昔々あるところにとても貧しい女の子がいました。
女の子は早くにお母さんを亡くしてしまい、お父さんは寂しさから再婚したのですが、その継母と連れ子はひどく意地悪で女の子は毎日いじめられていました。
ですが女の子はお父さんのために、じっといじめに耐えていました。
やがてお父さんも病気で亡くなってしまうと、継母たちのいじめはますますひどくなりました。
女の子は家事をすべて押し付けられ、毎日灰まみれになっていたことから『
「ちょっと、シンデレラ?ウチトマト嫌いって言ってるでしょ?なんで入ってんの?」
「何を言っているのかしらミナミ義姉さん。いい年して好き嫌いなんて恥ずかしくないの?文句があるなら自分で作ってちょうだい」
「シンデレラ~?廊下の掃除が終ってないじゃないの」
「くだらない言いがかりはやめてもらえるかしら?さっきハルカ義姉さんがゴミ箱をひっくり返していたのをちゃんと見ていたわよ。自分で汚した分は自分で片付けなさい。出来ないというなら今日は濡れたシーツで寝てもらうわ。ちなみ今夜は雪らしいわよ」
「ちょっとシンデレラ!あたしの着替えどこ!?」
「……ごめんなさい。どちら様だったかしら?」
「お義姉ちゃんよ!お義姉ちゃんのゆっこよ!?」
意地悪な義姉たちはいつもシンデレラにちょっかいをかけますがこの通り、シンデレラはびくともしません。父親が亡くなって以来いつもこうです。
シンデレラは義姉たちより遥かに頭が良く、運動もできれば顔も良いというチートキャラ。しかも合気道の有段者で暴力に訴えることもできないため、義姉たちはいつも返り討ちにあって泣かされてました。
ですが義姉たちは何度ひどい目にあっても懲りません。
「……シンデレラ?あんた最近調子に乗ってんじゃないの?」
「「そーよそーよ!」」
「ちょっと美人だからって何様のつもりよ。友達いないくせに」
「ププッ。あっ、ゴメーン、気にしてた-?悪いこと言っちゃったね-(笑)」
学習力の無い義姉たちに、シンデレラは溜め息をつきます。
「……どうにも理解できていないようだから言っておいてあげるけれど、お父さんがいない以上、私があなた達に遠慮する理由は無いのよ?捻り潰されたくなかったらおとなしくしてなさい」
「「「ヒイッ!?」」」
シンデレラの鋭すぎる眼光に義姉たちは震え上がります。確実に何人かは殺している眼でした。
シンデレラは特に友達が欲しいと思ったことはありませんでしたが、やはりそこをいじられるのは面白くないようです。うっかりシンデレラの逆鱗に触れてしまった義姉たちは、義妹の異様な迫力に失禁寸前です。
「あーらあらあら、大きく出たねシンデレラ?」
「お母さま……!」
あわやというところで社会的に死ぬはずだった義姉たちを救ったのは継母でした。
「くっ……!姉さん……!」
「もー、姉さんじゃなくてお義母さまでしょ?そりゃ-年を考えたらミスキャストなのは解るけど。やっぱ静ちゃんくらいは欲しいところよね-」
この継母はシンデレラが勝てないと思ってしまったこの世で唯一の人間でした。
あらゆる能力でシンデレラを上回り、シンデレラ唯一の弱点である社交性も完璧という化け物です。加えて他人に嫌がらせするのが大好きという人格破綻者でもあります。
あれだけひどい目にあってる義姉たちがそれでも強気なのは、この母親の後ろ楯があるからなのです。正直シンデレラは、この人物からあんな三人が産まれてしまったのは世界最大の謎だと思っていました。
「さあさあみんな、今日もシンデレラを可愛がってあげなさい?」
「「「はーい!」」」
そうして宴が始まります。さすがのシンデレラもこうなっては手も足も出ません。ただじっと耐えるのみです。
「あぁ……なんて可愛いの、雪乃ちゃん……。わたしなんで女なのかしら?男だったら絶対押し倒してるのに」
「へ、変態……!」
なんぼなんでもアレすぎるセリフにシンデレラもドン引きです。ついでに娘たちもちょっと引いてました。
そんなこんなで貞操を守るために日々戦い続けるシンデレラでしたが、今日は久し振りに安心して過ごせそうでした。
何故なら今夜はお城の舞踏会。王様がお嫁さんを決めるための一大イベントです。前々から王様に熱を上げていた義姉たちも目の色を変えてます。
「……姉さんも行くのね」
「まあこういうのに顔出すのもわたしの仕事だしね-。ったく、隼人ってばわざわざ雪乃ちゃんの誕生日にこんなパーティー開くなんて極刑ものよね」
「ところで、私を舞踏会に行かせない理由に納得がいかないのだけど。いえ、行きたいわけではなくて」
「えー、どこが?隼人なんかに雪乃ちゃんをあげる気はないよ?雪乃ちゃんはわたしのだもん」
「姉さんの物になった覚えはないと言っているのだけど」
というわけで、シンデレラは一人でお留守番です。
舞踏会は夜通し行われるので、今夜は寝込みを襲われる心配もありません。
シンデレラがお気に入りの紅茶を淹れて、猫の写真集を広げつつパンさんの映画を観賞するという完璧なるボッチの休日を満喫していると、不意に呼び鈴が鳴りました。
「ごめんなさい」
シンデレラがドアを開けるなり土下座したのは目の腐った魔法使いでした。
「何をいきなり謝っているのかしら」
「いやそんな人殺しそうな目で睨まれたら誰でも謝ると思うぞ」
「あなたに目のことをどうこう言われたくはないわね。とりあえず用件を聞きましょうか。処刑はそれからにしてあげるわ」
「おいなんだ処刑って。俺何の罪で殺されんだよ」
「私の至福の時間を邪魔したのだから当然よ。くだらない用事だったら本当に許さないわよ」
魔法使いは釈然としませんでしたが、逆らうと面倒そうだったのでさっさと用を済ませてしまうことにしました。
「あー、俺は大陸魔法協会から派遣されてきた者だ。今回はお前の誕生日らしいから特別に願いを」
「間に合ってます」
シンデレラはドアを閉めると再び至福の時間に没t
「せめて最後まで聞けよ」
「……一体どうやって中に入ったの不法侵入谷くん?」
「魔法で……おいなんで名前知ってんだ。まだ名乗ってねえぞ」
「そんなことはどうでもいいの。とりあえず苦しんで死ぬか、後悔して死ぬか、好きな方を選びなさい。希望に関わらず両方味あわせてあげるわ」
「どっちにしろ死ぬのかよ。ていうか両方かよ。選択する意味あんのかそれ」
魔法使いは呆れたようにため息を吐くと、気を取り直して口を開きます。
「要らなきゃ要らんで別にいいからとりあえず最後まで説明させてくれ。最低限の義務くらい果たせんと妹に口利いてもらえなくなる」
「……あなたシスコンなの?やはり通報するしかないわね」
「まておい。その論理展開には断固異議を唱えるぞ。シスコンの何が悪い」
「うちの姉が妹に向かって『男だったら押し倒してる』とか言ってるわ。妹さんが不幸になる前にあなたは死ぬべきよ」
「そりゃお前の姉ちゃんが特殊なだけだろうが。俺の小町への想いはもっと純粋な……って、うお?」
「……あなた、何をしているの?」
話の途中でいきなりクネクネしだした魔法使いに、シンデレラはゴミを見るような視線を向けます。
「いや、カイロ替わりに使い魔を連れてきたんだけど、こいつ暖かい部屋にいるせいか暴れ出して……おい、大人しくしろ、カマクラ」
「カマクラ……?」
シンデレラが疑問符を浮かべていると、それに答えるかのように魔法使いのローブの裾から一匹の猫が飛び出しました。もちろんシンデレラは、その猫さんを光の速さで捕まえます。
「とりあえず話くらいは聞いてあげるわ。感謝しなさい」
優しいシンデレラは、怪しい不法侵入者にも寛大です。
「……今、何をどうやって捕まえたんだ?冗談抜きで見えなかったんだが」
カマクラを膝に乗せてご満悦のシンデレラに、魔法使いはもう一度ため息を吐きました。
「……つーわけで、俺はお前の願いを叶えなきゃならん」
仏頂面で簡単に説明を終えた魔法使いに、シンデレラは顎に右手の指を当て、左手でカマクラを撫でながら質問をぶつけます。
「とりあえず、どうして私なのかしら?」
「知らん。上には何か考えがあるのかもしれんが、俺みたいな下っぱはただ命令に従うのみだ。ま、ランダムで当たる誕プレサービスとでも思っとけ」
「……大した社畜根性ね」
「ほっとけ」
魔法使いはぶすくれます。どうもそこには触れてほしくないようです。
「ま、タイミングから考えると、お前に舞踏会に行ってほしいんだろうな。多分お前に政治の実権でも握ってほしいんだろ」
「……それで私を介してこの国を乗っ取ろうというの?国家転覆が目的と?」
「ちげーよ。うちは一応正義の味方とか真顔で言っちゃう痛い組織だからな」
「そこに所属しているあなたも大概だと思うのだけど」
「うっせ」
おとぎ話にあるまじき単語が次々飛び出しますが、二人は一向に気にしません。
魔法使いは一度咳払いしてから説明します。
「ぶっちゃけちまうと組織が気にしてるのは将来的なことなんだろうな。この国の王は優秀だが、それだけに周りの連中が王に頼り切りになっちまってる。しかも王は王で出来ることを自分で全部やっちまうから補佐役がまったく育たねえ。それで王と釣り合うような能力を持った嫁さんを探してたんだろ」
「……いい迷惑ね。正義の味方が聞いて呆れるわ」
「まあ政府がまともな国ならそんなにムチャなことはしねえんだけどな。今回だってあくまでお前の自由意思に任せる方針だし。ただ、ロクでもない国が相手だと本気で国家転覆やらかす組織ではある」
「まるで実績があるかのような言い方だけど」
「あるんだよ、マジで……。ったく、いい年して『世界を変えてやる!』とか何考えてんだあの年増……」
魔法使いはうんざりしたようにため息を吐きます。なんだかため息ばかりです。
「とにかくそんなわけで最終確認だ。舞踏会に行くつもりは」
「無いわよ。結婚なんて冗談ではないわ」
「だよな。……せっかくの誕生日なんだし、行くだけ行って飯だけ食って帰るのもアリだと思うが」
「自分で作った方が美味しいもの」
「さいですか……」
「でも、そうね……」
「あん?」
「ラーメンだったら一度くらいは食べてみたいわね」
「ごちそうさま。……ずいぶん味が濃いのね」
「お粗末さん。まあラーメンってのはそういうもんだ。インスタントってのもあるけどな」
「だとしても手を加えられる部分はいくらでもあるでしょう?」
「そうかもしれんが最初は『ラーメンとはこういう物だ!』みたいなのを食うべきだろ?」
ぶつぶつ文句を言いながらも、シンデレラは初めてのラーメンにご機嫌です。
「さて、長居しちまったな。願いも叶えたし、もう行くぞ」
「そう……。さようなら、今日のことは忘れないわ」
「いや、カマクラ返せって言ってんだよ」
「ちっ」
「女の子が舌打ちとかするんじゃありません」
シンデレラはカマクラを渋々返しました。そのシンデレラの姿があんまりしょんぼりして見えたので、魔法使いはつい声をかけてしまいます。
「あー……そんなに猫好きなら、その辺で見つけてきてやろうか?俺一応魔法使いだし、そんくらいなら軽いぞ」
「……いえ、そうではなく。さっきまでがすごく楽しかったから、明日からまた姉さんの相手をしなければならないかと思うと憂鬱で……」
「そんなに嫌なら出てけばいいだろ。お前なら仕事なんかいくらでも見つかるだろ。なんならウチに掛け合ってみようか?職にあぶれたやつらに仕事の斡旋とかもしてるからどうにでもなるはずだぞ」
「嫌よ。まだ姉さんに勝ってないもの」
「姉さんじゃなくて継母な。いや、さっきは俺もうっかり姉ちゃんとか言っちまったけど」
「負けっぱなしで逃げ出すなんて私の主義に反するわ」
「えー、何この娘、超めんどくさい」
別に正面からぶち当たるだけが勝負でもないだろうに……。
魔法使いはそう思いましたが、考え方は人それぞれ。何よりヘタに反論すると百倍になって返ってきそうだったので黙りました。
「……ようするに、あの人に一矢報いられれば良いんだな?」
代わりにそう言うと、懐からスマホを取り出しました。
「呆れた……。よりにもよってこんな方法を採るなんて」
「良いだろ別に。少なくとも悔しがるのは間違いないと思うぞ」
「そうかもしれないけれど……せめて魔法を使いなさいよ。世界観を盛大に無視しないでちょうだい」
「今さら何言ってんだ。お前だってパンさんのDVDとか見てたじゃね-か。つーか俺の同僚なんかメイン装備が魔法のパンツァーファウストに聖なる手榴弾だぞ?」
「そんな規格外と比較してもなんにもならないでしょうに……」
シンデレラは呆れながら、それでもクスリと笑いました。
「……なんだか馬鹿らしくなってしまったわ」
「そうか」
「だから……そうね、少し旅でもしてみようかしら」
「そうか」
「それで力を着けたら、改めて姉さんに挑むことにするわ」
「継母な」
「もしかしたら、またどこかで会うかもしれないわね」
「かもな」
「それじゃあ……さようなら」
「おう」
こうしてこの夜を境に、シンデレラはこの街から姿を消しました。
「シンデレラ~!お腹減った~!」
「シンデレラ-!代えのパンツどこ-?」
「シンデレラ-!帰ってきてよー!」
「ほらほら娘たち!口よりも手を動かす!」
シンデレラがいなくなって以来、家事のまったくできない義姉たちは、母親の厳しい監督の下毎日泣きながら働かされていました。おかげで家はかろうじて汚部屋化せずに済んでいました。
「それにしても雪乃ちゃんてばどこに行っちゃったのかしら?」
一人だけ余裕で家事をこなしつつ、継母はぼやきます。シンデレラの能力を信用しているので特に心配はしていませんでしたが、やはり気になるものは気になるのです。
そんなふうにして、舞踏会から数日が経ったある日のことでした。
「はいはーい、どちらさまで……あら?」
呼び鈴が鳴ったので表に出てみると、そこにはお城に支える兵士さん。お城や街の警備から警察の代わり、その他細々とした使いっ走りまで何でもこなす便利屋さんです。
継母のところに現れたのは優柔不断そうなデカブツと、童貞臭いちびっこの凸凹コンビでした。
「ん-、もしかして、ウチの子の誰かが隼人に選ばれちゃったとか?」
継母の言葉にデカイ方が答えます。
「いえ、王は子爵さまのご息女、優美子さまと婚約なされました」
「だよね-。ウチの子らは隼人の趣味じゃないもんね-」
「あの、王様を名前で呼び捨てはちょっと……」
それでは何の用なのかと継母が問うと、兵士は言いにくそうに答えました。
「その……実はですね、ネットオークションに女性物の下着が出品されていまして。その……あなた方の顔写真とセットで。もちろん風営法違反となりますのですぐに取り下げさせましたが。お手数ですが、事情聴取させていただけ」
「あああああの!ここここのぱんつってマジでお姉さんのなんでs」
「ふーん……中々やってくれるじゃないの、雪乃ちゃんてば……」
継母は片手でスマホをいじり、もう片方の手で小さい方の兵士が持ってきたパンティをもてあそびながら呟きました。
オークションに出品されていた下着には見覚えがありませんでした。ついでに言えばどう見ても未使用品でした。
つまり、本当にただ写真とセットで売っていただけです。ただし、当然ながらそれを見た者がどう考えるかは別問題です。
継母は笑顔です。笑顔ですが、娘たちは部屋の隅に固まって、悲鳴も上げられずに震えてました。
「いいわ、次に会ったら遠慮なくメチャメチャにしてあげる……。処女膜洗って待ってなさい。……とりあえず、この国を乗っ取るところから始めないとね」
継母が不穏なセリフを口走っているその頃、庭ではガタイの良い兵士が、マジックで『勇者ここに眠る』と書かれたカマボコ板に手を合わせていました。どうでもいいですね。
魔法使いは次の任務のために移動していました。
空飛ぶ絨毯やテレポートといった便利なな魔法は、下っぱの彼には使えません。ただひたすら歩くのみです。
そんな彼の前に立ち塞がる影がいました。
「お久しぶりね」
「……なんでいるんだよお前は」
現れたのはシンデレラでした。彼女は軽装の旅装束で馬車に乗っています。
「あなたの組織に入ることにしたの。とりあえずあなたの手伝いをするように言われたわ」
「マジか……。なんも聞いてねえぞ、おい」
小町のやろう、要らんマネしやがって……、と魔法使いはぼやきますが、特に抵抗したりはしません。社畜根性が骨まで染み付いた彼には、抵抗しても無駄だと分かっているからです。
「とりあえず乗りなさい。目的地までけっこうあるわよ」
「……ま、少なくともそれは有難いか。ていうかなんで俺は歩きなのに新入りに馬車が支給されてんだ……?」
魔法使いは文句を言いながら普通に馬車に乗り込みます。楽するためなら扱いが悪いくらい気にしません。
魔法使いはシンデレラに聞きました。
「……お前、なんでウチに入ったの?」
シンデレラは笑って答えました。
それは小さな、本当に小さな笑みでしたが、とても魅力的な笑顔でした。魔法使いが思わず見とれてしまうくらいには。
「世界を変える仕事なのでしょう?面白そうじゃない。私にも手伝わせなさい」
その後、世界のあちこちで目の腐った魔法使いと、彼を奴隷のようにこき使う美少女の姿が目撃されるのですが、それはまた別のお話。
また数年後、陽乃という魔王が突如現れて王座を簒奪した挙げ句、全世界に宣戦布告して瞬く間に世界征服に王手をかけてしまいます。
そして雪乃という名の女勇者が、反乱軍を率いてそんな彼女に戦いを挑むのですが、それもやはり別のお話です。