インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
織斑先生との三者面談を終えた翌日、俺はIS学園へと護送されていた。
なんでもIS学園への入試を行うためだとか。
ただ、貴重な男性ISパイロットということもあり入学事態は既に決まっているため、実質形骸的な試験である。
どちらかというとどの程度ISを動かせるのか、ということが試験の目的らしい。
(入学試験か、筆記なら何でも満点を取る自信はあるが、実技とはね……)
(ようやくISを動かす時が来ましたね。大丈夫です、紫電ならば問題ありません)
(ま、なんとかなるだろう)
到着した先はそこそこの広さがあるグラウンド、第三アリーナだとか。
俺はどうやらここでISを使って教官と戦えばいいらしい。
「初めまして、千道紫電君。私が教官の山田真耶です。よろしくお願いしますね!」
「よろしくお願いします」
どうやら目の前にいた人が教官だったようだ。
真っ先に目を引く巨乳におっとりした雰囲気、ISスーツこそ着ているものの正直あまり優れたISパイロットには見えない。
(だけど、そういう人に限ってすごい人だったりするんだよな)
(少なくとも教官、つまりISの教科を教える立場にある存在ですから、侮るべき相手ではないと考えます)
(言われなくてもわかってるさ、油断はしねえ)
しかし、俺もISスーツができたらこれに似た格好をしなければならないのだろうか。
露出度が高すぎると開発者は思わなかったのだろうか……。
ちなみに現在の俺の格好はISスーツが無いので、半袖黒Tシャツにカーゴパンツというなんともラフなスタイルである。
「千道君はこちらのISを使ってくださいね」
試験用のISコアを受け取ると、早速ISを展開する。
展開されたISは練習機『打鉄』のようだ。
「えっと……随分早く展開できるんですね」
「え?」
俺が打鉄の展開にかかった時間は約0.8秒。
他に比べたことが無かったので気付いていなかったが、ISの展開にはもう少し時間がかかるものらしい。
「まぁ、細かいことは気にせずに。そうだ、試験前にウォーミングアップさせてもらえませんか?俺初めてIS動かすんで」
「構いませんよ。では私は向こうで待っていますので、準備が済みましたら始めましょう」
まずは打鉄を装着した足でスタスタとアリーナ内を歩く。
靴を履いて歩くのとあまり変わらないような気がする。
続いて軽くダッシュしてからの幅跳び。
これも全く違和感がない、これはかなり調子良く動けているのではないか?
調子に乗って浮遊した状態でスラスターを起動し、ブーストの具合を確かめる。
(うおっ、結構速いな。それに慣性が強え!)
(ISのハイパーセンサーに慣れればもっと機敏に動けると考えます。ただ、これは練習機なので最適化が行われません。なのでこの試験中は我慢するしかありません)
(最適化すればこれ以上に動きやすくなるのか、そいつは楽しみだ!)
脚部スラスターを最大の力で吹かして急加速する。
また、足の向きを変えて方向転換すると、空中を加速しながら武装を確認することにした。
(武装は近接用ブレード「
(練習用というだけあって比較的癖の無い武装のようです。ISに慣れるにはちょうど良いでしょう)
早速俺は近接用ブレード「葵」を展開する。
これもほとんど重さを感じない、腕と一体化したような感覚だ。
一旦ISを使った機動を止め、葵を振り下ろし、切り上げる。
ただ残念なことに、俺は剣道についてはあまり詳しくないため葵の振り方がこれで正しいのか全く分からなかった。
もう一つの武装「焔備」は本番で使えばいいだろう。
的も無くライフルの使い勝手を把握するのも難しいしな。
「お待たせしました。ウォーミングアップはもういいんで、試験を始めましょう」
「は、はい!始めましょう!」
突然声を掛けられたせいか、山田先生は驚いていた。
若干動きもぎこちなく見えるが大丈夫なのだろうか、この人は。
◇
織斑千冬はアリーナ上部にあるモニタールームから紫電のことを見ながらプライベート・チャネルで山田真耶と話していた。
「……山田君、今のISの展開を見たか?IS展開速度約0.8秒、とても初心者とは思えん」
「でも確かにISを展開したのは今日で二回目のはずですよ!?」
「あぁ、その筈だが練習用ISを0.8秒で展開するなど相当の熟練者でなければできない技だ」
「私がラファール・リヴァイヴを展開するのも一秒をちょっと切るくらいですからね……ひょっとしてすごい才能の持ち主なんですかね?」
「あの動きもだ。ISを使っての移動に跳躍、スラスターを使った加速、そして武装の使い方。どれも初心者の動きではない」
「うぅ、本当に初心者なんですよねぇ?これから試験しなきゃいけないのに、コテンパンにされてしまったらどうすればいいんですかぁ……」
「……山田君、まずは落ち着け。千道は初心者で、君は私も信頼しているISパイロットだ。何も気にせず、堂々と戦えばいい」
「ありがとうございます、織斑先生。が、がんばります……」
織斑千冬の目から見てもはっきりわかっていた。
山田先生は緊張している、と。
一夏の教官を務めた時も山田先生はガチガチに緊張していて、そのせいで自滅してしまった。
(千道が一夏以上のポテンシャルを秘めているのは間違いない。後は実際に見るしかないか――)
結局山田先生は若干の緊張を残したまま試験が始まってしまった。
◇
「山田先生、よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします」
アリーナの中央で山田先生と礼を交わす。
やっぱり緊張しているんじゃないかこの人、大丈夫なのか?
互いに後ろに下がり、少々距離を取ったところで織斑先生の号令が響く。
「試験始め!」
俺は号令と同時にスラスターを全力で吹かし、近接用ブレード「葵」を構えて山田先生の方へと飛び込む。
打鉄には様々な特徴があるが、生憎まだ参考書も読んでいない俺には打鉄の長所が理解できていなかった。
ただそれでも真っ先に目に入った打鉄の特徴、肩部の物理シールド。
これを使わない手は無いと真っ先に判断していた。
(相手が緊張しているのであれば機先を制してそのまま押し切るッ!)
肩部の物理シールドを使ったタックル。
俺が先手として使用した戦術はそれだった。
「……っ、
俺の殺気を感じ取ったのか、山田先生もスラスターを起動して横方向へ動き、タックルの軌道上から逃れる。
(やはりタックルは避けるか、だけど狙いはそこだぜッ!)
シールドの陰から飛び出した俺は山田先生の方へと向きを変え、再度スラスターを吹かす。
そのまま一気に距離を詰めると、片手で持った近接用ブレード「葵」で全速力の突きを放つ。
「あうっ……!」
意表を突いた突きは命中したにもかかわらず、山田先生のシールドエネルギーが減ったのはほんの僅かだった。
突きが命中する瞬間、半身をひねって被弾した面を減らしていたのである。
(今の突き、かなり速い……!)
(……そこだッ!)
突きが放たれてから刹那の直後、山田先生のシールドエネルギーが大きく減少する。
突きからの流れで放たれた薙ぎ払いが山田先生にクリーンヒットしていた。
通称突きは死に太刀と呼ばれ、当たれば必殺の威力を持つが避けられれば無防備な姿勢を相手にさらしてしまうという大きな欠点がある。
そこで突きを回避された際、そのまま横に薙ぎ払う形につなぐことで相手を仕留めるという訳だ。
その技の名は平突き。
かつて日本に存在した組織「新撰組」、その一員である斎藤一が得意としていたとされ、俺はその知識を基に実践していた。
その目論みは成功し、山田先生に薙ぎ払いをクリーンヒットさせることに成功したのである。
(何ですか今の!?シールドエネルギーが一気に……!?)
(想像以上にうまくいったか)
未だ驚愕の表情を見せる山田先生を尻目に、俺は次の戦術を展開していた。
葵を片手に持ち、空いたもう片方の手でアサルトライフル「焔備」を構え、冷静に引き金を引く。
(薙ぎ払いが直撃するこの距離なら、外さねえッ!)
山田先生目がけてフルオートで焔備を連射する。
まだ山田先生は動揺から立ち直り切れていないようで、大量の弾丸が直撃していた。
(うっ……回避をっ!)
斜め後ろに飛び退き、なんとか弾丸の嵐から逃げ切ったが、山田真耶のシールドエネルギーはほんの一桁しか残っていなかった。
(悪いけどこの焔備の扱いにはもう慣れたぜ、山田先生)
焔備をセミオートモードに設定すると、照準を山田先生に合わせる。
(……このタイミングッ!)
タンッ、と乾いた音が一発響くと、発射された弾丸は山田先生の肩部に直撃。
それと同時にシールドエネルギーが0になると、試合終了のブザーが鳴り響いた。
「そこまでだ。山田君、千道、ご苦労だった。」
アリーナに織斑先生の声が響く。
無事教官は倒せたことだし、試験については問題は無いだろう。
今更IS学園への入学が取り消しになっては困るからな。
◇
織斑千冬は再び驚愕していた。
(これがISを起動してから二回目の素人の動きだと?緊張していたとはいえ、あの山田君を終始圧倒するとは。千道紫電、こいつのポテンシャルは凄まじい物がある)
開始と同時の瞬時加速にタックル、平突き、武装切り替えの早さにフルオートとセミオートを切り替えての射撃。
どれをとっても素人の動きではない、計算して動いたものだろう。
圧倒的なポテンシャルを見せつけた紫電に対し、千冬は無意識のうちに同じ境遇である弟、織斑一夏とその戦闘能力の違いを比べていた。
(まさかこのような逸材が存在するとはな。それも男の中に。一夏、今後お前はこいつと比較されることになるだろうが……折れるなよ)
もし千道がISの稼働時間を増やし、真面目にトレーニングしたらどれほどの強さになるのだろう。
一夏だけではない、他の女生徒、いや、代表候補生や教師陣ですら歯が立たなくなるかもしれない。
それほどまでに、千道紫電という男のポテンシャルは計り知れなかった。
手短に千道の分析を済ますと、千冬はアリーナ備え付けのマイクに向かって語り始めた。
◇
アリーナの空間にモニターが表示されると、そこに現れたのは織斑先生だった。
「山田君、大丈夫か?」
「うぅ、すいません、織斑先生。何もできずに負けてしまいました……」
「いや、私から見ても千道の試合運びはうまかった。緊張している山田君に奇襲をかける戦法はあらかじめ考えていたのだろう。千道の作戦勝ちだ」
「はい、最初の突撃からまず想定外でした。普通はあんなにいきなり突進してこないんですけどね」
「あー、やっぱり最初から突撃するような奴っていないんですね。大体初心者って様子見から入りそうなもんなんで、意表を突くためにあえて突撃しました」
「なるほど、やはりどう戦うかあらかじめ考えていたという訳か。……愚弟にも見習ってもらいたいものだな」
「あー、そういえば織斑先生と織斑一夏ってご姉弟でしたっけ。ちなみに一夏君は教官に勝ったんですか?」
「あぁ、一応は勝っている。一応な。」
「えぇっと、実は一夏君の教官も私が務めていたんですけど、緊張して壁に直撃しちゃって……」
……男性相手ってことで緊張でもしたのだろうか。
ISの試験対象って女性しかいなかっただろうし。
「まあ、運よく作戦に嵌ってくれたんで、偶然勝てたってとこですかね。山田先生、今度は緊張しなくなったころにもう一度対戦お願いします」
「は、はい。よろしくお願いしますね!」
再び山田先生と礼を交わす。
こうして俺のIS起動試験は勝利という形で結末を迎えた。
(さて、IS学園入学までの準備は全て済んだな、シオン。次の準備はわかってるな?)
(えぇ、早速分離させたISコアナンバー009を使用して開始します。紫電専用ISの開発を――)
入学試験が終わって束の間、俺の中では既に次の計画がスタートしているのであった。