「そ、それでは。優しい殿方を」

「ウフフ、わかったわ」

 そう答えた映姫を見る紫の視線は生暖かく、何だか馬鹿にされたと映姫は膨れた。

「それじゃ探すわよ。イケメンで意思の強い、皆を平等に愛しチンコの立派な優しい男――! そんでもって私の希望は、エッチが大好きな人、かしら、ねっ!!」

 紫はスキマに腕を突っ込み、ごそごそと何かを探っているようだった。まるで抽選箱からアタリを探しているかのようだ。皆が固唾を呑んで見守る中、遂に紫の顔が破顔する。

「キタ! キタキタキタ、キタわよコレ――――!!」

 そして「ドゥフフwww」と気色の悪い笑みを浮かべ、もう一方の腕もスキマに突っ込む。「おぉ」と周囲がどよめき立ち、否応もなく期待に胸が膨らむ。

「や、ちょ、コレ! 重っ!」

「ゆ、紫! ガンバッテ!」

 既に紫は上半身までスキマに呑まれている。

 親友の応援を背に受けて、紫は最後の力を振り絞りぐぬぬと引き上げる。

 そして待望の時来たれり!

 ス、ポ――ン!

 そんな擬音が聞こえそうなぐらい見事に、紫は突然後方へ吹っ飛んだ。その勢いのままゴロンゴロン、一回二回と転がりと壁にぶつかってようやく止まった。

「ぐえっ」

「お、男は!? 男はどこよ――!?」

 誰一人として――親友の幽々子でさえ――紫の心配よりも男の心配が先立つ。嗚呼、斯くも儚きは女の友情よ。

 それぞれが目を皿のようにし周囲を見回すと、先程までスキマの開いていたその場所に、一人の男性が突っ伏していた。

「ん、んん……」

 男は苦しげに呻き、寝返りを打つ。そして彼の顔が露わになった時、五人の少女――ハイ、そこ! ツッコミは無しでお願いします!――の心は一つになった。

「「「「「やだイケメン……!」」」」」

 果てして、彼は本当にイケメンなのだろうか? いんや元いた世界では、中の下、贔屓目に見て中の上と、んまぁ大凡平均的な顔立ちをしていた。

 だのに彼女らがこのような反応をしたのは訳がある。

 一つ、幻想郷に住まう彼女らの美的感覚も大概おかしいこと。

 一つ、男性の個体数が少なく、更には男の顔面偏差値も異様に低いこと。

 一つ、彼女らが単に男慣れしていないこと。

 しかしはて? 幽々子はイケメンが良いと願ったのではなかろうか?

 世の中そんなに甘くない。イケメンで意思が強い、博愛主義者のデカチンスケベぇな優しい男なんて、条件に当て嵌まる人間がどれだけいるだろうか。グーグル先生でさえ条件を増やしていけば、ヒットする数も少なくなるのは当たり前だ。常識である。

 それ故に彼は、それなりの顔立ちでここぞとばかりには意思が強いが、八方美人のヘタレでチンコも平均を若干上回る、エッチにも普通に興味のある、優しい男だった。

 その事実を知らない女性陣は大はしゃぎである。何せ理想の男が目の前に現れたのだから。では、事実を知って落胆するかと言われれは答えはノーである。何故なら、上記の容姿、性格の彼でさえ、幻想郷内では上から数えた方がパッパと早いほどの優良物件なのだから。

 というか一番いい男なんじゃね?(投げやり)

「ど、どどどどどうしましょどうしましょ!!?」

「おおおっ落ちけつ亡霊の!」

「あらあらあら! まぁまぁまぁ!?」

「あ、あぁ……。と、殿方が目の前に……! はふぅ」

「ちょ、ちょっと映姫! しっかりしなさい!」

 阿鼻叫喚である。慌てふためく一行に、意識を失う乙女(ブス)が一人。永琳は医者らしく倒れそうになる映姫を受け止め、脈を図り、静かに首を横に振った。

 何という悲劇!ブサイクとはこれ程の仕打ちを受けなければならない罪なのか! 人よりちょっと……、はんなりと……、大分……、かなり……比較するのも烏滸がましいぐらいにブスなだけではないか! それが許されぬ世界だと云うなら、嗚呼、神とは何と残酷なのだろうか。

「いや、神様もブサイクだからね?」

「わ、私はそのような赦しをした覚えはありません……ガクッ」

「映姫――――!!」

 茶番が幕を開け、間髪入れずに終劇した。

 事態は好転を見せるどころか混沌さを増していた。そんな中、一人の勇者が立ち上がる。

「フッ。では私からイかせて貰うわ」

 ズイと一人の女が歩み出た。なんか意味が違う気がするが細かい事は気にするなよい。

「――紫!?」

 そう、痛みから復活した八雲紫だった。後頭部をしこたま打ち付け涙目に悶ていながら、誰にも気に掛けられず一人で復活を果たした八雲紫だった。

「アナタ達トゥートゥーシャイシャイガールどもは私が大人の階段を登るのを、指を咥えて見ていることね。とうっ!!」

「と、飛んだ!?」

 紫は飛んだ。デュワ、っと飛んだ。

 その勢いでスポンと服が脱げ、彼女は生まれたままの姿を空中に投げ出した。たゆんたゆんのおっぱい。程よく脂の乗った身体。尤も大事な部分は若干のテカリを見せながらも深い茂みが隠していた。

 ――オエェェェェェェ!!!!

 神々が作りたもうた余りの美しさ(みにくさ)に誰かが吐いた。釣られて他の者も、連鎖的に吐いた。

 そんな友人らからの散々な認識も、今の紫には気にならない。

 何せ長年の夢が叶うのだから。グッバイ処女。コンニチハ大人な私。

 未だ意識の戻らない男の胸に目掛けて、所謂ルパンダイブを敢行する。接触まで後三秒。二、一――。

「ん、んんぅ?」

 正にその際であった。男が身動ぎ、その拍子に服がはだけ、女のソレとは全く違う胸板が露わになった。

 紫と男が接触を果たす――寸前、彼女はその合間にスキマを開き、己が身を滑らせた。

「ただいまー」

 ズサーと、友人らの元に帰還を果たす紫。最後の最後でヘタレたのであった。スキマを通った際に、ちゃっかり服も着直している。

 友人らから、絶対零度の視線を向けられる。

「し、仕方ないじゃない仕方ないじゃない! だって彼、カッコ良すぎるんですもの! こちとら百年単位で男と会話をしてないのよ!? これでも十分、勇気を振り絞ったんだから!」

 んまぁ、確かに、その点だけは賞賛を送れるのかもしれないが、結果がこれでは、無意味と評価せざるを得ない。

「というか彼、起きるわよ」

「「「「えっ?」」」」

 永琳の指摘に、全員が男に注目する。

 もぞもぞと、寝返りを打つ回数が増し、

「ん、んん……? なんだ……?」

 そりゃあんだけ騒げば起きるだろうという話である。

 男は眉を顰め目を擦りながら、ゆっくりと上体を起こした。その動作に、ブス共の母性本能がキュンキュンと共鳴していた。主に、下腹部の辺りで。

 何だか母性本能とは違う、もっとおぞましいナニかな気がするが、兎角、女達は男を好き勝手出来る機を逸したのだ。

 彼はまだ寝ぼけているのだろう。開ききらない瞳でキョロキョロと周囲を見回し、当然、6人の一塊にいる美女(ブス)(内一名気絶ちう)を見つけ声を掛けた。

「あの……? すいません?」

 その声はまるで草原を抜ける一陣の風のように爽やかで(女性目線)、イケメンに声を掛けられた。その事実だけで天にも昇る心地だった。

「ゆ、幽々子――!? 幽々子、しっかりしなさい!!」

 一名ほど本当に天に召されそうになっていた。

「あの?」

「「「「「ひゃ、ひゃいっ!!?」」」」」

「……大丈夫ですか?」

「「「「「ら、らいりょうぶれふ!!」」」」」

 ――改めて、五人のブスらは幸福を噛み締めていた。自分らの顔を見て、ゲロを吐くどころか真っ直ぐに視線を交わし、あまつさえ我が身を心配してくれる殿方と話し合える幸福を。

 思えば長い、冬の時代だった。街を歩けば人垣が割れ、露骨に顔を背けられる。子供と目が合えば泣かれ、女と顔を合わせれば舌打ちをされ、男に至ってはゲロを吐かれる始末。

 冬はいずれ終わり春を迎えるもの。万年処女らは確固たる、春の訪れを感じていた。

 しかし悲しいかな。男性経験値の低さから、彼女らは積極的な行動に移る事ができなかった。というか話し合う事さえ超高難易度クエストであった。

 五人は円陣を組み、ボソボソと緊急会議を開いた。

「ちょ、ちちょちょっとどうするのよ!?」

「ゆ、紫が話しかけてよぉ~!」

「そうよねっ。レイプが出来るんだもの。話しかけるなんて楽勝でしょ?」

「舐めないでよね!? レイプは出来ても男の人と談笑なんて出来るわけないでしょ!!」

「「「「えぇ~……」」」」

 ドン引きである。というか彼に聞かれていたらまず間違いなく、軽蔑されていたろう。

 幸いにも紫の慟哭は聞こえなかったようで、ホッと胸を撫で下ろす。

「……いや待て。この中でも特別、男性に免疫を持っている者がいたはずだ」

 神奈子が厳かに云う。神の威厳をなんてものに使うんだ。

 そう、該当する以外の四人が力強く頷いた。

「あら……?」

 その、該当する人物は状況が飲み込めていないようで、不思議と小首を傾げている。

 超絶ブサイクの愛嬌ほどイラッとするものはない。その仕草に、四人の中で残っていた最後の慈悲の欠片が綺麗さっぱり消えた。

「いきなさい聖! 君に決めた!」

「あら、あらあら!? わ、私ですか!?」

 ドンと背中を押され輪から弾き出された白蓮。その勢いにたたらを踏み、男の前へと躍り出る。あわや転倒という寸前――。

「っと。大丈夫ですか?」

 すっかり目の覚めた男が、転びそうになった白蓮を胸で抱き止めた。白蓮の心臓が、生まれてきた中でも一番に早鐘を打つ。顔は熟れた林檎より赤く、息も過呼吸寸前である。

「落ち着きなさい紫!」

「離して永琳、神奈子! あいつ殺せない!!?」

 その、あまりにも羨ましい光景に紫が輪から飛び出し二人に躍り掛かろうとするも、二人がかりで身体に抱きつかれどうにか阻まれていた。

 フーッフーッと鼻息荒く目は血走り、その姿は正に獣。ブスを止め一匹の野獣へと成り下がったか憐れ也。親友など、部屋の隅で縮こまり可哀想なほど怯えているではないか。

「あっ――」

 ふと、白蓮の視線が(イケメン)を捉える。

 瞬間、周囲の騒々しさは遠くになり、世界は白蓮と彼だけになった。(白蓮視点)

(これはチャンスなのでは?)

 なし崩しではあったが、これは幻想郷の重鎮達の公認とも呼べるコンタクトである。

 ならば他の者に先んじて、自分が一歩も二歩もリードしても、文句を言われる筋合いは、ない。

 さて、ここで重大なお知らせがあります。

 この中で尤も男に飢えているのは、一番永く生き一番永く男と接触を果たしていない永琳であることは、先述の通りである。

 では、尤も変態なのは誰か? 八雲紫? いいや、アレぐらいならばこの幻想郷なら至って健全、ノーマルの域を出ない。だからと言って幻想郷に恐怖するのはまだ早いゾ!

 質問を変えよう。この中で、尤も性癖を拗らせているのは誰か?

 白蓮は清水の舞台から飛び降りる覚悟を決め、叫んだ。

「ッ! わ、私とアナルセ「はいアウト―――――――――!!!!」ごぼぉっ!!?」

 その覚悟が報われるよりも早く、スキマが現れ中からドロップキックが飛び出してきた。

 白蓮は並行にすっ飛び、そのまま壁にぶつかり意識を手放した。

「ナイスよ紫!」

「ハァ、ハァ……! 我らがえんじぇるちゃんをケダモノの歯牙に掛けてなるものですかっ!」

 しかし振り出しである。

「えぇい! どいつもこいつも情けないっ! そこで我が威光を見ておれ! この手で幻想郷の全て(オトコ)を掌握してくれるわ!」

 そう、気勢も新たに飛び出した神奈子。だがその勢いは、まるで男の周囲には分厚い壁が存在しているかのように、急激に落ち遂には止まってしまった。

「む、無念……!」

 ――パタリ。

「か、神奈子おぉぉぉおおぉぉっっ!!?」

 目に見えない壁? いいやっ! 喪女歴数百年から飛んで数億年の彼女らには目に見える壁があった。

 世のイケメンのみが放つ事が可能なイケメンオーラである。ブサイク特攻のイケメンオーラは、神であろう神奈子に対しても効果はばつギュンだった。

「くっ! 遂に私の番ねっ……!」

 いつの間にやら順番制になっている。その事にツッコミを入れる人物は、最早いなかった。

 永琳は一歩を踏み出す。それは初めて月面へ降り立った、人類の偉業の一歩である。そして一歩、過去の自分との決別。更に一歩、新たな自分への門出。

(くぅぅっ! なんてイケメンオーラなの!? 近づく度にイケ圧(イケメンの圧力の略)が強まってくる!!)

 神奈子はコレにやられたのか、と永琳は身を以て察する。

 だが私は負けない。負けてたまるか。処女の年季が違うのだ!

「はああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 処女膜(破瓜済み)から唸り声を吐き出し、永琳は走った。……紫の元へ。

「紫……。私も、これまでみたい、ね……」

「いいの! もう何も言わなくていいの!」

 紫はそっと、戦友の肩に手を置き、頭を振った。その目は慈愛に満ちていた。

 永琳が歩んできた床の上に点々と、何らかの液体が線を作っていた。液体の正体は、賢い読者諸兄には言わずとも解るとだろう。永琳のスカートはびっしょびしょに濡れていた。そらもう、漏らしたんじゃないかってぐらいに濡れていた。

 男へと近づく度、より濃くなる咽る返るほどの男のかほり。女の、性欲丸出しのソレとは違う、濃密な花の蜜のようなソレに気付いた時、永琳は足を踏み出す度に達した。達してしまった。それではもう、まともな思考など出来ようはずもなく。

「我が生涯に一片の悔い無し。……ガクッ」

「永琳――――――――――っっ!!!」

 八意永琳――再起不能(リタイア)

 その表情は、何故か満足げであったと、後世には伝えられている。

 次々と倒れてゆく仲間。残されたる我が身のみ。

「フ、フフフ……! ヤってくれるじゃない! 皆の敵は、私が取るわ!!」

 ユラリ。八雲紫が幽鬼の如く立ち上がる。

「真打ちは最後に登場するのよ!」

 いやアンタ一番最初に突撃したじゃん?

「いざ――!」

 紫は駆けた。駆け抜けた。神奈子よりも早く、永琳よりも疾く。

 そして友の敗北を目にし、彼女は完全なる対策を考えついていたのだ。

「とぅ!」

 ジャンプ。ジャンプである。

 ホップステップカールルイスと三段跳びに男へ突撃敢行をかました。

 万一イケメンオーラにやられても、これならばもう止まる事は出来ない。後は矢のように真っ直ぐ飛び、目標を射抜くだけである。

 とか言って、最初にも同じことをしてヘタレてスキマを開いたのはどこのどなたか。

 いや、スキマは開くまい! 紫は不退転の覚悟で望んでいた。

 その証拠に、彼女の顔には覚悟の程が現れていた!

「ぐふふwww うぷどぅふどぅへぐぅへへへへへへ~~~~っwwwwww」

 最早誰彼憚ることなくなった紫は、己が獣欲を解放した。

 頭の中にあるのはイケメンと一発することのみ。

 ――八雲紫の計画は完璧であった。自分の意思とは無関係に、後は自動的に事を成すだけである。

 だが一つ、彼女は失念している。彼は動かぬ岩などではなく、生きた人間なのだと。

 例え絶世の美女(男目線)であろうとも、顔面を涎塗れにさせウヘウヘと奇声を発しながら飛び込んでくる姿は恐怖しか覚えない。いや、美人だからこそ、一層恐怖が増した。

「あ、あれ? 何で受け止めてくれないのおぉぉぉぉ~~……!!?」

 故に避けた。紙一重という瞬間の神回避である。

 既に八雲紫の脳内では、彼が白蓮の時のように優しく受け止め、そのままイイ雰囲気になりたっぷりしっぽりずっぽりと、ズッコンバッコンアッハンウッフンの桃色劇場が繰り広げられていた。

 それ故に――本来であればスキマでも用いれば回避出来た筈である――、紫は何それと反応出来ずにそのまま壁へ衝突し気を失った。

「……何だコレ」

 男は何がなんだついて行けなかった。

 ただ、迫り来る猛烈な美女に危機感を覚え咄嗟に避けてしまったが。

「…………何だコレ」

 もう一度言おう。何だこれ。

 目が覚めたら見知らぬ場所で、周囲には見たこともないような美女がおり、更には(性的に)襲われそうになる。どんな夢だと、思ってしまうのも当然だろう。

 ふと、視界の端、部屋の隅で震える女性が目に入った。

 幸いにも彼女はまだ意識があり、何とか事情を聞き出そうと近づく。

「あの――」

「ひいぃっ!!?」

 初めての異性人(誤字ではない)との接触に怯える幽々子。

 彼女とて幻想郷の一員である。寝る前の手淫は毎日欠かさないし、友人とだって「殿方と致すことがあれば、一滴残さず搾り取ってあげるわぁ」と唇をぺろり、『口淫の幽々子(未経験)』の異名で恐れられている性豪である。

 だが、彼女が粋ってられるのは仲間内のみ。

 その鎧が剥がされ現れたる中身は、臆病なチワワちゃんなのだ。

「いや、すいません。ちょっとお聞き――」

「いや、いやっ! 食べられちゃううぅぅぅぅぅっ!!」 妖夢!? ようむうぅぅぅぅうううぅぅぅぅぅぅぅっっっ!!???」 

 常日頃、刀の鞘で「ッシャー! オラー!」と局部を鍛えている従者の名を叫ぶ。しかしの幽々子の魂ながらの叫びは届かず、遂には彼女も陥落してしまう。

「はふぅ」

 ポクリと。幽々子は逝った。そのだらしなく開いた口元からは白い魂が抜け出ている。

「…………何だコレ」

 目の前で、気を失う和風美女を前に、男は呟いた。

「………………何だコレ」

 死屍累々の、タイプの異なる美女の数々。

 男は訳が分からなかった。とりあえずよいしょと横になり、また眠りについた。目が覚めた時には、この訳わからんちんな状況が改善している事を祈りながら。

 




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