クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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20【つかの間の平穏事変⒉】

 当然トイレに目的などない。

 リビングを出てすぐ見えるトイレを早足でスルーして駆け足で自室に入ると、待ってたよとニコニコ笑う超絶美少女がいた。

 

 戸塚彩加ちゃん。もうすぐ19歳になる男の娘である。

 

「やあ。そろそろ来る頃だと思ってたよ」

「探偵社に入社でもしたのか?」

 

 そういえば俺がリビングに入って川崎姉弟を話し始めた後、戸塚を見なかったな。成る程、誰が1番初めに現実に戻ってくるかレースの優勝者は戸塚だったのか。

 

「ふふ。そんなとこに立ってないで八幡座ったら?」

「あ、ああ。そうだな」

 

 妙にこなれたように席を勧めるなぁ。一応、この部屋の主は俺なんだが。戸塚が机の椅子に着いているので、ベッドに腰掛ける。

 

「……可愛くなったな」

 

 ツヤツヤの髪も高校時代に比べて大分伸びて、昔の由比ヶ浜のようにお団子のようにしている。顔もあどけなさが少し抜けて、妖艶さが増した。そんな美人に流し目なんか使われた日にはもう、口調が戸部化する自信があるね。

 ふわりと、花が舞うような笑みを湛えさせた戸塚は口を可愛らしくすぼめる。

 

「ぼくは男だよ?というか、八幡がカッコよくなりすぎなんだよ。髪の毛とかもチャラチャラさせちゃってさー?」

「んなこと言ったら戸塚はふわふわさせてんじゃねえか。というか、え、何?男辞めたの?」

「だから男だってば」

 

 何がツボにハマったのかクスクスと笑い出す戸塚。

 

「ま、何はともあれ、退院おめでとう八幡」

 

 細っそりとした指がついた手を差し出して、彼女、もとい彼はそう言ったのだった。

 

 

 ー・ー

 

 

 

「そっかぁ」

 

 しばらく他愛のない適当な話に花を咲かせていると、唐突に戸塚は納得の言葉を口にする。トイレには少し長すぎる時間が経っていたので、この話に区切りがついたら戻ろうと思っていたが、その不意の言葉が気になり聞き返す。

 

「何がだ?」

「いや、ね。高校生の頃の八幡にはもう会えないんだなーってなんとなく思っちゃって。……ねえ、なんでぼくが八幡と仲良くなろうと思ったかって知ってる?」

 

 上目遣いの戸塚。試しているような悪戯な気持ちから親愛の念までがありありと感じられる純白な表情。いろは曰く、俺もこのように無防備な目をしているというのだが、実際に戸塚の目を見てしまうと、やはりそれは無いだろうと思ってしまう。穢れを一切知らないのではないかと思わせるその目は強烈に人を惹きつけるから、やはりこの目は戸塚の特別なものなのだ。……まあ、今の戸塚はその目をどこか恣意的にコントロールしている節もあるのだが。

 戸塚なりに成長しているのだろうが、どこかそれが女性的な成長な気がするのは俺だけなのだろうか。

 

「出会いっていうと、テニスの以来の時のことか?俺の素振りのフォームが良いって言ってくれたのは覚えてる。授業中に材木座以外に話しかけられるとは露ほどにも思ってなかったからな。しかも、美少女だし」

 

 体育後の戸塚のうなじはローマの休日時のヘプバーン級である。

 

「男ね。あと、残念ながらそれは違うんだよね。フォームも一つのきっかけだったけど、今思えばそれは単なる口実にしか過ぎなくてさ。ホントはぼくにとってもっと大切なことがあったんだよ」

 

「ぼっちだったことか?」

「ぶー」

「そこそこイケメンだったこと」

「ぶーぶー」

「国語が苦手で、たまたま俺の国語の成績を知った」

「残念賞ー」

 

 手をパタパタと振って俺の答えを全て切り捨てる。

 

「……あー、分からん。降参だ。なんだよ、その出会いって?」

「まぁ、出会いと言っても、勝手にぼくが八幡のことを見てただけだから知らないのも無理はないんだけどね」

 

 ふふ、と笑われる。まさか、知らぬ間に作っていた黒歴史ではあるまいな、と聞けば戸塚の笑みは一層深くなる。罰ゲームでした、なんて言われないことを祈りながら彼の答えを待つ。

 

「あはは、そんな怯えなくてもいいって。えっとね、初めてテニスの授業があった日も八幡が葉山くん達にボールを返した時があったんだよね。ぼく、その時初心者のクラスメイトに教えながら見てたんだけどさ、こう、ビビッときちゃったんだ。それが出会い」

「……どういうことだ?」

「つまりね、『あ、この人と仲良くなろう』って思ったんだよ。やっぱり決め手は目だったんだけどね」

 

 だから、八幡の目が変わっちゃって少し悲しいんだ、と戸塚は笑って言った。戸塚が空気を茶化すように椅子をガタガタと揺らすのに合わせて彼の髪がふわふわと揺れ動く。それをぼうっと眺めながら、こいつ可愛いな、なんて思った。

 

「腐った目、なんてよく言われてるけど、遠くから見たら目なんて誰もそう変わらないし、八幡の八幡らしいところはやっぱり雰囲気なんだよね」

「え?」

「オーラ、っていうのかな?テニスとかやってると、強者のオーラはやっぱり違うなって思うんだけど、八幡も普通の人とは違うんだよ。別に優れてるっていうわけじゃなくて、ただ違う。……ううん、なんて言えばいいんだろう?難しいや」

「いや、知らねえよ」

「……うーん、そうだね、雪ノ下さんは優れた令嬢のオーラ、由比ヶ浜さんは人を安心させるような優しいオーラ。川崎さんだったら勝気だけど一本芯の通った健気なオーラかな?じゃあ、八幡は?八幡のオーラは?ってなった時にぱっと浮かばなかったんだよ」

「つまり、戸塚にとって俺はまだ出会ったことのない男子Xだったってことか。いやけど、聞いてる限りその八幡とやらは得体の掴めない、少なくとも交友関係を築くには値しないような人間だけどな」

「むぅ、拗ねないでよ。というか、だから仲良くなりたいって思ったんだから。……分からないなら仲良くなって知りたいと思うのが普通でしょ?」

 

 普通、な訳がない。

 普通の人間はそこまで良くできてない。よく分からなければ見えないように、臭いものに蓋をする。もしも普通に臭いものに蓋をしないなんて選択を選べる人がいたらそれは、俺みたいな奴だけだ。つまり、そうする相手がいないクソぼっち野郎な。

 それをなんだ。この外見王子中身天使はシンプルだけど出来ないのトップを突っ走るような事を平然と行ったというのか。普通の心を以って普通にソレを行う。どうしてそれが普通と言えようか。

 

 つまり、戸塚は天使。

 

「で、目が決定打だったっていうのはどういう事だ?」

 

 きっかけが罰ゲームだった、と言われることを地味に心配していた俺はその心配がなくなったことでグイグイと戸塚に攻めていく。俺の頭の半分くらいは既に『戸塚にもっと褒められたい』で埋まっていた。実際は、よくわからない奴だと言われただけなのだが、なんか特別認定されたみたいで嬉しかった。

 俺、戸塚が大好き過ぎかよ。

 

 

「うん、その目が腐ってなかったからだよ」

「……は?」

 

 

 素で聞き返す。

 腐っているのに腐っていない。100人に聞いて100人が矛盾していると答えるだろう答え。今の俺から見ても、高校2年初めの自分は腐っていた自負がある。それもただ腐っていただけでなく、舐め腐っていた。目も性根も腐っていたのだ。

 はてなマークを浮かべた俺のちんぷんかんぷんだという視線に気づいたのか、戸塚は説明をしてくれた。

 

「ほら、八幡って目が腐っているってよく言われてたけど、それって単にクマとか疲れ目とか遺伝とかその他諸々で目のハイライトが見えなかっただけの話でしょ?だから、その実八幡の内心は色んなことを穿ってみて斜に構えて反骨精神丸出しだった訳じゃん。あはは、そういえばぼく、八幡が平塚先生に提出した作文見て笑いが止まらなかったよ。『高校生活を振り返って』だったっけ?ふふ、あんなの常人には書く勇気もないよ」

「……悪かったな」

 

 あの時は色々フラストレーションとストレスが溜まっていたんだよ。主にクラスの内情的に。

 

「戸塚は俺の目が反抗的だったから話しかけようと思ったってことか?」

「違うよ」

 

 違うんかい。

 

「ぼくは単に面白い人がいるなぁって思って話しかけただけだよ。なによりも、良い人そうだったし」

 

 朗らかにそう結論付けるのだった。その理由は確かに戸塚らしい優しいものだったが、俺がその対象になると考えると腑に落ちちないものがあったが、それを言うとただの自虐になるだけでなく、戸塚にも失礼なのでなんとなく控えることにした。

 

「……それで、その話がどうしたんだ?」

「えっとね。八幡、急に人気者になっちゃったからぼく心配になっちゃって」

 

 俺が戸塚から離れると心配してくれたのだろうか?

 

「いや、戸塚と離れられるとか考えられないから。逆に俺がすがる勢いだから」

「そうじゃなくて」

 

 そうじゃないんかい。

 ことごとく考えが当たらない。恥ずかしいわ。

 

「八幡が潰れちゃうんじゃないのかなって。ほら、八幡のキャパがどれ位なのかは分からないけど、SAO事件があって、帰ったら帰ったで急激な環境変化があってって、当たり前に考えて精神的に限界だし。……その辺、大丈夫なのかなって。入院してる時も顔色悪かったから」

「……」

 

 素直に驚く。

 戸塚がこんなにもよく俺を見てくれていたのか、と。昨日のことがなかったら本気で惚れていたかもしれないと考える程にはその心配は俺の心を打った。そして、誰にも悟られなかった内心をスッカリ見抜かれていたことを知り俺は思わず信じられない。といった表情をする。戸塚と会ったのは入院中のたった数回のはずなのに。繰り返すようだが、まさか、といった気分だ。

 

「……もしかして、ぼくの杞憂だった?なら良かったんだけど」

「あ、いや。逆だ。そこまで筒抜けになってるとは思わなかった。……凄えな、戸塚。小町すらも気づいてなかったのにな」

 

 一言目の話ではないが、名探偵にあった気分だ。

 

「まぁ、身近な人よりも一歩遠い人の方がよく分かることもあるしね。そう考えると八幡の周りは友達以上の友達、いうなら『本物の友達』かな?が一杯いるようで羨ましいよ。同時に、寂しくもあるけどね」

 

 気付いちゃったぼくが。なんて戯けたことを言うので俺は先の戸塚のように手をパタパタと振った。

 

「……それは、お前もそうだろ。お前以上の男友達なんていねえし」

 

 ちなみに材木座は、どっちかというと、戦友。中二病という戦場を第一線で貼り続ける偉大なる大戦士だ。

 

「そう言ってくれると嬉しいよ。……でも、杞憂の逆って事は結構大変ってことだよね?」

「まあな。正直しんどいを通り越して最早何が何だか分からない時もあった。けど、色々あって整理はしたから、今は心配無用ってとこだな」

「……うん、ならよかった。雪ノ下さんも、由比ヶ浜さんも皆高校卒業したら急に女子から女性になったからね。ぼくが八幡だったら10年後にタイムスリップしたって言われても信じていたよ」

「違いねえな」

 

 戸塚に釣られて俺も笑う。

 

 ついでに終わりかけていた会話の勢いも再燃していた。

 

 そうして気がつけば、トイレに行くにしてはあまりにも長すぎる時間が経っていた。

 

 

「……そろそろ戻るか」

「そうだね。あと少しでも遅れたら八幡の未来がなさそうだし」

 

 切り上げて部屋を出ようとする。

 

「あ」

 

 戸塚が声を上げた。

 

「……座り直さないぞ」

「いや、別に何か話したいことを思い出した訳じゃなくて。八幡が初めの方でこの部屋の勝手知ったらといったぼくの様子に疑問を持ってそうだったから言っておこうと思ってね。この一年間、ぼくがこの部屋掃除してたんだよ。小町ちゃんに頼まれたね。よかったね、押入れの板の下の隙間、見られなくって」

「……」

 

 お礼を言おうとして、口を閉じる。

 目を閉じて考える。

 再び口を開ける。

 

「お前、やっぱり名探偵だわ」

 

 俺の疑問を推測したこと、怒るに怒れないタイミングでカミングアウトしたこと。そして、宝物探しの能力。

 名探偵戸塚ちゃんの誕生を確信して俺は早くのだった。

 

 

 時計の長針が、実に半周する程の時間の末、リビングへの帰還する。

 戸塚と共に入れば、ばっと女性陣プラス大志の顔がこちらに向く。主役がいないっていうのはどうなのさと小町がブーブー言ってくるのをなだめながら先ほどと同じ席に着いた。

 

「さて、まず貴方にはある一つの義務が芽生えたわ」

 

 タイミングを見計らって口火を切ったのは雪ノ下だった。いろはがしきりに手を合わせて無言の謝罪をしているので事情はなんとなくは察せられるが黙っておく。

 

「私のことを雪乃と呼ぶ義務よ」

「そして、私のことも結衣と呼ぶ義務があると思うな」

「ついでにぼくのことも彩加と呼ぶ義務もね」

 

 やはり、いろはから色々と余計なことを聞いたようだ。とはいえ、そのあたりの事は承知の上。いろはから欲求があった時から覚悟していた事だ。最後の1人は予想外だったけど。まあ、名探偵とは他人の予想を裏切るのが仕事だからしょうがない。

 となれば、やることは一つ。

 

「……はい」

 

 白旗を上げる事だけだった。

「姉ちゃんはいいの?」なんて聞いて殴られているバカは見て見ぬ振りをする。

 

「んで、小町。お前がこいつら集めたんだよな?」

「雪乃」

「結衣」

「彩加」

「いろは」

「姉ちゃんは?」

 

 あ、また殴られた。

 

「……雪乃と、結衣と彩加といろはと川崎2人を集めたんだよな」

「うん」

「こんなに集めて何するんだよ」

 

 リビングに対してやや多すぎる人数。かと言って部屋に分けては集めた意味がない。お披露目会とは言え(そもそもお披露目会とはなんだよという話なのだが)余りに杜撰な日程に思えて仕方ない。俺に至っては起きるまで知らないという始末。いい加減朝ごはんが食べたい。

 

 ソファに座る小町は、雪乃と結衣に挟まれてニコニコとして言った。

 

「そりゃあ、お披露目会といったらあれでしょう?」

「……なんだよ」

 

「写真撮影」

 

 顔面から血が引いていき蒼白になるのがありありと感じられた一言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 


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