確かに千春さんは言った。
『こっちでも何人か人手を募っておく』と。
そして僕も言い忘れた。
『可能な限り真面目で普通な子でお願いします』と。
だからこれは普通にあり得ることで、むしろ僕はその気概と心意気に感謝するべきなのだろう。きっと彼女たちも忙しい中、時間を見つけて手伝いに来てくれたに違いないのだから。
そう、ある意味で天命、ある意味で巡り合わせ。合縁奇縁の神様が僕たちにここで出会うように示し合わせた結果なのかもしれない。
でも――それでも、だ。
もし本当にそんな神様がいるのならば僕は一言物申したい。
集まってくれた彼女たちに失礼なのは承知の上で、それでも問わずにはいられない。
「八代てめえ自分で呼び出しておいて最後に来るってどういう了見だ? あ?」
「フ、フヒ……親友と風呂掃除……ジメジメしてて楽しそう、だな」
「た、拓海さんと輝子さんがいるなら、森久保はお役御免ですね。さようなら」
「てめえ乃々ォ! いきなり帰ろうとしてんじゃねえ! おい輝子もキノコと戯れてねえで何か言ってやれ!」
「そ、そうだな……ボノノちゃんも折角来たんだしテンション上げて……上げ……フ、フヒヒヒヒフハハッアッハッハ!! ゴートゥヘール! 地獄の底まで道連れだァ!」
「ひ、ひいぃぃぃぃ!」
どうして!? 何故!? なんでよりによってこの三人なんですかね神様っ!?
「おい八代ォ!」
「フヒ……親友」
「あ、あの……八代、さん」
そんな僕の心の叫びとは裏腹に、三人のそれぞれ違う種類の視線が突き刺さる。
おお、こうして見ると三人とも流石に美少女である。写真に収めたい……がそれは無理そうだ。なぜなら若干一名僕を眼力だけで射殺せそうな視線を送ってくれてるから。とても怖い。
「と、とりあえず三人とも手伝いに来てもらってありがとうございます」
向井拓海、星輝子、森久保乃々。十人十色な美城のアイドル達の中でもひときわ個性の光る彼女たち。
この三人が今日の僕の風呂掃除のお手伝いさんである。
「というわけで時間内に清掃を終わらせるのが今日の目標なんですけど」
清掃に入る前に僕はとりあえず一通りの経緯を説明することにした。業者が入れなかったこと、人手が必要であったこと、間に合わなければ今日は大浴場が開放できないこと、男である僕が下心満載で掃除人に立候補した訳では決してなく管理人として至極真面目に働こうとしていることなどなど。
過程を知ることは大事だ。後になって僕が女子風呂の匂いを堪能していて清掃が間に合わなかったなんて結論になっても困る。ただでさえ男という事で肩身が狭いのに、余計なトラブルなど御免被りたい。
乃々とは一向に目線が合わないし、拓海はヤンキー座りでこっち睨んでるし、正直ちゃんと話を聞いてくれてるのは輝子withきのこだけのような気がするけどこの際気にしない。
そんな折誰かが舌打ちをしたような音が。まあ、答えは見なくても分かる……というかもしその人じゃ無く他の二人だったら僕は軽く立ち直れなくなるよ?
「ンだよ、風呂なんざ一日入れなくても別に死にゃしねーだろ。最悪シャワーだけ使えりゃ問題ないんじゃねーのか?」
おおう、相変わらず実に漢らしく清々しい発言だ。しかしどう考えても現役女子高生アイドルの発言ではないな。
まあ、下手に突っ込もうものなら容赦なく舎弟にされそうだから言わないけど。
「で、でも、此処に一番早く来てたのも拓海さんですけど」
あ、そうなの? ってかこの状態で突っ込めるなんて乃々さん意外とメンタルお強いっすね。
「あァ゛!?」
「ひ、ひぃ! い、今のは八代さんが聞きたそうだったからで決して森久保の意思では」
「あ、危ない! その軌道修正の仕方は実に危ない!」
とんでもない擦り付けを見た。そして即座に僕の後ろに隠れる乃々。ここだけ見れば僕は姫を守る騎士みたいだが、現実は只の使い捨ての盾である。「む、む~り~」ってそれは僕の台詞だから。あと、あんま強く裾引っ張らないで。破れそう。
「面倒臭がりながらも現場には一番乗り……な、なるほど、これが噂に聞くツンデレというやつなんだな」
もはや何も言うまい。
輝子が言うのだから彼女の中ではきっとそうなんだろう。ただ僕は嫌だ。こんな「か、勘違いすんじゃねえぞ」という言葉と共に命まで刈り取っていきそうなツンデレなどあってはならない。
ともあれ今はそんなことどうでもいい。
無言で指をポキポキ鳴らしつつ口から瘴気のようなものをふしゅーと吐き出す拓海のご機嫌は既にお察しだ。そしてこの場合標的になるのは誰だ? 考えるまでもなく僕だ。唯一何も言ってない僕だ。世の中色々間違っている。
ならば自分の身は自分で守るしかあるまい。
「とりあえず時間も無いので早速始めましょう。さ、みんな清掃道具持って持って」
ちょっとばかし強引だったが、それでも皆掃除用具が入ったロッカーへと移動を開始し始める。
何か言いたそうな拓海も、本来の目的を邪魔してまでと思ったのか渋々応じてくれた。どうやら僕は助かったらしい。
良かった。なんとか危機を乗り切れ――
「おい八代。お前後でアタシの部屋に来いよ? まあ、もし来なかったらアタシがお前の部屋に行ってやる」
――てないな。
おっふ、めっちゃ肩組まれてる。どうしよう現役女子高生アイドルとこんなに密着した挙句、部屋へのお誘いまで受けてるのに全然嬉しくない。むしろ生命の危機だ。心臓の熱いビートが止まらない。
「い、いや、拓海さんのようなアイドルの貴重なオフのお時間をいただくなんてそんな」
「おいおい水臭い事言うなよ、アタシとテメエの仲だろ? 二輪免許取ってツーリング行くって約束すっぽかされっぱなしだしいい機会だ。里奈と夏樹も呼んで熱い交流会といこうぜ?」
あ、ダメですねこれは。逃げられない。
人間諦めが肝心だ。どうせ後で地獄を見るのなら今はこうして女子高生との密着具合を堪能しておくとしよう。うわっまつ毛ながっ! しかもなんかめっちゃ良い匂いする!
こうしてみると拓海は中身を除けば完璧に近いポテンシャルの持ち主だ。まあその中身も見る人が見ればご褒美なんだろうけど。残念ながら僕はノーマルだ。
いや、そんな事考えてる場合ではないな。何かこの窮地を脱する方法を考えないと。
……とりあえず誤魔化してみるか。
「ツーリング……そんな話をしたようなしてないような」
「ああ゛!? テメー近いうちに取るってアタシと約束したじゃねーか!」
大・失・敗!
ち、近いよ拓海さん! 顔が近い! そして肩がっ肩がっァ!
「す、すいません! ちょっと金銭的というか時間的に忙しかったというか!」
「ちっ……しゃーねーな」
お?
僕の苦し紛れと言う名の弁明に、拓海は大きくため息を吐きながら僕の肩に回した右腕を脱力させる。助かったのか? もしや僕は助かったのか?
「もう少し待ってやるから絶対二輪免許取るって約束しろ。もし破ったら――」
「や、破ったら?」
「原付で無理やり走らせる」
「必ず守らせていただきます、はい」
助かってない、そして冗談じゃない。こんなレディースのヘッドみたいな人間の集まりの中で一人原付に乗って峠を攻める僕の姿を想像してみろ、どう考えても正気の沙汰ではない。百歩譲って普通のツーリングだったとしても二輪の中に原付が混じるってなんの罰ゲームだ……これはもう腹を括るしかないのか。
「おう! 楽しみにしてるからなっ!」
観念して頷いた僕を見て、拓海は満足そうに軽い足取りで乃々と輝子の後を追う。
残された僕は迫りくるタイムリミットとお先真っ暗な自分の未来に成す術もなく、ただ身体に残った女子高生の残り香に癒しを求めるしかできなかった。
……貯金足りるかなあ。