大好物は煮っころがし   作:レスキュー係長

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⑥ガールズトークはサイゼリヤで。

異性と一緒にお茶を嗜む。このような状況は多くの場合、デートと同等のものである、と解釈しても間違えてはいないだろう。そこに好意がなければ、例え短時間であっても他人と一緒の空間にいるのは苦痛の何物でもないのだから。

 

だが、今現在八幡が直面している「雪乃と一緒にお茶を嗜む。」という状況はデートとは程遠い。緊張感と戸惑いが入り混じる異様な空気が辺りに張り詰める。

 

そもそもなぜゆえこのようなことになったのかと言えば少し長い話になる。小町の荷物持ちとして連れてこられた八幡が雪乃とまさかのエンカウント。その場から離れようともしたのだが、雪乃による突然のお茶の誘いを受け、いつの間にか戻ってきていた小町が勝手に了承。そして今、ららぽーと内にあるアフターヌーンティー専門店で雪乃と八幡は向かい合わせで座り、目を合わせずにいる。

 

 

店員により二人にはスタンドに載せられたスイーツとダージリンが出される。が、八幡からすればそんなことはどうでもいいことなのだ。この場から早く立ち去りたい、また面倒なことになる前に。それが今の八幡の気持ちであった。

 

 

「露骨に『逃げたい』って顔しないでくれるかしら。不愉快だわ。」

 

 

そういってダージリンを口に含む雪乃。

 

 

「いや、その‥‥すまんな。顔に出てたか。」

 

「ええ。昔から貴方はすぐに顔に出るから分かりやすくて助かるわ。下手に仮面を着けている人よりよっぽど楽だわ。」

 

「昔からって‥‥いつも俺のこと見てたみたいな言い方だな。」

 

「見てたもの、貴方のこと。昔からずっと。」

 

 

雪ノ下は嘘をついている。そう感じた八幡は目線を少し上げ、驚いた。嘘をついているような素振りがまるでなかったからだ。

真っ直ぐに八幡を見つめ、紅茶を啜る。そんな姿はあの場所、奉仕部の部活でいつも見ていた雪ノ下雪乃と重なるように八幡には見えた。

 

「おい、それはどういう‥‥」

 

「さて、本題に入りましょう。」

 

 

八幡の発言をバッサリと退ける雪乃はさらに八幡を驚かせる発言をする。

 

 

 

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 八幡が雪乃との対決に挑む数時間前、沙希は笹塚のアパートでベットに横たわっていった。いつもなら夕飯の買い出しにいくところではあるが、食べさせる相手がいなくなった今、何かを作るという行為はおろか、食事という行為にまで無気力になっていた。

 

「ふぅ…………………」

 

 その長いため息は沙希の悩みの深さを表していた。

「あの時、なぜあそこまでふみこんでしまったのだろうか。」

 そういったことばかりが頭に浮かび、どうにもやる気が起きないのだ。

 

(あそこまで拒絶されたらまちがいなく嫌われているんだろうな……)

 

 好きな人に嫌われる。これほどまで胸が苦しくなる経験を沙希はしたことがなかった。それもそうである。いままで沙希には恋愛という感情ははみじんも感じたことがなく、八幡がその初めての相手、つまり初恋の人だからだ。

 比企谷の助けになりたい。比企谷の小説を書いている時の無垢な少年のような顔を守りたい。そんな思いがこんな結末になるなんて。それで終わりになるのかもしれない。そしたら私は……私は……

 あふれ出た感情はこぼれる。涙となって。

 

 チクタク、チクタクと無意味に時を刻む目覚まし時計。たまに外からサイレンの音は聞こえるが部屋は閑寂そのものであった。

 

 ブルルルル、ブルルルル

 

 閑寂を遮ったのは沙希の携帯のバイブレーションであり、その相手は大学の知人からだった。

 どうやら他大学との交流会に欠員が二人でてしまったようで一人は見つかったがまだ一人分残っている、とのこと。要は合コンの穴埋めとして来てくれないか、ということである。

 その知人とは友達と呼べるほどの仲ではなかったが、何かと授業が一緒であることもあり、ノートやレジュメなどを貸し借りするようないわば協力関係にある人物であった。沙希もそれで助かっている部分もあった分、ここで無下に断れば今後の大学生活に影響を及ぼす可能性があるのだ。

 だが、いかんせん合コンである。沙希自身、合コンには行ったことはなかったが皆下心丸出しで話しかけてくることを考えると虫唾が走る。それに八幡に黙っていくという背徳感にも近い感情も沸き上がる。

 まさにジレンマである。

 

 追い打ちをかけるようにメールが届く。

 

 居てくれるだけでいい。お金はこっちでもつから。終わったらすぐ帰っていいから。

 

 知人のその巧みな話術の前についに沙希は陥落してしまった。

 

 

 

********************

 

 

 新宿歌舞伎町。そこは東京、いや日本随一の歓楽街として知られる。そして何かと黒い影がちらつく場所でもあり、沙希は上京してからこの場所には近づかないようにしていた。

「こっち、こっち!!」

 

 メールで教えてもらった歌舞伎町の居酒屋に沙希の姿はあった。大声でさけんでいる知人の方へ向かう。

 すでに男性はそろっており、そわそわしている。

 

「あと、一人はうちの大学からなんだけどちょっと遅れてくるからさ、先に始めようよ。」

 

 女性側の誰かがそんなことを言い、合コンが始まる。

 まずは自己紹介なのだが、沙希は男性一人一人の視線に嫌悪感を抱いていた。

 沙希は自分こそ自覚していないが美人である。スタイル良し。胸もある。そんな彼女に男性たちに目線が向かないわけがない。だが、その血に飢えたオオカミのような視線が沙希にはたまらなかったのだ。

 

(比企谷……!!)

 

 そんな思いは当然の如く通らず、沙希の番へ回ってくる。

 

 

 

 

 

「おまたせ………え!どうしてサキサキが居るの!」

 

 そこに現れたのは沙希にとっても意外な人物だった。

 お団子頭の茶髪は健在。変わったことといえば私服が大人っぽくななっていたことだろうか。制服を着崩し、よく分からないアクセサリーを着けていた高校生の頃とは違い、シンプルにまとめている。

 

「あ、どうも。遅くなりました!由比ヶ浜結衣です!」

 

 

 

********************

 

 

 

 

 

結果的に、由比ヶ浜結衣の登場は沙希にとって良い出来事であった。

 

結衣はそれまで沙希に向けられていたオオカミのような視線を分散させたからだ。又、その類稀なるコミュニケーション能力は合コンという場で遺憾無く発揮され、見事に合コンを成功させるほどであった。

 

 

沙希は合コン後、二次会へ行くという知人と別れ、家路につこうとしていた。そもそも一次会だけの予定だったし、精神的に疲れてしまい一刻も早く休みたかったのだ。

 

だが、そんなこと出来るわけはなかった。同じく二次会を断った由比ヶ浜結衣に呼び止められたからだ。

 

 

沙希と結衣は少し離れた場所にあるサイゼリヤへ入る。ドリンクバーで飲み物を調達した後、二人は腰を下ろした。

 

 

「で、なんであんなところにいたの。」

 

結衣は席に着くとすぐに本題に入った。ほんの一瞬の隙も与えず、だ。

 

「なんでって‥‥‥誘われたから行ったまでだよ。」

 

「違う。そういう事を聞いてるんじゃないの。ヒッキーと付き合ってるのになんでこんなところに居たのかって聞いてるの。」

 

 

その言葉の節々にはひどく棘があった。川崎沙希がそんなことをする人だとは思わなかった。失望した。言葉にはしないがそんな風に沙希は受け取った。

 

「何を勘違いしてるかわからないけど私は比企谷とは付き合ってないよ。」

 

「一緒に暮らしてるのに?」

 

「確かに隣同士だし、家事とか手伝ってるけど、別に一緒の部屋に住んでるわけじゃないよ。というかどこからその情報を‥‥」

 

「小町ちゃんから教えてもらったっていうか無理矢理に吐かせたというか‥‥というか話変わってるし!じゃあ、ヒッキーとは付き合ってないんだ。好きでもないの?」

 

「それは‥‥」

 

 

沙希は言うのを躊躇った。目の前にいるのは八幡に好意を寄せていた女性。いや、まだ好意を寄せているかもしれない。そんな女性の前で「好き」だと言って大丈夫だろうか。

 

ここで引いてはいけない。そう心の中で誰かが囁く。負けてはいけないのだ。恋する乙女ならば、勇ましく戦う道を選ばなければきっと愛は届かない。

 

「私は‥‥私は‥‥比企谷が好き。この一年、好きで好きで堪らない。」

 

 

静かになった二人。沙希は怖くて結衣を見れなかったが、あまりに静かであったために思わず顔を上げる。

結衣は笑っていた。まるで聖母ような穏やかな笑顔だった。そして優しく沙希へ語りかける。

 

 

「良かった‥‥サキサキがヒッキーのこと好きでいてくれて。ところでさ、ヒッキーはこの合コンのこと知ってるの?」

 

「いや、あの、ちょっと色々あって‥‥」

 

「ふ〜ん。ねえ、私に話してみない?私じゃ頼りないかも知れないけど‥‥」

 

 

不思議なことに沙希はその優しさに甘えてみたくなった。これは母性というやつなのだろうか。

 

 

 

 

 

一連の話を聞いた結衣は、

 

「サキサキは悪くない。ヒッキーが全部悪い。」

 

と話す。

 

「いや、でも私も踏み込み過ぎかなって‥‥」

 

「そんなことない。ヒッキーはただ八つ当たりしただけだよ。ほんと、ヒッキーはめんどくさいよね‥‥まあ、そのめんどくささも好きだったんだけど。」

 

「‥‥由比ヶ浜は今も比企谷のこと好きなの?」

 

 

自分でも何を言っているのだろう、と思ったが聞けるチャンスなんてきっと今日以外来ないだろうとも思い、沙希は結衣に尋ねてみる。

 

「う〜ん。高校時代ほどの好意はもう持ってないよ。でもね、合コン行っても結局頭に思い浮かぶのはヒッキーなんだよね。なんかの雑誌で失恋すると女の子は次の恋にいって、男の子はいつまでも引きずるって書いてあったけど、私には当てはまらないみたい。それよりさ、どうするの?これから。」

 

 

「分かんないよ。比企谷帰ってこないし‥‥」

 

「大丈夫。ヒッキーは帰ってくるよ。そういう人だもん、ヒッキーって。ヒッキーが帰ってきたらサキサキは何にも言わずに抱きしめてあげてね。多分さ、ヒッキーはしょーにんよっきゅう?ってやつが色々あって人より強くなっちゃったんだよ。サキサキが抱きしめてあげて、『私が認めてあげる』的なこと言ったらきっと元通りになるはずだよ。」

 

 

「承認欲求‥‥ね。」

 

「そうそうそれそれ。心理学で習ったんだ。」

 

 

「もう一個、聞いていい?どうして由比ヶ浜は私の話なんて聞いてくれたの?私とあいつが離れれば由比ヶ浜にもチャンスがあるわけじゃん。」

 

「チャンスなんてないよ。私は一度ヒッキーにフラれたんだから。もう私は自分からは告白はしない。怖いから。それにさ、好きな人には幸せになって欲しい。そんな理由じゃダメかな。」

 

 

強くて、優しい子なのだ。由比ヶ浜結衣という女の子は。例えフラれようとも相手の幸せを願うことができるそんな女の子、世界に何人いるだろうか。

 

 

「うんん。由比ヶ浜は優しいね。」

 

 

かつて八幡に恋した女の子と今、恋している女の子。二人にしか分からない空気がサイゼリヤの一角を占めていた。

 

 

 

 

少しの間ガールズトークで盛り上がっていたが、沙希は店を出た。明日の朝食の買い物をしたかったらしく、サイゼリヤには結衣一人が残される。

 

 

ふと、携帯の着信音が鳴り響く。そのディスプレイには雪ノ下雪乃と表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 


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