クリア後のその先で   作:一葉 さゑら

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11【登校初日⒌】

「先輩どれ食べるか決めました?」

「……なぁ、いろは後輩」

「なんですか、その呼び方」

「こいつら、俺の知ってるクレープとなんか違うんだけど」

 

 クレープ生地上にでかいソフトクリームとフルーツが乗っかっているソフトフルーツクレープはじめ、どのクレープも明らかに包めない量の食材が積まれていた。いや、これクレープの生地をランチョマットにしただけじゃん。

 

「これ、クレープの生地は好みで食べるの?パセリみたいな扱いなの?」

「何言っているんですか、先輩。周りをみてください、きちんと食べているでしょう」

 

 言われてみれば確かに隣に座る女性は行儀良くナイフで生地を切り、ソフトクリームと絡めて冷たく甘い感触を楽しんでいる。ちなみに、隣、というとあたかも相席の様に聞こえるが、実際はシート席と椅子席の二人席に案内されただけだ。

 向かいの椅子に座ったいろははむぅ、と頬を膨らませて文句を垂れる。

 

「せんぱい〜?なんで他の子に目を向けているのですかぁ。デートですよぉ〜」

「それはおかしい」

 

 お前が見ろと言ったんだろうが。デートでもないし。

 結局、いろははメロンとソフトクリームの乗ったパンケーキを頼み、俺は無難にチョコと旬の果物乗せのクレープを注文した。無難というのは、量のこと。かろうじて巻けそうな気がする。

 

「先輩は春の果物にしましたか」

「春の果物といえばイチゴになるのか?まぁ、見た感じまだ巻けそうな気がしたからそれにしただけなんだけどな」

「随分巻くことにこだわりますね」

 

 だって、巻いて食べるのが1番うまいと思うし。あの小籠包の皮を破いた時みたいに溢れ出す甘味がたまらなくない?想像しただけで幸せだわ。俺にとってのSAOのスイーツといえばケーキかクリームパンだったからな。

 来る前から垂涎ものの妄想を繰り広げていると、やけに穏やかな笑みを浮かべるいろはがこちら見ているのに気付く。

 

「……なんだよ?」

「……今の先輩は可愛いですからつい慈母のような気分になっちゃいます」

「はぁ?このグッドダンディを捕まえてよくそんなことを言えるな。フランス語で自己紹介してやろうか?」

「私の中のダンディはイタリアのイメージが強いですからそっちでお願いします。あと先輩がダンディズムを語るなら、まずはその少年のようなキラキラとした目をどうにかしないとですけどね」

「キラキラした目だと?お前はこと俺を捕まえて何を言っているんだ?」

 

「あれ?自覚薄だったりします?」

 

「……あー。いや、腐れと疲れが多少取れた自覚はある。けど、だからといってキラキラしたかといえば、さほど変わってないだろ?目の大きさが変わるわけでもあるまいし」

「いえいえ、目は人の全てを語りますからね。目の腐りが取れた先輩はとっても、分かりやすいんですよ?もし陽乃さんに会ったら、今の先輩の心の中なんて、すぐーにバレちゃいますから気を付けてくださいね」

 

 陽乃さん。そういえば、まだ会ってないなぁ。と、人生で出会ってきた人達の中でも1、2を争う強烈なキャラを思い出す。

 彼女は雪ノ下のお見合いについて何も言わなかったのだろうか。あんだけ妹を猫可愛がりしているなら、速攻で破談にさせそうなものなのだが。

 

「お待たせいたしました」

 

 茶髪のお姉さんが器用にも俺といろはが注文した物を片手に持って登場する。片手空いてるんだから両手で持ってこいよと言いたい所だが、厨房が作り上げた塔のようなパンケーキのプロポーションを見事に維持して運ぶその技術は見事としか言いようのない美技である。思わずどうやって皿を降ろすのかとまじまじ観察してしまったが、そんな不躾な視線に動じることなく二つの皿を並び終えた店員さんはまじ店員さん。

 

「それじゃ食べましょうか」

「いただきます」

 

 疾風のようにやって来て、疾風のように去っていった店員さんを見送りいろはの音頭でスイーツに手をつける。

 やはり、旬の果物はいちごだったようだ。ラズベリーなどのベリー各種が生クリームとチョコレートソースの上に点々と、有機的に鎮座している様子はまさに芸術。最近の若者がSNSにこういった写真をあげたくなる気持ちがなんだかわかる気がした。勿論、気がしただけなのだが。

 

「なんだかこうも飾りつけられると食べにくいな。いろはは平然と食っているがインスタとかに上げたりはしないのか?」

「……私って、どうもそういうの向いてないらしくて。すぐに炎上しちゃうんで、インスタとかツイとかはやらないようにしてるんですよ」

「ああ、分かる」

「なにをっ!」

 

 だって、無意識の内に煽りそうだし。自覚している可愛さを生かして写真をとった結果、あざといと炎上しているのが眼に浮かぶわ。

 まあ、ネット上にはありふれた炎上の仕方だけど、よく考えたら見知らぬ他人にあざといとか、デリカシーがないにもほどがあるよな。

 

「先輩、今、私にはものすごく精度の良いブーメランが見えます」

「あ、クレープ美味いな。けどこれ、やっぱ生地で巻かない方が圧倒的に食いやすいわ」

「……露骨に話を逸らしましたね。そして、そんなことはお皿と一緒にナイフとフォークが出てきた時点で察しましょうよ」

 

 これ以上手で食べているとチョコで手がベトベトになりそうなので、クレープの体を保っている内にナイフとフォークで食べるように切り替える。バカにしていたがこれはこれで趣があって美味。

 

「……先輩のクレープ一口くれません?そんなに美味しそうに食べられると気になってきました」

 

 む、このザ・クレープといったチープな味が逆に美味いことが伝わってしまったと言うのか。

 だがそれもまた良し、と古典随筆のようなクレープを俺はいろはにおすそ分けすべくナイフで一口サイズ切り出した。あーん、の姿勢だ。

 

「ほら、口開けろ」

「……要求しなきゃやってくれないと思ったのですが」

「お前がそう思ったように俺もお前が要求してくることに気がついていただけだ。他意は断じてない」

「えへへー、そうですかぁ?他意が無ければ断ることを考えると思うんですけどねー」

 

 なんて言いながらいろはがあーん、と小さな口を開ける。

 生地の上からいちごを刺すようにして持ち上げたフォークをクレープが落ちないように食べさせる。きっちりフォークについたチョコまで舐めとったいろははニコニコと幸せそうな笑みを浮かべてクレープを味わう。

 

「……んっ、んー、んっ!美味しいですね!」

「そりゃよかった」

 

 フォークを見つつ応える。

 このフォークどうすっかなぁ。あんまり意識しすぎるのも変な感じだが、だからと言って使い続けるのもどうかと思うんだよなぁ……。

 

「はい、先輩っ!お返しです」

「いらね」

「えぇ!なんでそっちの方の考えは汲んでくれないんですか!!」

 

 唖然、といった表情でいろはがこちらを睨む。

 

「いやだって、間接キスとか恥ずいし」

「乙女か!というか私には平然とやらせといてその言い草はないでしょう?!」

「いや、お前ならヤリ慣れてるだろ?」

「ビッチ扱いしないで下さい!恋に恋してた乙女ですよ?!」

「声がでかいわ」

「だれのせ───むぐっ」

 

 大きく開いた口にクレープを再び放り込む。

 すると黙って二口目を楽しみだしたので呆れ気味に肩を揺らして俺もクレープを食べる。この際いろはがくわえただとかは考えないことにする。考えてもドツボだしな。

 もっもっ、とクレープを咀嚼する俺といろは。怒鳴り声からの沈黙により妙な空気感の漂う今この場所は、互いに互いの距離を見計らっていて、西部劇の決闘前のようだった。コイントスは口の中のクレープがなくなるまで。

 

「やっぱり食べてくれませんか?先輩」

 

 いろはが先に弾を撃つ。

 飲み込みが遅かった俺は甘んじて弾を受けた。

 

「……一口だけな。こうも怒鳴られてちゃ、1をとるために10を捨てているのと変わらない」

「……どういうことですか?って言ってもなんだか考えていることはなんとなしに想像がつくので聞かないでおきます」

「助かる」

「……こほん。ではっ。……は、はいっ、あーん」

「あーん」

 

 少し自分が食べる時よりも大きめにカットしてくれたパンケーキが差し出される。悔しいことに自分の頰が熱くなるのが分かった。無心だ無心。ただ自分の手を使わないで糖類と炭水化物を摂取するだけだ。身を乗り出しているのも食道が口から少し伸びただけだと思え、思うんだ!

 

 ぱくり。長い一瞬を経て口に入るパンケーキ。

 

 メープルの香りが、口の中に広がり、暖かいパンケーキとソフトクリームがいい塩梅で味に深みを出している。マッ缶ソムリエとしては、甘さがいまいち足りないが、店で出されるには十分に充足感のある美味さがそこにはあった。

 

「……美味い」

 

 思わず口から言葉が漏れる。

 

「でしょでしょ!実はもうお腹がいっぱいなところもあるんでまだまだ食べていいですからね!勿論あーんが条件ですけど!」

 

 どんだけやりたいんだよ。ただでさえ周りの注目で穴があったら入りたいというのに、それを未だ半分近く残っているパンケーキ全部終わるまでだと?羞恥でゆでダコになるわ。

 

「今の状況、よく考えたらマズイくね?俺がどんだけデートじゃないと思っていても、周りからしたらどう考えてもただのバカップルじゃねえか」

「あ、やっと気付きました?おめでとうございます。はい、お祝いのパンケーキです。あーん」

「やめんか」

 

 言いつつも食べてしまった。やっぱ美味え。

 

「むぅ、あの頃の先輩と違ってあんまり動じないので、からかいがいがあんまりないです」

「……成長しておいて良かったわ。危うく後輩に翻弄された挙句、知らぬ間に入籍とかいうシャレになんない事態に陥るところだった」

「そんなことしませんよっ!……多分」

 

 怖いよ、いろはさん。

 恋に恋してたって言ってたけど、まだその頃の方が分かりやすいものがあったよ。今のいろははなんというか、一歩間違えれば、デンジャラス・ビーストって感じ。

 つまり、肉食系。ゾンビ的な意味で絶食系の俺をとって食おうっていうのだから余程の偏食家のようだが。

 

 俺が成長しようとしまいが彼女にとっての俺は、扱いやすい先輩でしかないらしく、なんだかんだでその後も食べさせあいっこ(言葉にするとこれ程アホらしい響きはない)に興じさせた。

 彼女は皿が空になると満足といった様子で吐息を漏らした。

 

「美味しかったですね、量も丁度良かったですし」

「いや、半分以上俺に食わせてたじゃん」

 

 忘れたとは言わせないぞ。あの羞恥プレイを。SAN値がガリガリ減ったあの過去を。

 注文したコーヒーに砂糖を入れてお腹に流し込む。

 

「そういえば、この腹にたまる感じも現実ならではなんだよなぁ」

「そうなんですか?じゃあご飯とか食べた時はどうなるんです?」

「口で味を感じて空腹感がなくなる。だから様々な感触の飴を舐めてるような気分だったな」

「そうなんですか」

 

 いろはは「あっ」というと身を乗り出して俺の頰に細い指を這わせた。ぬるっとした感触に、自分の頰に付いていたクリームに気付く。

 

「はいっとれました」

 

 指を可愛らしく咥えるいろは。あざとい。しかし、そのあざとさは一年前と違い、危ういあざとさだ。

 

「お弁当とは中々姑息な萌えを使ってきますね」

「いや、どう考えてもお前の方があざといから」

 

 危うく惚れちゃうところだったわ。何なんだよ、この可愛い生き物。騙されてると分かっていても、今回ばかりは騙されてやるかと思わせてしまう魔性があるのだ。言い換えれば、男を無意識下で立たせながらも自分の要求を知らず知らずの内に通してしまう才能。将来が空恐ろしいな。特に、それに思い当たっても尚、気を許してしまう所が。

 痴人の愛かよ。

 

「さてさて、まだ少し休むとして、この後はどうしますか?」

「俺に聞いちゃっていいの?」

「マックスコーヒー専門店とかはやめて下さいよ?」

「そんなパラダイス知ってたらお前とデートしてねえよ。毎日一瞬でも長くそこにいられるように努める自信があるわ。……あ、そうだ」

「どうしたのですか?」

「小町と出かける週末に着ていく服がない……。いろはって最近の男物の服の流行とかってわかるか?小町に恥をかかせたくないから買いに行きたいんだけど」

 

 特にズボン。下手したら足首まで出る気がする。

 

「何というか、シスコンここに極まれりって感じですねぇ。……いいですよ。その代わり、私にも何か選んでくれませんか?」

「ん?センスに自信ないけどいいのか?」

「はなから期待してないから構いません」

 

 じゃあなんで頼むんだよ。湧いた疑問を口に出そうか迷ったが言ったことでヘソを曲げられても困るので、男にはわからない何かがあるのだろうと無理やり自分を納得させた。

 

「んじゃそろそろいくか。なんか冷房効き過ぎてるのか知らんが、寒気も感じ始めたし」

「あ、先輩もですか?実は私もさっきから体の芯に来るような冷えを感じていたんですよね」

 

 なんというか、課題の締め切りまで2時間を切った時のような薄ら寒さのような。出会ってはいけないものに出会った時に感じる、そんなタイプの寒気だった。いろはの言ったように、雪の下に埋まった時のような体の芯に来る冷え。風邪を引く前にお日様の陽気にあたらないとな。

 

 ケータイと財布がポケットにあることを確認して、と。

 

「さあ、行こうか、いろ「ちょっと待ってもらってもいいかな〜?」

 

 で す よ ね。

 

「イケメン君には少し悪いけれど、少しいろはちゃんとお話ししたいことにあるんだ〜。イケメン君、少しだけでいいから少し待っててね」

 

 やたらイケメンと少しを強調させて現れたのは嗚呼、この人。さっき話題に出た時からなんとなく会いそうだなと思っていたこの人。女傑、才女、才色兼備。褒め言葉が大体似合う女性と名高い美女筆頭。

 

 雪ノ下陽乃。

 

 その人が俺といろはのあるテーブル席の前に立っていた。

 

 

「あらあら?いろはちゃん。隼人、八幡くんと続いて手を出したのは2人を掛け合わせたような王子様ということ?随分とまぁ尻が軽くなったのね」

 

 

 いつもの陽気は鳴りを潜め。

 雪の日の朝のような固い冷たさを全開にした彼女がそこにはいたのだった。

 


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