大好物は煮っころがし   作:レスキュー係長

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誤字報告、ありがとうございます。自分じゃ見落としてしまうものですね。
今回は少し短めです。


⑤その朝食じゃ物足りない。

 

 

 やはり我が家は落ち着く。上京した者が帰省した際、必ずつぶやくといっても過言でもない言葉である。

 

「やっぱり我が家は落ち着くなあ……小町はいるし、プリキュア見れるし。最高だわ。」

 

 ここにも帰省し、インドア生活をエンジョイしている青年がいた。比企谷八幡である。

 

「ちょっと、ゴミいちゃん。日曜日だからってゴロゴロしないでよ。まったく……今のお兄ちゃんは産業廃棄物以下のどうしようもないゴミだよ。」

 

「おい、久しぶりに帰ったと思ったら産業廃棄物呼ばわりするの止めてね。小町ちゃん。」

 

 ただいま午前十時。二人はお決まりの掛け合いをしながら朝食を採る。やや遅めの朝食ではあるが、日曜日という免罪符が強力に働き何かと動きを鈍らせるのだ。

 

 テーブルに簡単な料理が並ぶ。スクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコンにトースト。一年前の八幡ならばこれでも贅沢であったが、今の八幡にとっては何かと物足りないものがあった。

 

「だってさ……おかしいじゃん。夏休みとか正月に帰ってくるのは分かるけど四月だよ。新学期始まっているんだよ。しかも正月帰ってきた時より目が澱んでるし。どうしちゃったのさ。」

 

「なに、俺がちゃんとした理由なく帰ってきちゃダメなの?」

 

「そうとはいわないけどさ……」

 

 そういって、トーストにベーコン、スクランブルエッグを乗せ、頬張る。

 

「なんかあったでしょ、沙希さんと。」

 

 小町は八幡と沙希の関係を知っている。というか初めて小町が八幡の家に抜き打ちで訪問した際、二人が一緒に昼食をとっていたのを目撃し、発覚したのだ。現在、小町の中で八幡の最大のお嫁さん候補は沙希である。

 

「いや、まあ……話したくない。」

 

 八幡はトーストにかじりつきながら、一昨日の夜のことを思い出していた。

 

 

********************

 

 

「どうしたの……顔色悪いよ。大丈夫?」

 

 八幡の帰りを待っていた沙希は、あまりにも変わってしまった姿を見て驚きと戸惑いが混在した複雑な気持ちであった。

 

「え?ああ、大丈夫だ。悪い、今日は飯入らないわ。」

 

 放たれる言葉は冷たい。それは遠回しの拒絶であった。

 

 沙希はその言葉にやや怯んだが、ここで『はい、そうですか。』と引き下がるわけにはいかなかった。今の八幡の状態に危うさを感じたからだ。ここで見捨てれば、目の前からいなくなってしまうのではないか。そんなことが頭から離れなかった。

 

「待って、ダメ。なんかあったでしょ。」

 

 横を通り抜けようとする八幡の腕を掴む。その腕には原稿用紙が。

 

「……なんにもねえよ。」

 

「比企谷、嘘つくの止めてよ。」

 

「だから何でもないって!」

 

 乱暴に沙希の手を振り払う。八幡自身もここまで大きな声が出るとは思わなかった。しばらくの間、カレーのグツグツという音だけが部屋に響き渡る。

 

「……悪い。大きな声出して。手、大丈夫か。」

 

「大丈夫。そんなことよりさ、その…なんかあったなら話してよね。いや、嫌ならいいけどさ……」

 

「嫌ってことはないんだが……なんていうか、才能の差を見せつけられたっていうかさ。これ、知らん誰かの原稿なんだけどさ、面白いんだ……ストーリーもキャラも負けてる気がしないのに、俺のやつはなんか足りないんだ。」

 

 八幡が沙希に渡した原稿用紙はくしゃくしゃだった。呼んでいるうちに手に力が入ったのだろうか。

 

「でも比企谷、佳作もとってるじゃん。面白くなきゃとれないはずだよ。」

 

「佳作は佳作。連載には結びつかないんだよ。だいたいさ、川崎も読んだことあるだろ、俺の小説。あんまり面白くなかっただろ。」

 

「いや、面白くなかったというか私、ああいうのよくわかんないし……」

 

「それじゃだめなんだ。よく分からない人にも面白いって言ってもらえるような小説じゃないと。」

 

 まずい。そう直感的に沙希は思った。ネガティブな思考はさらなるネガティブを呼ぶ。負のスパイラルは断ち切らなければならない。

「そんなことないよ、比企谷ががんばってたの私は……」

 

「がんばっても認められなきゃだめなんだ。それは……それだけは……お前にはわからないよ。」

 

 

********************

 

 

 八幡は笹塚のアパートから出て、千葉の実家へ帰省した。沙希と同じ空間にいるのがなんとも気まずく、どうすればいいか分からなかったのだ。出て行く際、沙希の目から一筋の涙が流れていったことは八幡の頭にこびりついている。

 あんな風に言うべきでなかった、というのが今の八幡の気持ちだった。沙希を傷つけるつもりは毛頭なかった。

 そもそも一連の騒動は言ってしまえば、ただの八つ当たりである。自分の思い通りにいかなかったから周りにため込んだ不満をぶちまける。生産性の欠片もない。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?ボーっとしていたけど。」

 

 のぞき込む小町のアホ毛がユサユサと揺れる。

 

「ああ。もちろん。」

 

「お兄ちゃん。もう大学生だし、あんまり話は踏み込まないであげるけど、自分を思ってくれてる人は大切にしなきゃだめだよ。じゃなきゃ一生軽蔑するからね。」

 

 小町は優しい。兄のことをよく分かっているからこそ、適度な距離感で接するのだ。

 

「……おう。」

 

「よし、じゃあ今日は小町のために働いてもらいます!」

 

「え?」

 

********************

 

ららぽーとTOKYO-BAY、かつて、雪ノ下雪乃と共に由比ヶ浜結衣の誕生日プレゼント選びのために訪れたこの場所に再び八幡と小町の姿はあった。小町の買い物の荷物持ちとして連れてこられたのだ。

 

「小町ちゃん、高校三年生だよね。勉強しなくていいのかな。」

 

「最近はずっと勉強してるし、偶には息抜きもいいでしょ。あ、あのお店行ってくるね!」

 

買い物する乙女は行動が早い。驚くべきスピードで店へ乗り込んでいく小町に八幡は見事に置いて行かれた。

 

近くのベンチに座り、八幡は周りを見渡す。

日曜日ともあって、人が多い。家族連れはもちろん、カップルも仲よさそうに並んで歩いている。

 

(今頃、川崎は何してるのだろうか。)

 

ふと、そんなことを考えているその時だった。

 

「こんなところで何をしているのかしら。もしかして若い女性を視姦でもしているんじゃないでしょうね。本当にそうならば警察に通報しなければならないのだけれど。変態谷君。」

 

聞き覚えのある声。声の方へ顔を向ける。

 

目鼻立ちのハッキリした端正な顔立ち。長い黒髪は美しく、長くスラリとした手足はまるでモデルのようである。

 

「雪ノ下‥‥」

 

 

そう、それは氷の女王こと、雪ノ下雪乃であった。


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