インフィニット・ストラトス -Supernova- 作:朝市 央
俺はシールドの欠片の解析を終えると、織斑先生の下へと報告に来ていた。
目の前で淡々と行われる報告内容を聞くにつれて、織斑先生は眉間にしわを寄せて目頭を押さえていった。
いつも通りと変わらない俺とは打って変わって、織斑先生は明らかに苛立っている。
――なぜこうもIS学園は堂々とISの侵入を許してしまうのか。
そして最も先に侵入者に気付き、対応するのが教師陣ではなく生徒である千道なのか。
確かに千道は普通の生徒と比較すると遥かに賢く、ISを駆使した能力も高い。
だが千道は一生徒、本来ならば守られる側だ。
それが一転してもはやIS学園の守護神といってもいいほどの活躍をしている。
織斑千冬にとってはそれが悩みの種だった。
「……またしてもお前がテロリストを撃退するとはな。おまけに発電所にしかけられた爆弾まで解除するとは。……本当に大した奴だよ、お前は」
「ただ、今回の狙いは発電所っていうより俺の身柄みたいでした。いきなり銃を突きつけてきて言い放った台詞が抵抗せずについて来い、ですからね。今までとはちょっと雰囲気が違いますよ」
「……はあ。それにしてもどうしてこうも今年はテロリストの襲撃が多いんだ。おまけにIS学園の守備網は一体どうなっているんだ……」
一応織斑先生は警備責任者ではないため、今回のテロリスト侵入を許したことについては責任はないのだが、IS学園非常時の決定権は織斑先生にある。
そのため警備状態がざるでは織斑先生の気も休まらないのだ。
「まあ、テロリストが残していったシールドの欠片からあのISがどこの国で開発されたものか、というところまではわかりましたよ。もっとも、国際IS委員会でこのことを言及しても他国に技術を盗まれたとか言い訳するんでしょうけども」
「……それでも一応言うだけは言ってみるさ。分析御苦労だったな。あとはこっちで引き取る」
そう言うと俺は解析済みのシールドの欠片を織斑先生へと手渡した。
「それと千道。こんなときにもなんだが、お前に挑戦状が届いている。それも現ISパイロットランキング3位からだ」
「ISパイロットランキング3位からですか!?」
「……前回の国際IS委員会会議でアリーシャ・ジョセフターフをISパイロットランキングから除名することになってな。結果2位が空位となってしまった。そのため、空位となった2位の座をどう埋めるかで揉めたんだが、どういうわけかISパイロットランキングの3位がお前を指名してきた。もちろんISパイロットランキング4位からも異議なしと連絡を受けているから受けるかどうかはお前次第だ」
「ISパイロットランキング3位からの挑戦、ですか。光栄じゃないですか、もちろん受けますよ」
「ああ、お前ならそう言うと思っていたさ。移動用のチケットはもうお前の部屋に送られてきているはずだ」
「そうですか。ではまた海外旅行ですね。今度の行先は……ドイツですか」
そう言うと俺は職員室を後にした。
◇
ドイツ、ベルリン・テーゲル空港――
早速俺は届いていたチケットを使いドイツを訪れていた。
今回の対外試合の相手はなんといきなりISパイロットランキング3位のリーゼロッテ・ヴェルナーだ。
しかも2位のアリーシャ・ジョセフターフが除名された今、実質2位であるといっても過言ではない。
そんな彼女はなぜ9位の俺を対外試合の相手として呼んだのだろうか。
そんなことを考えていると前から眼帯をかけた女性がこちらに向かってくるのが見えた。
「失礼、IS学園の千道紫電さんですね?IS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼの副隊長、クラリッサ・ハルフォーフです。あなたをお迎えに参りました」
クラリッサ・ハルフォーフ――
その名前はラウラから散々聞いていたな。
一夏のことを嫁と呼ぶように教え込んだり色々変な知識を吹き込んだ人間だな。
パッと見はまともそうなのになんというか、残念な美人というのが一番正しい気がする。
「どうも、千道です。あなたがラウラの所属する部隊の副隊長さんですか。ラウラからよく話を伺っていますよ。えらく日本に詳しいのだとか」
「ええ、これでも日本については部隊の中で最も詳しいと自負しております。隊長が日本で不自由なく生活できるようにと、様々な本から日本のことについては学んでおります」
……きっと読んだ本のチョイスがまずかったんだろうなあ。
そんなことを考えながらも、俺はクラリッサさんの操縦する車に乗せられてベルリン郊外にあるドイツ空軍基地へと向かうのだった。
◇
「到着しました。早速ですが、試合は本日行うことになっています。長時間の移動後で申し訳ありませんがヴェルナー大佐のご意向ですので」
「ああ、だから飛行機のチケットがビジネスクラスだったのか。全然問題ないから大丈夫ですよ。飛行機に乗っていようが真夜中にたたき起こされようが、俺はいつだって全力でISを動かせるんで」
平然と言う俺を見て流石にクラリッサさんも驚いたようだ。
「流石ですね、千道さん。あなたのことは少佐からよく聞いていましたよ。少佐ですらISでは歯が立たず、鉄の意志と鋼の強さを持っているようだと評されてましたよ」
「……なんだそりゃ」
ラウラの日本語もどこか怪しい所があったが、どこでそんな言葉を覚えてきたんだか。
クラリッサさんと話しながら基地内を歩いていると、圧倒的に広い空間に出た。
おそらくドイツ軍所有のアリーナだろう、そこではラファール・リヴァイヴ二機と戦う見慣れない銀色のISの姿が見られた。
(あれがISパイロットランキング3位、リーゼロッテ・ヴェルナーとヴァイス・ブリッツか)
「大佐、千道さんが到着されました。ウォーミングアップはその辺までにしておいてください」
「……あら、もう到着の時間だったかしら。ごめんなさいね、今日はここまでにしておきましょうか、あなたたち」
「「はい、ありがとうございました!」」
二機のラファール・リヴァイヴはピットの方へと向かって行った。
ウォーミングアップというよりは後輩の訓練をしていたのであろう。
アリーナの中央付近で銀色の機体、ヴァイス・ブリッツを展開解除すると、金髪長身の美女がこちらへ向かってくる。
その顔はISの教科書でもニュースでも見たことがある超有名人の顔だ。
リーゼロッテ・ヴェルナー、そしてその機体ヴァイス・ブリッツ――
その名はドイツ国内どころか世界中のだれもが知るといっても過言ではないほどの有名人だ。
なにせ第一回、第二回モンド・グロッソに出場し、格闘部門で連続して3位に入賞するほどの実力者だからだ。
そしてついた二つ名は
正確に言えば連続3位なのでブロンズコレクターなのだが、第二回モンド・グロッソでは織斑千冬が棄権し、実質的に順位が一つ繰り上がったためシルバーコレクターと称されるようになったのだ。
ただし、当の本人は毎回準決勝で織斑千冬と勝負しており、アリーシャ・ジョセフターフと直接対決したことは一度もない。
対外試合ですら彼女とは予定が合わず、結局一度も二人の対戦は行われないままとなってしまったため、ひょっとしたらアリーシャ・ジョセフターフよりも強いのかもしれない。
そのため、彼女こそが現状ではISパイロットランキング2位にふさわしいと言ってもおかしくはないのである。
「初めまして、千道君だったかしら。知ってると思うけど、私がリーゼロッテ・ヴェルナーよ、リーズでいいわ」
「初めまして。IS学園の千道紫電です。俺のことも紫電で構いません。……ところで試合前に質問させてもらってもいいですか?」
「あら、何かしら?」
「リーズさんはなぜ俺を対戦相手に選んだんですか?」
目の前でリーズさんは微笑を浮かべる。
大人の余裕、ってやつだろうか。
「それはね、純粋にISパイロットとしての実力を考えるとあなたか私のどちらかが2位にふさわしいと踏んだからよ。まあひょっとしたらあなたは2位じゃなく、1位が相応しいのかもしれないけれどね」
その目は力強くこちらを向いていた。
どうやら本気で俺のことを実力者だと思っているらしい。
「今のISパイロットランキングの4位は射撃部門のヴァルキリーで私とは相手にならないわ。実際に対外試合をしたこともあるんだけど、結果は予想通り。そして5位のアメリカ代表イーリス・コーリングとは今まで何度か勝負したことがあったわ。でもイーリスは第3世代機を使っても第2世代機を操る私に歯が立たなかったわ。そして君は6位のアンジェラ・ウィルクスに勝ってる。それだけでも私があなたを指名するのに十分な理由にならないかしら?」
「……なるほど、目ぼしい相手はもう既に勝負済みという訳ですか。わかりやすくて助かりますね」
「それにあなたの戦いっぷりも見せてもらったわ。なんていうか、すごくゾクゾクさせてくれる戦い方だったわ。素早さと反応速度を前面に押し出した一撃必殺の機体、って感じで
目の前のリーズさんは頬がほんのりと赤く染まっている。
……あれ、この人ひょっとして
これまずいパターンじゃねーかな。
「あなたと対戦できると思うと興奮しちゃってね。居ても立ってもいられなかったから対外試合の依頼をこっちから出させてもらったのよ」
「……こちらもリーズさんほど実績のある方と試合ができるとは、光栄ですよ」
「そう、あなたも同じ気持ちなのね。それじゃあ、早速始めましょうか」
リーズさんは早速ヴァイス・ブリッツを展開し始める。
その片手には既にヴァイス・ブリッツ最大の特徴ともいえるハルバードが握られていた。
それを見て俺もフォーティチュードを展開する。
「こちらも了解です。機体名フォーティチュード・セカンド、戦闘準備完了です」
「クラリッサ、試合開始のブザーを鳴らしてちょうだい」
「了解です。それでは、試合開始!」
クラリッサさんの号令と共にアリーナ内に試合開始のブザーが鳴り響いた。