インフィニット・ストラトス -Supernova-   作:朝市 央

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■VSヴァイス・ブリッツ

ブザーが鳴ると同時にヴァイス・ブリッツは一気に加速して俺の方へと距離を詰めてきた。

……なるほど、わかりやすい。早速自分の間合いに持っていくつもりか!

しかし相手はISパイロットランキング3位の実力者、それはただの突撃ではなかった。

 

「あら、ただの突撃と思ったかしら?」

「……!」

 

リーゼさんの左手にはいつの間にかハンドガンが握られていた。

俺がそれに気づくとほぼ同時、リーズさんは間髪入れずにその引き金を引いてきていた。

そして俺の目にははっきりと銃口から弾丸が発射されたのが見えていた。

 

(隠し武器か!やばい、命中する――!)

 

一瞬だが、自分に向けて発射された弾丸が直撃するヴィジョンが見えた。

しかしいつまで経っても俺の体に銃弾が命中することはなかった。

よく見てみると発射された弾丸がゆっくりとこちらへと近づいてきているのが見えた。

 

――遅い、遅い、遅い。

まるで時間がゆっくりと流れているみたいだ――

 

俺は目の前をのろのろと進む弾丸を人差し指と親指で挟み、その弾丸の推進を阻止した。

それと同時にこちらに向けて突き出されたハルバードをオブシディアンで受け流す。

 

(おめでとうございます、紫電。ISコアナンバー010の単一仕様能力『超感覚』が発現しました。効果は先ほど体験した通りです)

(よりにもよって今発現したのか……詳細は後で聞かせてもらうぞ!)

 

「「!?」」

 

リーゼロッテは一瞬目の前で何が起きたのか理解できなかった。

また、モニタールームから二人の戦いを間近に監視していたクラリッサにも何が起こったのか理解できていなかった。

 

(完全に不意を突いた射撃からの弾丸を()()()()()()ですって!?)

 

リーゼロッテが驚いたのはそれだけではなかった。

ハルバードによる突きというのは非常に避け辛く、また武器を絡め取ることもできるのだ。

しかしそんな困難をも微塵も感じさせず、目の前の男はハルバードの刃の部分を滑らせるようにして弾丸と突きの両方を瞬時に回避していたのだった。

 

「……まさか、完全に不意を突いたと思ったのだけれどね」

「不意なら突かれてましたよ。たまたま対応が間に合っただけです」

「……そう」

 

(たまたま、の一言で済ませられるような攻撃ではなかったつもりなのだけれど、ね)

 

リーゼロッテの表情には笑顔が浮かんでいた。

目の前の男は指で弾丸をつまむという人外染みた反応速度、そして共に突き出されたハルバードを受け流す器用さを併せ持っている。

思わずリーゼロッテの脳裏にはあの織斑千冬(ブリュンヒルデ)のことが浮かんでいた。

あの織斑千冬も尋常ではない反応速度を持っていたが、この男はひょっとしたらそれ以上かもしれない。

そう思うとリーゼロッテは楽しくてしょうがないのであった。

 

 

モニタールームのクラリッサは冷静に二人の戦いを分析していた。

 

(リーゼロッテ大佐もスイッチが入ったようですね。……全く困ったものです。一度戦闘に嵌ると中々止まってくれないんですから)

 

リーゼロッテという人物は普段は温厚で部下の面倒見の良い模範的な人物だ。

しかし、ひとたび強敵に巡り合うと我を忘れて戦いに没頭してしまう傾向にある。

それゆえにドイツ軍内ではリーゼロッテは敬意と怖れの両方を集めていた。

 

(少し昔の話にはなるが、現ISパイロットランキング5位のイーリス・コーリングが大佐に敗北した際、世界との壁を大きく感じたと言って帰っていった。それ以降イーリス・コーリングはしばしの間スランプに陥ったとの噂を聞いたが、千道君の場合はどうなるのだろうか……)

 

しかし、このときの私の考えはあっさりと払拭されることになるのは、ほんの数秒後の話だった。

 

 

「はあッ!」

「……っ!」

 

俺は勢いよく突き出されたハルバードを受け流した後、そのまま体を反転させてオブシディアンによる薙ぎ払いで反撃を返していた。

かなりの反撃速度だったと自負しているが、それも掠る程度のダメージしか与えられなかったようだ。

ハルバードを一時的に手放して回避に専念し、ハルバードが地面に落下する前に再び掴むとは、まるでサーカスで曲芸でも見ている気分になる。

 

「中々器用な真似しますね」

「あなたのほうこそ!」

 

今度はハルバードを大きく構えての薙ぎ払いを放ってくる。

今更の話だが、このハルバードという武器は実際に闘ってみると非常に厄介なことこの上ない。

斬ってよし、突いてよし、柄を使って受け流すことも可能と、とにかく戦術の幅が広いのだ。

 

(ちっ、戦い辛え……。これほど厄介な武器だとはな)

 

ひとまず後方に加速して薙ぎ払いを回避するが、アリーナの壁まで追いつめられるのは勘弁願いたいところだ。逃げ場が減ってしまう。

 

(だが逃げてるばかりじゃいられねえよなッ!)

 

薙ぎ払いが終わった瞬間を見計らって俺はフィンガーショットでエメラルドの弾丸を放ち、反撃に転じた。

これならば避けられまい――

そう思っていたのも束の間、なんとハルバードを持ち直すと、その刃の部分でエメラルドの弾丸を弾いてしまった。

 

(げっ、マジかよ!?ハルバードのこと熟知しすぎだろ!)

 

流石の俺も驚嘆していた。

ハルバードの刃の部分はあまり大きくなく、刃での防御には向いていない。

しかし、それにもかかわらず一番頑丈な刃の部分でエメラルドの弾丸を受け流すことに成功していたのだった。

 

「指からの弾丸発射、それは本当に厄介ね。奇襲、奇策には持ってこいの必殺技ね」

「それをあっさり防御されるとは、お見事としかいいようがありませんね」

 

(しかし、これはまずいな。フィンガーショットが通用しないとなると、それ以上に隙の大きいルビーも重力操作・陥没もきっと使わせてもらえないだろうな。となるとこのまま相手の土俵、クロスレンジでの斬り合いになっちまうんだよなー……それはあんまりやりたくねーなー……)

 

正直な所、あのハルバードとの斬り合いを行っても十分に勝てる自信はある。

だがあの切り返しの早さを考えると負ける可能性も否定できないのが厄介なのだった。

その代わり、遠距離からの攻撃ならこちらが有利なので可能な限り勝率を高めるには、遠距離からの致命的な攻撃が望ましいのだ。

 

(こうなったら一か八か、あれをやるしかないか)

 

それは理論上可能だが今まで一度も試していない必殺技ともいえるものだった。

――とりあえず今は牽制しながら隙を作るしかないか。

ただそれだけ考えると俺は再びフィンガーショットを放ちながらヴァイス・ブリッツとの距離を離していくのだった。

 

 

(……くっ、この指から発射される弾丸っていうのは本当に厄介ね。銃と比べると極端にモーションが小さいし、弾速も尋常じゃないわね。精度もスナイパーライフル並みじゃないかしら)

 

リーゼロッテはギリギリでフィンガーショットによる射撃を防ぐことに成功していた。

フィンガーショットはほんのわずかな時間ではあるが、照準を付けるために指先をこちらに向ける必要がある。

それを見るたび防御態勢に移行しているため、被弾こそ防げたもののまんまと距離を離すことには成功されてしまっていた。

 

(やっぱりこっちの主武装がハルバードだから逃げるわよねぇ。でもアリーナの広さには限界があるわ。どこまで逃げ切れるかしらね!)

 

そう心の中で感じながら再びスラスターの出力を上げていく。

指先がこちらを向いていない間はフィンガーショットを撃たれてもこちらに当たることはないからだ。

 

(……?射撃をしてこなくなったわね。それにしてもあの掌の黒い塊は何かしら……?)

 

多少距離を取られた先では千道君が空中で静止し、何やら左手に黒い煙の塊のようななにかを手にしていた。

 

(さっきまでは何も持っていなかったはずだけど……用心するに越したことはないわね)

 

ただ接近戦以外でまともにダメージを与えられる術がないのもまた事実。

今までよりも慎重に距離を詰めるしかできることはなかった。

 

 

「さーて、距離と時間が稼げたおかげで十分に()()()()()()()()()()()ぜ」

「……重力を?」

「その通り!こいつを喰らえッ!」

 

俺は左手に作り上げた黒い塊をヴァイス・ブリッツ目がけて投げつける。

 

(重力……?なんだかわからないけれど、私の前に障害ができるのならばそれは全て斬り伏せるのみよ!)

 

リーゼロッテは目の前をゆっくりと飛んでくる黒い塊をハルバードで一刀両断にした。

しかし、その黒い塊は何事も無かったかのようにこちらへ向かって進んでくる。

 

「なっ!?」

「迂闊ですね、いきなりわけのわからないものに斬りかかるなんて」

 

目の前で黒い塊は突然膨張を始めると、その黒い塊の中心に向かって引きずり込まれるような、強い吸引力が発せられていた。

 

「なんて凄まじい引力……!ヴァイス・ブリッツのスラスターをもってしても引っ張られるなんて……!」

「これが俺の単一仕様能力の発展形、重力球体(グラビティ・スフィア)だ。俺が発動したら最後、ブラックホールのように近くのものをその中心へと引き摺りこむぜ!」

「くっ……!」

 

今やヴァイス・ブリッツは完全にグラビティ・スフィアの中に引き摺りこまれているが、グラビティ・スフィアの持続時間はそれほど長くはない。

 

「こいつでも喰らえッ!」

 

俺はルビーを最大出力にしてヴァイス・ブリッツを狙い撃つと、黒い重力空間の塊の中で赤い閃光が炸裂する。

 

「――っ!」

 

黒い重力空間が晴れるとともに赤い閃光も消失していく。

その中で立っていたのは折れたハルバードを手にしたヴァイス・ブリッツの姿だった。

 

「……ハルバードを盾にしてルビーの直撃を防ぎましたか。それでも立っているのがやっとのようですが――」

「ふ、ふふっ。やるじゃない、私にここまでのダメージを負わせたのは織斑千冬(ブリュンヒルデ)以来よ。でもまだ勝負はついていないわ!」

 

そう言うとリーゼさんは折れたハルバードを投げ捨て、パススロットから二本目のハルバードを取り出す。

どんだけハルバードに固執してるんだよ!

 

「はあああああ!」

「ちっ、ここまでタフだとは……!しかたねえ、奥の手第二弾いくぞッ!」

 

こちらに向かってハルバードが振り下ろされる。

その攻撃はこのまま通れば間違いなく俺の頭部を直撃し、大ダメージを与えるだろう。

しかしいつまで経ってもそのハルバードが俺の頭部に到達することはなかった。

 

「なっ……なんて反発力……!ハルバードが押し返される……!」

重力操作・斥力(リパルス・フォース)、これが俺のもう一つの進化系だッ!」

 

俺は自分に対して振り下ろされるハルバードに対して強力な斥力、即ち反発しあう力を発生させたのだった。

重力操作によって引力を操るように、それの応用で斥力も操れるということに気付いたのはつい最近のことだった。

それも実戦で使ったのは今回が初めてだ、うまくいったのは本当に幸いだと思う。

そして俺はリーズさんが驚愕している間に再びルビーによるレーザー砲を直撃させた。

 

「その執念、気力、まさに女帝と呼ばれるものに相応しかったですよ。……リーズさん、お見事でした」

 

――試合終了。勝者、千道紫電。

 

試合終了のブザーが鳴り響くと同時にクラリッサさんから勝者の名前、俺の名が告げられていた。

 

 


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