「それで?それからどうなったのですか?」
ほらほら言うべきことがもっとあるでしょう──と、いろはが急かすように訊いてくる。
けれど、むっすー、とした表情でそんなことを言われた所で出てくるものはもう何もない。
ない袖は振れないのだ。
「……どうなったもなにも、後はニュース見りゃ分かるだろ。つーか、お前の頭にも、もう一連の流れはできてんじゃねえの?」
ALOの激戦から数日経ったある日の昼休み。交わされる何気ない会話。
「というか、お前はなんでそんなにむくれてるんだよ?」
そっと彼女の頬を撫でる。……いや違うな。そんなキザな動作ではない。むにーっと摘んだ。
それは前にやられた仕返しのつもりだった。
みるみる内に頰を染めた(つねったせいかもしれないが)彼女は俺の手をはたき落とし、口早に言葉を紡ぐ。
「え?なんですか?いつの間にか彼氏気取りですか?ちょっと非日常を潜り抜けただけでモテモテハーレム系の勇者気取りですか?ごめんなさい、ちゃんと告白してから出直して下さい。というか今して下さい」
「また振られて……ない?! いや、断るけどな!」
告白するのを断る。
相変わらず可愛げのない、カワイイ後輩だった。
妙な睨み合いの末、小さく前習えの構えをアーチを描くように横にずらしたいろは。
「して、どうなったんですか?」
「……話した通りだよ。キリトがグランドクエストをクリアしてアスナを助けたって話だよ。ネットの掲示板とかでも話題になってただろ?それを見た上で聞いてきたんじゃないのか?」
今、ニュースなどでは須郷の汚職騒動がバンバン放映され、追求されている。またネットではALOでのグランドクエスト攻略が数日経った今でも話題になってた。多くのプレイヤーを集めるために有名実況プレイヤーとかも集めたので、クエスト中の映像もバッチリ残っているのがその一因だろう。
ちなみに、箱舟計画に関しては、その後の動向は分からない。しかし、VRを用いた洗脳に関しては、ナーヴギア以外では行えないということで、世間でそこまで騒がれることはなかった。もっとも俺としては、ナーヴギアを用いるとできちゃうというなら、それはもう一種の脅威なのだと思うが……まぁそこはあんまり詰問が行われていないらしいし、もっと頭が良くて権力の強い方々が色々対策を練ってくれているのだろうと思うことにした。
「……ふうん。ま、良いですけど。そう言えば先輩。先輩は今回随分と活躍したそうですが……コレ、どの位貰ったんですか?」
いやらしいなお前。親指と人差し指で輪っか作ってんじゃねえよ。当たり前だけど、一銭も貰ってません。
無言で頭にチョップする。いろはは「いったぁ」とか言いながらなぜか笑っていた。
「何笑ってんだ?」
「いえいえ、なんでもないですよ?ただ、先週のしゅんとした先輩も中々可愛かったなぁ……なんて思っていただけですともいたいたいたいたいたい!ぐりぐりしないで!私の小顔がひょうたん顔になっちゃう!」
「先輩に悪いこと言う口はこいつか?」
いひゃい……いひゃいぃぃ!なんて情けなく喘ぐ後輩はしかし、未だ笑っていた。そして終ぞ笑い続けた。
多分心配してくれてたんだろうなぁ、と思ったが気恥ずかしいのでお礼を言う代わりに力を強めた。
いろはさんが大好きな捻デレだよ、と免罪符的に思いながら。しばらくするといろはが我慢の限界に達し『だああぁ!』と俺の手を跳ね除ける。
「まったく、先輩はしょうがない先輩なんですから、先輩は!」
「ややこしい言い方するなよ」
「やかましいです!」
机をバンバン叩いてぷんぷん、そしてなにを思ったのかトンチンカンなことを言い出した。
「よし! もうここは名探偵いろはちゃんが全て明らかにしてやりますよ! 万事解決はいろはちゃんにお任せですね!」
ぷんぷんではなく、ドヤドヤって感じだった。言葉の並びが気になったが、別のことを突っ込むことで指摘にかえる。
「いや、もう解決してるから、ばり解決してるからな。事件のあらましは全て語ったも同然だよ」
「馬鹿野郎!」
えぇ……。こわいよ、名探偵。名探偵というよりも(情緒)不安定だよ。
お弁当を丁寧に机からどかし、いろはが机を更に叩く。そして叩いたはいいけれど、叩いた手が痛いのかあざとく「ふーふー」と両手を吹き始めた。
「先輩が語ったのはあっちの世界の話でしょうが!視点が足りてないんですよ!こっちの世界のその後を私は知りたいんです!クロスオーバー舐めんなこの野郎!です!いいですか? 私はそんな原作を読めば事足りるような事を聞きたいんじゃないんです。私達はまだ伏線を回収しきってないんです!鴻島三郎さんのこととか、NIKAさんのこととか!」
「いや、そんな登場人物の登場伏線は張ってねえよ。……はあ、訊きたいのは雪ノ下のことか?」
「いえ、どちらかというとサブちゃんとNIKAっちについて教えて欲しいです」
「親密度を上げるな」
あっちにもこっちにもそっちにもそんな人は出てこない。
ヒートアップしすぎたといろはは再び、『それ置いておいて』のポーズをした。
「ま、とにもかくにも、私の読みでは未だ語っていないことがいくつかあると思うのですが、そこのところどうなんでしょうか?」
「だから『どうなんでしょうか?』と言われても俺としてはもう吐けるだけ吐いた気分なんだよ。雪乃のことじゃないっていうなら、むしろお前はなにが訊きたいんだ?」
「そうですねぇ……やっぱまずはアルゴさんが何故あんなグッドタイミングで現れたのか、とかですかね。他にはアルヴヘイム・オンラインのグランドクエスト前に先輩が何をやったかとか」
「……あー」
まぁ、だよなぁ。
そもそも意図的に隠していたし、話すつもりもないし。
なので、適当に適当な箇所を抜粋して伝える。
「アルゴの件は、アルゴが現実世界でも探偵業を営んでいて、戸塚がアルゴの探偵事務所でバイトをしてたからそのツテで俺のトコに来たんだよ。あと、ALOでの出来事は忘れた」
思い返せば戸塚が探偵事務所でバイトしてるフシはあったしな。それこそ伏線の話じゃないが。
運命的な巡り合わせを感じた瞬間だった。
あと、ALOについては忘れたのではなく、正確には思い出したくない。あんな恥ずかしい扱いはもうこりごりだ。
……あの時あの場所に、正常組が悪ノリしたがるアルゴしかいなかったのがなによりも最悪だったな。また変な事件を起こされたらと思うと、過ぎたことなのに胃が痛くなってきた。
「ほーほー。つまり、結衣先輩といい感じになったところでアルゴさんに最善案をもたらされ、そのままALOへ行き、他種族の皆さんを説得して攻略の手伝いに行ったということですね」
「……」
本当は見てたんじゃないのかね、ホームズくん。あらかた正解だよ。
「ふふ、簡単なことだよワソトン君」
「ワトソンな」
「ワトトン君」
「噛むな」
うがー、といろは。
大丈夫か、迷探偵。
「なんで分かったかと言いますとね、私こと一色いろはは世を凌ぐ仮の姿。本当の私はALO超有名実況者の『SC』なのです!」
「B級映画独特の終盤に出てくるクソ設定並みに唐突なバラシはNGだ」
「……む、つれないですねぇ。確かに嘘ですけど、もう少し乗ってくれてもいいじゃないですかぁ」
「そもそもヘッドギア自体まだ高いからな。お前みたいなリア充が趣味だけのためにアレに手を出すとも思えないし」
現世代のヘッドギアであるアミュスフィアは10万円を割るまでにあと4年はかかると言われている。ソフトの方は、SAOは2万円、ALOは8500円プラス月額500円プラス課金(ベースのデータがSAOの流用なため、この値段が実現している)。
まだまだVRMMOは大人用のゲームなのだ。
「それで、説得とかはなんで分かったんだ?」
「ネットに上がってたからです」
「───は?」
「ようつべ、ツイ、インスタ、FBを始めとした大体のSNSやサイトでホットな動画らしいですよ」
ほら、といろはが見せてくれたのはようつべの1ページ。
あいつら、動画として上げたのクエスト中だけじゃねえのかよ……。関連動画合わせて5000万再生に迫る勢いじゃねえか……。
「いやぁ、けど、今回の事件は第二次SAO事件とみなされてますから仕方ないですよ。しかも、世間的の皆様からすれば驚異度は今回の方が数倍増し。それにVRは今や全世界の新しい市場になりうる金鉱脈といっても過言でもないですから、こうなるのもまぁ必然です。ドンマイです」
「……まじかぁ」
「ふふっ、かっこよかったですよ。『楽しまないのか?この──』」
「もういいです! いろはさんまじ勘弁してください!」
自分の顔が真っ赤になる前にいろはの口をふさいだ。モゴモゴと『やだ、大胆……』なんて言っているがこの際無視。
とりあえず空いている左手でアルゴと陽乃さんに動画の差し止めを要請しなければ。あの人達ならなんとかしてくれるだろう。
「まぁ、そんなこんなで先輩も肩の荷が降りたんじゃないんですか?SAOについてはもう流石にクリアと言ってもいいでしょう?」
「……まぁそうだな。よく考えればSAOにしろALOにしろ、最後はキリトが持って行った訳だし。俺はいたかもしれない1プレイヤーとして隠居できそうだしな。ゲームにはさすがにもう懲りたし」
これからはスマホゲーで課金する程度にしよう。
「君子危うきに近寄らずというやつですね」
「もしもおれが君子ならまずお前と距離をとるけどな」
「さもありなんですね!」
意味分かって言ってんのか、こいつ。
俺はマックスコーヒーを啜りつつ哀れみの目を送る。
成績について国語以外にこいつに負けているのがなんだかとんでもなく恥ずかしい気がしてきた。
───それにしても。
「……気が抜けるというか、緩むというか。不覚なことだが、お前と話してると日常に帰ってきた気がするぜ」
「なんですか突然口説き始めて。断りますよ?『〜するぜ』とか黄昏ちゃって──ぶっちゃけ痛いですよ?」
お前の言葉が痛いですはい。
「一回お前は俺に謝ってもいいと思う。……いや、なんつーか、上手いこと『食卓にビールを』の旦那さんポジションに収まったよなぁ……お前」
それはつまり、日常で主人公の後日談を聞くだけの美味しい役割。騒動や危険には一切巻き込まれず、ただ主人公を癒す、そんな役割。
自分のことを主人公だとは思わないが、今回色々と揉まれて疲れ果てた俺にとって、非常に恋しいポジションにいろははいた。
「やはり妻として娶るしかないということですね!……ってやっぱり口説いているんじゃないですか!油断も隙もない野獣先輩ですね!」
「いやな言い方をするな」
キスをされたら王子様になるの?イケメンになっちゃうの?もしくは……。
「そんな肉食系な先輩にこれをどーぞ!」
「なんだこれ?」
手渡してきたのは一枚のプリント。
日付的には来週配布される筈のもので、恐らく生徒会長の強権によってもたらされたもののようだった。
「ふふふ、もう5月も中盤。ならば、もうすぐ文化祭の季節がやってきますからね!そうなれば男女の心はもう接着剤ですよ!むしろ糊ですよ!これはもう、現役JKの私の一人勝ち決定ですな!がはは!」
キャラがブレブレだ。
それに文化祭って、まだ二ヶ月くらい先じゃねえか。
「俺、文化祭に良いイメージ一つもないんだけど」
ブラック企業のインターンかと錯覚させられた書類作業。気の弱い新入社員の演劇をさせられたのかと思うほどに押し付けられた雑用。無能上司の代名詞であった手のかかる委員長。
そして、奉仕部に生じた亀裂。
ああ、八幡トラウマで吐いちゃう。
「バカですねぇ、先輩。愚かすぎて思考がおろそかになってるんじゃないんですか?」
「お前は思考がピンクになってるけどな」
「確かに一昨年の先輩はボロい痛い見てられないの酷い有様でしたよ」
言い過ぎだよ。
「だかしかし! 今年の先輩は違います!イケます、イケてます、いけるに違いありません! 彼女も作ろうと思えば1秒で作れるレベルでイケてます!」
それも言い過ぎだ。
「それはもう、ご所望とあらば過去最高に幸せな文化祭ライフを送った男子高校生として日本中に名を轟かせてあげますよ!───っていうことで、先輩。文化祭実行委員の委員長やりません? そうすれば文化祭の相談として生徒会室で思う存分イチャコラできるんですけど」
妄想がダダ漏れだった。
「……あー、まぁそれも昨日までだったらやぶさかじゃなかったんだが……」
そうもいかない事情がある。
気まずい顔でそっといろはから視線を逸らしてしまった。
(なんだかんだ、俺はこいつと喋るのを楽しんでいたからなぁ)
心の中でため息をつく。
ぎゅっと目を瞑っていろはの方へ向き直り、俺は頭を下げた。
「悪ぃ、多分文化祭の前にまた転校になるから、その依頼は無理だ」
「……へ?」
というのも、これに関しては自業自得というか、回り回ってきたというか、業として巡り巡ってきた事情がある。不可抗力なのだ。
建築会社のご令嬢を世紀の犯罪者から助けだした報酬、といえば分かるだろうか。
ここら辺の経緯は俺もあまり把握しておらず(というか、事後に簡単にメールつてで伝えられた)よく分かっていない。しかし、分からないなりに噛み砕いて理解する所によると、今後、雪ノ下建設主導で急ピッチにSAOサバイバーのための学校建設が進められることになったらしく、驚いたことに、それは6月末には受け入れ態勢が全て整う手筈になったらしいのだ。
雪ノ下の両親が方舟計画が衆目の前に晒される前に一手打ったということなのか、あるいは、ただ単に感謝してこのような事業を始めたのか。
そんなわけで、俺は6月半ばのテスト明けに転校となる次第となったのだった。
「……雪乃先輩ぃ……図りましたねぇ!」
ガン泣きのいろはをあやす。もっとしろと言わんばかりにいろはがチラチラとこちらを見てくるが、こちらも妙な罪悪感があるので、今日のところは甘んじて甘やかすことにした。つるっつるなのにサラッサラな髪の毛だった。
「ついでに言うと、今日から雪乃との面会が解禁だから今日の放課後はお前に付き合えない」
「雪乃せんぱぁい……!」
図りましたねぇ!
もう一度、クラスに彼女の声が響くのだった。
ー・ー・ー
「それで、そのあとはどうなったのかしら?」
「どうなったもなにも……って天丼やめろ」
不貞腐れるいろはを宥めるために必要ない事話させられたり理不尽な約束を取り付けられたりして、やっとの思いで見送られた俺は雪乃の所へ面会に来ていた。
面会というからには彼女は閉じ込められているわけで。とはいえ、危ないトコへ幽閉されているわけではなく入院しているだけで。
雪ノ下雪乃は須郷が捕まった後、ナーヴギアを装着したことがあったことが発覚したため、念のため検査として入院していたのだ。
そして、無事に検査も終わって今日から面会が可能になったのだった。
「検査や入院といっても私はこの通り元気なのだけれど」
「らしいな。検査はどうだったんだ?」
「安心なさい。特に何もなかったわ。脳味噌も貞操も無傷よ」
「……そすか」
それを聞いてなんと答えろと言うんだ。
最近わかったことだが、雪乃のこういった発言は天然である確率が非常に高い。結衣と初めて会った時も『処女は恥じるべきことではない』だとかなんとか、かましていたが結局あれも天然だった。こうなってくると、子供はコウノトリがキャベツ畑から運んでくるとか言い出すのではないかと不安になってくるレベル……ってそんなわけねえか。
「あ、そうだ。SAOサバイバーの学校のことを聞いたんだが」
「学校……あぁ、昨日父さんがなにか言ってたわね。父さんの会社が何か支援するって話だったかしら?」
「そうそれ。いろはの奴が血の涙を流してお前の名を呼んでたぞ」
「……今度何か奢ってあげましょう」
どうやら雪乃はこの件には関わっていないようだ。
いや、一企業の決定に関わっている方がおかしいか。
そんなことを考えつつ俺は雪乃の後ろに配置された大きな窓を見る。そして気付く。どこか見覚えがあると思ったら、この病室。自分が入院していた部屋なのだ。そんなことをすら忘れるなんて密度の濃い日々だったのだと改めて感じた。
当時早めに咲いていた白桃色の桜は既に緑葉へと変貌している。密が濃い、なんて言っていても、あんだけ長く感じた先週も過ぎてしまえばあっという間だったなぁ、と感じるから不思議なものである。
雪乃に向き直ると彼女は、少し考えるように下を向いている。
「そう……そうね。貴方には言っておくべきかもしれないわね。須郷さん、いえ、須郷と雪ノ下建設の関係について」
唐突に駆り出された言葉。
けれど、彼女にとっては一生にも感じる長さの葛藤の中から出てきた告白。言いたいのに言えないもどかしさを身を以て知っている俺は、それを察し、彼女の話に耳を傾けるのだった。
以下少女独白。
ー・ー
「私たちはこう見えても、両親から無償の愛情を注がれて生きて来たのよ
「なに不自由ない生活に恵まれた交友関係。小さい頃からさせられて来た習い事も、今になってみればやっていて良かったと思えるし、その経験を積んで来たことは今の私にちゃんと繋がっていると確信してる
「父は一言で言えばおおらかな人。贔屓目なしに、大きな器持ってる凄い人よ。私はファザコンではないけれど、それでも尊敬している人を書きなさいと言う作文が出たならば真っ先に名をあげざるをえない、そんな人
「対して母は厳しい人だったわね。どこからともなく習い事を持って来ては私たちに否応なく従事させる、そんな人。ただ、それでもそれ以上に私たちに向ける愛情の深い人だったわ。私と姉さんに何かあればすっ飛んで来て心配してくれるくらいにはね。……まぁ、随分と不器用な心配の仕方だったけれど
「父は自由に生きろと言って、母がその為の術を叩き込んでくれた。残念ながら私は姉さん程の要領の良さはなかったけれど、それでも姉さん以外の人より優れた成績を出せる程度には、そういった術を持たせてもらった思う
「なんでこんな話をするかと貴方は疑問に思っているかもしれないから、はっきりと言わせてもらうとね、
「私の両親は『変わらされた』。いえ、『替わらされた』のよ。これからの話を言うと、あなたならひねくれて『御都合主義』なんて言うのかもしれないけれど。けれど、この話は紛れもなく本当の話。秘話にして悲話なのよ
「きっかけは方舟計画の元となる計画のさらに元。かの計画がただの思いつきレベルだった時代の話。……と、いってもSAOの製作が発表された頃だからそう遠くない頃の話
「お父さんが須郷さんと関係を持ち始めたの。きっかけは父さんが依頼された起業セミナーだったらしいわ
「それから色々あって父さんと須郷がVR空間を仮想土地として売り出す計画を立てたのがSAO発売と同時くらい。不謹慎かもしれないけれど、父さんはあの事件があって計画の現実性を確信したらしいわ
「理想の土地に理想の空間を作れることが証明されたのだからそう思っても仕方のないことなのかもしれない、なんて言ったら怒るかしら?
「……そう、ありがとう
「それで、去年の今頃お父さんはお母さんと共に【方舟α】と呼ばれた仮想土地として分轄想定されたVR空間を訪れた
「下見として、
「ナーヴギアを使って、
「須郷と共に
「それがどのように利用されてお父さんがどんな風になってしまったのかは貴方の想像に任せるけれど、その下見の日から、わずか2日後には私に縁談が持ちかけられたとだけ言っておくわね
「……あぁ、いえ、別に謝って欲しいわけじゃないのよ。……提案を受け入れたのは、結局は私の意思だったのだし
「お母さんは元からあの通り厳しくて、だけど過保護で、どのくらい過保護かと言うと婚約者を勝手に用意するくらい過保護だったけれど、そんなお母さんさえも知らぬ間に須郷さんへの信頼度が天元突破していったわね。彼との婚約を勝ち取った私は家族にとっての宝で、姉さんは要らない子。そんな捻じ曲げがあの時に行われていたの
「正直、耳を疑ったし、目も疑った。それに何よりも怖かったのを覚えている
「『勝手に人生を決めやがって』 私は常々思っていたけれど、あの時の両親を見てしまうと普段の彼らがとてもまともな両親に見えてくるから不思議よね。だからこそ、今こうやって育ててくれた両親に対して感謝できるようになったわけなのだけれど
「だから、そんな崩壊寸前の家庭だったから、八幡君に今回救ってもらったことはとても感謝してる。人生かけてお礼をさせて欲しいくらいに
「……どうかしら?」
ー・ー
以上少女独白。
もとい、
そんな雪ノ下雪乃の告白だった。
二重の意味で告白だった。
片方の告白は置いとくとして、俺は雪乃の言葉を咀嚼する。
雪ノ下建設はヤクザとの関係はないものの、街の議員にも顔が効く大きい会社で、レクト本社との距離も近い。須郷からしたら確かにパートナーとして好条件な相手だろう。
そうなれば雪乃の出来すぎた話も、なる程、もっともな真実であると言えるかもしれない。真実はいつだって小説よりも奇なり、だしな。
ただ、縁談の話がまだ分からない。
なぜ上がったのか、ではなく、
なぜ、須郷がアスナがいたにも関わらず、雪乃を欲しかったのか、その理由がわからない。
それに元々陽乃さんの婚約者でもあったはず。それなのに乗り換えたと言うことはよっぽどの理由があったはずなのだ。
容姿が優れている、好みである。
確かにそうかもしれない。
ただ、本当にそれだけなのだろうか?
「……なぁ、須郷ってお前に対してどんな感じだったんだ?」
「さっきも聞いたじゃない。何もされてないわ」
「いや、そうじゃなくて。明らかに好意を持っていた、とか憎悪の目線だったとか」
「……そうね。うぬぼれでなければ好意はあったと思うわ。けれど、それ以上に私を通して何かを見てるような感じもあったと思う。それがお父さんなのか姉さんなのかは分からないけれど」
『誰かを見ている』……。
確か、キリトが須郷は非常に嫉妬深いやつだと言っていたな。それに、それは茅場を慕う女性に恋していたというのが原因だとも。
だとしたら、ALOを通してSAOを模倣していたように、その女性を通して茅場に嫉妬していたように、アスナを通してキリトをみていたとしても不思議じゃない。
つまり、雪乃を通して俺をみていた……のか?
……。
「……ま、神のみぞ知るか」
「告白されといて神のみぞ知るってどういうことなのかしら?応える気どころか答える気すらないということなの?」
「……」
ミス!
黄昏るつもりが命の危険を晒してしまった。
「いや、それは、その……」
こうなるとどうしようもない。目がぐるぐるするのを自覚しながら必死に言葉を紡ぐしかない。
とりあえず誤魔化そう、とワタワタと自分でもなにをいっているかわからない位のどもり具合で、一方的に話していると雪乃が噴き出した。
自分の顔がより一層熱くなるのを感じた。
「……八幡くんは変わらないのね」
「人はそう簡単に変わらない……けど、まぁ、一年半前に比べたら変わったはずだ」
簡単じゃない出来事があったからな。
「そうね。……でも、八幡くんは八幡くんよ」
「そりゃそうだろ。お前だって雪ノ下雪乃のままだろう?」
「後一歩で須郷雪乃になるところだったわ」
そう言えばそうだった。
そして、俺はそれを止めるために全身全霊を駆使した。
なんで、あんなに必死に動いたのか。最後まで結論を出すことなく動き続けた。
「なぁ、雪乃」
「何かしら八幡くん、そんな『俺、お前のこと助けても良かったのか?』なんて聞きたそうな顔をして。もし貴方がそんなこと言ったら私は助けられたことを後悔するわよ」
「……なんでもねえよ」
「あらそう?」
ああ、そうだ。そうだった。
雪ノ下雪乃のそんなところを見て俺は、昔、望んだのだった。
捻くれることを止めて、信条を曲げて、背を伸ばして、顔の作りが変わって。環境も変わり生活も変わった俺だけど、全てが終わった後に帰ってきてしまった俺だけどもう一度言ってもいいのだろうか。
いや、言うべきなのだろう。
終わりに相応しいこの言葉を。
そして、始まりに相応しいあの言葉を。
もう一度、始めるために。
クリア後のその先で。
「……俺と、友達になってくれないか?」
ようやく、止まった時計の針が、進んだ。
そんな気がした。
読了ありがとうございます。
本編はこれにて完結になります。
ただの一発ネタが完結まで漕ぎ着けたのは全て皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。
今後の更新についてですが。
・ALO回(数話)
・気力が尽きなければ解説も兼ねた後書き(一話)
を、不定期更新する予定です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。