大前提として。
この世界には魔術というモノが存在する。
様々な事象を非科学的な方法で発生させる世界のもう一つの法則。
事象というと、攻撃、防御、回復などと言えばわかりやすいか。思わずRPGでも想像するかもしれないが、MPを消費して発動するような単純なものでもない。
攻撃をしたければ、何で攻撃をするのか。
それは剣であるかもしれないし炎であるかもしれない。
防御をしたければ、どう防御するのか。
盾を呼び出すのかもしれないしバリアを張るのかもしれない。
回復をしたければ、どんな症状を回復するのか。
切り傷であるかもしれないし火傷であるかもしれない。
と。
大雑把だが、魔術の種類が豊富であるということには気付いただろう。物一つ浮かせるのにも、北欧神話やギリシャ神話など引用する方式は多岐にわたるというのだから、どれだけの種類があるのかは想像もできない。
そんな数多ある魔術のうちの一角に『空を飛ぶ魔術』が存在する。
それこそRPGでもよくある普及された魔術だ。だが、一般的ということは対策も早いということである。意外にも飛行術式は一昔前にとある《魔術》が編み出されてからというもの、退廃が進む一方だった。
魔術の名は《ペテロの撃墜術式》。魔術的飛行物体を絶対に撃ち落とすソレにより、現在魔術師が空を飛ぶことは無くなった。
そんな時代。そんな背景。
しかしながらここに一人……悠々と空を漂う魔術師の男がいた。
「次の場所は……」
魔女が被るような黒い三角帽にローブ。オマケに箒に跨っている……その、男と言われなければ気付かないような出で立ちの彼は、自分の周りに浮かんだメモ代わりの文字列を追いながら辺りを見回す。
彼は眼下に広がる雲海の切れ間から街を見下ろすと徐々に、高度を下げて行った。
「んーあ〜、あー!あそこかー」
やけに間延びした声は彼の平常運転の証。いついかなる時もマイペースを貫くその姿勢は、ある意味彼の特徴といえるだろう。
「えーっと、次の配達先は……」
彼は空を飛んでいる。
勿論魔術を用いた方法だ。迎撃術式が確立されているにもかかわらず、彼はそれを微塵も恐れてはいないようである。
理由はただ一つ。
自分の術式に絶対の自信を持っているのだ。
「ね、ネセ……《
彼は誰よりも空が好きだった。飛ぶことが好きだった。
だから彼は、
ーー《運び屋》をしている。
***
「こ、この時代によりにもよって飛行術式ですか……」
イギリス清教第零聖堂区『
それはもう頭だって痛くなるというものである。
いつの時代からタイムスリップしてきたのかと疑うくらいには飛行魔術は廃れているのだ。
魔術の最先端、イギリス清教に向かって超旧魔術で向かってくるとか訳が分からなすぎて頭痛が止まらないということである。
「……は、はい。単純に気が違う者なのか、
「聖ペテロの術式は試さなかったのですか?」
「それが……」
ーー作用しなかった。
神裂はその報告に目を見開いた。
「派生した魔術の《抜け穴》の確認を急いでください」
「は、はい!」
一体どういうことだ。
ペテロの撃墜術式は魔術的に飛行している物には強力に作用する。
防衛術式を展開しようにも一人の魔術師が扱えるレベルなら簡単に貫通できる。
もちろん個人で防御出来ないわけではないが、ペテロの術式の前では生半可な防備は意味をなさない。攻撃を捨て自らのリソースの全てを割くような大規模魔術でもなければ防ぎきることは叶わないだろう。
だがそこまでするなら別の方法をとるのが魔術師というものだ。そしてそれこそが飛行魔術の廃れた理由なのだが……。
そんな中、可能性が大きかった術式の《抜け穴》の確認を指示した部下から神裂は再度報告を受けた。
「判明している《抜け穴》は全て試しましたが……」
「駄目でしたか……」
敵かはまだ分からないが、イギリス清教の中心部に謎の飛行術式を用いて接近しているというだけで、どちらにしろ相手方に覚悟はあるだろう。
そう判断して神裂は決断した。
「私が出ます」
***
「〜♪〜♪」
目的地まで残り数百mともあって上機嫌な魔術師は、鼻歌を歌いながら箒で見事なアクロバットを披露していた。
先程から何やら自分と同種の人間から攻撃を受けている気はするが、そんなことは些細なことである。
彼は魔術的な意味合いを歌に乗せ、飛翔速度を少しあげる。このあとようやく休憩して飯を食べるのだ。早く仕事を終わらせて一息つきたいのは空を飛ぶことが好きな彼でも同じだった。
「ん、何だアレ」
そんな時だった。
前方……丁度目的地の建物から飛び出しこちらに向かってくる人影に彼は気がついた。
と、その人影は彼目掛けてーー
「ジャーンプ……って、ジャンプ!?」
これにはマイペースな彼も驚かざるを得なかった。
何しろ、下げたとはいえ高度はまだ百mはある。それをただのジャンプで接近されるとは思わないだろう。
確かに肉体を強化したり軽く飛翔する分なら魔術でどうとでもなる。
しかし飛行術式同様メジャーな魔術には対抗術式の存在がつきもの。
視界に捉えた瞬間、彼は鼻歌に乗せる意味をそのまま思いつく限りの対抗術式に変更したが、相手に変化は見られない。
つまり、
「純粋な身体能力……?」
驚きを通り越して恐怖すら感じた彼は、すぐさま狙いを外そうと箒の飛翔スピードを上げ
ーーようとした時にはもう遅かった。
「こんにちは」
「! ……どうも」
箒の柄の先にシュタッと着地した人影改め女の人(仮)は、長い刀に手を添えながら会釈をした。
動揺して箒がぶれなかったのは彼自身驚きだったが、何とか持ち直し挨拶を返す。
「え、えーっと……どちら様でしょう」
「それはこちらのセリフです」
「???」
「あなたこの近くに何があるか分かっていますか」
「ロンドンの時計塔」
「そ、そういうことではありません!」
「じゃあドーヴァー海ky」
「そういうことでもありません! 普通真っ先に必要悪の教会が出てこなくてどうするのですか!」
ーーなるほど! 配達先の!
合点がいった彼は指を周りの文字の上に置く。すると、いつの間にか彼の手の上に中ぐらいの荷物が現れていた。
「受取書にハンコおねがいします」
「……え?」
「あ、聞こえませんでした? 受取書に、ハンコを、お願い、します」
「……え、っと……どういうことでしょう」
「ハンコが無ければサインでも全然構いませんよ?」
「……サイン?」
「ボールペンならこちらに」
「いやそうではなく」
「あ、一応料金は発生しますが今後もご贔屓にしてもらえるよう、初めての方には半額でご提供させていただいてます」
「いやそうでもなく」
「お客さーん、上手いね〜。じゃあしょうがない、出血大サービス! 6割引きで手を打たないかーい?」
「だからそういうことじゃないって言っているでしょう!!!」
とうとうキレた。
「あなたは何者なんです! イギリス清教に喧嘩を売っていると理解しておいでですか!」
魔術師は数秒目を瞬かせ首を傾げ、ようやく納得が言ったかのような表情になる。ポンッと両手を合わせて彼は言った。
「なるほど、話が通っていなかったんですか〜」
「?」
「では幾つか確認を取らせていただきますが、あなたがイギリス清教若しくは必要悪の教会の関係者であることを証明できる物はありますか?」
「……え、えーっと身分証明書とか……そ、そういうことですか?」
何やら本当の配達業者のような質問にしどろもどろになる女性。
彼女は必要悪の教会だという証拠を外部の者に見せるなど愚の骨頂であると理解しているはずだが、馬鹿正直に答えてしまった。
「すいません。今持ち合わせては……」
「いやー、いけませんよ。今のご時世個人情報の価値は高いんです。いざと言う時に有ると無いとではかなり違いますからね」
「……申し訳ありません」
これは困った……と彼は考え込むと周りにフヨフヨしていた文字列を指でなぞった。
「あ、そうだー。依頼主から言われてましたね」
うんうん!
と元気に頷く彼を見て、女性は不思議に思ったが続く彼の言動に自分の侵していた間違いに気づく。
「ちょっと厳しいと思いますが頑張ってよけてくださいねー」
瞬間。
周囲に明確な形を持った風が渦を巻いた。
「なっ!」
常人には視認すら難しい速さの風が殺到する。この完全なる不意打ちは普通の魔術師には回避不可能。全方向から襲いくる攻撃に死角は存在しない。
だが、女性……神裂は例外だ。
彼女は魔術師であると同時に〈聖人〉である。身体能力だけで魔術師と渡り合えるほどのイレギュラーだ。
神裂は箒から飛び降りると、急降下。どこまでも迫ってくる風をギリギリでかわし、思考する。
(やはり……敵だった!?)
あまりの敵意の無さに、人の良い彼女は完全に油断していた。しかし、魔術によって形作られたであろう風が出現した時の殺気は本物だった。
「全く私はいつもいつも……!」
甘さが原因で周りに迷惑をかけてばかり。
今回だって、ここで飛行術式を使う魔術師を止めることが出来なければ仲間を危険に晒すことになる。
必要悪の教会のメンバーはいずれも強者揃いだが、あの魔術師はやばい。
ペテロの術式が通用しない飛行術式を持ち、得体のしれないーー仲間の赤髪の魔術師が扱うルーンとも違うーー文字の術式。
どれをとっても異常の一言に尽きる。更にパワーによるごり押しとも違う、あの掴み所の無い飄々とした態度。
危険だ。
そう断じた彼女に、もう油断は欠片ものこっていなかった。
「あのー」
隙などなかった。そのはずだ。
「なっ」
背後にいたのだ。トンガリ帽子の魔術師が。
それは、幾ら聖人の神烈でも致命的な隙。
反応から腰の長刀の柄に手を伸ばすまでコンマ数秒、だが唯閃も七閃も発動する前にやられる。
「やだなーそんな構えないでくださいよー」
特大の攻撃が来る……!!
とか勝手に思っていた神裂を不意打ち気味に間の抜けた声が襲う。
「合格です。貴方が神裂火織さんですね。土御門元春様からお届け物です」
え?はい?土御門?
目を白黒させる神裂を他所に、何やら丁寧に包装された箱を差し出してくる彼。驚きと困惑のモンタージュで絶賛パニック中の神裂は何の警戒心も無くその箱を開けた。
*
この前言ってた堕天使エロメイドのコスチュームだにゃー!
これで誘ってやればカミやんなんてイチコロだぜぇー?
PS.どうせねーちんの事だから運び屋に切ってかかったりしたんじゃないかにゃ? ソイツにはねーちんの見分け方をそういうギリギリの衣装が好きな、動きが
*
「この腐れニャーニャー陰陽師があああああああああ!!!!!!!」
大事な部分が隠れ……ているようでギリギリ隠れていない服と共に添えられた一つの手紙。糞外道妹萌え変態男からのソレの意味するところ。
つまり、
「あの……運び屋ってのはそういうところ割り切ってますから。良いんですよ。全然気にしてないですから」
「引きつった笑顔で言われても説得力ゼロです……」
「今後もご贔屓にお願いしますネ」
「どんなお客さんでも平等に対応しようと心がけているのだと察してしまいましたがそういうリアルな反応をされると私の恥ずかしさがキャパシティーMAX振り切っちゃうので本当にやめてくださいお願いします」
「料金はいらないんで!はい。さようなら」
「え?さっき半額って」
目にも留まらぬ速さで箒に跨って引きかえすーーというより逃げ帰るーー彼を見て、
「土御門。貴方覚悟出来てるんですよね」
ボソっと呟いたその言葉に『にゃんだ今の悪寒は!?』と言った暗部で陰陽博士の男がいたとかいなかったとか。
そういえば純粋な禁書二次書いたことねえなって思って前に考えてた奴を仕上げた。最近禁書ss少ないよね。増えろ。
需要ありそうなら連載します(たぶん