恋と禁忌と古代魔法   作:ラギアz

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第十二話「前触れ」

 ベッドで眠りに付き、起きて、夕食を食べて、寝る。

 起きて学校に行って授業を聞き流して勉強もせずに帰ってくる。就寝、夕食、就寝。

 中間試験まで、二週間と少し。僅かな時間で、補修地獄の結果が悪ければ最悪退学もあり得る。

 その事実を理解していながら、俺は何もしようとは思わなかった。

 全てから目を逸らして、だらだらと生活をする。リノとの関係が離れた事も、もうすっかり皆の中では過去の事。あいつとの関係は、ただの同学年だ。

 成績優秀者。強い力を持ち、魔法戦闘でも勉学でもトップに立つ少女。

 方や、成績底辺。魔法戦闘も勉学も下の方で、努力もしない弱い少年。

 そう、これで良い。

 あいつとの幼馴染と言う関係は終わった。ただ長く一緒に居る。それだけでは特別にはならず、何も進展は無い。あるハズも無い。

 戻るべき、いや、あるべき終着点に辿り着いたのだ。

 遅かれ早かれ、あいつとは疎遠になる運命だった。それが早まっただけの事。

 罪も贖罪も、最早何も残っていない。机の上に放置されている星の鍵は、ただ窓から差し込む光を受けて反射するだけ。

 起きて、学校へ行く支度をする。制服を着て、ネクタイの位置を調整する。鏡の前で最低限の寝癖を正し、バッグを肩に掛けた。玄関に取り付けられている鏡をちらりと見ると、大分痩せ細った俺が居た。

 ……そうか、最近は朝食を抜いてたし、夕食も粗末な物だった。

 昼食も残すし、あいつが作ってくれていたバランスの良い食事は消えたんだ。

 意識すると、急に脳は空腹を訴える。靴を履いて外に出て、鍵をしっかりと閉める。

 隣からも玄関を開ける音が聞こえたが、気にしない。ふらふらと足元がおぼつかず、時々視界もぼやける中で通学路を歩き始めた。

 力の入らない体で、道行く人々の間をすり抜ける。

 肩が触れただけで倒れそうだ。魔力も、十分な休息が取れていないからか全然回復していない。授業で勿論魔法を使うので、このままだと魔法を発動させる事が出来なくなり評価は最低だろう。

 魔力は、十分な休息で回復する。睡眠や食事、お風呂等だ。

 しかし俺は睡眠は浅く、食事は少なく、お風呂はシャワーだけで済ませている。十分な休息と呼べるものは取れていない。

 十中八九それが原因で今ふらふらしていて、魔力が枯渇している。

 正直な所、大分辛い。道行く人の中に、同じ制服を時たま見かけながら学校へ。始業の何分も前に着いてしまい、教室に入ってもフェオは居なかった。

 いつも遅刻寸前で来るから、見てるこっちが冷や冷やする。

 起きていても腹が空くだけ。少しの間だけだが、寝ていよう。一時間目は体を動かす体育だし。

 椅子に深く座り込んで、机に伏せる。窓の外は雲が多めだが青空が見えて、良い天気と呼んでも差し支えは無いだろう。もっとも、俺の心はどちらかというと暗い暗い曇天なのだが。

 睡眠が浅いからか、目を閉じると直ぐに睡魔が襲い掛かってきた。

 その欲求に従い、意識を深く深く落としていく。教室の喧騒をBGMに、やがて思考も消えた。

 

 一時間目は、体育。校庭へと出る皆の姿は半袖半ズボン。綿や革で出来ている、軽い素材の物だ。

 やる事はまず持久走。その後、魔法戦闘を行う。

 合同授業の為、遠くにはロキとリノが見えた。どちらも友人に囲まれて、体操のペアに引っ張りだこだ。その様子を眺める、俺とフェオ。

「……イケメンは死ねばいいのに」

「お前、ロキは友達だろ」

「うるせえ。イケメンはもれなく敵だ。というかセベット、お前顔色マジで悪いぞ? 大丈夫か?」

「……どちらかと言うと、大丈夫じゃない。朝からふらふらするし、持久走とかマジで爆発しそう」

「爆発かよ。まあ、ぶっ倒れそうになったら直ぐに先生に言えよ? 俺も付き添いで行くからさ」

「それお前がサボりたいだけだろうが……」

「突っ込みに覇気が無いなあ。ま、持久走なんて軽く流せばいいのさ」

 そう言ってけらけらと笑うフェオ。お前は体力があるからそんな事を言えるんだ。

 体操を終えて、少し呼吸を整えてから持久走へと移る。二クラス合同授業、全員が一斉にスタートラインに並んだ。かなりの人数に押しつぶされそうになりながらも、中間あたりでフェオと並んで立つ。

 魔法戦闘は遠距離が主体。接近は、リスクが大きくリターンが少ない。

 しかし、遠距離で戦う上でも体力は必要になる。打ち消しきれなかった魔法の回避、相手の隙を突くための予想出来ない方面からの魔法行使等。素早く移動しながら戦えば、それだけ魔法を当てられにくくなる。照準が合わない上に、魔法は直線的な動きが多いからだ。

 持久走も、魔法に関係ないように見えて魔法戦闘の一環に入るだろう。

 リノもロキもフェオも、魔法戦闘がある程度出来る人間は持久走も得意である。俺はと言うと、下から数えた方が圧倒的に早い。

 憂鬱でしか無いメニュー。先生が爆発魔法で合図を鳴らす準備をしている合間に、突然フェオが居る反対側から肩を叩かれた。

「や。久しぶり……って言うほどでも無いかな? セベット」

「……梓。お前、授業出るのか?」

「酷いなあ。確かにサボり気味だったけど、これは実技だし合同授業だからね。セベットのクラスとは違うけど、まあ今日は君が居るから出てみた」

 長い黒髪をポニーテールにして纏め、にっこりと微笑む梓。青い瞳が細められた瞬間に、バン! と空中で魔法が爆ぜた。

 合図と共に走り出す、全員。序盤から飛び出したのはリノとロキで、フェオも最初だというのにぐんぐん追い抜いて前へ行く。どんどん抜かされていく俺の隣に沿って、梓は走っていた。

「大体ね、この学校で習うような事は全部覚えてるし、知ってるんだ。一回授業に出たけど、そんなに私の役には立たなかったんだよね。『メテオ』も『カノン』も、使えるって言うのに。1+1を習うのは、つまらないだろう?」

 余裕そうに言う梓は、続ける。

「ま、中間試験には出るつもりだけどね。……授業でしか成績付けてないから私は成績最下位だけど、まあ中間試験の結果は高めでしょ」

「……リノよりも?」

「あの金髪の子? 今先頭の? ……多分、と言うか……その、楽勝じゃないかな」

 リノを見て、楽勝と言える人物を俺は一人しか知らない。

 しかしここに二人目がいた。根拠は? と促すまでも無く、梓は口を開く。

「そのね、彼女は確かにずば抜けてるけど……それでも、私よりは未熟だと思うんだ。魔法戦闘とか見てても、どうしても彼女は中級から上級と呼ばれる範囲の魔法を使いすぎるよね。魔法が、単調なんだよ」

 ……あの豊富なバリエーションを、単調?

 どうしてそう言えるのだろうか。そう思い、梓の瞳をのぞき込み、息を飲む。

 ――――そこには、現実が写っていない様に見えた。

 深い深い青。沈む様に、引き込まれるような色彩を持つ瞳は仮想を映している様だった。走ってはいるが、俺では到底見ることの出来ない景色を見ているのでは無いだろうか。

「うん。うん。……うーん、うん。勝てる勝てる」

 何度か頷き、梓はにへらっと頬を緩めた。瞳は、元に戻っていた。

「さあて、じゃあ少し本気出すよ。じゃあね、セベット」

「お、おう。じゃあな」

 笑いながら手を振って来て、それに返す。すると彼女は直ぐにペースを上げて、どんどん遠ざかり、有象無象を抜いていく。やがて先頭集団に追いつき、更にそこから飛びぬけて居るリノ、ロキ、そして体力だけはあるフェオの元に辿り着いた。

 ここからは聞こえないが、どうやら梓は三人に話しかけているらしい。時々笑っている三人を見ながら、しかし俺のペースは落ちていく。

 本格的に、体調がやばそうだ。倒れかけるも、この集団から一人抜けるのは気が引ける。抜けるに抜けないまま、そのまま持久走を走り続け……タイムは、過去最悪だった。


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