「ちょっと、大丈夫ですか?起きてください!」
「ん……」
重い瞼を開ける。視界に映ったのは、綺麗な夜空と、心配そうにこちらを見ている宅配便の男の人だった。
「!」
バッと勢いよく起き上がる。あたりを見渡すとそこは家の近くにある公園だった。よく、エリナと一緒に遊んだ公園だ。
確か俺は吸血鬼に襲われて、それから……
「あの、大丈夫ですか?その服の汚れって血じゃ……」
やばい……さすがにこれはごまかさないと……!
「え、あ、あぁ!トマトジュースですよ。後輩がドジっ子で、こけちゃった拍子にジュースがかかっちゃって……」
「そうでしか。もう暗いので早く帰ってくださいね?」
「ええ。すみません」
宅配便の男は疑うこともなく去って行った。今この場にエリナの姿は無く、うまく逃げてくれたのか心配だ。
公園にある時計で時間を確認する。時計の針は8時を指していた。あれから、1時間くらい眠っていたのか……。
「………」
なんで、胸の傷がないんだ……?
あの時、確かに俺は吸血鬼によって、胸を貫かれて、意識を手放した。死んでもおかしくないほどの致命傷だったはずなのに、触ってみるとそんな傷は綺麗さっぱり無くなっていた。
(そろそろ帰らないと、母さんが心配する。とりあえず、向こうに置いてきた荷物を取りに行こう……。)
あれこれ考えるのは後でにしようと思い、俺は公園を後にした。
帰宅中、体が物凄く気だるかった。
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翌日--
昨日は色々と散々な目にあった。吸血鬼に襲われ、犬の化物にも襲われ、エリナは行方不明になり、1度命を落としたはずなのに何事もなくこうして生きている。
「………」
パジャマから制服に着替える途中で、自分の胸元を確認する。
まだあの感覚を覚えていた。吸血鬼に手刀で胸を貫かれた時の痛みと、熱さと、息苦しさがまだ頭から離れない。
「ゔっ……」
思わず食べたばかりの朝食を吐き出しそうになる。あまり寝付けなかった所為でもあるのか、今日はあまり気分が優れない。
支度をして、家を出る。エレベーターに乗り、1階まで降りて外に出る。
「1……2……1……2……」
外で一人の少年が竹刀を持って素振りをしている。いつもの光景だ。
「よっ。頑張ってるな、小僧」
「あっ!柊兄ちゃん!」
彼は隣に住んでいる小学5年生の男の子だ。いつも朝は学校行く前から剣道の素振りをしている。なんか俺に憧れて剣道を始めたとかなんとか。
「みてろよ!いつか柊兄ちゃんをこえて、強くなってやるからな!」
「おー、やってみろ。何年後になるかわからんが待ってるぞ」
「あー!信じてないなー!」
「ほら、早く行かないとお前も学校遅刻するぞ?」
「あっ、やべぇ!じゃあね、柊兄ちゃん!」
男の子は焦った様子で、マンションに入って行った。さて、俺も早く行かないと遅刻してしまう。少し歩くスピードを早めた。
学校には、なんとか遅刻せずに済んだ。いつもは着いた頃には少し疲労を感じるのに、今日は一切感じなかった。気分は悪いのに、身体の方はいつも以上に調子がいいみたいだ。
--3時間目 体育--
「オーライ!オーライ!」
「こっちだ!」
今日の体育の授業は、バスケットボール。自分的には結構好きな方のスポーツである。と言っても素人だから、あまりでしゃばるような真似はしない。少し後ろで、敵チームの1人をブロックする。
「月影!」
すると、ボールがこちらへ渡る。味方にパスしようとするが、距離は少し遠くて難しい。とりあえずドリブルして前に進もうと試みる。
敵チームの1人が進行を塞ごうとする。だけどなんだろう……。今日はやけに目が良く見える。それに、相手も遅い……?
ドリブルしながら、最小限の動きで、ブロックしてくる敵メンバーを抜き去る。
「なっ!?はやっ……」
そしてゴールへと高く飛び、ボールをリングに入れた。
「ナイッシュー!月影。お前ジャンプ力すげぇな」
「あ、いや、まぁ……」
……どうして今日は俺の身体はこんなにも調子が良いのだろう。
試合終了1分前。敵チームの1人でバスケ部の奴が迫ってくる。俺はゴールさせまいと、そいつの前に立つ。
「へっ……」
バスケ部のやつが素早いドリブルで抜こうとする。いつもならあっさり抜かれてしまうところだが、今日は調子がいい。
相手の動きが遅く見える。タイミングを見計らって、俺は相手が持っていたボールを弾いた。
「なにっ!?」
もう時間が無い。即座にボールを引き寄せて、遠く離れたところからシュートを打つ体制に移る。
(……いける……)
高くジャンプして、シュートを放つ。ボールは高く上がり、自分のチームのリングに見事入った。
「おおおお!?」
周りから驚きの声があがる。
「月影ぇ!お前どうしたんだよ!?すげぇやん、今の!」
「今日のお前、なんか調子いいな!」
「さっすが月影!よっ、副主将!」
「是非バスケ部に!」
わからない。人間、調子がいい日というのはここまで動けるのか?今まで生きてきた中で、初めての経験だった。
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今日1日の授業が終わり、放課後が始まる。部活生は部活へ、用事も何もない人達は下校の時間だ。
「柊夜。今日は行くだろう?部活に」
主将の優花に部活へ行くかどうかを聞かれる。俺は荷物をまとめながら、「おう」と一言で返事をする。
「じゃあ早く行こう。今日のお前は体の調子がいいらしいからな。剣道でもどんな動きをしてくれるか期待してるぞ?」
優花はイタズラじみた笑顔で言う。そうたいして変わらないと思うんですけどねぇ……。
p.m.19:30
今日も1日の稽古が終わり、今は優花と一緒に帰宅している。
「それにしても、今日の柊夜は凄かったな。柊夜の運動神経はそこまで良かったか?」
「さあ?俺にもよくわかんないや。こんな日もあるんじゃないか?」
「そうだな。今日のバスケの試合。私も見たかったな」
「残念だったな。俺今日ブザービート決めたんだぜ」
「ふふっ、さすがだな」
今日にあった出来事など、他愛のない話をする。普段はおとなしい優花でも、この時間はよく笑顔になって話している。こうしてみると、改めて美人だなぁと思ってしまう。
「ん?どうした柊夜。私の顔になにか付いているか?」
「いや、なんでもないよ」
「そうか。……あ、じゃあ私、こっちだから」
「おう、またな」
「うん。また明日」
途中の十字路で俺と優花は別れる。ここまで来ると家はもうすぐで着く頃だ。
「………」
エリナは無事だろうか……。
今日はそのことが頭から離れなかった。あれからどうなったのか。エリナはちゃんとあいつらから逃げているのだろうか。また会える日は来るのだろうかと考えていた。
すると、近くで大きな爆発音がした。
爆発がした方向を見上げると、黒い煙が上がっていた。煙の場所は家から随分近い。火事でもあっているのかと思い、家まで走って行った。
しかし、俺は家に着いた瞬間、絶句した。
燃えているのは、俺が住んでいるマンションだった。
消防車の姿はなく、周りには昨日見たものとほぼ同じ、魔物達がゾロゾロといた。
「……なん……で……」
近くのサイレンが鳴って、警告放送が流れる。
『魔物が出現しました。一般市民の人達は直ちに避難してください。繰り返します---』
俺はその場から動けなかった。
今日は、やけに身体の調子がいいだけじゃなく、目もよく見える。
俺は見えてしまっているのだ。犬の魔物に捕食されている人達が。
その悲惨な光景を遠くからでも見えてしまっている。
「ゔっ……おぇぇ」
思わず吐き気がこみ上げて、我慢できずに嘔吐してしまった。
こんなことしてる場合じゃない。早く逃げないと……
「はい、こんばんはー!人間君」
すると、上空から1人の男が降りてきた。
チャラい服装でロックな髪型に、肌は青白く、悪魔のような翼が生えていて、そのニヤけた口から牙が見える。
運悪く、吸血鬼に狙われてしまった。
「君、変わってるねぇー!ほかの人間達とは違う匂いがする」
「は……?」
吸血鬼は少し疑った表情をする。
「なんでだろうねぇー……君からエリナお嬢の匂いがするんだよなぁ」
「!!」
今こいつは、エリナと言った。この吸血鬼は、エリナの事を知っている!?
「今、エリナって……」
「あれぇー?なんでお前がエリナお嬢のことについて知っているんだぁ?」
「お前ら、エリナに何かしたのか……?」
「あ?なんだその目は」
瞬間。吸血鬼の蹴りがとんでくる。俺は咄嗟に両腕を交差させて防いだ。それでも、吹っ飛ばされてしまい、腕に激痛が走る。
「……へぇ、いいん反応してんじゃん」
痛みで両腕に力が入らず、起き上がれない。
「くそ……」
「人間のくせに生意気なんだよてめぇ。俺を誰だと思ってる」
吸血鬼が倒れている俺に紫色の槍の刃先を向ける。
マンションの方はさらに炎が増し、徐々に広がっていった。
「あーあ、見ろよ。もうあいつら、あそこに住んでいた人間の半分は食い散らかしてるぜ。相当腹すいてたんだろうな」
吸血鬼はヘラヘラしながら、マンションの住人が食い荒らされていく様子を眺めている。
そんな様子を見て、俺はそいつへの殺意が湧き始めた。
「……なんで、こんなことをするんだ」
「あ?決まってるだろ」
俺がつぶやくと、吸血鬼はゲスな笑みでこう答えた。
「楽しいからに決まってるだろぉ!?人間達を殺戮するのが、楽しいからだぁ!見ろよ!あの絶望に浸った死に顔!死にたくないともがいても犬達に食われていくあの泣き顔!たまらねぇぜぇ!ヒャハハハハハハハハ!!」
吸血鬼がある場所を指して笑っている。
そこは、俺の母親が既に食われていて、顔しか無い状態と、隣に住んでいた男の子が、犬の魔物に食われていく様子だった。
「…………」
どうしてお前らは、そうやって人を殺す……?
どうしてお前らは、楽しそうに人を殺す……?
どうしてお前らは、俺の大切な人達を奪う……?
どうしてお前らは、俺の大切なものを奪おうとする……
………許さねぇ……
「……許さねぇ」
「!!」
吸血鬼が即座に柊夜から距離をとる。柊夜は起き上がって、吸血鬼を紅い目で、鋭く睨んでいた。
「まさか……お前……」
柊夜の右手には、いつの間にか黒鳶色の刀が握られていた。
「お前らを……殺す……」