パスカルの村を出て真っ直ぐに商業施設跡に向かった三人。
道中でも9Sがぷんぷんと怒っていたのだが、7Sはそれをあまり気にしていないようだった。
自分が何か話しかけると下手をすると火に油を注ぐようなものだと理解しているからであって、その選択は正しい。
ただ、放っておくのはそれはそれで9Sが怒ったままになるので適切な会話をしなければならない。
「9S、そんなに怒るなって。今回は乱暴だとしても悪くない選択だと思うぞ?」
「そうかもしれませんけど、あのタイミングであんな風に言われたらふざけてるようにしか思えません!」
「まぁ、少しふざけたってのはあるけど……」
「ほら、そんなのだから僕は怒ってるんです!」
火に油とまではいかなかったが、それでも9Sの怒りを治めることは出来なかった。
どうしたものかと考えている7Sを見て2Bは9Sへと声をかけた。
「9S、7Sも反省しているみたいだからそろそろ許してあげて」
「……本当に反省してるのかどうかわからないので許しようがありません」
「7S、反省してるよね」
「反省っていうか……あー……ふざけるにしてもタイミングを考えないといけないかなぁ、って」
「本気でそう思ってくれてるなら良いですけど……本気で心配してるときにああやってふざけるのはやめてくださいよ」
「わかった。次からは気をつける」
「…………はぁ、本当に7Sは……」
気をつけると言った7Sを見て、9Sはやれやれとでも言うようにため息をついてからそう呟いた。
この場合は、気をつけるとは言っているが本当に次にそんなことはしない、という確証はない。それどころか、ついうっかりだとか、忘れてしまっていただとかでふざけてしまいそうだ。
それを理解しているから9Sはため息をついたのだ。それでもなんだかんだで許している辺りが9Sの優しさというか、甘さというか。いや、相手が7Sだから、というのもあるのかもしれない。
「7S、あまり9Sを困らせたり怒らせたりしないようにね」
「はいよ。でも、商業施設跡か……」
「何かあるの?」
「いや……マンモス団地でも思ってたことだけど、旧世界の人類ってのは物資が大量にあったんだなって。
オレたちが利用するにしてもバンカーの端末とか、レジスタンスキャンプの道具屋とかそのくらいだけど旧世界では商業施設跡みたいなのが幾つもあったって話だ」
「へぇ……そうなると、販売されてた物の種類も沢山あったってことですか?」
「そうだ。食料、衣服、家具、娯楽品その他諸々。色んな物が多種多様に揃ってたんだってさ。
それが良いことなのか、あまり良くないのか、オレには判断しかねるけど」
「どうして?物資は多ければ多いほど良いような気もするけど。
何かあったときに手元にないと困るよね」
7Sがどうして良いことなのかどうかわからないと言ったのか、その意図がわからなかった2Bがそう言った。
9Sも同じことを思ったようでうんうんと頷いていた。
「いや、旧世界の文献によると人類は何かを得た際にはそれで満足するのに、すぐにそれ以上のものが欲しくなるんだって。だから物資があっても、次はあれが欲しい、これが欲しい、それが欲しいって際限がなかったらしい。
もっともっと昔は一つの物を大事にして壊れるまでの長い間大事に使って、壊れても修理してまた使う。ってやってたのに人類が滅びる前は壊れたり、少し調子が悪くなったら新しい物に買い換えたりもしてたとか。
なんていうか、新しくて良い物が欲しいから壊れたらもうそれは用済みって、何か嫌なんだよな……」
「それは……確かに言われてみると何だか嫌ですね……」
「……もしかすると、人類が地上に戻って来たときに私たちもそうなるのかな……」
「…………それはないかな。そんなことには絶対ならない。うん、断言しとくよ」
どうして7Sがそう断言したのか。二人にはわからなかったが、自分たちが不安を感じていることを察して気休めとはいえフォローしてくれたのではないかと思った。断言出来るような根拠も無いだろうに断言することで安心させようとするなんて、不器用なものだ、とも。
そんな二人だから気づかなかったが7Sがほんの少しだけ空を、正しくは月を見上げていることには気づかなかった。
「あ、でもそれなら人類が戻ってきたら僕たちヨルハ部隊ってお役御免ってことですよね?」
「あー……まぁ、ヨルハ部隊は基本的に地上奪還の為の部隊ってことになってるからな……
もし人類が地上に戻ってくるような事態になればそうなってもおかしくはない、と思うけど……」
「だとしたら、僕たちも人類みたいに商業施設で買い物とか出来ちゃうんですかね?」
「人類みたいに、商業施設で……」
空気を変えようとしているのか、9Sが努めて明るい声色でそんなことを言い始めた。
それに返した7Sの言葉は非常に歯切れの悪いものであったが、二人はそんなことを気にしなかった。
何故なら、9Sの言った人類のように、という言葉に思いを馳せていたからだ。
「そうですよ。僕たちアンドロイドも人類みたいに商業施設で買い物をしたり、遊園地で遊んだり、今は廃墟ですけど大きな都市を散策したり……時間は沢山ありそうですから、そういうことだって出来るはずですよ」
「そっか……言われてみればそうかもしれない。
もし、そんなことになって、私たちが本来の役目から開放されるようなことがあれば……そういう穏やかな日が来たって可笑しくはないよね……」
「はい!あ、でも人類が戻ってきても戦闘以外で色々やらなくちゃいけないんでしょうか。例えばちゃんと人類が住める場所の確保とか、食料や水とか……」
自分で言い始めたことだが、だんだんと盛り上がっている9Sを尻目に2Bは自身が本来の役目から開放される日が来るのだろうか。そう思って考え込んでしまう。
ヨルハ部隊として地上奪還の為に任務を遂行するのとは別の、自身に課せられた役目。
もし本当にそんなことになるのであれば、そのことがどれだけ自分や7Sを救うことになるのか。
2Bが少しだけ7Sに目を向ければ、同じように何か考え込んでいるようで9Sの言葉を聞き逃している上に2Bが見ていることにも気づいていない。
「そういった問題が解決して、僕たちも商業施設とかで買い物が出来るようになったら三人で買い物に行きましょうよ。2Bと7Sに似合うTシャツを選んであげますから」
そうした二人に気づかない9Sがそう言うと、2Bと7Sは自分たちの思考を停止させてから9Sを見た。
「Tシャツ……」
「オレと2Bに似合う……Tシャツ……」
「はい!
…………あれ、ダメですか?」
「いや、ダメってわけじゃないんだけど……」
「……そうなったら、楽しみにしてるね」
「あー……だが。その時を楽しみにしとく」
「はい!任せてください!」
Tシャツと言われて微妙な面持ちになっている二人の様子に気づかなかったのか、何故二人が歯切れが悪いのかわからなかった9Sが問いかけると、そうなったら、その時を、と何とも言えない答えが二人から帰ってきた。
それでも9Sは楽しみにしている、と言われたことで上機嫌に返事を返してから、その後もあれやこれやとこうなったらあれをしよう、ああなったらこれをしよう、と言葉を続けていた。
時に同意し、時に曖昧に返事をし、時に引き攣った笑みで言葉を返す2Bと7Sだったがそうこうしている間に商業施設跡へと到着した。
「9S、話は一旦終わり。機械生命体が来るかもしれないから警戒して」
「来るかもって言うか……ポッド」
「報告:商業施設跡上部に機械生命体反応多数」
「本当に近づいただけで敵認定されるんですね!」
9Sがそう言うと同時に商業施設跡の壊れた天井から機械生命体たちが飛び降りてきた。
「森の王、バンザーイ!」
「王の敵を、生かして返スナ!」
「我ら王の騎士団の意地を見せろ!」
それぞれが皆、王という言葉を使いながら襲い掛かって来る。
しかし、強襲して来ることを事前に察知していた三人は自身が何をすべきか判断し、機械生命体たちが着地するよりも先に刀を抜いて戦闘の準備を済ませた。
そして機械生命体が何かするよりも先に2Bたちが動いた。
まずは先制とばかりに7Sが刀を投擲し、怯んだ相手にポッドが射撃による追い撃ちをかける。
2Bは一番近い敵に一足で肉薄すると上段から刀を振り下ろして一刀で真っ二つにする。2Bの持っている刀の切れ味も然ることながら、戦闘モデルということもあって力や技術が高いからこそ出来る芸当だ。
それから9Sは追い撃ちを受けて尚破壊出来ていない機械生命体を斬り、ポッドの射撃で周囲を牽制し、7Sが狙われないように立ち回る。
一番気を使って戦わなければならないのは、実は9Sだったりするのだが本人はそのことに文句はなく、むしろ率先してその役割を担っている。
それでも今までの機械生命体と違って騎士団を自称するだけの統率が取れており、2Bを相手にした場合最も被害が大きく相手に与える損害が少ないと判断したのか一体だけが2Bの前に陣取って2Bの攻撃を防ぐことを選択し時間を稼ぐ手段に出た。
残った数体で7Sと9Sを分断し刀を手放す機会が多い7Sを集中的に攻撃し破壊することを選んだようだった。
「統率も取れてるし判断も早いなこいつら!」
「2B!7Sが!!」
「わかってる!でも、こいつが……!」
どうにかしなければ7Sが殺されてしまうかもしれない。それがわかっている2Bと9Sであったが機械生命体たちの立ち回りの方が一枚上手であり、7Sの救援に迎える状況にはならない。
そのせいで焦る二人であったが、当の7Sはそこまで焦った様子はなく複数体に囲まれながらも何処か余裕があるように思えた。
「んー……一旦離れないとオレがやばいか。ポッド、ミサイルで軽く上に逃げよう。軽くだからな?」
「了解。本来の出力の30%でミサイルを起動」
「そのくらいなら丁度良いか」
そんな会話をしてから7Sはポッドを掴み、それと同時にプログラムを起動したポッドが7Sに掴まれたまま商業施設跡の屋根まで飛び上がった。
そのまま屋根に着地すると周囲に機械生命体がいないことを確認してからポッドには2Bたちの援護を、そして7S自身はコンソールを展開し、ハッキングを開始した。
突然の出来事に動きを止めてしまった機械生命体たちは同型が多かったために、7Sのハッキングによって複数体が一度に爆破され、戦況が一転する。
そして何より、7Sの突然の行動に対して耐性があった2Bと9Sがすぐに戦闘を再開したのに対して、機械生命体たちは7Sのハッキングが終わってから状況を理解して行動を再開した。
その再開までの時間が命運を分け、優勢であったはずの機械生命体たちは2Bの足止めをしていた一体を除いて全て破壊されてしまうこととなった。
それから最後の一体となった機械生命体を破壊しようと思ったが何やら様子が可笑しい。
先ほどまでは悠然と立ちはだかっていたというのに今はわたわたと逃げ回るように走り回っている。
そんな様子に困惑している2Bと9Sの近くに天井から7Sが飛び降りてきた。それに気づいて二人が7Sを振り返ると、7Sも困惑しているようだった。
「あいつ、何で今になってあんな風に走り回ってるんだ?」
「わからない。さっきまでは私と戦っていたのに……」
「仲間がやられたから、でしょうか?」
「騎士団を名乗って、王の為に、なんて言ってたのに自分だけになったからって逃げるのか?
騎士ってのは自分だけになったとしても主の為に命を賭して戦うものらしいんだけど……」
「……なら、あれには何か理由があるってこと?」
「もしそうだとしても、その理由がわかりませんが……とりあえず破壊しておきましょう」
9Sのその判断には2Bも7Sも賛成らしく、7Sが刀を投擲し足を止め、2Bが胴体を真横に真っ二つにした。
それにより破壊された機械生命体は爆発し、どうしてあんな行動を取っていたのかは謎のままだった。それでも目下の問題である機械生命体たちを破壊出来たことに一息つく三人。
そんな三人の前にコロコロと先ほどの機械生命体の頭部が転がってきた。
そしてそれがパカッと割れると中には機械ではなく、丸い骸骨のような物体が入っていた。
「何だ……これ……?」
「……えーっと、あなた方は?」
三人の共通する疑問を口にした9Sとそんな三人を見て同じように疑問を口にした謎の物体。
ただ、7Sだけがデボルとポポルに見せられた写真データに写されていた物体に大きさこそ違う物の同じ物であることを理解した。
それから、あの下着姿の女性が探していたのはもしかするとこれなのかもしれない。とも思った。
「怪しいからとりあえず壊しましょう!2B!」
「え?えぇ!?」
「そうだね、破壊しよう」
「ちょっと待って!!あ、そんな刀を構えないで欲しいかなって……
……に、逃げさせてもらいますからねーッ!!」
7Sが何かを言う前に怪しいから破壊しようとする二人と、その様子を見て逃げ出してしまった謎の物体。
下着姿の女性が探していたことを伝えようかと思っていた7Sの出鼻を挫き、頭部だけのその物体は叫びながら猛スピードで森の方へと転がって行ってしまった。
その際に道を塞いでいたシャッターをぶち抜いて行ったので、爆破しなくても森へと入っていけそうだ。
「何だったんでしょうね、今の物体は……」
「よくわからないけど……もしかすると、敵じゃなかったのかもしれない」
「…………いや、うん、またの機会で良いか……」
謎の物体に対して話しかけようとした7Sであったが、今回は今から追いかけても追いつかないだろうと判断して、廃墟都市周辺にいるのであればまた会う機会があるはずなので、その時に話しかけようと思った。
それに今はあの謎の物体がぶち抜いたシャッターを通って森に入るのが先決だ。
「とりあえず、進もうか。
さっきのがシャッターをぶち抜いてくれたおかげでオレたちも森に入れそうだし」
「そう、ですね……でもシャッターに直撃してもスピードが落ちてなかったって、結構怖いですね。
あのスピードで体当たりでもされたら……考えたくもないです……」
「……7Sなら、確実にばらばらになるよね」
「まぁ、下手をするとオペレーターモデルよりも脆弱かもしれないし……」
「本当にどうして7Sだけそんな状態なのか、疑問しか浮かびませんよ」
「上からは機体の変更は認められない。って返って来るからどうしようもないんだよなぁ……」
「上って……司令官?」
「いや、人類会議」
「…………7S、何だかきな臭くないですか、それ」
「きな臭いな。でもこれは昔からだし、ある程度納得してるから良いんだけどさ。
それに要請してノータイムで人類会議から却下されるのにはもう疲れた」
機体の変更に関しての要請が司令部からコスト面で却下されることは理解が出来る。
だが7Sに関しては人類会議によって却下されているということに、何かあるのではないかと9Sは勘繰った。
それに対して7Sも同意しながらも、既に何度も繰り返して来たことだからと諦めているようだった。
ただ、そういう理由から諦めた。というだけではないようにも感じられたが、それを言及するだけの根拠がなかった9Sは大人しく引き下がるしかなかった。
「納得してるってことは、どうしてなのか理由を知ってるってことだよね。
その理由は教えてもらえる?」
「残念だけど、機密事項に関わるから言えないんだ。オレがそれを知ってる理由は、察してくれると助かる、かも」
理由を知っているなら教えて欲しいと言う2Bに対して7Sはそう返した。
察してくれると、と言われて二人が考えたのはメインサーバーへのハッキングによる機密事項の閲覧だった。
だが本当にそうしたのならばこんな事も無げには言わないはずだ。それにそのことを知ってしまった2Bと9Sもタダでは済まない。
となると、メインサーバーへのハッキング以外の手段を取ったことになる。ただ、その手段が何なのかわからない。
それを聞こうにも、察してくれると助かる。などと言っているのは言う気はないので自分たちで考えてくれ。ということでもある。
であるならば答えを聞こうにも7Sは教えてはくれないだろう。
「はぁ……教える気はない、ってことはわかりました」
「私たちに知られると、あまり良くない?」
「良くないな。これ自体も機密事項に関わるから、これ以上は言えない」
「そうですか……7Sって、どういう機体なのかよくわからなくなってきました……」
「感情がヨルハ部隊の誰よりも豊かだったり、そうした機密事項を知っていたり……それに司令官との関係も、私たちとは違う」
「謎ってのは、多い方が面白いだろ?」
謎が謎を呼ぶ、というように7Sについてあれこれと考えるとわからないことばかりだが、それについて9Sは茶化すようにそう言った。
やはりこれ以上は何も言うつもりはないようだ。
「そんなことよりも今は森に行くぞ。さっきの機械生命体たちは倒したけど、第二陣が来ないとも限らないだろ」
「……まぁ、言われてみれば確かにそうですね。2B、7Sに関してはまた後で考えるとして進みましょう」
「7Sは教えてくれそうにないからね。でも、森はさっきの騎士団を名乗る機械生命体たちの本拠地だから沢山いるはず。二人とも、気をつけて」
「森ってだけあって木の陰とかに隠れられてたら厄介だからな。周囲の警戒とスキャンを忘れないようにしないと……」
7Sに対する疑問は尽きないが、本来の目的を果たすために三人で森へと進んでいく。
当然森の中には先ほど戦った騎士団を名乗る機械生命体たちが潜んでいることから警戒をしながら進まなくてはならないので7Sはそれを口にし、二人もわかっているというように頷き返した。
「あ、でも廃墟都市とは違って本当に森になってるなら景色とか良いだろうし、安全な場所を見つけてから景色を眺めるのも悪くないかもな」
その後にそう続けた7Sの言葉を聞いて二人は一瞬呆けたように動きを止めてしまったが、警戒しなければならないと強張っていた体から力が抜けているのを理解して、仕方ないというように笑った。
先ほどのように統率の取れた相手は厄介で、だからこそ不安などもあったが7Sのおかげで少し楽になった。
ただ、そのことを口にしても7Sは惚けるだけなので何も言わず、ただ心の中で感謝の言葉を浮かべてから2Bと9Sは7Sと共に森へと入っていった。
エミール初登場時のインパクト。
何でお前此処で出てくるんだよ!と思ったのは自分だけじゃないはず。
その後のあの歌を聞いてどうしてこうなった。と思ったのも自分だけじゃないはず。
更新が遅い?なんもかんも残業が悪い。
俺は悪くねぇ!俺は悪くねぇ!!
…………次回更新はなるべく早くします。はい。
提案:森の調査及びに王との接触。
追記、訂正。
仕事が想像以上に忙しくなっており、執筆に時間を取れなくなってきているために投稿を一時的に停止します。
毎日残業且つ休日出勤ばかりの現状で執筆は不可能と考えてこのような措置にさせていただきました。
投稿を楽しみにしてくれている方々には大変申し訳ありませんが、どうかご了承ください。