恋と禁忌と古代魔法   作:ラギアz

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第七話「決別」

 眠っている父へ向けて、言葉を発する。手に持った荷物から花を取り出して、墓へと供えた。

 来るのは久しぶりだ。今日が、父の10回目の命日。

 死んだのは十年前の今日。その夕方だった。それまではごく普通の休日で、当時五歳だった俺は姉とリノと遊んでいた。鮮明に覚えている光景を思い出すも、直ぐに頭を振って消し去る。

 目を閉じて黙祷。隣のリノは見えないが、静かで風音しか聞こえないのを感じると彼女も黙祷をしているらしい。

(……えっと、こんな事を言うのはなんだけどぶっちゃけリノに嫌われました)

 黙祷を終えて、墓に刻まれている文字を見ながら墓石を軽く拭いていく。

 その最中にだが、俺は父に話しかける。と言っても、一方通行の独り言にしかならないが。

(うん。オリジナル魔法なんて慣れないことはするもんじゃないね。……泣きそう)

 情けない事しか考えてない。言えない。母にもリノにも言えず、父や姉に相談も出来ない。フェオに言うのも少し気恥ずかしいから、どうしても色々ここで打ち明けてしまうのだ。

(勉強も大変だし、魔法戦闘の試験なんて低評価しか見えないんだ。ロキとフェオは、上手くやれそうだけどね)

 リノにも嫌われ、目の前に迫る中間試験で上手く行きそうな事は何一つ無い。

 お先真っ暗、という奴だろうか。15歳にして何を悟っているのだろうか。

 いや、少なくとも、だ。

 嫌われ続けたとしても、中間試験で余り良い点数が取れなかったとしても。

 10年前に、父と約束した事は忘れない。

 俺はここで毎回、心の内を吐き出して、腹を括るのだ。

 

(……悪魔落ちした姉は、まだ助けれてない。でも、俺が一生を懸けてでも父さんの残した力で姉を救って見せるから)

 

 悪魔落ち。

 禁忌。

(救って、そして、俺は誰かをこの手で守る助ける。どんな事があっても)

 父は、その所為で死んだ。

 

(それが、俺の……人殺しの、背負う罪であり、贖罪だ)

 

 ☆★☆

 お墓の掃除が終わり、時刻は昼前。やる事はやったのでさっさと帰って勉強しなければ。くよくよしていても、現実は変わらない。何か行動しなければ、何も変わりはしない。

 ……そう、目の前に居る仏頂面のリノとの関係も。

「じゃ、帰るわよ。さっさとして」

「うん。分かった。ちょっと待って」

 リノの低い不機嫌そうな声に答えて、道具をバッグにしまう。腕まくりしていた袖を直して袖のボタンを留めて、彼女へと右手を向けた。

「……何よ?」

「ちょっと、だけ、良いかな?」

「魔法? ……ふざけないで。貴方が私に催眠魔法とか麻痺魔法とか掛けても無駄だからね? それにそれ、犯罪よ?」

「大事な事なんだ」

 俺の言葉に、リノは一度足元の小石を蹴り飛ばす。それでも動かないでいると、やがて諦めたのか彼女は両腕を大きく開いた。そのまま視線で俺を射すくめ、早くしろと口で言わずに急かす。

 その様子を確認して、俺は魔力を放出。深夜中、付け焼刃ではあるが徹底的に練習した魔法解除魔法『ディスペル』の魔法式通りに展開、変換をする。

 やがて浮かび上がる魔法陣。白い光と共に、魔法を解除する光線が放たれた。

「……『ディスペル』?」

 何の魔法かに気が付いたリノが、訝しげに眉を顰める。胸の中心に当たり、光が圧縮され。

 次の瞬間。リノの体全体を覆う、桃色の魔法陣が突如現れた。

 自分の体から現れた見たことも無い魔方陣にリノは驚き、目を見開く。予想通りの展開だが、しかし俺も動揺を隠せないでいた。

 ……その桃色の魔方陣には、黒色の鎖がクロスに巻き付いていたのだった。

 そしてその鎖が意味をするのは、逆転魔法の効果下にあるという事。同じ事に気づく、学年一位秀才のリノ。『ディスペル』が浮かび上がった魔法陣に突き刺さるも、効果は無かった。やがて白い光が消えると同時に、桃色の魔法陣が音も無く消え去る。

「ちょっと……ちょっとセベット!! 今の何なの!?」

 詰め寄ってくるリノ。焦り、混乱、怒り、不安が入り混じった不安定な表情を浮かべて、俺の胸ぐらを掴んだ。

「今の魔法陣は何!? あの鎖って逆転魔法の奴よね? それに、どうしてあんたが私に『ディスペル』かけてんのよ!! 知ってたんでしょ!? あの魔法が私に掛かってる事を!」

 叫び、声を大きく張り上げる彼女の声は俺の耳に届いていなかった。

 それよりも、深く黒い濁った物に包まれている感覚が脳を支配している。蘇る、昔の記憶。忘れたいけど忘れらない、忌まわしき過去が頭を過る。

「どうして、逆転魔法が掛かった魔法が私に掛かってるのよ!! それにあの魔法陣、見たことも無いオリジナル魔法じゃない!」

 そうだ。

「オリジナル魔法ならまだ分かる! 私は敵が多いと思うし、いつ掛けられても不思議じゃ無い! それこそ、私が一人の時を狙われたって防げやしない!」

 そうだろう。

 リノに妬みを持つ人間が居て、それがオリジナル魔法を陰からかけたとしても気づきにくいだろう。いや、寧ろ気づいてもそれを指摘できない状況に持ち込めばいいし、少し魔法式を複雑にすれば『惚れ魔法』のように前後の記憶をほんの少しだけ消すこともできてしまうのだから。

「でも! どうして、何で!? 何で――――」

 そこじゃない。

 リノの困惑、叫びの真意。それは、そんなオリジナル魔法とか些細な事じゃない。

 

「何でっ!! 悪魔落ちした人間が居るの!?」

 

 悪魔落ち。

 それは悪魔と契約を結び、自身の寿命の半分を相手に渡す事で、

 

 人間の限界を超えた魔力と力、悪魔にしか使えない強力な魔法を使える様になった人間の事を言う。

 そして。

 ……俺の、姉であるサータ・ティークの成れの果て、だ。

 悪魔は、人間とは違う世界に住んでいる。互いの世界には基本的に干渉できないが、稀に才能を持ち、膨大な魔力を持って生まれてくる人間が居るのだ。

 彼らは悪魔に干渉出来る。そして生まれるのが、寿命を売り飛ばして願いを叶えて貰い、悪魔の魔力と魔法を手に入れる悪魔落ち。禁忌と呼ばれる理由は、一重に悪魔と同じ力を持つという点に集中する。

 全世界が、禁忌に定める程、悪魔落ちは強い。それこそ、一人で国一つ滅ぼしかねないくらいに。

 それを止められるのは、封印された十二の古代魔法くらいだろう。

 逆転魔法とは、悪魔固有の魔法の一つである。魔法の効力を逆転させる魔法。

 しかし、悪魔落ちとは基本的に知識だけ知っている様なレベルで、常人は大して怖がらない。

 だが、俺とリノは違う。二人には、共通している景色がある。

「……分からない。才能を持って生まれちゃったんだろ。……誰かも、分からない」

 絞り出す声。

 胸に下げている鍵が、やけに冷たく感じられる。

「でも、姉よりは劣る筈だから。……何かあったら、俺がお前を守るから……」

「貴方に何が守れるの!?」

 感情が、爆発したらしい。

 悪魔落ちの恐怖を知る彼女は、得体のしれない魔法に掛けられている事実もあって半ば何時もの自分を見失っていた。

 それを止める事すらも、俺には出来なかった。

「十年前だって! 貴方のお父さんは死んで、姉は暴れまわってるのに貴方は何もしなかったじゃない! 私が魔法に撃たれても、何もしなかったじゃない!」

 そして、彼女は俺の首から下げていた鍵を紐ごと千切って、昼間の太陽の下に翳した。

「この星の鍵だって――――何も守れない貴方が、ただ罪悪感を感じて贖罪をしてる気になってるだけでしょ!! ただの自己満足しか出来ない人が、守るなんて言わないでよ!!」

 星の鍵。金色に光る、父が最後に俺へと託した物だ。

「人殺しが何かを守るなんて、無理なのよ!! 貴方は周囲を傷つけて、破壊して、暴れまわるだけの殺戮者……私を守れなかった、貴方が偉そうに言わないで」

 地面に鍵が叩きつけられる。家の鍵とぶつかり、音を打ち鳴らし。

 一回跳ねてから落ちたそれを見もせずに、リノは俺を強く睨み付ける。

「私は昔、貴方が好きだった。……ええそう。昔、ね」

 そして、リノは一人去っていった。俺を取り残して、来た道を引き返していく。

 呆然とその様子を眺めることしか出来なかった。ただ、そこで取り残される内に晴れていた空は暗くなり、やがて、雨が降り始めた。


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